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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部 エピローグ
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第93話 それはきっと

『楓のおかげでまた友達を作ろうって思えたんだよ』


『誰かがそばにいるだけで救われることもある。遥の場合はそれが楓やった。ということや』


 以前、どうして遥は僕にいろいろとよくしてくれるのか、と尋ねたとき、遥と沙枝はそう言っていた。その時は二人が何を言っているのかまったく分からなかった。でも今なら分かる気がする。


 あの頃の遥は、酷い別れ方をしてしまった妹の最後の想いを守りたかった。そしてそれと同じくらいに、このままの自分じゃダメだ、変わらなきゃと強く思っていたんだ。だから友達になった僕に感謝しているし、今も救われているということは、今も妹のことを思い出しては後悔しているんだ。彼女の真意を汲み取れなかったことを。彼女に暴言を吐いてしまったことを。まだ遥のなかでは、彼女は過去のことではないんだ。過去を過去として完全に受けいれていない。


 遥は今も苦しんでいる。きっと僕には見えないところで痛む胸を押さえている。助けてあげたい。けどこれだけはどうしようもない。僕が何かいったところで、遥の過去が変わるわけでもない。少しずつ、時間が癒してくれるのを待つしかないんだ。だったら僕が君にできることはなんだろう。決まっている。何も変わらない。変わらず遥の友達として一緒にいることだ。


 ずっと僕は彼女に助けられてばかりいると思っていた。今でもその思いは強い。だけど違ったんだ。


『んなことないって。むしろアタシの方が助けられてるよ』


 僕も遥を助けていたんだ。


 ◇◆◇◆


「時間的に金閣寺で合流は無理だな。清水寺へ行くか」


「うん」


 遥に手を引かれ坂を駆け下りる。登ってきたときは結構な労力だったのに下りは早い。あっと言う間に下山してバス停に到着してしまった。


「今日はありがとう。アタシのわがままに付き合ってくれて」


「ううん。むしろこちらこそ。おかげで遥のことが知ることが出来たし」


「はは。それなら良かった」


 いつものように遥が笑う。彼女はもう立ち直っていた。


「でも一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「どうぞ」


 許可を得たので遠慮なく。


「遥が僕と友達になりたかった理由は分かったけど、あの頃の僕って結構遥に酷いこと言ったりしたよね? それでも友達になろうって思ったのはどうして?」


 ずっと抱えていた疑問。話を聞いた後だとその理由も妹との約束のためだと分かるけど、それだけじゃない気がする。だって遥と僕は初日にして喧嘩をした。あの時たしかに遥は怒っていた。ファーストコンタクト大失敗だ。イメージは最悪。それなのに次の日にはまた友達になろうって遥の方から言ってきたのだ。妹との約束とは言え、他にも何か理由がないとできないと思ったのだ。


 遥は鼻の頭を掻きながら、言いにくそうに口を開いた。


「……雰囲気が似てたんだよ。楓と渚」


「雰囲気?」


「儚げな感じとかさ」


 儚げ……ううん、どうだろう。あの頃の僕に儚げさなんてあったっけ。


「あと後ろ姿も。渚は体が小さくて髪が長かったからな」


「な、なるほど」


 嫌だけど納得。体が小さい、か。小学生の病人と一緒とは……。それにあの頃の僕は妹さんより年上の中学生だったはずなのに。


「つまりそれって僕と妹を重ねたって事?」


「まあ初めはそうだな。今は違うぞ? 今はちゃんと楓として見ているからな?」


「分かってるよ」


 念を押す遥に苦笑する。そんなにムキにならなくても良いのに。遥が僕を水無瀬渚さんとして見ていないのは間違いない。それは一緒にいて分かる。なるほど。それで遥は僕を妹みたいに扱うんだ。本人が気付いているかどうかは知らないけど。


 しばらくベンチに座って待っていると、京都駅行きと表示されたバスがやってきた。


「これに乗るぞ」


 遥が立ち上がり、ボクもそれに続く。バスが目の前で止まり、側面のドアが開く。中はガランとしていて空いていた。ここへ来るときもそうだったけど、この路線は比較的空いているようだ。都会だからといってどれもこれもが満員というわけじゃないらしい。


 遥が前の方の席に座り、その隣に座る。乗り物酔いする僕のためだ。


「ほら」


 遥からスポーツドリンクを受け取る。触ると冷たい。買ったばかりのようだ。いつの間に買ったんだろう。


「ありがとう」


 礼を言って、蓋を開け一口。山を上り下りしたところで、ちょうど喉が渇いていた。美味しい……けど、このジュースどこのメーカーだろう。地元じゃ見たことない。都会じゃ有名なのかな。


 一息吐いたところで隣を見る。遥は窓の外を見ていた。その横顔は、どこかさっぱりとした様子だった。きっと今日、遥はまた少し前に進んだんだ。忘れられない過去でも、今日みたいに、ちゃんと妹と向き合って、少しずつ、少しずつ。


 僕も遥を見習って、そろそろ向き合わないといけないのかもしれない。


 ……。


 向き合う? 僕は何を言って――


 瞬間、頭に激痛が走る。いつもの偏頭痛とは種類が違う。感じたことのない痛みだった。


「楓、どうした?」


「なん、で……」


 何でもないと言いたかった。けれど言葉になったのは前半だけで、後半は声にならなかった。


「大丈夫か!? しっかりしろ!」


 遥が凄く慌てている。大丈夫。ちょっと頭が痛いだけなんだから。そう言って安心させたいのに、口が動かない。代わりに溢れ出てきたのは気持ちの悪い汗だった。


 ――――っ。


 何か聞こえた。遥の声じゃない。もっと遠くて、近い声。聞こえそうなのに、全然聞こえない。もどかしい。


「楓!」


 遥が僕の体を抱き締める。そんなに心配しないで。彼女がなんとかしてくれるから。


 ――――て。


 ……彼女? ああそうだ。彼女だ。


 何かが分かりそうだった。けれど、頭痛が酷くて何も考えられない。


 後で良いかな。良いよね。


 返事はない。それはそうだ。


 ここに僕は一人しかいないのだから。


 今も頭は痛む。だけど何故か凄く安らぎを感じた。


 少しだけ眠るね。


 遥が心配しないようにそう言って目を閉じたつもりなのに、やっぱり声はでなかった。


 遥の声を遠くに聞きつつ、もう一つの声に耳を傾けて、少しずつ少しずつ、意識を手放していった。

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