第92話 約束
修学旅行四日目。
京都駅の前で自由行動となった。昨日の約束通り、僕と遥はその場でみんなと別れ、別行動をとることにした。
昨日のまでの彩花さんの様子から、きっと『なんで!? ボクも行く!』くらいのことは言ってくるかなと思ったけど、意外や意外、誰よりも先に「いってらっしゃい」と手を振ったのだ。そんな彼女の様子に驚きつつ、みんなも了承してくれた。葵さんと湊さんだけは何か言いたそうな顔をしていたけど、結局は快く送り出してくれた。
電車とバスを何本か乗り継ぎ、たどり着いたのは小高い山の前だった。
「ここの中腹あたりだ」
遥の手には道中で買った花束があった。その時は何のための花束かまだ分からなかった。けど、ここまで来るとなんとなく分かってきた。
きっとその花束は……。
綺麗に舗装された道路を歩いて行く。傾斜はそんなにきつくないけど、昨日は遅くまで起きていたこともあって、ちょっとしんどい。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
「もう少しだから頑張ってくれ」
遥は少し焦っているようだった。頷いて、差し出された彼女の手を握りしめる。遥に頑張ってくれと言われたら頑張るしかない。もう少しぐらい頑張ろう。
道路の終点にはさらに階段があった。これを登り切れば目的地らしい。もうひと頑張りにもうひと頑張りを重ね、なんとか頂上にたどり着いた。
やっぱりそうだった。
ボクが予感が的中した。ここはあそこと似ている。街を見下ろせる高台。きっと僕達のことを、そこから見守ってくれる。そんな場所。
そこはお墓だった。山を切り開いて作った平地には草木と池の庭園があり、最奥には大きな御影石で作られた墓石が見えた。
多くの人々を埋葬するために作られた霊園とは違い、ここはその一族のために作られた専用の墓地のようだ。
手入れの行き届いた広い庭園。花束を持った遥。そして墓石に刻まれた『水無瀬』の文字。
ここは遥達、水無瀬家のお墓なんだ。
「悪いな。こんなところに連れてきて。どうしても楓に、ここに来てもらいたくてさ」
遥は持ってきた花束をお墓に供え、目を閉じ手を合わせた。しばらくして振り返ると、僕を見て苦笑した。
「ここに、アタシの妹が眠ってるんだよ」
息をするのも忘れるほどに衝撃を受けた。同時に、柊のことを思い出し頭の中が真っ白になる。柊も、僕の双子の妹だったから。
息苦しさに気付いて、ようやく呼吸を取り戻す。それを待っていたかのように、遥はゆっくりと語り始めた。
「妹は病気だったんだ。テレビとかでもよくある、余命何年ってやつ。元々体も弱かったから、ずっと入院してて。お姉ちゃんだったアタシは毎日お見舞いに行ってたんだ。それはもうほんと毎日のように。しつごいぐらい毎日ね。アタシはその頃小学生だった。見舞いに行くって事は、当然友達とは遊べないだろ? 最初はみんな誘ってくれていたんだけど、段々誘われなくなって……だいぶ経った頃かな。ほとんど誘われなくなったよ」
それでも最後まで誘ってくれていたヤツはいるけどな。奈菜とかさ。そう付け加えて遥は寂しげに笑った。
「当然のことだったけど、当時のアタシは結構ショックだったよ。まあ小学生だったからしょうがない。けど、それでもアタシは妹のお見舞いを止めなかった。だってそうだろ? 大事な妹がベッドで苦しんでいるんだ。姉として、何か力になってやりたいって思ってな」
気持ちはよく分かる。僕も遥と同じ立場だったなら、椿が床に伏せていたら、きっと同じ事をしていたと思う。
「……でもさ、結局心配されていたのはアタシの方だったんだ。奈菜から聞いたんだろうな。アタシが友達と疎遠になってるって知った妹は、徹底的にアタシを遠ざけた。喧嘩なんてしたことないのに、アタシが邪魔だとかうるさいとか来るなとか暴言吐いて。まんまとそれに乗せられたアタシは逆上して言いたくないことを言い返して。……それからすぐだったよ。妹が死んだのは。アタシがそれを知ったのは、友達の家でゲームをしているときだった」
そこまで話して、遥が下を向き口を噤んだ。僕は静かに待った。今にも泣きそうな遥が、それを堪えてまた話してくれるのを。
きっと今遥は、あの時に戻れたら、やり直せたら、なんてことを思っているのかもしれない。でも過去は過去だ。戻ることはできない。僕がそうだったように。
鼻の啜る音が聞こえたあと、遥が顔を上げた。
「葬式とか終わったあとに、奈菜から手紙をもらったんだ。妹から預かってたって。ミミズのような字で書いてたよ。友達は大事にしろって。アタシのことが大好きだって」
遥が空を見上げる。両手で顔を覆い、しばらくして前を見た目は真っ赤になっていた。
「その後はちょっと自暴自棄になって、ちょっと荒れてな。あちこちに迷惑かけたよ。親父とか、奈菜とか、学校のヤツとか。落ち着いたのは、ちょうど楓と出会った頃だよ」
「僕と……?」
遥が頷く。
「だから、ありがとうな。アタシと友達になってくれてさ」
目はやっぱり赤い。だけど晴れ晴れとした笑顔で遥は言った。僕はといえば、何故? と疑問符ばかりが頭の中に浮かんでいた。
今の流れで僕に礼を言うようなことはあっただろうか。ないと思う。なのに遥は「だから」と言ってまで僕にありがとうと言った。何かあるんだ。でも分からない。どんなに考えても、ありがとうに続く道が思いつかなかった。
遥が小さく吹き出した。
「分からないって顔だな」
「う、うん。どういうこと?」
遥を見上げて答えを求める。うーんと考える素振りを見せる遥。やがてニカッと笑って、
「妹との約束。友達を大事にしろって。あの時のアタシには友達と呼べるヤツがいなかったし、作れなかった。奈菜と沙枝も友達と言えば友達だが、どっちかというと幼馴染みだったからな。楓だけだったんだ。アタシの友達になってくれたのは」
「楓のおかげなんだよ。楓のおかげで、アタシはあんな別れ方をしてしまった妹との約束を守れたんだ」