表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
111/132

第91話 それは彼女の話

 白い壁、白い廊下、白いベッドに白い服。そして、小さく切り取られた、手の届くことはない色鮮やかな世界。


 それがアイツの全てだった。




 アタシの日課は、放課後にアイツのお見舞いに行くことだった。


 ホームルームが終わるとすぐに荷物をランドセルに詰め込み、友達の誘いを全て断わってアイツのところへと向かった。学校を出て自転車に乗り、駅に着いたら電車に乗り二駅、降りたら丘の上に見える大きな建物まで全力疾走、自動ドアをくぐり、受付を済ませてエレベーターで五階へ。降りて直ぐ右に曲がって五つ目の部屋のドアをノック。返事を待たずにドアを開けて中に入った。


 ベッドの上にいたアイツは今日も外を見ていた。窓の外から流れ込んで来る風が、アイツの綺麗な黒髪を揺らす。腰のあたりまで届きそうなそれを見て、そういえば最近髪を切ってなかったなと思い出す。


「あ、お姉ちゃん」


 アイツが振り返る。アタシに似た優しげな顔に、アタシに似ても似つかない小さな体。笑顔でアタシを呼ぶ彼女にアタシも笑顔で返す。


「よう、渚。調子はどうだ?」


 彼女の名前は水無瀬渚。アタシの二つ違いのかわいい妹だ。


 アタシは放課後、毎日ここにきて今日会ったことを話していた。渚はいつもいろいろ表情をしてアタシの話に耳を傾けた。


 いつからだっただろう。渚がここにいるようになったのは。小さい頃は渚もアタシと同じ幼稚園に通っていた。それがいつの頃からか、どこにも通うことなく、このベッドの上で一日を過ごすようになっていた。


 ……いつからだろう、なんて白々しい。本当は知ってるくせに。だってあの日あの時、アタシは渚が倒れるところを見てしまったのだから。アタシはただそれを思い出したくないだけなんだ。何も出来ず立ち尽くし、渚を見下ろしていただけのあの時の自分が、殴りたくなるほどに嫌いだから。


 渚は病気だった。病名は知らない。いや、聞いていたけど覚えていない。小さかったアタシには理解ができなかった。ただ、治療ができない病気だということだけは知っていた。それだけで充分だった。だって病名を知ったところで、アタシには何も出来ない。絶望するしかなかった。


 渚には笑っていて欲しかった。だからアタシは渚の前ではいつも笑っていた。泣きそうになったら自分の顔を殴ってでも笑った。おかげで渚はいつもアタシの前では笑っていた。そう見えていた。




『お姉ちゃん。学校は楽しい?』


 ある日。渚がアタシにそう言った。アタシは散々迷った挙げ句、楽しいと答えた。答えてすぐ後悔した。間違ったかも知れない、と。


 渚は学校に通えない。それなのに楽しいと答えて良かったのか?


 その日からしばらく、アタシはそのことばかり考えた。




 そしてあの日がやってくる。


『お姉ちゃん。もう私のところに来なくて良いよ』


 突然の渚からの拒絶だった。すぐに何故だとたずねた。


『毎日来られて迷惑』


『私は外に出られないのに外の話ばかりされてうんざり』


『健康なお姉ちゃんを見ているとイライラする』


『お母さんとお父さんがきてくれればそれでいい。お姉ちゃんは五月蠅いから嫌い』


『もう来ないで』


 たぶんそんなことを渚に言われたと思う。思う、というのははっきりと覚えていないからだ。アタシと渚は仲の良い姉妹だった。喧嘩なんてしたことがなかった。だから、嫌われていたなんて思ってもいなかった。


 そして初めての大喧嘩。売り言葉に買い言葉で、お互い一歩も引かずヒートアップ。お互いの髪を引っ張り合いながら罵倒し続け、やってきた看護師に止められるまで喧嘩は続いた。


『こんなところ二度と来るか!』


 そう吐き捨てて、アタシは二度と渚のところへは行かなくなった。




 数日後。渚は静かに息を引き取った。




 行事が全て済み、落ち着いた頃だったと思う。部屋に引きこもっていたアタシのところにきた奈菜が、一枚の封筒を持ってきた。


『渚から預かっていたの』


 中には便箋が三枚入っていた。汚い字で、ところどころ読めない文字もあるそれは、でもたしかに渚が書いたものだった。


 手紙は「ごめんなさい」から始まっていた。



『ごめんなさい』


『お姉ちゃんが、学校の友達のお誘いを全て断わっていると、奈菜さんから聞きました』


『私のことより、自分のことを大切にして下さい』


『あの時の言葉は全て嘘です』


『お姉ちゃんを嫌いだなんて思ったことないし、お姉ちゃんのお話を聞くのは楽しかったです』


『友達を大事にして下さい』




『大好きだよ。お姉ちゃん』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ