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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第90話 温泉は良い

「アタシは先に露天風呂いっとくから、ゆっくり来なよ」


 僕に気を遣った遥が先に大浴場へと消えていった。


「……待たせるわけにはいかないよね」


 ぽつりと呟いて自分に言い聞かせる。正直遥相手でもちょっと恥ずかしい。一緒にお風呂に入ったりしたことがないのだから当たり前だ。遥がまだ寮にいた頃にお互い同じ部屋で着替えをしていたから仕方なく見えていただけであって、こうして面と向かって裸の付き合いなるものをしたことがない。とは言ってもここまでお膳立てしてもらってはいらないという選択肢はないし、僕自身そんなことはしたくなかった。


 規則違反だなんてことは丸めてゴミ箱に捨てる。浴衣と下着を脱ぎ、タオルで前を隠し、いざ大浴場へ。


「ふあー……」


 広々とした室内に感嘆の声が漏れる。お恥ずかしながら、大きなお風呂に入るのは小学生の時以来。もっと言えば、まだ僕が男だった頃に家族で行ったスーパー銭湯最後で、女として入るのはこれが初めてだ。


 湯けむりが幻想的な雰囲気を醸し出す室内は、高級感漂う澄んだ黒色の花崗岩で敷き詰められ、浴槽に接する壁二面は開放感のあるガラス張りだった。少し鼻をつく硫黄の香りが、ここが温泉なんだと教えてくれて、知らず気分が高揚してくる。


 ぬるっとする床で滑らないよう気をつけてかけ湯を済ませ、まずは洗い場へ。はやる気持ちを抑えつつ全身を洗い、長い髪をヘアゴムでまとめ、今度こそと奧にある扉を押して外へ出た。


「お、やっと来たか」


 露天風呂にいた遥が振り向く。当然遥は裸なわけで、否応なく彼女の胸が見えてしまった。いやいや胸なら中学の頃に何度なく見てるじゃないか、と自分に言い聞かせてもあの時の今では状況が違う。意識してしまうのはどうしようもないらしい。なるべく気にしないようにしよう。


 遥から少し離れて露天風呂に入る。石造りのそれに足を取られないよう、そっと片足ずつ入り腰を下ろす。お湯の温度がちょっと熱かったけど、これくらいなら我慢できる範囲だ。


「……はあ」


 思わず声が漏れるほど、温泉は気持ちよかった。同じお湯なのにどうしてだろう。じんわりとした温かさが僕の体を包み込み、染み込んでいくようだ。


「やっぱ温泉はいいよなあ……」


「うん」


 親父臭い台詞に頷き同意する。良いものは良いのだ。肌もすべすべだし。


 そのまましばらく静かな時間が流れる。


 どれくらいだろう。充分に暖まったところで、僕は立ち上がった。そしてお湯の中を歩いて行って、遥のすぐ横で入り直した。


 見ていた遥が目を丸くする。が、すぐに表情を戻した。恥ずかしくて胸を隠し、目は逸らした。


 ちょっと大胆過ぎたかな、とか、普通隠すなら遥のほうだよね、とか考えつつ、それでも彼女のそばを離れなかった。せっかく遥が誘ってくれたのだ。遥と一緒に入りたかった。


「……ねぇ、遥」


「んー?」


 胸を隠そうともせず、両腕を縁の岩に乗せたまま、遥が気のない返事をする。


「……ありがとう。僕のためにこんなことまでしてくれて」


「気にするなって。アタシと楓の仲だろ?」


 ニカッと歯を見せて笑う。そうだね、と同意して、それでも僕はもう一度ありがとうと彼女に伝えた。


「いつも遥には助けてられてばかりだね」


「んなことないって。むしろアタシの方が助けられてるよ」


「そうかな?」


 何を助けただろう。考えても何も浮かんでこない。


「いいじゃないか。アタシが助かってるって言ってんだから」


 と言われても、身に覚えがないのだから納得しかねる。


 遥がため息を吐いた。


「そうだな……。んじゃ明日、自由行動中にアタシと一緒に来てくれるか? アタシと楓、二人だけで」


 自由行動中に二人だけ。それはつまり、今みたいに規則を破ること。自由行動中は一応班単位で移動することになっているのだ。とは言っても、今冒している違反よりはずっとマシだとは思うけど。


 まあ。僕に断わる理由はない。それが遥のお願いだというのなら安いものだ。


「うん。いいけど、どこ行くの?」


 僕がそう言うと、遥は優しく微笑んだ。けどそれは、今までで見たことのない、ちょっと泣きそうな感じのする笑顔だった。


「アタシの家族の所だよ」

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