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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第85話 たこ焼き

 そうして静かになった車内で軽く雑談を交わし、再び気分が良くなってきたところで、新幹線は定刻通りの十一時三十五分に目的地の新大阪駅に到着した。


「さすが大阪。人も店も多いわね」


 先にホームへ降りた綾音さんが周りを見回して、大阪の第一印象を述べた。葵さんの後に続いて降りた僕はその光景を目の当たりにして思わず尻込みした。


 行き交う人の波。左側通行が義務づけられているかのように、人の流れは上りと下り行きで綺麗に分かれていた。スーツ姿の人が多いのは、やはり平日で仕事での利用者が大半だからだろうか。黒い革製の鞄を片手に早足で人混みの中を縫って行く。なんでぶつからないんだろう。不思議だ。


 ホームの中央には売店がいくつも軒を連ね、ジュースや新聞、お弁当を売る小さなコンビニや、立ち食いのうどん屋、それ以外にもお土産屋さんやパン屋さんまでもあった。駅のホームと言えば、改札口過ぎてすぐのところに小さな待合室があるだけで、大きめの駅だと、そこに一、二台の自動販売機が追加される。売店コーナーは改札口の外にあるのが普通だし、そもそもそういうものがないところも多い。都会だと電車を利用する人達を相手にするだけでも充分お店はやっていけるということなのだろう。都会は凄い。


「楓、迷子になるなよ」


「う、うん」


 子供じゃあるまいし、と言い返したいところだけど、この状況で強がってはいられない。ここではぐれたら本当に迷子になってしまう。携帯があるから万が一迷子になってもなんとかなるとは思うけど、初めての土地では集合場所を決めるのも難しい。修学旅行の時間は有限。迷子にならないことが何よりも重要だ。一つだけの荷物であるリュックサックを背負い、遥の後を歩く。


「手、繋ぐか?」


「や、それは――」


 断わろうとしたそのとき、団体客らしき一行が目の前を横切った。二人の距離が空き、あっと言う間に遥の姿が小さくなる。嫌な二文字が頭に浮かぶ。


「すいません、っと」


 遥の声が聞こえた。多少強引に団体客の間を割って入り、僕のところまでやってきた。


「ほら。手、繋ぐぞ」


「……うん」


 断わる理由が見つからなかった。差し出された遥の手を握る。


「あー! 遥、どさくさに紛れて楓さんと手を繋いでるー!」


 階段で合流した彩花さんが遥を指差して声を上げた。結構な大声だったので、また注目されるかと思いきや、数人が振り向きはすれども、立ち止まる人はいなかった。都会の人は忙しいのだろう。良かった。


「うっさい。ホームで騒ぐな」


「いやいやいや、これは騒ぐよ! 電車の中で必死に我慢した後のこれだよ!? 騒ぎたくもなるよ!」


「楓が迷子になったら大変だろ? それで手を繋いでるだけだ。文句あるか」


「あるある凄いある! だったら遥の腰に縄を括り付けて、それを楓さんが持てばいいじゃないか!」


「シュールな光景だな。しかも面倒臭い」


「面倒臭いとかどうでもいい! とにかくずーるーいー!」


 彩花さんが駄々をこねる子供のように、体の前で両手を激しく上下させる。右手に持ったボストンバッグが手の動きに合わせて揺れている。彩花さんって意外と力持ち?


「あーもう、康介。ちゃんとコイツ管理しとけよ」


「俺が? それは湊の役目だろ」


「アイツは時々彩花と一緒になって騒ぐから駄目だ。康介が保護者だ」


「保護者って。はあ、なんで面倒事ばかり……。湊、お前がちゃんと彩花を見てないからだぞ」


「お姉さんのことならいつでも見てるわよ? 見逃すはずないじゃない」


 後から追いついた湊さんが心外なと言いたげにふんっと鼻を鳴らす。


「見てるだけじゃ駄目なんだよ」


「もちろん見てるだけじゃなく、触れてもいるわよ。お風呂場では毎日お姉さんの胸が大きくなるようにと――」


「おい止めろここをどこだと思ってる」


 焦った様子で西森君が湊さんの言葉を遮った。湊さんと彩花さんはお風呂で何をしてるんだろう。ちょっと気になった。


「いただきっ」


「わわっ!?」


 突然左手を引っ張られる。見ると彩花さんが満面の笑みを浮かべて僕の手を握りしめていた。


「えへへ」


 彩花さんが繋いだ手を左右に揺らす。なんだか楽しそうだ。


「ったく。繋ぐんだったらちゃんと繋いどけよ。彩花まで迷子になられちゃ面倒だからな」


「はいはーい」


 ぴょんぴょんとその場で小さく跳ねる彩花さん。小動物みたいでかわいい。身長も小さいからなおさらそう見える。……僕の方が低いけどね。学園で僕より低い子はいないし、隣の蓮池を含めてもきっと……。


「楓さん、なんか怖いよ……?」


「ん、なんでもない。なんでもないよ」


 おっと、暗い感情が表に出てしまってたらしい。彩花さんがちょっと怯えている。


「あんた達、話すのはいいけど早くしてよね。集合は改札口出てすぐの広場よ」


 階段の下から綾音さんが僕達に手を振る。その隣には葵さんもいる。いつの間に降りたんだろう。


「ちょっと急ごうか」


「うん」


「転けるなよ」


 右手を遥に、左手を彩花さんに握られて、僕達は少しだけ急いで階段を降りていく。通路を進み、いくつかの角を曲がったところに改札口があった。出ると綾音さんが言っていた広場を見つける。すでに先生と何人かの生徒が集まっていたので、ここで間違いないようだ。もう大丈夫と手を離して、遥と列の最後尾に並ぶ。


 遥同様手を繋いでいた彩花さんは、


「か、楓さーん」


「すぐ終わるから。お姉さん早く」


 僕の手から離れ、湊さんに引っ張られていった。まるでどこか遠くへ連れ去れてしまうかの如く僕に向けて手を伸ばすけど、二人はすぐそこのB組の列に並んだだけで、視界から消えることはなかった。


「お姉さん」


「……はいはい」


 渋々といった様子で断念した彩花さんは列の前へと視線を移した。


 担任の先生が名簿を片手に一人ずつ点呼を取って回る。無事全員がいることを確認すると、今日の予定を再度僕達に伝え解散、自由行動となった。


「B組はまだみたいだから、あの柱の近くで待ってましょ」


「りょーかい。そういや荷物はどうするんだ?」


「あんた聞いてなかったの? そこの階段を降りた先に観光バスが停まってるから、運転手に生徒証見せて預けるのよ」


「あー、そんなこと言ってたな。っと、楓、荷物下ろすなら柱んところの真下な。通行の邪魔になるし、取られでもしたら面倒だからな」


「うん」


 一応頷くが、僕の持ち物はリュックサック一つだけ。下ろすほどのものはないので、そのまま柱の近くに立って彩花さん達が来るのを待った。


 D組から遅れること五分弱、自由行動となったB組の面々と合流し、荷物を預けて在来線の駅へと向かう。ここの新幹線と在来線の駅は乗り換えやすくするため、構内で繋がっているらしい。新幹線に乗り換えた時もそうだったけど、やっぱり都会は設備が凄い。改札口も全部の駅が自動改札らしいし。


「とりあえず梅田に行きましょうか」


「そのまま難波まで行けばいいんじゃねーか? 梅田って別に見るものはないだろ」


「大阪の中心って梅田なんでしょ? 一応見てみたいなあって。ほら、ビルの屋上に観覧車があるとか凄くない?」


「なにそれ凄い!」


 綾音さんが雑誌を広げて指差し、彩花さんが目を輝かせる。雑誌には屋上に赤色の観覧車がある建物が載っていた。……崩れたりしないのかな。


「凄いが、それに乗りたいのか?」


「いや全然」


 綾音さんが首を横に振る。


「さすがにこんな高いところはちょっと」


 彩花さんが首と両手を振る。さっき喜んでたのは何だったんだろう。


「だろ?」


「でも駅直結で大きな電気屋さんがあるから、葵のほしいものもそこで買えるでしょ?」


「うーん。そこじゃないかなあ」


 葵さんの返事は芳しくなかった。


「え、そうなの?」


「葵が行きたいのは日本橋ってところだ」


「日本橋? ……あ、電気街で有名なところかしら?」


「うん」


 日本橋……。たしかテレビで西の秋葉原って紹介されていたはず。最近は周辺に大型家電量販店が増えてきて苦境に立たされてる、なんて聞くけど。……まあそれでも地元よりはいろいろなお店がありそうだ。パソコンはあまり詳しくないけど、見るのは好きだから行ってみたい。


「その日本橋ってどこにあるの?」


「難波だ」


「難波か……いよいよ梅田で降りる理由がないわね」


「だからそう言ってるじゃないか。時間もないんだし、とっとと難波行こうぜ。梅田なら電車の中からでも見れるって」


 そうね、と綾音さんが少し残念そうに呟く。


「彩花達もそれでいいわよね?」


「全然おっけー」


 彩花さんが頭の上で両腕の輪っかを作る。


「お姉さん、いいの? 観覧車見たかったんじゃないの?」


「いやいや、崩れてきたら怖いから」


 僕と同じ心配をしていた。やっぱり心配になるよね。見た感じ頭でっかちだし。


「決まったな。もぐ……じゃ、行くか」


「ここから地下鉄で一本だから楽そう――ってあんた何食べてんの?」


 驚く綾音さん。見ると、いつの間にか遥の手にはたこ焼きがあった。


「何って、たこ焼きだけど?」


「見れば分かるわよ。何でお昼前だっていうのに一人で勝手に食べてるのかって聞いてるのよ」


「そこで売ってたから」


 遥がたこ焼きが刺さったままの爪楊枝で店近くの店舗を指す。通路沿いの小さなスペースにあるそれはたしかにたこ焼き屋で、今も店員さんが大きな鉄板を前にしてたくさんのたこ焼きを焼いていた。


「美味しそう……」


 彩花さんがたこ焼きに釘付けだ。今にも涎を垂らしそう。


「ねえ、湊」


「ダメ」


 がくりと彩花さんが肩を落とす。お昼ご飯前だから仕方ない。


「せっかく大阪に来たのに……」


「今食べなくても後で食べられるわ」


「ぬぬぬ……」


 諦めきれない様子の彩花さん。うらめしそうに遥のたこ焼きを見つめる。


「やらないからな」


「ケチ」


 ふんっと鼻を鳴らして遥に背を向けた。かなり悔しそうだ。そんな彩花さんを見て、湊さんが必死に何かを堪えるように、彩花さんを見つめては首を横に振っていた。


 やれやれと綾音さんが肩を竦める。


「まったく遥は……。ご飯前になんて――」


「ちなみにそこのたこ焼き、ネットでも評判良いみたいだぞ」


「あたしも買うわ」


 流れるような動作で財布を取り出し、たこ焼き屋へと向かう綾音さん。さっきの観覧車といいたこ焼きといい、もしかして旅行では手広くあちこち摘まんでいくタイプ?


「ずるい! 湊!」


「くっ……。ひ、一つ。一つ買って分けましょ」


「さすが湊愛してる!」


 結局陥落した湊さんは彩花さんの後を追ってたこ焼き屋に行ってしまった。


 残されたのは僕と葵さんと西森君に蓮君。あと既に食べ終えている遥……と思いきや、いくつかまだ残っていて、目のあった僕に一つ差し出した。


「ほら、楓。あーん」


「……あ、あーん」


 少し迷った後にありがたく頂く。実は僕も食べてみたかったのだ。外はかりっ中はとろっとしてて美味しい。中にはたこ以外にもこんにゃくが入っていた。


「美味しい」


「だろ?」


 クレナタで食べたたこ焼きとは大違いだ。同じかりとろでもこうも違うとは。さすが大阪。


「あと二つ、冷やしたヤツがあるから楓が食べていいぞ」


「いいの?」


「アタシはもう一個買うから」


 そう言って器ごと僕に渡すと、本当にたこ焼き屋へ行ってしまった。


「……私達も買おうか」


「そうだな」


 苦笑する葵さんに西森君が同意する。


「楓さん、それ美味しい?」


「ん? うん。美味しいよ」


「じゃあ俺も買ってくるかな」


 葵さん、西森君、蓮君が遥の後に続く。


 結局みんなたこ焼きを買ってしまった。お昼ご飯、大丈夫かな……? 

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