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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第84話 電車でも酔うときは酔う

「ふおぉ! 速い速い! なにこれ速すぎない!? 景色が横に流れてるんですけど!? これがマッハ!? これが光速ってヤツ!?」


「ちょっと結菜! 人の膝の上で騒がないでくれる!? そもそもあんたB組で違う車両でしょ!?」


 対面四人掛けの席にプラスもう一人。どこからともなく現われた西条さんが綾音さんの膝の上に座り、窓の外を見てはしゃいでいた。


 学園を出発して二時間半。在来線の特急で街を出て、山、川、海と抜けた先の終点の駅で新幹線に乗り換えたのがつい先ほど。十六もの車両が繋がった大阪行きの車内は学園の生徒で貸し切り状態。あちこちから楽しげな会話が聞こえてくるが、結菜さんと綾音さんはその中でも群を抜いて騒がしかった。


「細かいこと言わない言わない。そりゃB組には彩花がいるからそれなりに楽しいっちゃ楽しいけど、いつもの延長で目新しさがないじゃない? せっかくの修学旅行。他クラスとの親交も深めないとね」


「あんたの場合は親交が深まるどころか溝が深まるのよ!」


 四人掛けの椅子には、進行方向を向いて窓側に僕、その隣に遥、正面に綾音さん、正面廊下側に葵さんが座っている。西条さんは綾音さんの膝の上で器用に正座している。トレードマークのツインテールが綾音さんの顔に当たっていて、ちょっと邪魔そうだ。


「一学期にアンタにされたこと、こっちは忘れてないのよ」


「一学期? あー。三年を差し置いて部長に就任したっていう記事のこと? 祝ってあげたんだからいいじゃない」


「書き方が悪いのよ! なによ差し置いてって。部長になったのは先輩達と顧問から推薦されたからであって、あたしが出しゃばったとかじゃなく……」


「知ってる知ってる。それもちゃんと記事に書いたっしょ?」


「小さくね! おかげであれからしばらく勘違いした上級生から変な目で見られたのよ! ただでさえ七光りとか陰口叩かれてるのに余計なことを増やさないでほしいもんだわ」


「へぇ~。それは悪かったかも。でも、綾音ならそれくらいわけないでしょ」


「そうだけどそういう問題じゃないでしょ! まったくあんたはすぐそうやって勝手に記事にして、本人に確認ぐらい取りなさいよ」


 西条さんって、綾音さんにも怒られるようなことしてたのか……。それにしても、七光りってなんだろう?


「綾音のお母さんは学園の理事長なんだよ」


 遥が耳元で囁いて教えてくれた。


「ちなみに葵のお父さんは蓮池の理事長な」


 目を大きく開いて遥を見る。彼女は深く頷いた。


 ……驚いた。目の前の二人も、遥に負けず劣らずのお嬢様だったのだ。綾音さんのお母さんが学校の理事長。それで綾音さんは「七光り」と一部の心ない人達から言われていた、ということか。怒るのも無理ないかも。


「あれ。じゃあどうして葵さんは蓮池じゃなくて学園に来たんだろう」


 自分の両親が理事長をしている蓮池へ行きそうなものだけど。


「学園の方が自分に合っているから、とか言ってたぞ。まあ本音は、綾音と同じ学校に行きたかった、ってところだと思うけどな」


 そういう理由なら納得だ。その気持ちは僕にもよく分かる。仲の良い友達と一緒に通えると言うだけで、学校生活は何倍も楽しくなる。


 なるほど。これで理解した。どうして遥と綾音さん、葵さんが今のような仲の良い友達になれたのか。きっと三人共に生まれ育った環境が似ているからだ。周りから羨ましがられ、妬まれる立ち位置。場所は違えども、見てきた景色が一緒だったんだ。


「むっ? 綾音、あれ見て! もしかして富士山!?」


「んなわけないでしょ! ここをどこだと思ってんの! ただの山よ!」


 引きはがそうとする綾音さんに、耐える結菜さん。それを微笑ましく見つめる葵さん。と、ふいに葵さんがこちらを向いた。


「楓ちゃんどう? 具合良くなった?」


「うん。もう大丈夫」


 小さく手を振ると、葵さんは「良かった」と呟いて視線を綾音さん達へと戻した。


 何故葵さんに心配されているのか。それはもちろん、今の僕が平常ではなく、異常だからだ。端的に言えば乗り物酔いをしてしまった。僕は乗り物に弱く、大概の乗り物で大なり小なり気分を悪くする。電車も例外ではなく、さきほどまで乗っていた在来線があまりにもクネクネに曲がりに曲がっていたせいで、吐きはしなくても顔を青ざめさせる程度には気分を悪くしてしまった。今は揺れの少ない新幹線に乗っていることと、出来るだけ別のことを考えて気を紛らわせていたので、ちょっと頭がフルフルする程度にまで回復している。やはり酔い覚ましには難しいことを考えるのが良い。……それが葵さんと綾音さんの結構大事な話だったのが申し訳ないけど。


「まったく、電車で酔うなんてな……」


 遥は口では文句を言いつつも、ずっと僕の背中をさすってくれている。


「曲がりくねっているのがいけないんだよ。駅から駅までトンネルで真っ直ぐ繋げば良いのに」


「トンネル掘るのは金がかかるんだよ。たしかに電車にしてはカーブが多すぎるとは思うが……山間を抜ける場合、河川沿いを進んでしまうのは仕方ない。集落があるし、すぐ近くに道もある。なにより景色がそれなりに良いしな」


「半分くらいトンネルと木ばっかりで、そんなに景色も良くなかったと思うよ」


 それも杉ばかり。秋だって言うのに周り一面緑じゃ紅葉も楽しめない。


「そんなに酔うなら酔い止めを飲めば良いじゃないか。あれって効くんだろ?」


「効くけど、凄く眠くなるから嫌なんだよ。せっかくの旅行なんだし、みんなともっと話したいし……って、なんで頭撫でるの?」


「嬉しいこと言ってくれるからに決まってる」


 嬉しいこと? 僕なにか言ったっけ……。


「あーっ。やっぱりこんなところにいた!」


 遠くの通路のドアが開き、現われた彩花さんがこちらを指差して声を上げた。


「お姉さん、通路は走っちゃ駄目よ」


 彩花さんの後ろには湊さんと西森君が続き、僕達の席の横まで歩いてくると、一斉に西条さんへと視線を集めた。


「もう。さっそく他のクラスに迷惑かけないでよ」


 彩花さんが西条さんの襟首を無造作に掴む。「ぐえっ」と西条さんが呻き、綾音さんの膝から降りて立ち上がった。


「ボクでも我慢し――じゃない。電車の中くらいは静かに座っててよ。もしくはせめてB組のところだけでうろうろしてて」


「えぇ~。あっちは見慣れてるから面白くもなんともないしさあ」


 西条さんが口を尖らせる。


「面白いとか面白くないとかじゃなくて、公共の場にいる時ぐらいは大人しくするの!」


「うちに大人しくしてろと? 死ねと!?」


 西条さんが自分の首の前で親指を立て、水平に引く。


「迷惑をかけるぐらいなら死んだ方がいいんじゃない?」


「湊、それは言い過ぎ」


 遥もうんうんと頷かない。


 彩花さんが捕まえたままの西条さんへ半眼を向ける。


「……ところで、結菜は楓さんと何か話したの?」


「何も話してないよ。気分悪そうにしてたから、これは邪魔しちゃ悪いかなーと思って、仕方なく綾音の相手をしてた」


「ちょっと待って。その言い方じゃ、あんたがあたしの相手をしてあげたみたいな言い方に聞こえるわよ?」


「その通りだけど?」


「こ、こいつは……」


 あっけらかんと答える西条さんに、綾音さんが拳を震わせる。危険を察知した西条さんは力ずくで彩花さんの手から脱し、西森君の背中に隠れた。


「来るなら来いっ」


「おいこら、押すな」


 隠れたと言うより、盾にした。


 騒がしい……。酔ってる身としてはちょっとつらい。彩花さん達、なにしに来たんだっけ。たぶん西条さんを連れ戻しに来たはずなんだけど……。


 チラリと周りを見やる。案の定通路を挟んで向こう側はもちろん、座席越しにこちらを注目している生徒が何人か目に入る。


 ……はずなんだけど、彩花さん達も一緒になって騒いでるようにしか見えない。西森君が居づらそうに視線を彷徨わせているのがなによりの証拠だ。ふと目が合った西森君は苦笑して肩を竦めた。


「楓さん、気分悪いの? 平気?」


 綾音さんと西条さんが一触即発のなか、彩花さんは顔を寄せて僕の額に手を乗せた。ひんやりとした手のひらが気持ちいいけど、何をしているんだろう。熱でも計ってるのかな。


「ああ、楓さんの額。つるつるしてる……」


 熱を計ってた……んじゃない?


 さわさわと彩花さんの手が額の上を動く。少しこそばゆい。


「の、乗り物に酔っただけだから大丈夫」


「酔ったって電車に? 電車って酔うの?」


「うん。揺れるものは大抵酔うから。停泊している船とかエレベーターとかジェットコースターとか」


「ふええ。そんなものでも酔うんだ。ボクは全然酔わないから知らなかった」


 たしかに彩花さんは乗り物に強いような気がする。荒れた海を航海中の船の先端で高速きりもみ回転をしても大丈夫そうだ。


「酔ってるなら静かにしてないとだね。結菜っ、さっさと戻るよ!」


「ぬがっ!? ちょっ、待って、アイアンクローは止めて! がっつり決まってる!」


 彩花さんの小さな手が西条さんのこめかみを捉える。手足をばたつかせる西条さんに余裕は見られない。本気で痛がっている。


「D組のみなさん、お騒がせしました。西条結菜は責任を持って預かりますので」


 二度三度と頭を下げて、彩花さん達は西条さんを連れてドアの向こうへと消えていった。


「はあ……。やっと静かになったわ」


「おつかれさま」


 椅子に座りため息をつく綾音さんに、葵さんが労いの言葉をかける。注目していた他の生徒もすぐに元の輪へと戻っていった。


「結菜のヤツ、どうしてあたしに絡んできたのかしらね。ここには遥がいるのに」


「なんでアタシなんだ」


「あんたの方があの子と仲が良いでしょ?」


「そりゃまあそうだけど」


 いまだその右手がボクの背中を擦っている遥が眉を寄せる。綾音さんの言葉に不満のようだ。


「きっと遥が楓ちゃんのことを心配そうに見ていたから、じゃない? 邪魔しちゃ駄目だって勘づいたんだと思う」


 くすりと笑って葵さんがそう言った。西条さんも西条さんなりに気を遣った、ということなのだろうか。


「だったら騒がないでほしかったわ。おかげであたしまで叫んじゃったじゃないの」


 心の中だけで小さく頷く。西条さん達が騒いだおかげで、少しだけだけど、また気分が悪くなってしまったから。


 そうして再び気分が良くなってきたところで、電車は目的地の大阪へ到着した。

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