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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第83話 行ってきます

 高校生と言えどもまだまだ子供。体はいまだ成長途中(個人差有り)であり、性格も絶賛反抗期(やっぱり個人差有り)、法律の上でも保護者を求められる未成年に分類される。心身と環境、それらどの観点からも一人前とは言えない十五から十八歳の少年少女。自己主張が強く、自立したいけどできていない。それが高校生。まさしく、今の僕のことだ。


 対して椿はどうかと言うと、情けないことながら、椿は僕よりもずっと成長している。家事全般をそつなくこなし、隣近所の大人と仲良く談笑できるほどの対人スキル。頭も運動神経も良く、好き嫌いはないし、外見も少なくとも僕よりは女性らしくなっている。百人にどっちが姉かと聞けば百人が椿を指差すだろう。それが僕の妹、四条椿だ。


「お姉ちゃん。準備はどう? できた? あとで忘れ物に気付いても戻ってこられないから、ちゃんと確認してね」


「うん」


 日頃の椿は、僕と会えなくて寂しかった日々を少しでも早く埋めようとするかのごとく、とてもよく僕の面倒をみてくれている。最初は姉としてそれはどうなんだ? と一人で悩んで見栄を張ったりした時期もあったけど、体裁なんかよりもずっと大切なことに気がついて、今では甘んじてこの状況を受け入れている。


「四泊分の着替え持った? お小遣いは財布に入れた? 念のためのお薬セットは?」


「持ったよ」


「予定表は? カメラは? 傘は? 日焼止めは?」


「持った。昨日も確認したじゃないか」


「あとハンカチティッシュタオルナ――」


「それも持った」


 しかし、これはちょっとどうかと思う。家族として心配してくれるのは嬉しいけど、こうもしつこいとうんざりしてしまう。


 修学旅行当日の朝。いつもより早く起きて、ふらふらとした足取りでリビングに行くと、そこにはエプロンを着けた制服姿の椿がキッチンに立っていた。背中に向けて挨拶すると、振り返った椿の手にはお弁当箱があった。


「お姉ちゃんって早く起きると何も食べられないでしょ? 軽く摘まめる物を作ったから、バスの中で食べてね」


 僕は何も頼んでいなかったので、少々驚きつつお弁当を受け取った。椿も僕ほどではないけど朝は弱い。わざわざ僕のために早く起きてお弁当を作ってくれたようだ。


 椅子に座ると、いつもように椿が後ろに回り髪を梳き始めた。優しく撫でるような櫛捌きに思わず二度寝しそうになるところをぐっと耐えていると、さっきの質問攻めにあったのだ。


「えっと他には……携帯は? あと充電器」


「携帯ならポケットに、充電器もリュックに入れてあるよ」


 足元に置いてあるリュックサックとボストンバッグを指差す。本当は底にキャスターがついて持ち運びやすいキャリーバッグが良かったのだけど、校則で使用を禁止されている。仕方なく重い物はリュックサックに入れて背負い、軽めの物をボストンバッグに詰めて持って行くことにしている。こういうときに自分は非力なんだなとひしひしと感じてしまう。


「緊急用の携帯充電器は? ほら、あの猫の顔がプリントされたかわいらしいの」


「それも昨日の夜に充電してる。……あれ、なんで椿が知ってるの? 昨日買ったばかりなのに」


「昨日の夜に遥先輩からその充電器の画像がメールで送られてきたの」


 遥と椿、いつの間にメールをやりとりするぐらいに仲良くなったんだろう……。遥は面倒臭がってあまりメールを送らないのに。


「お姉ちゃんってこういうキャラ物は買わないよね。猫が好きなの?」


「特に好きって訳でもないかな。遥が同型を持ってておすすめだって言うからそれにしたんだよ。容量多くて安かったし、いいかなって」


「ふ~ん。……遥先輩、お揃いなんてずるい。もしかして昨日のメールはそれを自慢したくて……」


 椿がぶつぶつと独り言をはじめる。内容は聞き取れないが、ようやく質問攻めから解放されてほっと息をついた。


 髪を梳き終えた椿が前に回り、「ちょっと歪んでる」とリボンタイに手を伸ばす。


「帰ってくるのは金曜だっけ」


「うん。予定では十七時半に学校着だったかな。疲れてるだろうし、まっすぐ帰ってくるつもりだから十八時には家についてると思うよ」


「晩ご飯、お姉ちゃんの好きなもの用意して待ってるね」


「帰ってくる時間がずれるってこともありえるし、簡単なものでいいよ。カップラーメンとか。そういえば最近カップラーメン食べてないなあ」


 最近どころか思い返す限りずっと食べてないかも知れない。椿と一緒に暮らすようになってからは椿が食事の用意をしてくれるから食べる必要なかったし、桜花ではそもそもカップラーメン自体が売ってなくて入手が困難だった。前に食べたのは……そう、おじさんの家で暮らしていたときまでさかのぼる。あまり覚えていないけど、美味しかった気がする。


「だめだよ。そんな健康に悪そうな物。お姉ちゃんの寿命が縮んじゃう」


 カップラーメンってそんなに有害な食べ物だっただろうか。椿の作る料理よりはよくないとは思うけど。


「はい、できた。うん、お姉ちゃん今日もかわいいよ」


 リボンタイから手を離し一歩下がった椿がいつものお世辞を言う。否定すると強く言い返されるし、肯定するのは恥ずかしいので曖昧な表情を作る。ちなみに以前「椿もかわいいよ」と笑顔とともに姉らしい返答をしたところ、何故か顔を真っ赤にして大変喜んでくれたのだが、すぐに「やっぱりお姉ちゃんって女の子が好きなの?」と、真顔で返されたので以後言わないようにしている。


 インターホンが鳴り、椿が出る。相手は遥だった。一緒に学校へ行きたいからと、わざわざ僕を迎えに来たのだ。


『楓は寝坊してないか?』


「起きてるよ」


 聞こえてきた遥の声に返事して立ち上がる。リュックサックを背負い、ボストンバッグを持とうとしたところ、戻ってきた椿に素早く奪い取られた。


「玄関まで持つよ。……っと、重いね」


 スーパーの買い物袋を楽々と持つ椿に重いと言わしめるボストンバッグ。原因は荷物を纏めているときにあれが必要これも必要と横やりを入れてきた椿のせいだったりする。


「おはよう。楓」


 玄関を開けた先にいた遥がにこやかに挨拶する。


「遥、おはよう」


「おはようございます」


 返事する最中、何故か自然に椿から遥へと僕のボストンバッグが手渡される。僕の物より一回り大きいバッグを持っているのに、軽々と二つ目のバッグを肩に掛けた。


「お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」


「ああ。任せてくれ」


 まるで戦場にでも送り出すかのような真剣な表情と固く握りしめられた二人の手。なんだろう。この二人との空気の違いは。


「写真もお願いします」


「ああ。容量ギリギリまで撮ってくるから期待しててくれ」


 今時のデジタルカメラで容量一杯撮るのは結構大変なような……。でも、やっぱり椿も旅行に行きたかったんだな。京都なんて寺社ばかりだからそんなに興味ないかと思っていたのに。そういえば椿って地理や歴史の成績が良かったっけ。昔の建物とか好きなのかな。


「いってらっしゃい。楽しんできてね」


「いってきます」


 玄関前で見送る椿に手を振りながら廊下を曲がってエレベーターに乗る。エントランスを出た先は見事な秋晴れだった。週間天気予報では今週末まで快晴が続くと言っていたから、天候の心配はしなくて済みそうだ。。


「楓、そのリュックもこっちに寄越せ」


「嫌だよ。これくらいは自分で持つ」


 リュックサックを奪い取られないように肩のストラップをギュッと握りしめる。これさえも渡してしまうと僕は手ぶらになってしまう。


「ったく。どうせこっちは取られるだろうからと、重いのは全部そっちに詰め込んでるんだろ? これ軽いもんな」


 正解。なんとなくこうなるんじゃないかとは思っていた。まさか朝からとは思わなかったけど。


「つらくなったらすぐ言えよ」


「はいはい」


 桜花の頃から何度となく繰り返してきたやりとりに思わず笑みを零しつつ、まだ人気の少ない住宅街を二人並んで歩いて行った。

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