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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第82話 あれこれと想像する時が一番楽しい

「それじゃ落ち着いたところで、修学旅行の話でもしましょうか」


 パフェを口に運びながら、湊さんがテーブルにA3のコピー用紙を広げた。それはテスト終了後のホームルームで配られた、修学旅行の予定表だった。


「B組とD組が同じコースだから、とのことだったけれど、一応確認させてもらってもいいかしら?」


「うん」


 まったく同じ予定表を葵さんがテーブルに広げる。違うのは一行目のクラス表示だけだ。


「ありがとう。本当に一緒なのね。ルートの順から宿泊するホテルまで全て」


「噂ではB組とD組の担任が仲良いからそうなったらしいわよ


 綾音さんが興味なさげに補足する。


「職権乱用じゃねーか」


「仲が良い方が何かと頼みやすいし、乱用ってことでもないんじゃない? それに、おかげで自由行動を一緒にできるんだから良いと思うよ。こういうのって多い方が賑やかで楽しいし」


 彩花さんが咥えたままのストローをカクカクと上下させながら、横目で西森君に視線を送る。「まあな」と彼は小さく答えた。


「にしても、お寺お寺神社お寺お寺……」


 予定表を指先でなぞっていく彩花さんは不満そうだ。


「最初から最後までお寺巡りばっかり。ボク達仏僧じゃないんだけど。あ、だからと言ってキリスト教って訳でもないよ?」


「関西圏の旅行なんだから、そうなるのも当然なんじゃないの? 彩花の宗教なんてどうでもいいわよ」


 彩花さんが文句言うのも無理はない。四泊五日の千里学園修学旅行。行き先は神戸、大阪、京都、奈良の歴史的な建造物が多く残る地域だ。日程をかいつまんで説明すると、月曜の朝に学園に集合し、最寄りの駅から電車に乗り、途中新幹線に乗り換え大阪へ。そこで五時間ほどの自由行動の後に駅近くのシティーホテルで一泊。二日目の火曜からはバス移動となり、奈良へ向かう。東大寺や平城京を観光してホテルへ。三日目の水曜は宇治市の平等院鳳凰堂を見てからお茶の工場見学とお茶の入れ方を学び、旅館へ。四日目の木曜日は京都で一日自由行動、ホテルに泊まる。最終日の金曜は帰りの道中で姫路城と後楽園に寄って学園へ。


 お寺というかなんというか、修学旅行のサブタイトル通り、まさしく『――神社仏閣庭園名城――歴史建造物巡りの旅』だ。


「折角の旅行なんだから、もっと遠くの北海道とか、沖縄とか行きたかった」


「彩花が言うのも一理あるな。その二択なら俺は北海道に行ってみたかった。カニとかウニとか旨そうなものも多いし」


 おもむろにメニューを広げ、割り箸で『カニグラタン』を指す。僕としてはマカロニグラタンの好きだ。カニはなんというか……あの固い殻から身を取り出すのが面倒であまり食べたいとは思わない。手が疲れるんだよね。


「康介は食い意地が張ってるわね。でも、この時期に北海道、沖縄ってどうなのかしら。どっちも夏と冬ってイメージがあるのだけど」


 今は十一月の秋。観光としては紅葉の季節ってところだけど、北海道や沖縄はこの時期どうなんだろう。沖縄はまだ暑いのかな。北海道はもう雪とか降ってるのかな。


「……ねぇ、どうしてB組のあんた達は国内しか出てこないのよ。遠いところって言うのなら、それこそ海外でしょ」


「ペルー、カンボジア、スペイン。行ってみたいね」


「スペインは分かるけど、どうしてペルーとカンボジアなの?」


「マチュピチュ、アンコールワット、サグラダファミリア。世界的に有名な歴史的建造物を間近で見てみたいの」


「あー、なるほど。……マチュピチュとアンコールワットってそんなところにあるのね」


 綾音さんがため息をつき、葵さんが目を輝かせる。どこへ、と言うのはないけど、僕もいつかは海外へ行ってみたい。


「そういや隣の蓮池の修学旅行は夏に北海道なんだっけ? 涼しそうでいいよな」


「遥、アンタD組でしょ。B組に荷担するわけ?」


「別にアタシは海外へ行きたいとは思わないからなあ。英語喋られないし」


 遥らしい考え方だ。でも、


「遥なら言葉が通じなくてボディーランゲージで何とかなりそうな気がする」


 遥はサバイバル能力が高そうだ。


「褒めてんだか貶してんだか分かりづらいな……。そう言う楓はどこか行きたい場所とかないのか?」


「とくにはないかな。何処かへ行きたいと言うよりも、何処かへみんなと行きたいかな。みんなと楽しければどこでもいいよ」


 素直にそう答えると、何故か遥に頭を撫でられた。テーブルの向かい側では「ボクもボクも!」と彩花さんが手を上げている。


「蓮君はどう?」


「俺も、楽しければどこでもいいよ」


 一緒だ。


「チッ」


 ……今近くの誰かが舌打ちしたような。遥、じゃないよね? 見上げた先の遥は明後日の方角を向いて口笛を吹いていた。


「さすが楓さん。胸を打つ素晴らしい答えだよ。よしっ、ボクもそういうことにする!」


「お姉さん……」


 彩花さんを見る湊さんの目は冷ややかだった。


「で、肝心の修学旅行はどうするんだ?」


 西森君の言葉でハッと我に返った湊さんは、咳払いをして予定表を指差した。


「いくら日程が同じでも、移動は基本クラス単位。電車や新幹線は車両が違うだろうし、バスも別々。施設内でも同時入場は困難だろうから、合流できるのは一日目の大阪と四日目の京都の自由行動と、ホテル。あとは施設内で時間に余裕があれば、ってところかしら。まあでも、無理にそこまでして合わせなくても良いだろうし、実質一緒にできるのは自由行動とホテルに入ってからかしらね。……あ、二日目の奈良は時間があるから大丈夫そうね」


「えぇ~。それだけなの?」


 彩花さんが不満を露わにする。頬をぷくっと膨らませて湊さんに半眼を向けた。


「それだけって、一緒になれるだけいいでしょ? もしD組と日程が時間でもずれていれば、自由行動でさえ一緒になれなかったんだから。A組は初日から奈良観光だって聞いたし」


「えっ、そんなに違うの?」


「二クラス単位でずらしているそうよ。学年全員で押し寄せるわけにはいかないでしょ?」


「たしかに……」


「だから一緒になれるだけでも運が良かったと思わないと」


「……でも、もっとみんなと一緒にいたい。写真撮りたい!」


 彩花さんがぐっと拳を握りしめる。その拳の中には銀色の柄の長いスプーンが、そして頬にはアイスがくっついていた。


「お姉さんはみんなというより、楓さんと写真が撮りたいだけでしょ……」


「何か言った?」


「いいえ何も」


 湊さんがコホンと咳払いして、彩花さんから目をそらした。機嫌が少しだけ悪そうだ。


「とにかく、連絡するときは私から葵さんに電話するから、それで集合場所を決めましょ」


「なんであたしじゃなくて葵なのかしら……」


「綾音が頼りにならないからじゃないか?」


「う、うっさいわね」


 反撃の鈍い綾音さんを見て、遥がにやにやと笑う。綾音さんはさっき彩花さんとテストの出来で争っていたから仕方ないと思う。


「初日の新幹線は新大阪駅着だから、梅田が近いんだよな。そこから道頓堀は近いのか? 通天閣は……行かなくても良いか。楓も特に興味ないだろ?」


「う、う~ん……」


 遥、その言い方は通天閣に失礼なんじゃ……。まあ、僕もそこまで見たいってわけじゃないけど。


「それより、道頓堀って何かあったっけ?」


「グリコの看板」


「あ、それ見たい」


 グリコの看板と言えば、よくテレビにも映る大きな看板だ。せっかくだから実物を見てみたい。


「たこ焼きとお好み焼きは食べないとね。湊、美味しいお店探しといて」


「はいはい。大阪、お好み焼き、たこ焼きと……」


 すぐさま携帯で検索を始める湊さん。姉妹の仲の良さがよく分かる。……湊さんを見ていると、椿を思い出すのは何故だろう。


「葵はどこか行きたいところある?」


「電気店かな。ほしいものがあるの」


「何がほしいの?」


「グラフィックボードだよ」


「……サーフィンでもするの?」


 綾音さんが首を捻った。僕や彩花さん達も意味が分からず頭上にハテナマークを浮かべる。


 グラフィックって、概ね絵とか写真のような視覚に訴える物のことだったはず。つまりグラフィックボードとは、素晴らしい絵画や風景などが印刷されたサーフボードってことかな。葵さんがサーフボードを自前するぐらいに熱中しているだなんて驚きだ。人は見かけによらないとはこのことを言うのだろう。……あれ、でもそれならどうしてサーフボードがほしいのに電気店? もしやサーフボードは僕の知らないところで機械化が進んでいるとか? だからグラフィックボードと名前も変わってたり……。


「楓さん。たぶん考えてること、間違ってるよ」


「……うん?」


 蓮君を見上げる。


「なんで僕の考え――にぎゃっ」


 突然頭を掴まれて無理矢理振り向かされた。百八十度回転した先には遥の顔があった。


「な、なに、遥。首が痛いんだけど……」


「いや、特に何かあるわけじゃないんだが……そ、そうだ! ホテルにチェックインした後の話をしよう!」


 なんで少し慌ててるんだろう。


「ホテル? ご飯食べる、お風呂入る、寝る以外になにかあるの?」


「あるだろいろいろと!」


「たとえば?」


「た、たとえば……一発芸大会とか、枕投げとか、怖い話とか」


「一発芸大会も枕投げも、騒がしくなって先生に怒られるから駄目だよ。宿泊するところでは静かにしないと。……もちろん怖い話も駄目」


 まったく。恐ろしい提案はしないでもらいたい。夜中にトイレへ行けなくなるじゃないか。怖いんじゃないよ。危機管理的な意味で暗闇の中を不用意に動くのはどうかと思っただけ。もしもお化けにさらわれたらどうするんだ。


「楓は真面目だな。こういうときくらいは羽目を外すべきだと思う」


 学園よりもさらに校則の厳しい桜花にいた遥がそれを言いますか。


「三日目の旅館に卓球台があるらしいから、みんなでやろうよ!」


「そう、それだ!」


 彩花さんの提案に遥がすぐさま飛びつく。


 卓球か。ちゃんとした遊戯施設があるのなら、少しぐらいはしゃいでも大丈夫かな。


「どうせ楓は卓球やったことないだろ? 安心しろ。ちゃんとアタシが手取り足取り教えてやるから」


「はいはい! ボクも楓さんに手取り足取り教えたい!」


「お姉さんも卓球なんてやったことないでしょ?」


「ぬぐっ……。じゃ、じゃあさ、二日目のホテルに――」


「なあ、ホテル云々じゃなくて、自由行動でどこへ行くか話そうぜ」


「……康介」


「な、なんだよ」


 彩花さんに睨まれ狼狽える西森君。ちょっと怖い。


 中間考査が終わった晴れやかなの午後。太陽が傾くまで、僕達はそこで来週には現実になる修学旅行の予定についてあれこれと話し合った。

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