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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第81話 プリンとパフェ

 学園を出て目と鼻の先にある桐町アーケード商店街。この街に来て三ヶ月。馴染みとなった商店街は今日も学生服を着た中高生で賑わっていた。ゲームセンターの出入り口にあるクレーンゲームに一喜一憂する同年代の男子女子を横目に、全天候型アーケードの奧へと進む。


「プラナスに集合なんだよな?」


 僕の隣を歩く遥からの問いかけに、彩花さんから届いたメール文を思い出しながら頷く。


「うん。先に入って場所確保してる、だって」


「あのお店なら場所確保なんてしなくても、普通に入れるだろ。平日に満席だったことなんて一度もないってのに」


 繁盛していないわけではないけど、平日は常に空席のある馴染みのお店、ファミリーレストランチェーン店のプラナス。極々一般的なファミレスなんだけど、同じタイプのお店との差別化だろうか、デザートに力を入れているようで他店と比べるとデザートの種類が圧倒的に多く美味しい。そのプラナスで最近僕がはまっているのは月ごとに変わるプリンだ。暦は十一月になったばかり。今月はどんなプリンがあるか少し楽しみだったりする。


「早くパフェを食べたいんでしょ。あの子、あのお店のデラックスレインボーパフェが大好物だから」


「彩花、一人であれを食べちゃうんだよね。初めて見たときは開いた口が塞がらなかったなあ」


「あたしは目と鼻で胸焼けした」


 葵さんがふふっと笑い、遥は眉間に皺を寄せてうげーと舌を出した。デラックスレインボーパフェって、たしかプラナスの定番のデザートで、メニューには四~五人前と書かれたとてつもない大きさのパフェだったような……。それを一人で? ありえない。あれは決して一人で食べられるような量じゃない。


 彩花さんは僕と背丈が似ている。ちょっと僕の方が小さいけど、まあ誤差だろう。その彼女のどこにあの色彩豊かなパフェの入るスペースがあるのか。「甘い物は別腹」だと言っても、物理的に入る量は決まっているのだから限度はある。……謎だ。


「彩花も凄いけど、アタシとしては楓が桜花近くにあるケーキ屋のホールケーキを一人で平らげる方が驚きだ」


「そう? 量的には全然彩花さんの方が――」


『たしかに(ちゃん)の方が凄い』


 綾音さんと葵さんの声が重なる。


「その体のどこにホールケーキの入るスペースがあるのかしら」


「楓ちゃん、小食なのにね」


「小食だから食べられるのかもしれない。……いやそれでもおかしい量だな」


『どこに食べたケーキが収まってる(んだ、の)?』


 ……あれ?


 ◇◆◇◆


「いらっしゃいませ。何名様で――」


「お~い! こっちこっち!」


 笑顔で応対してくれた店員さんの動きが止まり顔が引きつった。聞いたことのある声に視線を向ければ、お店の奥にあるコの字型の窓際テーブルに見慣れた姿を見つけた。


 立ち上がり元気良く手を振る金色の髪をした彩花さんを、双子の姉妹である湊さんが焦った様子で手を下に引いている。西森君は窓の外を向いて我関せず。蓮君は三人を見て困惑した表情を浮かべていた。すでに注文を済ませ、先に食べていたようで、テーブルの上には遠目でも分かるデラックスレインボーパフェが鎮座していた。……もう半分くらい減ってるけど。


「お、お連れ様でしょうか」


「はい、すみません……」


 遠くからこちらに向かってペコペコと頭を下げる湊さんを横目に、僕からも一言謝罪を添える。大学生くらいの店員さんは、苦笑を交えつつも気になさらずにと許してくれた。ただし、あまり騒ぐようだと店長から強制的に退店させられるかもしれないので、できるだけ静かにと釘を刺された。


「お姉さん。ここはお店の中なの。外じゃないの」


「そ、そんなこと分かってるよ。ただちょっとテンションが上がっちゃっただけで……」


「お姉さんももう高校二年生なんだから、そろそろ自重することを覚えようね?」


 テーブルでは湊さんが彩花さんを絶賛説教中だった。ソファーの上に正座する彩花さんと、その姉の両手を握りしめ、まるで小さな子供に言い聞かせるような口調の湊さん。今日は彩花さんがお姉ちゃんの日のようだ。にしても二人の距離が凄く近い。


 そんな二人を眺めつつ、ソファーとテーブルの間を横歩きに進む。僕の一つ奧にいたのは蓮君だった。


「楓さん、こんにちは」


「こんにちは、蓮君」


 蓮君と挨拶を交わしつつ、彼の左隣に座る。鞄を足元に置き、深く腰掛けると足が届かないのでちょっとだけ前に出て蓮君の方を……向いたら学ランだけが見えたので、視線を上げた。気にしない気にしない。


「相変わらずだね、あの二人は」


「最近は静かだったんだけどね」


 蓮君が苦笑する。「二人の仲の良さは」という意味で言ったのだけど、蓮君には別の意味で聞こえたようだ。


「テスト明けだからなおさら気分が高揚しているんだろうね。テスト期間中は死んだ魚のような目をしていたから。毎度のことながら、気持ち悪いぐらい静かだったよ」


 死んだ魚のような目をした彩花さん……。彩花さんは元気なところしか見たことがないので、ちょっと見てみてみたかったかも。などと失礼なことを考える。


「今じゃ見る影もないけど」


「あはは」


 蓮君が大袈裟に肩を竦めてみせる。思わず笑みが零れ、つられるようにして蓮君も微笑んだ。


「……で良かった」


「ん、蓮君、何か言った?」


 小さくて聞き取れなかった。しかし蓮君は小さく首を振る。


「何でもない。それより楓さんはテスト、どうだった?」


「テスト? 悪くはないと思うよ。一応全問解けたから」


「それは凄い。俺は物理がちょっと……」


「物理難しかったよね。僕も問いの七がちょっと自信ない」


「自信ないどころか俺はそこ空白だよ。あれって絶対満点回避のための問題だよな」


「うんうん。教科書でもさらっとしか説明されてなかったもんね」


 僕の場合は運良く手持ちの参考書で詳しく解説がされていたから、なんとか解答欄を埋めることができた。前々から小耳には挟んでいたけど、物理の先生は噂通り意地悪な人のようだ。予習確認の小テストがあったり、毎回レポート提出があったり、中間考査も他の教科より明らかに難易度が高かったりと、なんとなくそんな気はしていた。


「それを楓さんは埋めたんだろ? 凄いなあ。どういう勉強をしているんだ?」


「別に普通だと思うけど」


「普通って言う人が普通だった試しはないんだよ」


 むっ。疑り深い。


「だったら今度の期末考査の時は一緒に勉強する? 今の家には僕と椿しかいないから気兼ねなく勉強できると思うよ。、部屋も一つ余っているし、帰りが遅くなったときは泊まってそのまま学校に行くことも――」


「あー楓。ほらメニュー。注文どれにするんだ?」


 ふいに僕と蓮君を遮るように大きなメニュー表が現われた。受け取り、振り返れば、鋭い目つきをしてどこかを見つめる遥がいた。


「遥、どうしたの?」


「ん、何がだ?」


 しかし僕が呼びかけるといつもの遥に戻っていた。見間違いだったのかな。


「それよりほら、店員が待ってんだから注文決めな」


「う、うん。じゃあ……」


 メニューを両手に持ち、デザートのページを開く。今月のプリンは……とろける自家製生プリンか。美味しそう。


「とろける生プリンと苺のショートケーキセットをお願いします。飲み物は紅茶でミルクのホットを」


 注文を終えてメニューをテーブルに置く。僕が最後だったようで、店員さんは注文を確認すると一礼して去って行った。


「さて、注文を終えたところで、そろそろ修学旅行について話そっか」


 取り仕切るように彩花さんが話を進める。が、すぐに綾音さんが異議を唱える。


「えぇ~。まずは注文が来るのを待って、それからテストお疲れ様でしたって乾杯して労を労わないの?」


「ぎゃー! 労っても良いけど、ボクの前でテストという極悪非道な単語は使わないで!」


 頭を抱えてブンブンと横に振る。よほど悪い出来だったのだろう。湊さんが神妙な面持ちで彩花さんの肩に手を置いた。


「へぇ~。彩花もテストの出来、悪かったのね。自己採点幾つ? 赤点は何教科? お小遣い減らされる?」


 逆に綾音さんは友を得たことで俄然元気になった。点数が上がったわけでも、叱られなくなったわけでもないのに、仲間が一人でもできたことが心強いのだろう。


「綾音。あまり彩花を虐めないの。そんなことをしても、来月のお小遣いは五千円マイナスだと思う」


「ぐうっ」


 しかし葵さんからの容赦ない現実に、胸を押さえてテーブルに突っ伏した。


「五千円……綾音、不憫な子っ」


「彩花に言われたくないわよ!」


 ガバッと勢いよく顔を上げ、彩花さんを睨み付ける。


「へっへーん! ボクの親は成績悪くてもお小遣い減らしたりはしないもんね! 綾音は来月みんながケーキを食べてる横で一人シュークリームの蓋だけの生活だね!」


「ぐぐっ……」


 高校生で五千円と言えばそれなりの金額。いつも行くケーキ屋さんで換算した場合、五千円もあれば美味しいショートケーキやチーズケーキが二十個は食べられる。プリンなら十五個だ。


「うっへへ~。まっ、さすがにそれは可哀相だから、優しい優しいこの彩花さんが、このデラックスレインボーパフェの底の方に溜まってるコーンフレークを恵んであげ――」


「お姉さん、昨日お母さんが今回も成績が悪かったらお小遣い減額するって言ってたの、聞かなかった?」


「うそぉっ!?」


 彩花さんが素っ頓狂な声を上げて湊さんを凝視する。「本当よ」と、とどめを刺された彩花さんは目を見開いたまま、どこか遠くに視線を向けた。


 ……あ、死んだ魚のような目だ。

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