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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部三章 楓と遥
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第80話 テストを終えて

「はいそこまで。鉛筆を置いて答案用紙を裏返して下さい。一番後ろの人から前に答案を回して回収してください」


 テストの終了を知らせる最後のチャイムと、少し遅れて聞こえた先生の声に小さく息を吐き、何かを前へと押し出すように両手を突き出して伸びをした。


「やっと終わった」


「お疲れ様。楓ちゃん、猫みたい」


 ハッとして顔を上げる。いつもなら退出可能時間になると同時に退出していた葵さんが、今は自分の席に座り、僕を見てクスクスと笑っていた。何かに喩えられるのは気恥ずかしいもので、伸ばしていた腕を慌てて膝の上に隠し、はにかんだ。


「葵さんが最後までいるなんて珍しいね」


「一つ分からない問題があって、それを考えていたら、ね」


「葵さんでも分からないことがあるんだ」


 僕の中では、葵さんイコール秀才という式が成り立っていたので、素直に驚いた。彼女は困ったように笑って小さく首を傾げる。


「私でもって、私だってみんなと同じように、解けない問題はたくさんあるよ」


「謙遜謙遜。たくさんある人が100点満点を当たり前のように叩きだしてたまるもんですか」


 葵さんの隣の席でぐったりと机に突っ伏していた綾音さんが、お腹に響くような低い声を出して、葵さんをギロリと睨み付けた。綾音さんは元々切れ長の目をしているので、睨むととても怖い。


「綾音は今回の出来、どう?」


 しかし、そんな綾音さんを葵さんはスルーする。きっと昔からこういうことを言われ続けてきて慣れているんだろう。表情に変化がないし。


「駄目だわ。予想と全然違うところ出てきたし、公式ど忘れするし。今から答案が返ってくる日が怖いわ」


「だからあんなに山を張るのは危険だって言ったのに」


「試験範囲が広すぎて張らないと覚えられなかったのよ」


「それは前もってコツコツ毎日復習していこなかった綾音が悪い」


「毎日復習? なにその言葉美味しいの? ……はあ」


 綾音さんが大きくため息をついて目を閉じ俯いた。この様子だと彼女の言うとおり、数日後には返ってきた答案を見て悲鳴を上げていそうだ。


「葵と楓は大丈夫そうね。またあたしと遥の二人か……」


「何が綾音とアタシだって?」


「きゃっ」


 ガタンと椅子が揺れ、綾音さんが小さな悲鳴を上げる。綾音さんの後ろ、僕の隣の席にいる遥が綾音さんの椅子を引いたのだ。すぐさま振り返り、おそらく抗議しようと開かれた綾音さんの口は、けれども何を発することもなく閉じられ、その代わりとでも言うように目を丸く見開いた。


「なっ……あんたどうしたのよ。その余裕は?」


 そこにはどんよりと落ち込んだ綾音さんとは打って変わって、うっすらと笑みを浮かべた遥がいた。


「ん? そんなに余裕そうに見えるか?」


「見えるわよ! いつもだったらあたしと一緒に頭を抱えて、傷ついた心を癒すためにファミレスでパフェをやけ食いするところじゃない!」


「いや別に、アタシは点数が悪いからって落ち込んだことは一度もないんだが……」


「遥は綾音に付き合ってパフェ食べてるだけよね。落ち込んでいるのは綾音だけよ」


「えっ、そうなの?」


 葵さんが頷く。


「な、なんで? 両親に怒られたりしないの? お小遣い減らされたりしないの!?」


 綾音さんが遥さんの机を叩き、詰め寄る。お小遣いの当たりに力が込められていたから、怒られることよりもそっちが重要のようだ。


「別に。ちゃんと親父の仕事は手伝えているし、二人とも成績でとやかく言うことはないな。基本、うちの親は放任主義だからな」


 放任主義という割りには、遥のご両親は彼女のことを目に入れても痛くないほどに可愛がっているけどね。沙枝の話ではいつも遥の傍に最低一人、ボディーガードとやらがいるらしい。さらにさらに、奈菜の話ではいつも遥の傍に最低もう一人、記録係とやらがいるらしい。どちらもあくまで噂だから、本当かどうかは分からないけど。


「いつもと違って見えるというのなら、そうなんだろうな。実際今のアタシは気分が良い」


 遥はニシシと笑って両腕を首の後ろに回す。綾音さんは言えば苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


 テスト中にチラチラと盗み見していたけど、遥はちゃんと最初から最後までの解答欄全てを埋めていた。彼女の答案は分かりやすく、解けそうな問題なら解答欄を埋め、解けそうになかったらそこは空白にする。とにかく解答欄を埋めようと考えるのではなく、確実に近い答えを出せる解答欄のみを埋めていく。空白を除いた正答率は元々高い。勉強の成果を出せたようだ。良かった。


「……も、もしかしてあんた、楓に勉強を見てもらっていたの?」


「ああ」


 さっきよりも強く綾音さんが遥の机を叩く。


「ずるいわよっ!」


「ずるいって、綾音も私が勉強を見ていたと思うけど……?」


 葵さんの言葉に、うっと声を詰まらせる綾音さん。条件は同じ、あとは本人のやる気と飲み込みの早さ。普段の様子から綾音さんが飲み込みが悪いとは思えないので、きっと本人のやる気の方が問題だったのだろう。山を張るとか範囲が広いと愚痴ることからもそれが分かる。なんだかんだで遥はちゃんと集中して勉強してくれたし。


「まあまあ。済んだことはいいじゃないか。いくらここで綾音が喚こうが結果は変わらないって」


「そのセリフを遥から言われるなんて……」


「ふっふっふ」


 綾音さんが頭を抱える。そんな彼女を見て、遥はいやらしく笑う。


 そんな笑い方はいけません。と遥に視線を送る。すぐに気付いた彼女は咳払いをして、なあ、と話を切り出した。


「今日はこれからどうする?」


「うーん。そうだね……」


 遥に問われ、首を捻る。学校は後ホームルームだけで終わり。半日空くからそのまま帰るのはもったいない。


「どうするって決まってるじゃない。ねえ、葵」


「うん」


 決まっている? 何か予定が入っていたっけ。記憶を探るがそんな話をした覚えはない。遥も分からないようで、肩を竦めて見せた。


 と、そのとき。鞄の中の携帯電話が振動した。こっそりメールを確認すると、差出人は彩花さんだった。


『テストお疲れ様~! テストはどうだった? ボクはもうぜんっぜんダメだったよ~。また湊にバカにされる……。あっねそうそう。この後だけど、プラナスに現地集合で良いかな? こっちはもうホームルーム終わったから、先に行って良い席確保しておくね!』


 ……なんの話だろう? 文面からしてボクと何らかの約束を取り付けていたような感じだけど。


「……遥。あんたまさか、楓に話してないの?」


「なにを?」


 きょとんとする遥を見て、綾音さんの目が鋭くなっていく。


 ……なるほど。なんとなく読めた。


「今日の放課後、彩花達と集まってテストの打ち上げと修学旅行の予定を話し合おうって、あたし昨日あんたに電話したわよね? それと、絶対楓に伝えて頂戴としつこいくらいに念を押したわよね?」


「昨日の電話……? あー」


「あーじゃないわよ!」


 三度、遥の机から耳障りな音が教室中に響いた。

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