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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第10話 椿と遥が内緒話

 始業式は特にこれといった事もなく終わり、僕と遥はロングルームのために教室に戻ることにした。けれど、体育館から教室までの道中で再び質問攻めに会い、ただ教室に戻るだけだと言うのに20分もかかってしまった。遥が間に入って仲介してくれていなかったら、教室に戻れたのはロングルーム開始と同時だったかもしれない。


 教室前まで来ると、トイレへ行ってくると言う遥と分かれて教室に入った。窓際最後尾の席に座り、一息つく。ふと視線を前に向けると、葵さんが女の子と話しているのが目に入った。


「あ、四条さん、おかえりなさい」


 僕に気付いた葵さんが話を中断してこちらを向く。葵さんと話していた女の子も、葵さんにつられるようにしてこちらを向き、僕を見た。


「ただいま。えっと……」


 まだお互い自己紹介をしていないので、何と呼んでいいのか困り、言い淀んでしまう。


「あ、自己紹介してなかったね。私は朝霧葵(あさぎりあおい)。葵って呼んで」


 僕の様子に気付いたのか、そう言って朝霧さんが先に挨拶をしてくれた。


「えっと……僕は四条楓。僕のことも楓でよろしく」


 僕が少し焦りながら返すと、葵さんは少し驚いたように目を丸くした。けれどそれは数瞬で、すぐに「よろしく」と微笑んだ。……何に驚いたんだろう?


「あ、あたしもあたしも。あたしは葵の幼馴染の白水綾音(はくすいあやね)。綾音でよろしくっ」


 綾音さんは僕の手を掴むとブンブンと上下に振った。


「えっと、よろしく。綾音さん」


 綾音さんは黒色で短めの髪をポニーテールにして、いかにもスポーツできますって感じの子だ。身長も遥と同じくらいありそう。


「そんな硬くならずに。『さん』なんて付けなくていいから」


「や、それは……まだ初対面だから」


 ……そういえば奈菜と友達になったときにも同じようなことを注意された。『もっとフレンドリーに』だとか。とは言え、いくら奈菜からの忠告でも、初めから呼び捨てはさすがに無理がある。


「気にすることないって、ねぇ葵?」


「うん」


「あー、無理無理。楓って真面目だから、すぐに呼び捨てなんてできないから」


 遅れて戻って来た遥が、そう言いながら席に座る。


「アタシも楓に『遥』って呼んでもらえるようになるまでどれだけかかったか……」


 昔を思い出すように、遥は目を閉じて腕を組み、うんうんと頷く。


「そうなの?」


「桜花の生徒だからな。アタシ達とは出来が違うんだよ」


「あたし達って、あんたも中学まで桜花通ってたんじゃないの?」


「だからここにいるんだろ?」


「あぁ……合わなかったってことね」


「そういうこと」


 自嘲するように笑う遥。全然そんなことないと思うけど……。


「だったらあたしも楓さんって呼んだ方が良いかしらね……」


 綾音さんが一度僕を見た後に、遠慮がちに遥にたずねる。


「別にどっちでもいいんじゃないか? なあ楓?」


 遥が同意を求めて僕に視線を送る。


「うん。これは僕の問題だから、綾音さんと葵さんは僕のことは何と呼んでもらっても」


「そう? だったらあたしは楓で」


「私は楓ちゃんって呼ぶね。いいかな?」


「う、うん」


 『楓ちゃん』かぁ。ちゃん付けで呼ばれたことなんてないから、ちょっと恥ずかしいけど……仕方ないか。


「それにしても……」


「えっ? な、なに?」


 綾音さんが顔を近づけて僕の頬に触れた。内心心臓が飛び出そうなほど驚いたけど、なんとか平静を装う。


「ホントお人形さんみたいね」


「だろ? ――っと!」


「わっ!?」


 突然遥が僕の体を持ち上げ、自分の膝の上に乗せた。何事かと見上げる僕に、遥はぎゅっと僕の体を抱きしめて笑ってみせた。


「これアタシんだから勝手に取るなよ」


「いや、あたし女だから……って、えっ、ちょっと、あんたってそういう趣味の人だったの……?」


 綾音さんが遥を変な目で見る。


「そういう趣味ってどういう趣味だよ。アタシは綾音が思ってるような趣味の人じゃないっての」


「『ゆ』で始まって『り』で終わる人じゃないの?」


 それ、まったく分ける必要がないと思う。


「違う違う。アタシはいたってノーマル。ただ例外的に楓のことが底抜けに好きなだけだ」


「それのどこがノーマルなのよ……」


 綾音さんが頭を抱えてしまった。僕はそんな二人を尻目に、そっと周囲の様子をうかがった。僕が転校初日だからか、もしくは遥の奇行のせいかは知らないけど、クラスのみんなが僕たちに注目していた。


 ……恥ずかしい。僕は羞恥で赤くなった顔を隠すように下を向いた。


「とりあえずあんたが変人ということは分かったわ」


「これのどこが変人なんだよ。いたってノーマルじゃないか」


「どこが!?」


「可愛いものを愛でるのは人間として普通だろ?」


 そう言いながら遥が僕の頭を撫でる。


「その発言自体には賛成するけど……」


「ほらな」


「なにが『ほらな』よ!」


 二人が言い争い始めた隙を見計らって、僕は遥の膝からおりて席に戻った。


「……はぁ。まったく遥は」


「お疲れ様。初日から大変ね」


 一息ついていると、葵さんが笑顔で話しかけて来た。


「あ、うん。ありがとう。でも、遥はいつもこんな感じだから」


「そうなの? 私はこんな嬉しそうな遥は始めてみたかも」


「そ、そう?」


 僕の知る遥は、いつもこんな調子だったから、葵さんの言葉に少し驚いた。


「本当に遥は楓ちゃんのことが好きなんだと思う。あ、もちろん綾音が言ってるような変な意味でじゃないよ?」


「そう、なのかなぁ……」


 いまいちよくわからない。変な意味と、変じゃない意味とでは一体何が違うのだろう。


 それにしても、綾音さんはともかく、葵さんみたいな物静かそうな人がどうして遥の友達なんだろうか。ふと聞いてみようかと思ったけど、それは失礼な気がした。


「か、楓は、この後、な、何か用事あるか? ……はぁはぁ」


「ん、特にないけど……」


 答えながら視線を向けると、何故か肩で息をしている遥と、机を挟んで向かい側の綾音さんが、こちらも肩で息をしながら悔しそうに遥を睨んでいた。葵さんと話している間に二人は何をしてたんだ……。


「はあ、はあ……ふぅ。んじゃさ、近くによく行くファミレスがあるから、そこで昼飯ってのはどう?」


「お昼? あ、そうか。今日学校お昼までなんだ」


 遥に言われて気が付いた。なんとなくお昼は学食でと思っていたけど、午前中で終わるなら別に学食へいくことはない。それならと、了承しようとしてふと考える。椿はいつも学校が半日で終わるときはどうしてるんだろう? 家でご飯を作ってくれているのは椿なので、椿に合わせないといけない。


 僕は時計を見て、まだロングホームまで時間があるのを確認すると、椿にメールで聞いてみようと鞄に手をかけた。とその時、机にわずかな振動が伝わってきた。もしやと思いつつ鞄を開けると、携帯電話前面のディスプレイが暗闇の中で七色に光っていた。


「ん、どうした?」


「メールみたい」


「一応携帯使用禁止だからこっそり使えよ。風紀委員に見つかったらただじゃ済まないから」


「あんたそれで何度も携帯没収されたわよね」


「うっさいな」


 遥の忠告に従って、窓の方を向いて、こっそり携帯電話を開く。メールは椿からだっだ。


『タイトルなし。本文 今廊下にいるから出てきて』


 携帯をポケットに仕舞って廊下を見ると、教室後ろの扉近くに椿が立っていた。居心地悪そうにそわそわしていたが、僕と目が合うと嬉しそうに手を振った。


「あれ、あの子1年じゃない?」


「どこだ?」


「ほら、あそこ。校章が白色の子いるでしょ?」


 綾音さんが椿を指さす。学園は学年によって制服の胸元に取り付ける校章の色が違う。今年度の場合だと1年は白、2年は黒、3年は銀、とのことらしい。2年の教室が並ぶ三階では、白色の校章は目立っていた。


「あの子は……あ、なるほど」


 葵さんが椿、そして僕を見て呟き、頷いた。なんだろう……?


「あそこって言われてもなあ……アタシ目悪いから」


「じゃあなんで一番後ろにいるのよ」


「クジ運のおかげで」


「そんなことでノートと……らないわよね。あんたは」


「まーな」


「いつもノートを借りてる葵の前でよく堂々と言えるわよね……って、あの子こっち見てない?」


「あ、うん。妹が来たからちょっと行ってくるね」


「あぁ。楓の妹さん……妹?」


 綾音さんが首を捻っていたけど、なんとなくその理由が分かってしまったので、それには触れずに廊下に出た。


 ◇◆◇◆


 廊下に出るとすぐに椿が駆け寄って来た。さすがにここでは目立つので、少し教室から離れたところで用件を尋ねることにした。


「呼んでくれればいいのに」


「だってわたし一年だし」


 気持ちはなんとなく分かるけど、僕がメールに気付かなかったらどうするつもりだったんだろう。


「で、何の用?」


「朝言うの忘れてたんだけど、午前中に学校終わる時は、お昼は外で食べてね。わたしは部活でそのまま学校に残ることあるから」


 ちょうどよかった。その件について椿にメールしようかと思っていたところだ。


「うん。分かった。今日は友達と食べて帰るよ」


「もう友達できたんだ。やった。よかったねっ」


 椿が自分のことのように喜ぶ。僕はそれを複雑な気持ちで頷いた。うーん。これじゃどっちが姉なんだか……。


 そんなことを考えていると、ふと背後に気配を感じて振り向いた。


「……なんで遥が来てるの?」


「楓の妹、っていうのがどんな子か気になったから」


 遥は悪びれた様子もなく答える。


「あの、四条椿です。お姉ちゃ…じゃない、四条楓の妹です」


 椿が背筋をピンと伸ばして頭を下げる。先輩だから緊張しているのだろう。


「アタシは水無瀬遥。楓とは中学で一緒だったんだけど、偶然また同じクラスにね」


「中学ってことは、桜花ですか?」


「そういうこと……ああそうだ。ついでにちょっと話したいことがあるんだけど……いいか?


「はい、わたしはいいですけど……」


 首を傾げながら椿は頷いた。


「じゃ、楓はちょっと離れてて」


「ん? どうして?」


「いいからいいから」


 シッシッと遥が僕を追い払う。渋々遥から離れると、遥は椿を連れて廊下の隅の方へ行ってしまった。


 ◇◆◇◆


 廊下の隅までやってくると、遥は椿の肩を抱き、耳に顔を近づけた。


「あー……。どう話せばいいか……」


 遥にしては珍しく、落ち着きなく目をキョロキョロさせ、歯切れも悪かった。


「アタシさ、楓とは三年ちょっとの付き合いでな。それで、楓が『男』だったってことも知ってるんだけど……」


 『男』という単語を、一段とボリュームを絞り、囁くようにして椿に告げる。


「えっ――」


 椿が小さく声を上げて遥を凝視した。


「どうしてそのことを知っているんですか? まさかお姉ちゃんが――」


「いやいや。楓から直接聞いたんじゃないんだけどな。ちょっとした成り行きというか……まっ、いろいろあって知っちまったって感じなんだけど……あ、このことを楓には内緒な。絶対アイツ怒るから。楓が怒るとアタシの財布の中身が厳しくなるんだよ」


「は、はい……。分かりました」


 苦笑しながら言う遥に戸惑いながらも椿は頷く。


「それで本題だけど……最近、楓の様子が変なんだ」


「変……ですか?」


「ああ。奈菜……桜花の友達が言うには、とくに転校することが決まった辺りかららしいんだ。なんかアタシ達をあまり頼らなくなったんだよ。前は困ったらすぐにアタシや奈菜に相談してたのにそれが少なくなってさ」


「は、はあ……」


「ま、だいたい理由は想像つくけど……」


 遥は視線を椿から楓に移す。ジッと二人のことを見ていた楓は思わず目をそらした。


「あの……水無瀬先輩?」


 楓に視線を送る遥に、おそるおそる椿が話しかける。


「ん、あー悪い。……ってアタシのこと先輩なんて呼ばなくていい。そういうガラじゃないし。気軽に遥でいいから」


「いや、そんな――」


「いいからいいから。本人がいいって言ってるんだから遠慮しない。変わりにアタシも椿って呼ぶから」


「……では、遥先輩って呼ばせてもらいます。先輩は先輩ですから」


 椿の言葉に遥が歯を見せて笑う。


「そういうところ、楓の妹だって思うよ。……で、椿。ちょっと楓のことで協力してほしいことがあるんだけど」


「はい。なんでしょうか?」


「アイツ体弱いだろ? それなのにさっき言ったように突然頑張りだしてさ、無理しないか心配なんだよ。だから、そっと楓のことを手助けしてやってくれないか?」


「は、はい。お姉ちゃんのためだというのなら……」


 椿はしっかりと頷いた。


「ありがと」


 遥は満足そうに椿の頭をぽんぽんと叩く。


「……でもどうしてお姉ちゃんのことをそんなに気にかけてくれるんですか?」


 椿の問いに、遥は一瞬目を丸くするが、すぐに笑って、


「アタシは楓のことが大好きで、一番の親友だからな。それに、楓にはいろいろとお世話になったから、今度はアタシが、ってね」


 そう答えると、椿の返事を待たず遥は楓の元へ戻っていった。


 ◇◆◇◆


「結構長かったけど何話してたの?」


 やっと戻って来た遥に、何を話していたか気になっていた僕はすぐに尋ねた。


「ん? ただ、椿にアタシや奈菜がいないところでは楓をよろしくって頼んだんだよ」


 遥から少し遅れて戻ってきた椿の肩に遥が手を置く。


「なんで遥がそこまで気にするんだよ」


「まあまあそう言わずに、ちゃんと椿の言うことは聞くんだぞ?」


「なにその小学校の引率の先生みたいな言い方……」


「お姉ちゃん、ごめんね」


 僕が遥をジト目で睨むのを見て、椿が申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる。


「別に椿が謝ることじゃないよ。悪いのは遥なんだから」


「お姉ちゃん怒ってない?」


「全然」


「よかったあ……」


 僕の言葉に、椿はホッと胸をなでおろした。


「あ、そろそろロングホーム始まるから戻るね」


「うん」


 椿は手を振りながら早足で階段を下りていった。


「楓、まさか怒ったか?」


「……まあ、僕のことを心配してくれてのことだろうから、怒ってはないよ。奈菜に任せたって言われた手前もあるんだろうし」


 奈菜の「任せた」は、僕のことを遥に任せた、という意味のことだろう。薄々は感づいていた。


「さすが楓。……あー、そういえば、昼どうする?」


「僕は大丈夫」


「よし。じゃ、葵と綾音にも聞いてファミレスいくか」


「うん。そうだね」


「…そこで相談なんだけど」


「奢らないよ」


 間髪いれずに答えると、遥は肩を落として項垂れた。

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