第12話 ”人ならざる者”同士が交わす言葉
今回もナチ視点でのスタートです。
セリエルさん・・・凄い表情をしていたけど、大丈夫かな・・・?
帰宅したナチは、軍服から部屋着に着替えながら考える。その後、カバンの中に入れていた厚みのある袋を取り出す。
「やっと、この本が読めるぜ♪」
この日、ナチがクウラの元を訪れたのは、彼に頼んでいた本を受け取るためだったのである。父親の影響で書物をたくさん読む事が好きなナチは、早速読もうと本の表紙をめくる。
「ん・・・?」
本を開いた瞬間、何か紙キレのようなモノが床に落ちる。部屋の床が絨毯だったため、表紙をめくらなければ、一生気がつかなかったのかもしれない。
・・・手紙?
本の中から出てきた紙は、手紙の入った封筒だという事に気がつく。「今時、なぜ手紙が入っているのか」と疑問に感じたナチであったが、とりあえずはその内容を読んでみる事にした。しかし、文面を読み始めて数秒後、彼の表情が一変する。
「・・・これは・・・!」
※
一方・・・セリエルは誰かに殴られた衝撃で、意識を失っていた。
「う・・・」
意識がはっきりしてきたセリエルは、ゆっくりと瞼を開く。
気がつくと、両腕を縛られたまま、何かの上に横たわっていた。頭は殴られた事もあり、まだ痛みを感じる。それがより一層、セリエルの意識をはっきりさせたようだ。
「気がついたようだな・・・」
頭上を見上げると、そこには黒髪・銀の瞳を持ち、背中に漆黒の翼を生やした男が立っていた。
「あんたが・・・“悪魔”・・・?」
「ほぉ・・・悪魔を見て、怖くはないのか・・・」
悪魔の台詞を聴いた直後、セリエルは一瞬黙る。
「・・・何なら、本当の姿を見せてくれてもいいわよ?」
逆に相手を揺さぶるような表情で、セリエルは悪魔を見る。
しかし普通の女性だったら、悪魔を目の前にして堂々としている事は無理に等しい。おそらく、セリエルだからこそできる事なのかもしれない。
「例の猟奇殺人事件・・・あんたの仕業なの?」
とりあえず、身動きの取れないセリエルは事件の事を訊ねようと話しかける。
その切り替えの早さに、最初は悪魔もきょとんとしていたが、すぐに口を開いて話し始める。
「悪魔とは、異性の魂を好む生物・・・。信者達が連れてきた人間共の魂を戴いていただけだ・・・」
「・・・行儀の悪い悪魔だこと・・・!」
犯行を認めるような言動を聞いたセリエルは、拳を強く握り締めながら必死で怒りを抑えていた。そして、静かに悪魔を睨みつける。
しかし、その表情を見た悪魔は、逆に機嫌の良さそうな表情になってこう告げた。
「・・・戸惑いのない、純粋な怒りの心・・・お前、なかなかいい表情をするではないか・・・!」
そう言った直後、悪魔の色白い手がセリエルの頬に触れる。
「顔もそこそこ美人だし、何より意志が強い・・・。人間の女とは、美しい者ほどその魂も美味いというものだ・・・!」
そう呟きながら、色白な指は頬から首筋に、首筋から胸の方へスーッとなぞるように移動していく。
「・・・・・!!」
セリエルは顔を少し赤らめながらも、そっぽを向いて何とか動じていない雰囲気を出そうとしていた。
「・・・言っておくけど、あんた達悪魔が私を“食べる”のは不可能なの。なぜだか、わかる・・・?」
「・・・なぜそう言い切れる?」
“不可能”という言葉に反応する悪魔。
「さぁ・・・なぜでしょうね?あんただって悪魔なんだし、自分で確かめてみれば・・・?」
そう言ってセリエルは鼻で笑った。
「・・・口数の減らない女だ・・・」
その一言が気に障った悪魔は、右手でセリエルの胸をつかみ、握りつぶすように強く抑え始める。
「あっ・・・!!!」
押しつぶされそうな痛みに絶叫しそうなセリエルだったが、歯を食いしばって悲鳴を上げないよう無意識の内に努めていた。
ギリギリギリ・・・・
どんなに胸を締め付けても、セリエルは一言として悲鳴を上げなかった。苦痛を感じている時の表情と叫びは、悪魔にとっては快楽であった。しかし、セリエルが自分の思うようにならず、悪魔のイラつきは強まる。
「まぁ、いい・・・。人間とあまり戯れるつもりは、ないのだから・・・さっさと済ましてしまうか・・・」
そう呟いた悪魔は、先ほどとは比べ物にならないくらいの邪気を発する。
・・・一層、死んでしまった方が楽なのかもね・・・
セリエルは無駄な足掻きをせずにここで殺されれば、自分が“世界を滅ぼす兵器の鍵”という宿命から逃れられるのではと考え始めた。そして、自分がいなくなる事で“星の意志”に逆らう事ができるのではないかという考えを持った瞬間、殺される事に恐怖を感じなくなっていた。否、恐怖はもとより彼女には失うモノなどない。「人間のように生きようとも、所詮は異質な生き物」――――――そう考えて今まで生きてきたのだ。
悪魔の瞳が銀から真紅に染まり、振り上げた右手からは鋭い爪が見える。その右腕が、セリエルの華奢な肉体を引き裂こうとした瞬間・・・
バチバチバチッ!!!
悪魔の右手が彼女の胸のギリギリまで振り下ろされた時、何か電撃のようなモノに弾かれる。その光景を見た信者達は、何が起きたのかとざわめき始める。
「なんだ、あの娘は・・・!?」
「なぜ、人間の身体から電撃が・・・??」
周囲がざわつく中、悪魔は電撃で少し焦げた、自身の右手を見つめていた。
「・・・どうやら、私は“彼”と違って、魔法が使えるみたいね・・・」
意味深な台詞を言いながら、複雑な表情で嗤うセリエル。
“星の意志”が、私に魔法の使い方を教えてくれた・・・。“そう簡単に死なれては困る”という警告のつもりかしら・・・?
炎の術で自分を縛っていた縄をほどいたセリエルは、ゆっくりと起き上がりながらふとそう思った。
自分が横たわっていた台座を降りると、視線の先には、先ほどの悪魔がいた。
「・・・アビスウォクテラ(この世界)の人間は、魔術を使えないと聞いていたが・・・」
悪魔は今起きている事が信じられないような表情をしていた。
「あんたたち、悪魔なら・・・この痣が何を意味しているのか理解できるのでは・・・?」
そう呟いたセリエルは、自分の右目下にある痣を指差す。
悪魔は目を細めるようにしてセリエルの痣を見つめる。数秒後、セリエルが何を言いたかったのか理解できたのか、その場でため息をつく。
「“世界の心”を意味する痣・・・そうか、お前がこの世界の・・・」
そう口に出した直後、うなだれるようにして玉座に腰掛ける。
「・・・「食えない」と言った意味・・・理解できたようね?」
「お前は、俺達悪魔が“星の意志”には関わりたがらないのを・・・知っていたんだな?」
「みたいね」
「“みたい”・・・?」
悪魔が不思議そうな表情をすると、セルエルは自身の腕をみつめる。
「・・・私が持っている能力は皆、“彼が持っていないモノ”らしいから・・・」
だから私には魔術を・・・“彼”には剣を扱えるようにした・・・みたいね・・・
その場で考え事をしていると、悪魔は腕を組みながら考え事をしていた。そして、何かを思いついたのか、閉じていた瞳を開く。
「・・・そろそろ帰るか・・・・」
「えっ・・・・!!?」
悪魔の台詞を聞いた信者達が驚く。
「プライドン様・・・このまま人間界で、お力を貸していただけるのではないでしょうか!!?」
信者の一人が、すがるようにしてプライドンの前に出てくる。
ビチャッ
プライドンが腕を一振りしたかと思うと・・・その信者の首が飛び、地面が血だらけになる。
「家畜にも劣る下等生物が・・・きやすくわたしに触るな・・・!!」
「やめろ・・・!!!」
このままでは、この場にいる人間たちを皆殺しにしそうな勢いだったため、セリエルはプライドンの前に立ちはだかる。
「・・・“人ならざる者”のお前が、なぜ人間を庇う?」
「・・・!!!」
“人ならざる者”という言葉に、セリエルはドキッとした。
「・・・あんたに話す義理はない」
「ふん・・・どこまでも掴めない女だ・・・」
プライドンはそう呟くと、フッと後ろを向く。
「・・・この世界では、日々人間が殺しあっているのに、なかなかいないもんだな。・・・“契約”できる人間・・・」
「“契約”・・・ですって?」
セリエルですら知らない“契約”という言葉に、悪魔は不可思議な顔をする。
「・・・“契約”とは、悪魔が特定の人間と交わす約束。力を貸す代わりに、全てが終わればその肉体と魂を我々に捧げる儀式だ・・・」
「・・・一体、なんのために・・・」
「さぁな。“なぜ”と言われても、悪魔(我々)の本能的な行為だから説明などできん・・・」
「じゃあ、あんたはなぜ、その”契約”とやらをしたいの?」
その後、プライドンは一瞬だけ黙る。
「さぁな・・・。ただ、同族で今、“もう一つの世界”で1人の女と契約している。・・・そいつの様子を見てなんとなく・・・かもな・・・」
話を聴くのに夢中になっていたセリエルは、一瞬の内にこの悪魔が飛び去ったのに気がつく事ができなかった。
「おい・・・あんたが撒いた種なんだから、きっちり片付けをしてから消えろ・・・!!」
どこに消えたかわからないセリエルは、辺りを見回す。
崇拝する悪魔の姿が見えなくなった事で、呆然とする信者達。
「っ・・・!!?」
その直後、セリエルの頭に頭痛が起こる。
『・・・一つ忠告しておいてやろう・・・』
「えっ・・・!?」
頭の中に声が・・・。もしやこれ、精神感応能力・・・?
頭の中に、姿を消した悪魔の声が聴こえる。
『・・・“8人の異端者”に用心することだな・・・』
「!!!!?」
その台詞を聞いたセリエルは、驚きの余り言葉を失ってしまった。
こうして悪魔がその場から消え去り、彼女の足許には1枚の黒い羽が落ちていたのだった――
その後、ナチが呼んだ軍人達が、悪魔崇拝を行っていた信者達を逮捕する。彼らは悪魔の手によって記憶を書き換えられたのか、一連の事件は自分たちの犯行である事を認めた。
そしてナチの同期であるクウラは、“悪魔信仰”を行う集団の存在を知り、軍の特命で潜入捜査を行っていた。しかし、バレたら自分も殺されかねない事を理解していた彼は、友人であるナチに手紙を託すことで、もしもの時に動いてもらう予定だった―――――信者達を連行し終わった後、クウラはセリエルに事の真相を話した。
そして全てが終わり、セリエルとナチは再び、帰り道を歩く。
「それにしても・・・えらい目に遭いましたね・・・・」
「そうね・・・」
ボーッとしながら歩いている事に気がついたナチは、セリエルに声をかける。
「怪我・・・大丈夫ですか・・・?」
「え・・・?」
「・・・やはり、ボンヤリしていましたね。俺の話、聞いていましたか・・・?」
セリエルがナチの方を見ると、彼は少しムスッとした表情をしていた。
彼女自身、ナチの声は聴こえていたけれど、考え事をしていたので応えてあげる余裕がなかっただけの事であった。
「怪我の方は、問題ないわ。・・・心配してくれて、ありがとう」
「あ・・・いえ・・・」
柔らかい表情で笑うセリエルを見たナチは、ドキッとして顔を赤らめる。
考え事・・・ナチ(彼)の前ですると心配しちゃうから、寮に帰ってからの方が良さそうね・・・
とりあえずは考え事をするのを辞めたセリエル。だが、その頭の片隅には、去り際に言った悪魔の言葉が消える事なく残っていた―――――――
いかがでしたでしょうか。
セリエルが言う”彼”と、プライドンが語っていた同族の話は、アレン編を読まれた方は何を意味しているかおわかりだと思います。
ちなみに、悪魔であるプライドンの由来は、7つの大罪「傲慢」からつけました。
日常生活で出てくる言葉を1・2文字変化させてキャタクターの名前を決めるのって結構面白いですよね♪
さて、次回はアレン編でスタート。
新たな仲間を得た彼らの旅は、どんな展開を見せる・・・?
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