第二章 失敗作品.3
人喰いジョーズは、数年前にも噂になった都市伝説だ。
数年前、それでも随分と昔に感じるのは、この数年の間に世界が大きく変わったためだろう。
科学を用いた技術が主流だった数年前、その噂は街を埋め尽くした。
『喰われた者には二度と出会えない。なぜなら人喰いジョーズはその荒々しい性格から、血も肉も涙も、全て喰らい尽くしてしまうのだから』
骨だけ残す殺人鬼。
行方不明者を三十人以上生み出した人喰いジョーズ。
その結末は、犯人逮捕……とはいかず、ちょうど侵略者戦争前にその活動が止まったこと。
人喰いジョーズは宇宙人でスパイだった、という噂が戦争直後はされていたが、今となっては遠い昔の話である。
「……人喰いジョーズ、ねえ。で、それがどうしたんだ?」
「それが復活した、という噂があるの知ってる? そして、その噂と同時期に何人も行方不明者が出ているのも事実。都市伝説なんて言ってる場合じゃないのよね」
愛葉は神妙な顔でそれを言うと、近づけていた顔を離した。
若干、顔が赤くなっていたが、ナインは気付かなかったようだ。
「なるほど。その話からすると、お前の学校の生徒で犠牲者がいるのか。で、生徒会長のお前は、事の真相を突き止めたいと」
そうなんだよね、と頷く愛葉を見て、しかしナインは首を傾げた。
「んで、なんで俺にそれを話すんだ?」
愛葉は遠慮する事無く(ナインを碌でもない奴だと解っているので)言った。
「アンタが人喰いジョーズじゃないの?」
ナインの動きが止まった。
「………………は? いや、無い無い。あり得ない」
ナインは冷や汗一つ流さず首を振る。
「いくら食い扶持に困ったとしても、人を食うような真似はしないぞ。俺を馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿。その人喰いジョーズだって、本当に人を喰ってる訳無いでしょ? 殺してる、って意味よ。で、やっぱり違うか」
「…………穏やかじゃないな」
粗方食事を終えているとはいえ、食事中にする話じゃない事は確かだろう。
「アンタ、日中から街中うろついてんでしょ? なんか手がかりになりそうな話とか無いの?」
「無いな。普通そういう奴は夜中に行動してるんじゃないか? ……けど、それは人喰いジョーズの噂を使った、何らかの陰謀だとは思うな」
「……どういうことよ」
話の内容が内容だけに、二人の声は小さくなる。従って、二人の距離も近くなる。
「今噂になっている人喰いジョーズと、昔噂になった人喰いジョーズは別物だと俺は思う」
「……理由は?」
ナインは少し辺りを見回して、誰かが聞き耳を立てていないか伺う。
店内は賑やかで、盗み聞きされる心配はないとナインは判断し、少し迷ってから小声で愛葉に教えた。
「…………前の人喰いジョーズは死んだからだ。その人喰いジョーズは、本当に人を喰えたらしいがな」
真面目な顔でナインが語っているため、本当だと悟りながら、愛葉は尋ねる。
「アンタがなんでそんなに昔の事に詳しいのかは置いておいてあげるわ。じゃあ、アンタは今の行方不明者は一体どういう事だと思うの?」
「それは解らないな。でも少なくとも、昔との関連性はないと思うぞ」
「……あっそ」
少し考えて、愛葉は席を立ち上がった。ナインもそれに続くのだが、それに愛葉は怪訝そうな顔をした。
「……何?」
「いや、心配だから」
「っ!?」
急に赤面し、ナインに指を向ける愛葉。向けた指が震えている。
「ちょっ、な、何いきなりそんなこと言ってるのよ!」
怪訝そうに首を傾げるナイン。
「いや、俺はお金持ってないからさ。もう話は済んだんだろ? 食べ終えたし」
財布を振ってお金がない事を示すナイン。料理の方も綺麗に食べ終わっている。
「あっ……」
瞬間、自分が何か勘違いしていた事に気付く愛葉。顔の赤みが引いて行く。
「ん?」
何が何だかさっぱり解らないという顔のナイン。
「……………何でも無い」
ぷいとそっぽを向き、会計を済ませる愛葉。まだ若干顔が赤かった。
「何だよ、変な奴だな」
二人は気付かなかった事だが、このファミレスの気温が急激に上がったり下がったりしていたりする。それが都市伝説になってしまったりするのも、二人は知らない。
愛葉のスキル『空全絶護』は、空気に関する全てを操る。気温も、例外ではない。
☆ ☆ ☆
同時刻。
魔兵専門学校黒嶺学園内部、図書館。
黒嶺学園は日本で最高の魔兵専門学校である。魔兵、魔力を扱う兵士、それを育成するのがこの黒嶺学園だ。設立から四年とまだ歴史は浅いが(といっても、魔力の証明から最も早くに設立された学校だが)、その分施設は新しい。
敷地面積、教員数、生徒数、設備、その全てが日本一、魔力研究の最先端の学校。
その内部にある図書館も、膨大な量の情報を抱え込んでいる。
魔導書こそ無いが、日本の学生の情報は全てそこに集められていた。許可無く侵入しようものなら、それに使用した機器本体及び周辺電子機器全てを破壊するプロテクトが掛かっている。もはやそこまでいくとウイルスにも思えるが。
逆に、許可さえもらえばある程度の情報は手に入るということだ。
生徒会副会長、倉崎リオは、閲覧用のパソコンを前に震えていた。
「……そんな。アイツは——」
倉崎の前のディスプレイには、とある生徒の名前とその在籍する学校、その成績が映し出されていた。
スキルや個人情報に関しては、さすがに生徒会でも簡単に閲覧する事は出来ない。まして、気になったから、という理由では当たり前だ。
「ちょっと気になる奴がいてね、そいつの情報を調べてほしいんだけど」
倉崎が愛葉にそう言われたのは数日前の事だ。
情報閲覧の許可を取るのに数日が経ち、そう言えば名前を聞いていなかった、怪しいから自分も付いて行きます、それじゃあ名前を聞いたらすぐ調べてくれない、わかりました、という経緯で今日の事件に至っている。
愛葉から事前にどんな奴か聞いてはいたが、会ってみれば恐ろしい程おかしな男だった。
倉崎のスキル『腕打振』を真っ正面から受けても無傷、すごい腕があるのかと思えば、その経歴は酷いものだった。
経歴は酷かったが、その腕は確かであったが。
学校側が情報規制を敷いているのでニュースになっていないが、黒嶺学園の生徒ばかり狙った殺人(行方不明なだけでまだ殺人だとは決まっていないが、倉崎は既に行方不明者は生きていないと思っている)を起こす腕はある、というのが倉崎の評価だった。
黒嶺学園の生徒だからランクが高いという訳ではないのだが、実力に関しては日本トップクラスなのは公然の事実だ。
行方不明が次々とでている事から、大きな手傷を負う事も無く生徒を殺害、もしくは誘拐しているのだろう。
副会長の自分でさえ傷つける事ができなかったのだ。一般の生徒では手も脚も出ないだろう。
ナインに対し、倉崎はそう判断していた。
もし愛葉がナインに一度負けを認めたと倉崎に話していれば、倉崎は決して愛葉を一人にはしなかっただろう。それくらい、警戒すべき相手だと倉崎は思っていた。どんな結果であってもおかしくない、と思っていた。
そう思っていたにも関わらず、倉崎は声に出さずにはいられなかった。
ディスプレイに表示されていたのは、ナインの情報だった。
登録に偽名を使うのは違法ではない。そのため、ナインという名前でも調べる事が出来るだろうと踏んでいた倉崎だったが、本当に登録名もナインだった。
倉崎はすぐにパソコンを終了させ、図書館から駆け出した。
夜の帳が下りた街が見える。時刻は六時半。
「早く会長に知らせないと……」
倉崎が学校から出て大通り、路地に入り、先ほどのファミレスへ近道をしようとした時だった。
倉崎の体が、突如壁に打ち付けられた。
「っ!?」
それはまるで、サイコキネシスで操られ壁に打ち付けられたような、見えない腕で攻撃を受けたような、不自然な動き。
倉崎はまともに壁に打ち付けられた。しかし、背後にクッションでもあったかのように、壁とは直接ぶつかっていない。それでも、地面に崩れ落ちた。
「はっ! おいおい、副会長ってのも意外と大したことねーんだなぁ?」
と、突如目の前に青年が現れた。
まるでテレポートで現れた、そう言わんばかりに、青年は突然、倉崎の前に現れた。
「んん? 随分弱えな、こりゃ酷え。よく俺達を馬鹿にできたもんじゃねーかよ」
青年は地面に崩れ落ちた倉崎を蹴りつけた。
否、その蹴りはリオの軽く手を振り払う動作で弾かれた。
「!?」
青年が驚き距離を取るのと、倉崎が立ち上がるのは同時だったが、青年の顔には焦り。倉崎の顔には薄らと笑みが見えた。
「馬鹿にしないでほしいな。僕にたてついた事を後悔させてあげるよ」
「ふう……」
青年は焦りを落ち着かせるために息を吸う。
「まっ、こんなもんじゃ気絶しねーか。やっぱり生徒会は簡単にはいかねえか」
「……まさか、お前が人喰いジョーズなのか?」
「人喰いジョーズ? んだよ、そんな噂になってんのか? そりゃなんてーか、皮肉な話じゃねーか。噂なんて形が変わるもんだけどよー、よりにもよってそーなるか」
青年の瞳に狂気を垣間見た倉崎は、体が震えるのが解った。
これ以上雰囲気に飲まれてはならない——、そう判断した倉崎はスキル『腕打振』を発動する。
倉崎をすっぽりと隠せる程の大きさの手が、そこに魔力で具現化される。目を凝らせば薄らと見える、そんなレベルである。
倉崎の背後から生えているように見えるそれは、巨大な魔力で創られた右手である。
「はっ」
倉崎の腕の動きに連動して、魔力で創られた手が動く。倉崎が軽く手を振っただけで、土煙が青年を襲った。
「……んだよ。反則じゃねーのか、コレ」
そう言いながら、逃げる素振りは全く見せず、土煙を避け青年はさらに倉崎と距離を空ける。
「手間が省けて良かった。どうやら、ここ最近ウチの生徒が行方不明になっているのは、お前が原因のようだな」
「んだよ、今頃気付いたのか?」
「では、お前を捕まえて洗いざらい吐いてもらおう」
「……これだから強者の台詞って奴は嫌いなんだ」
青年は詰まらない物でも見るかのように倉崎を見て、大きく長い溜息を吐いて。
消えた。
(テレポートか? 超能力者、みたいなスキルを持っていたな)
青年が消えたが警戒態勢を怠らず、倉崎は周囲を見回す。
数秒後だった。
「はっ!」
青年は倉崎の真横に現れた。現れた瞬間には既に拳は振り上げられており、拳は倉崎の脇腹を狙って打ち込まれた。
受け止める事も避ける事もできないタイミングだった。
だが、
「……ちっ、やっぱ届かねえか」
青年は目の前で自身の拳が魔力の右手で受け止められているのを見て、当然の結果と思ったようだ。
「愚か者め」
倉崎が右手を払い、魔力の右手によって青年は吹っ飛ばされる。
地べたに叩き付けられた青年だったが、すぐに立ち上がった。
「自動防御、か。反応出来てなくても、反射で防御されんのか。さすがは天下の黒嶺学園、ってか?」
最初の奇襲こそ成功したが、それ以降の攻撃はまるで成功しないと言うのに、青年は笑みを浮かべた。
それは決して自虐の笑みではない。
「……お前、何が目的だ?」
くくくと青年は笑い、そして言った。
「知ってるか? 天才の脳みそを喰えば、天才なれるって噂」
そう言うと、青年は再び消えた。
不意に、突然、瞬間移動でもしたかのように。
「っ! まずい!」
倉崎の表情が強張り、愛葉のいるはずであるファミレスの方を向き、そして。
「しっつもーん。黒嶺学園に通う生徒の何人が天才でしょう?」
倉崎の目の前に青年がいた。そして、腹部に拳銃を押し当てている。
その質問に答えようとするかのように、元気に銃が吠えた。
「てめーも天才だろ? 副会長さんよ」
倉崎は倒れた。
遅くなりましたが、感想ありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。