第二章 失敗作品.2
「……ほら、奢ってあげたんだから自己紹介くらいしなさいよ。しなきゃ支払いはアンタ持ち」
「え? それ何? 恐喝ですか。うわぁ……最低な野郎だ」
「殺すぞ……底辺」
「……えっとごめんなさい」
殺意の籠った凍えるような視線を受け、初っ端からやる気を削がれたナイン。
舞台はファミレス。テーブルには奮発したのか(といっても合計で5000円程度。黒嶺学園生徒会長にとっては端金)、高カロリーの料理がたくさん並んでいる。
十二種類の野菜のグラタン、魚介のミックスピザ、皮付きフライドポテト、醤油ラーメン、和風ハンバーグ定食、メンチカツセット、シーザースサラダ、水×3である。
料理のチョイスはほとんどがナイン。その選択は、明らかに先ほどの襲撃で受けたダメージを回復するという意味があるが、彼のスキルを知らない愛葉にしてみれば、ダイエットに響きそうなメニュー、という意見だった。
ちなみに、愛葉は和風ハンバーグ定食、倉崎は十二種類の野菜のグラタンを頼んだ。
「名前? 好きなように呼んでくれていいけど」
「貴様、巫山戯ているのか? ゴキブリとでも呼ぶぞ?」
「リオ、食事中よ。言葉は選びなさい。悪いのはこいつだけど」
「すいません会長。……さっさと真面目に答えろ、社会の底辺」
巫山戯ていたつもりは全くなかったナインだが、事情を知らない二人には詰まらない冗談にしか聞こえなかったようだ。
「……俺の名前は無いんだよ。これで解っただろ?」
ナインは食事の手を言ったん止め、水を飲む。
こちらの方が冗談にしか聞こえないが、真実だった。
ナインという名は、昔とある組織にいた時付けられていたコードネーム。
それが本名であるはずは無いが、それ以外に彼は名前を持っていない。
組織から投げ出された今、その名前を名乗るのは適当でないとの判断だった。
が。
「そう。ナイン、ね。アンタ、ランクはそれに合わせて付けられたの?」
「変な名前だな。言っておくが、僕はお前を名前で呼ぶ気は一切無い」
勘違いはするし、その名前を呼ぶ気はないという、すばらしく無意味な結果が帰って来た。
「……もうどうでもいいや」
別にこの名前を嫌ってはいないし、実際に学校にはこの名前で通ったのだから別に問題ないか、とナインはスルー。
「で、まさか俺に名前を聞くだけが目的ではないんだろ?」
フライドポテトを食べながら、至極どうでも良さそうにナインは核心を突いた。否、興味なさそうな態度を装って尋ねた。
二人はしばし顔を見合わせ、
「あら、バレてた?」
「さすがにバレますよ、会長」
軽く肩を竦めてみせた。どうやら隠す気はあまりなかったらしい。
そして言葉を続ける。
「で、そんな事を聞いちゃう辺り、話だけは聞いてくれるのね?」
「まあな。これだけ前金代わりの料理を食べさせてもらって逃げるのは、さすがに俺の良心が許さないさ」
「……貴様、こうなると解っていて大量に注文したのか?」
「そりゃ違う。それはまた、別の理由がある」
「理由? 空腹だからじゃないんだ」
HPとMP回復のためさ、と頭の中で答え言葉には出さなかった。
「で、話って何だよ。仕事に就けとか、ウチの学校に入れとかは止めろよな」
「……アンタ、どこまでNEETにこだわるの? というか、なんでNEETなのか詳しく聞きたいかも」
「それは同感ですね。こんな奴でも、僕の『腕打振』を受けて無傷。腕はある様ですから」
話の矛先を変更させられているのに気付きつつ、それでも場の雰囲気で話を先に進めるには語らなければならないだろうと悟るナイン。
しかし、本当は語りたくない話である。
「あ〜、えっと……笑うなよ?」
無言で頷く二人を見て、これで退路を確保などと思う。
まあ、それはフラグなのだけど。
「……実は二年前、試験で不正行為を働きまして、その処置として停学処分になりまして。その後は、たまに高額アルバイトをして生き延びてきた……という話——」
「最低」「屑が!」
笑われなかったが、暴言を吐かれた。
早速のフラグ回収、お疲れ様です。
「思った以上に屑ですね、この男。こんな男に協力を頼むのは間違っています!」
「解ってるさ、俺が悪いってことは! はいはい、俺が悪いんですよ! 真摯に非難を受けますよ」
「開き直るな! この社会のゴミが!」
「……そこまで言わなくても」
「本当に最低限のルールも守れないのね。…………………呆れた」
落胆を隠しきれない二人に対して、もう罵倒は聞き飽きているナインはさらっと話を戻す。
「で、そんな俺に一体何の用だったんだ? 聞くだけ聞かせてもらおう」
とりあえず、用件だけでも聞いておこうと言うナイン。
ここまで来たら引き下がる気はない。
「……会長、僕はもうこれで失礼します。こんな奴と一緒にする事はないので」
そう言って倉崎は席を立ち、ファミレスから出て行った。
愛葉はそれを咎めることはなく逆に、気をつけてね、と声をかけていた。
「あれ? あいつお前を守るためにいたんじゃないのか? いいのかよ、屑の俺とお前を二人きりにしても」
今となっては痛くも痒くもない自虐ネタを使いながら、白々しい台詞を述べるナイン。
「問題ないわ。アンタが私を傷つける事なんて無理でしょ?」
若干、感づかれたかもしれないと冷や汗を垂らしている愛葉だが、気丈に振る舞い誤摩化す。
「そりゃそうだな」
だがナインは特に疑う素振りも見せず、納得したように肩を竦めた。
以前の勝負、ナインの勝利で結末を迎えてはいたが、ナインは愛葉に攻撃を喰らわせることは出来ていないのだ。
『空全絶護』は伊達じゃない。
「で、散々話をはぐらかしてくれたが、何の用だ?」
「……正直、アンタの碌でもない経歴を聞いて、逆に安心して話せるわね。アンタが、関わったばかりに死んだ、とか言っても気にならないもの」
「そりゃどうも」
散々な評価だが、そんなものはもう気にしていないナイン。
説教なら、試験での不正行為直後に散々受けているのだ。聞き飽きている。
愛葉は少し辺りを見渡して、傍目から見れば気に障る程ナインに近づき、小さく呟いた。
「……アンタ、人喰いジョーズって知ってる?」
☆☆ ☆
「セカンド移動開始。どーすんだ?」
ナイン達と同じファミレスにいた青年は、倉崎がファミレスを出た直後、怪しまれない程度の時間を空けてファミレスを出ていた。
ちょうど用件を話し始めた愛葉は、それに気付く事は無かった。
『セカンドの行動を捕捉しておけ。襲撃のタイミングは自分で決めろ』
「りょーかい」
『一応忠告しておくが、奴はセカンド。お前の命とは代えられない。まずいと思ったら、すぐに逃げ出せ。死ぬ事は許さないからな』
「……りょーかい。アンタの方も気ー付けんだな」
『解っている。俺達に守るべき過去は無いが、生きてみたい未来はあるのだからな』
青年は通信終了後、耳に入れるだけで相互通信が出来る最新型の無線機を取り外した。
時刻は五時半過ぎ、空には微かに星が見える時間だ。
目の高さまである鬱陶しいくらいの長さの前髪。その狭間から微かに見える青年の目は、前を走っている倉崎に注がれていた。
彼は、数日前に愛葉を追いかけていた青年だった。
「さーて、謝肉祭の開幕だ」