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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第二章
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第二章 失敗作品.1

「本当に、やんのか?」


 青年は顔に微かだが恐れを貼付け、少女に尋ねた。

 黒い前髪が鬱陶しいほど伸びている、目つきの悪い青年だった。

 その青年に話しかけられた少女は、黒嶺学園の制服を着ており、恐らくその生徒だろう。

 そうでなければ、コスプレ趣味となる。


「当たり前でしょ。今更怖じ気づいたの? そんなんだから——」

「おっと、その台詞は禁止だ。俺達と共に行動する以上、その台詞は止めてもらうか」


 少女の青年を見下した発言を、別にいた茶髪の青年が遮った。少女は露骨に嫌な顔をするが、言いかけた台詞を改めて言おうとはしなかった。


「何よ、本当の事じゃない」

「確かに本当の事だが、しかしその単語は人種差別に値する。せめて『反乱分子』とでも呼んでもらおうか。その方がまだましだ。協力関係にあるのを忘れてもらっては困る」

「……ちっ」

「それでは、今後の計画について話そう」


 『幻想卸し(イメージダウン)』と呼ばれる青年は、少女の態度に嫌な顔一つ見せず、その計画の全貌を明らかにした。




☆ ☆ ☆




 四月も終わる今日、ナインは久々に取り戻した日常を満喫していた。


「うん。やっぱりこうじゃ無いとな、俺の生活は」


 彼がいるのは、いつもの公園のブランコ。時刻は四時過ぎ、愛葉が来るいつもの時刻は三時。

 という訳で、女子高生に殺されそうになる、そんな日常は終わりを告げたようだった。

 あの日の勝利以降、愛葉との戦闘行為は起こっていない。愛葉と顔を合わせる事があっても、物欲しそうに目を向けては何かを奢ってもらっているだけだ。

 その度に、『捨て犬!』とか『ボロ雑巾!』、『餌付けされた家畜か!』などと罵詈雑言を浴びていたが、特に気にはしていなかった。そして愛葉も、優しさか哀れみなのか、ジュースなどを奢ってあげていた。

 ……やはりこの男にプライドは無いんだろう。ナインだけに。


「平和万歳! この一杯のために俺は生きている!」


 一人、缶コーヒーで乾杯をしているナインは、もしかすると、とても痛い子かもしれない。仮にそうでなくても、傍目から見れば痛い子だったが。

 今日も今日とて、彼はNEETなのだ。


「しかし、本当にまずいな」


 ナインはコーヒーを飲み終え、リングプルを回収。財布にそれを入れるため、財布の中身に目を落としながらそんな事を呟いた。空き缶を近くのゴミ箱に入れながら、彼はそれをこう締めくくった。


「このコーヒー」

「なら何故飲むの!?」


 と、誰もが思った事だがきっと声に出しては言わないだろう事を、愛葉は叫んだ。


「ん? いやね、決して嫌いという訳ではないんだ。たださ、苦い物はどちらかと言うと苦手なんだよ」

「いや、それなら別の物飲めば良いでしょ?」

「そうですね。この男は馬鹿じゃないでしょうか」

「いやいや、ちゃんと理由はあるさ。苦手な物も何度も食べてれば慣れるだろ? 朝井との関係と同じだ」

「……何さらりと酷い事言ってるのよ」

「「ん?」」


 と。

 なんだか自分を小馬鹿にしている第三者がいるのにナインが気付くのと。

 その第三者が、この男が会長に対して暴言を吐いたと気付いたのは同時。

 そして。



「会長を侮辱するとは何と無礼な! 死ねっ!」



 残念な事に、ナインが何かを言う前に、手(暴力)が出されていた。

 手。魔力で象られた、巨大な腕。

 人の体程の大きな手が。


 ナインを真横からぶっ叩いた。……ビンタ、と形容しても良いだろう。


「いっ!!!?」


 しかしナインは無傷(700ダメージを受けたが)、吹っ飛ばされる事も無く立っていた。

 大ダメージ、しかし傍目から見れば無傷。

 内心、本当に死ぬかもしれないとナインは思っていた。冷や汗が止まらない。動悸も止まらない。動機は解らなかった。

 なんとか間に合ったレベルの防御だった。その証拠に、『RPG』発動後に『守備力強化魔法』が使えず、『RPG』発動が間に合わなかった場合にと、腕での防御もしていた。


「なっ!?」

「…………」

「な、なななななななななななななな! いきなり何すんだよ!」


 ナインに攻撃を防がれ呆然とする第三者。既に似たような経験があるがそれでも驚いている愛葉。平和な日常がものの数分で壊され困惑するナイン。

 三者三様の反応、三人はお見合いよろしく立ち尽くす結果となった。

 



  ☆☆ ☆




 ネーム、倉崎(くらさき)リオ。ランク『A』。クラス・魔兵専門学校黒嶺学園副会長。特性・自動防御。

スキル『腕打振(マジックアーム)』、魔力によって構成される巨大な腕を生み出す能力。


 それがナインの『算出眼(ステータスアイ)』で視れた第三者の詳細。

 じっと見つめたのが悪かったのか、ステータスを視る事はできなかった。

 代わりに非難の目を浴びる事になったのは、些細な事である。

 人を観察するような目で見るな! との事だったが、実際に観察紛いの事をしているので何とも言えない話だった。


「えっと、紹介するわね。こちらウチの学校の生徒で、私の後輩、副会長の——」

「……倉崎だ」


 倉崎は黒嶺学園特有の黒色学ランのホックを留め、同色の学帽を深く被った、首筋まで伸びた黒髪と中性的な顔立ちの持ち主。

 先ほど見つめていた所為か、かなり警戒したようにナインを睨んでいた。

 いや、ナインが気付いていないだけで、最初から睨むような視線ではあったのだが。


「で、えっと……………。ごほん。ところでアンタの名前って、なんだっけ?」

「あ〜、そう言えば教えてなかったな」

「会長! 名前も知らない奴だったんですか!?」

「そうね。でも、悪い奴じゃないと思うわ」

「……そりゃどうも。少なくとも、出会い頭に突然殺そうとはしないぞ。……どっかの学校の生徒会よろしく」

「貴様、死にたいのか?」


 凄みを利かせナインを睨む倉崎に、愛葉は一言。


「大丈夫、気にしなくていいから。こいつの台詞には塵程も意味なんて無いから」

「わかりました会長。馬の耳に念仏、暖簾に腕押しですね」


 倉崎はぱっと愛葉に笑顔を見せる。

 そんな二人を見て、たった数回の会話で、ナインは理解した事がある。

(俺はこいつらが苦手だ)

 元々愛葉にしても苦手意識はあったものの、先ほどの缶コーヒーと同様慣れて来ていた。しかし、ここにきて事態は急展開を迎えている。

 愛葉が連れて来た後輩、倉崎は明らかにナインに敵意をむき出しにしている。さらに愛葉は、後輩の前での面目を保つべく、粗忽な態度を取り始めている。

 よく考えてみると、愛葉のその態度は、出会った直後以外だいたいそんな態度だったが。


「で、アンタの名前は?」

「はて、一体どうして俺はそれに答えなければならないのだろう。俺と朝井は友達だっただろうか? いや、違うだろう。言い表すなら犬猿の仲だろう」

「……思っている事がだだ漏れなんだけど」

「明らかにわざとですね。会長、こんな奴放っておきましょう。関わるだけ人生の無駄です」


 愛葉の制服の裾を引っぱり、さっさと行きましょうと急かす倉崎。

 対して愛葉は、どうにもそれでは駄目だと思っているようで、なかなか動こうとしない。


「なんか用でもあったのか?」


 悪ふざけも行き過ぎれば憎悪の対称でしかない。そして、この展開は……。

 ナインの働いていない現実とは別に、悪知恵は働いた。


「奢ってくれたら、それに見合った話はしよう」


 一体NEETの俺に何の用だろう、などと考えているナインだが、特に気にしなかった。

 とりあえず、弱みに付け込み晩飯を御呼ばれしようと企んでいた。


「現金な奴ね……。名前くらい教えてくれるんでしょうね?」

「料理次第かな」

「……現金な奴だな」

「いいのよ、リオ。言ってたでしょ、こういう奴だって」


 その台詞は、事前にこのようなやり取りになることを打ち合わせしていた、という台詞だった。

 どうやら愛葉が最近戦闘行為をしなかったのは、この布石のようだ。

 久々のご馳走(五百円程度の料理)に胸を高鳴らせているナインには気付けないようだが。


「……わかったわ。じゃあ、前に行ったファミレスで話をしましょう」

「会長! こんな奴と会食したんですか!? 危険です!」

「あら? 今回はあなたが一緒だから、大丈夫でしょ?」

「はい! お任せください!」


 倉崎の異常な愛葉への忠誠心というか、憧れにも似た感情を垣間みて、若干暑苦しいと思うナイン。ほんの少しだけ二人との距離を取った。

 倉崎の態度が、愛葉とナインで違いすぎだった。

 ナインに暑苦しいと思われた二人は小声で話し合っており。


「ほら、簡単に買収できた」

「……腕はそこそこあっても、頭の方は駄目みたいですね」


 まるでこの展開が全て筋書き通り、と言った風に二人は笑みを浮かべていたりした。

 そして、先を行く二人の話を聞こえなかったふりをしながら、自分の名誉と命の危機に気付かないふりもして、それでもこの胸に溜まる鬱憤をどうにも出来なくなったナインは、暗さが増して来ている天を仰ぎ、心の中で叫んだ。


(やっぱり……苦手だぁぁぁぁ!)


 今なら逃げ出せる、それでも逃げ出さない。

 生命の危機と食欲の間で葛藤しているナイン。


(……奢りなんて正直断ると思っていたんだけど、しぶしぶを装いながら承諾した所を見れば、あんまり穏やかな話じゃなさそうだな。普通の荒事なら朝井一人で片付けられるだろうし、あの性格ならそうするだろ。その実力もある。が、副会長まで一緒、それに俺に声をかける……ね)


「これはどうやら、名前を聞き出すための口実だけじゃないみたいだな。……はあ」

「なんか言った、フリーター」

「会長、こいつはホームレスでしょう?」

「……NEETだ」


 威張れる事ではないがあえて訂正し、ナインは思った。



(いつか……、ここで勇者だと言える人間になりたい)



 その台詞を言えるのは、本当の勇者だけだろう。

 愚か者という意味の、勇者だけだろう。



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