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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第四章
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第四章 四魔戦.1

 侵略戦争において、七人が侵略者を滅ぼした。

 侵略者は昆虫を模した肉体を持ち、プラントと呼ばれる巨大な船により襲来した。最初にそれが襲来したのは日本で、最初にそれを撃退したのも日本であった。そして、その日本を今治めているのは、その七人の一人である。さらに七人の一人である、『死者の冒涜』も日本にいる。また、その七人に数えられないが、『血塗られた英雄』と呼ばれる存在も日本にいる。

 そのため、誰もが薄々感づいている。


 たったの七人で侵略者を滅ぼした訳はない、という事を。


 侵略戦争において英雄視された存在は、七人だけだ。

 名を明かしたのが七人しか居なかった、一般人の大半が地下シェルターに避難し、戦場の様子は戦闘の当事者以外誰一人として知らない、と言うのが理由だ。

 七人以外は、平凡な日常を求めた。『英雄視されるために戦った訳ではない、日常を守るために戦ったのだ』と彼らは語り、それぞれの日常に戻って行った。

 対して七人は、魔法を使える事を公表し、英雄となった。

 それは、秋山雪日ならばこう語るだろう。

『英雄は犠牲だ。英雄は希望を与え、それと共に絶望をも与える存在だ。救えれば英雄は英雄だが、救えなければ場違いな恨みの対象だ。不幸な者に希望の光を見せて、結局不幸になれば、その不幸は絶望となる。英雄とは、救われない存在だ。好き好んで英雄となる事を選べるのは、よほど自分の実力に自信のある奴か、単純な奴だけだろう』

 そして、七人の一人、ヴィルヘルム・ハルデンは前者の人間だった。

 


   ☆ ☆ ☆



 ヴィルの顔は青ざめていた。

 彼がいるのは、彼の知り合いを集めた屋敷のホールの入り口だ。大理石で出来た床はピカピカに磨き上げられ、天井にはシャンデリアが輝いている。まさに金持ちの屋敷、と言わんばかりだった。

 だが今彼の目前に広がるのは、目を覆いたくなる赤色と惨殺死体の数々。首、腹、四肢を切られた死体がごろごろとホールに転がっている。魔法やスキルでやられたのではなく、鋭利な刃物で身体を切断されていた。

 そして、ホールの入り口で呆然と立ち尽くす彼に声をかける男が居た。


「英雄、ヴィルヘルム・ハルデンかね?」


 三十代半ばの男で、上等なスーツを纏っている。その格好は、場の雰囲気に合っていると言えた。無論、それはこの惨状が生み出される前の話である。そして、男がその中心に居なければ。

 だが、それ異常に目を引く物がある。

 長剣。

 時代錯誤としか言いようのない、色とりどりの宝石で飾られた輝く宝剣を持っていた。売ろうとしても売れない逸品だ。勿論、価値の付けられた物ではない、という意味で。

 もっとも、今はべっとりと血が付いており、過去に何人もの命を奪ったような、曰く付きの品にしか見えなかったが。

 そして男はその顔を隠す事も無く、ヴィルへと顔を向けた。


「お前はっ!」


 ヴィルはその男を知っていた。

 男は有名人であったが、数年前からその消息は絶たれていた男だ。その背後にまとわりつくのは、一つの国家の闇。

 その国家の闇の存在は、英雄の一人として知っていた。

 男の顔は当時から大きく印象が変わり、当時のきりっとした顔立ちは、無精髭に痩せこけた頬と見る影も無くなっている。男がこの数年、厳しい生活を送って来たのが伺えた。

 だが、解らない。

 何故自分の元にこの男が来たのか。

 けれど、ヴィルはそれを尋ねるだけの冷静な頭脳を持っていなかった。

 ホールで死んでいるのは、他でも無い彼の知り合いだ。


「この野郎ぉぉおおおおおお!」


 ヴィルは駆け出していた。手ぶらで、何の装備も無しで。

 それは酷く無謀に見えるが、ヴィルは魔法の存在を認めさせた一人だ。


「……………」


 突っ込んで来るヴィルを静かに見据え、男は長剣を竹刀でも扱うように軽々と構え、ヴィルと交差した。



 交差する瞬間、男の持った長剣が一秒間に八発もの突きを繰り出した。

 さながらRPGの剣技、魔力が存在していなければ実現不可能な剣技だろう。

 だが、ヴィルはそれを全て見切った上で、攻撃の後の隙を付いて男の顔面を鷲掴みにした。そしてそのまま男を地面に叩き付ける。大理石の床に罅が入り、瞬時、粉々に砕かれ男の顔をその瓦礫に埋め込んだ。


 

 ヴィルヘルム・ハルデン。

 魔法使いであり、能力者である。その能力は『時空緩和』。

 俗にいう体感時間を操作する能力。彼の扱う魔法は、脳内で詠唱する事で発動する。体感速度を緩やかにする事で男の攻撃を避け、それと同時に脳内で魔法を詠唱、肉体を強化していた。

 侵略戦争を終わらせた七人の一人、その実力は十分に合った。

 だが、緋色勝利という男を知っている者に取っては、その能力は見劣りするものであった。

 大理石を砕く程強く頭を叩き付けたのだ、こいつも無事ではないだろう。

 ヴィルは油断していた。

 俗にいう、やったか? フラグを立てていた。

 ヴィルは、自分の実力に自信を持ちすぎていた。周りが見えなくなる程に。




「駄目だな。所詮英雄、勇者には及ばないな」




 その言葉と共に、ヴィルの胸から一本の刃が突き出た。

 男が倒れたまま剣を突き出していた。


「がはっ!?」


 自分の胸から突き出た剣を一目見て、ヴィルはよろよろと後ずさりをした。対して男は悠々と立ち上がり、ヴィルから剣を引き抜いた。

 男は、まるで無傷だった。男の顔には傷一つない。

 そこで、ヴィルは気付いた。

 これだけの惨状を生み出しておきながら、男が返り血の一つも浴びていない事に。

 剣が引き抜かれると同時に、ヴィルは呻き声と共に血を吐き出した。ふらふらとヴィルは崩れ落ち、男は落ち着いた様子でその剣の血振りをする。


「ふ、巫山戯るな! 貴様のような奴が勇者など!」


 ヴィルは傷口を必死に押さえ、必死で男に向かって吠える。

 血液の流れが緩やかで、とても心臓を突き刺された男には見えなかった。

 さすがは七人の英雄の一人だ、と男は感嘆の言葉を述べた。

 だが、男は笑ってみせる。


「君は何か勘違いしているようだな。勇者とは、なろうと思ってなれる存在ではないのだよ? 勇者は、血筋から決まっている。残念ながら、意志の力だけではどうにもならないのだ」


 男は憎々しげに、その言葉を吐き出した。



「逆に言えば、なりたくて勇者となっている勇者など、存在しないと言う事だ」



 男は長剣を振り上げ、その狙いをヴィルの頭部へと付ける。

 そして、口元を獰猛に歪め、その言葉を呟いた。




「これは《勇者の復讐》だ」




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