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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
番外編
32/33

第三間四章 例えば勝利の方程式.3

久々の投稿のため、誤字脱字、おかしな点があるかもしれません。

あらかじめご了承を。

 壁に背を預け、次第に血だまりと化していく路地に座る緋色。

 溢れる紅の雫を止めるべく、必死に傷口を抑える。緋色は『勝利の方程式』で細胞分裂の速度を上げ、傷口を塞ごうとし——、くらりふらりと思考が泳いだ。

 毒。

 そう緋色が理解した時には、もはや緋色の身体は力なく路地に倒れた。壁に背を預けておく事すらも出来ず、血だまりに横たわる。


「く……そ……、冗談——きつい、ぞ」


 緋色の視界は次第にぼやけていく。そんな視界に、暗い影がさしかかった。


「あちゃー、やっぱりこうなったのか」


 その惨状を見ても楽天的な声を上げる一人の少年が現れた。この結果が予想通り、それでもまだ何らかの展開があると言いたげな軽い声。

 声に聞き覚えがあり、その人物の名を緋色は呟いた。


「む、ムクロ……」


「喋んなよ。死ぬぞ?」


 ムクロはしゃがみ込み、緋色と顔の高さを合わせ、不敵な笑み浮かべる。


「おっと、勘違いすんなよ。俺はお前の遺言を聞く気はねーし、頼みを聞く気もねーぞ。俺達の関係、忘れたとは言わねーよな」


 そう言って、以前殴られた頬を擦ってみせるムクロ。


「アイツ、如月理恵は何も悪くない。弟想いの良い姉貴で、この誘拐事件の被害者だ。出来れば助けてやりたい。だが、アイツのスキルは危険だ。暗殺のスキルとしちゃ、少々優秀すぎる。何せ、『血塗られた英雄』を殺す事も可能なんだからな」


 緋色は血で濡れより赤くなった唇を歪めたが、声は上げなかった。


「だから俺は、アイツを殺そうとした。要人の暗殺を防ぐためだ。結果、それはお前に邪魔されて失敗し、そのお前は今無様に寝ている」


 皮肉なもんだな、とムクロは笑った。だが、と話を続ける。


「俺は地球防衛軍、ナンバーズが一人、No.シックス、ムクロだ。ナンバーズの存在意義は——犠牲。より多くの人を救うには、犠牲は付き物だって意味だ」


 ムクロは踵を返し、緋色に背を向けた。正義のヒーローに背を向ける事で、背徳を意味するかのように。


「俺はお前のように、誰も彼もを助けやしない。俺の救いは——死だ」


 ムクロは薄暗い路地から、明るい街の方へと歩を進める。ヒーローが薄暗い路地に転がり、人殺しが光溢れる街を闊歩する。


「お前は黙って見てるんだな。俺達は殺すが、その犠牲を無駄にはしない。それが嫌なら、俺を殴ってでも止めるんだな」


「…………」


 緋色は動けない。


「お前はヒーローだが、神様じゃねーんだ。誰をも一人で助けられると思ってんじゃねーよ」


 そして、ムクロは去っていた。


「……く、そ、また——こうなるのか」


 緋色は自分の無能さを噛み締めた。

 周りがどれほど彼をヒーローと崇めた所で、自らの事を『血塗られた英雄』と鼓舞した所で、緋色は心の奥底では自分を誇れはしない。

 『侵略戦争』、彼は英雄となった。

 だがそれは、彼がより少ない犠牲でその戦争を終結させたが故にだ。

 かの戦争で緋色は、本当に守りたかった者を守る事は出来なかった。

 誰もを守りたかった。誰も失いたくなかった。それは敵と呼ばれた存在にも及び、結果、彼は本当に守りたかった者を失った。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。その思考が緋色を動かす。

 ぼやけていく視界、緋色は力を振り絞り、路地から出ようと腕に力を込める。

 だが、毒と出血で意識が朦朧とし、能力が満足に使えない緋色。それは死期を速める行為でしかなかった。


「…………っ」


 緋色は気付いた。

 粉雪のように白い羽が緋色の上に舞い降りてくるのに。

 それは、こうとしか形容出来ない物。



 ——天使の羽。



 

   ☆ ☆ ☆




 如月理恵には、一人の弟しか家族がいない。

 母親は弟を生んで死んでしまい、父親も交通事故で死んだ。結果、年の離れた弟との二人暮らしとなったのだった。

 十歳年の離れている二人だが、仲は良く、国からの支援で問題なく暮らす事が出来た。そして理恵は無事に就職し、弟も何事も無く学校に通っていた。

 そんな理恵の元に訪れた不幸。

 それが、弟の誘拐だった。

 求められたのは身代金ではない。理恵のスキルだ。

 理恵のそのスキルがあれば、その筋では最強と呼ばれる存在、『血塗られた英雄』を殺せる。故に理恵の弟は狙われた。優秀なスキルを持ち警官と言う職業の理恵を誑かすのは不可能だったから、未だスキルを持たない非力な弟が。理恵は二択を迫られた。

 『血塗られた英雄』、緋色勝利の命か、弟の命かを。

 答えは、苦渋の決断だったが、迷えはしなかった。


「言われた通りにしたわ。……だから、弟を」


 そう吐き捨て、理恵は緋色を刺した小刀をリーダーの前に投げ捨てた。

 港にある倉庫、そこがこの誘拐事件の犯人達のアジトだった。

 犯人達は九人程度の少ないメンバーだった。覆面を被り、分厚いグローブを填めた男をリーダーとした、どう見ても表を歩けないようなメンバー構成だ。

 覆面の男は落ち着き払って、理恵に言葉をかける。


「まあ落ち着け。弟は返す。君もこんな所を見られたくはないだろう? ……しかし、見事な手際だった。ぜひとも今後もうちで働いてほしい人材だ」


「巫山戯ないで。早く弟を返して」


 覆面男の言葉を一蹴し、理恵はキッと男達を睨みつけた。

 やれやれとでも言いたげに、覆面男は肩を竦めた。


「……連れてこい」


 覆面男が仲間の一人に命じ、倉庫の奥へと向かって行った。

 そして、ぐったりとした弟が理恵の元へ投げられた。

 幸いにも気絶しているだけだったが、やせ細り飢餓の状態だった。


「貴様等!」


 理恵が動こうとし、瞬間男達が銃器を構えた。

 スキルと銃、どちらの方が速いか、それを理恵は理解している。


「……酷い」


「仲間にならぬと言うのなら、殺すしかあるまい?」


 怒りで歯を食いしばる理恵に、覆面男は更に絶望を投げかける。


「まさか助けが来るなどと思っては居まい? 君に助けなど来ないぞ。特に、緋色勝利は絶対にな」


「なっ、何を……」


 覆面男は口元を歪める。


「君は緋色勝利を刺した。私は『血塗られた英雄』を刺せと命じたのだから、そうだろう。だが私は、緋色を殺せとは命じなかった。だから君は、緋色を刺したが殺しはしなかった」


 理恵は意識せず、ごくりと唾を飲んだ。

 それを視界に入れながら、男は語り続ける。


「この短刀で奴の首を掻き切れば、奴は死んだだろう。心臓を一突きしても、奴は死んだ。だが、腹に突き刺した程度では、あの男は死なない。なぜなら奴は、『血塗られた英雄』だ」


 『血塗られた英雄』。

 それは、『侵略戦争』において、一人でも多くの人を救おうと奔走した彼に与えられた称号。その英雄はその身を血に染めて、戦った。その血が誰のものかなど、語る必要などないだろう。

 だからそう、理恵は信じていた。

 緋色が死なない事を。


「だが、残念だったな。この短刀には毒を塗っておいた。じわじわと痛みを伴う、精神から破壊する毒がな」


 男は理恵が投げた短刀を拾い上げ、その刀身を撫でる。

 瞬間、何に反応したのか、銀の短刀は不気味な紫色の刃物へと変化を遂げた。


「スキルにしろ、魔法にしろ、どちらも思考が必要不可欠だ。特に細かい作業、例えば傷の回復などは集中力を有する。逆に言えば、マトモな思考能力がなければ満足にスキルは使えない、という事だ。精神を破壊してしまえば、スキルは使えないと言う事だ」


 緋色勝利の恐ろしさは、その能力、『勝利の方程式』にある。

 速度を操るのではなく、速度と関係する事象を操る、歪な能力。

 その能力は、時空すらも操作する。


「奴が死のうが生きていようが、私達には最早関係ない。奴のスキル、『勝利の方程式』が封じられればそれで良かった」


 覆面の下で男が歪んだ笑みを浮かべたというのが、見えなくても解った。


「ありがとう如月姉弟。君たちのおかげで、《勇者の復讐》は成功する」


 覆面男が手を挙げると同時に、理恵達を取り囲んでいた男達が一斉に銃器を構え、そして——。


「えっ………………」




 ——瞬間、倉庫の扉がトラックにでも突っ込まれたように吹っ飛んだ。

 気付けば、理恵と弟は一人の男に小脇に抱えられている。




「なっ!? ——ッ!!」

「馬鹿共、止めろ!」


 男達が焦り、引き金を引こうとし、覆面男が止めに入ったが、それは遅かった。

 瞬時、悲鳴の重奏が倉庫に響き渡り、引き金を引いた男達が仰向けて転がった。

 あまりの速さに、理解が追いつかず、反応が置き去りになった。



 男の第一印象は赤。

 紅蓮の髪に、炎を宿したような灼眼。

 深紅のマントに身を包み、真っ赤なグローブ填めている。

 男は血のように赤い唇を歪めた。









「悪いな如月後輩、ヒーローは遅れて来るもんだ」









 

 『血塗られた英雄』緋色勝利が、不敵な笑みを浮かべた。

 理恵の意識は、何故か遠のいた。

 それが安堵のためだったのか、疲労のためだったのかは解らない。



「くそっ、何故貴様が生きて——がはっ」


 覆面男が踵を返そうとし、その顔面が緋色に捕まれた。

 一瞬で覆面男の前まで移動したのだった。


「俺を誰だと思ってやがる? 俺の能力をなんだと思ってる?」


 緋色は、獰猛に笑みを作る。


「速度ベクトルを操る? 違うな、全然違う。俺の能力は、そんな一般枠に捕われる力じゃない。俺の能力は、勝利を約束された力——『勝利の方程式』だ。理屈じゃないんだよ」

 

 そして、緋色は血に染まった。




   ☆ ☆ ☆





 街の中心部のとある病院は、世界で最も天国に近い病院だ。その意味は二つ程あるのだが、一つはその病院が超高層であると言う点である。

 その最上階にある病室、そこは要人のための病室であった。超高層であるため狙撃されない、変な所で凄いその病室は、二人部屋である。その窓側に寝ているのは如月理恵だった。

 誘拐犯に受けた傷は少なかったものの、大事を取っての入院である。最低な二択を迫られていただけ合って、精神の方に疲労がたまっていたのか、今は深い眠りについている。

 それを見下ろすように、緋色勝利が立っていた。


「……ったく、つまんねー意地張るからだ。馬鹿が」


 誰に言うわけでもなくそう呟くと、緋色は踵を返し、病室を後にしようとした。

 と。


「ありがとう」


 その背に声がかけられ、緋色は動きを止めた。


「……寝てると思った」


 そして、不敵な笑みを浮かべた。


「これで借り一つだぜ?」


 緋色は振り返り、もう片方のベッドで寝ている男に語りかけた。



 ベッドで寝ているのは、紅蓮の髪をした男だった。

 その男に話しかけた、立っている男も、燃え上がるような赤髪の男だった。



 不意に立っていた男の姿が変わった。

 銀色の髪を持った青年へと姿が変わり、人懐っこい笑みを浮かべた。


「お前は間違いなくヒーローだ、緋色。俺には立てない場所だ。だから、無理矢理にでもその位置に留まってもらう。……嫌がらせでな」

「ムクロ……」


 ムクロは、犠牲を選んだ青年は、人を殺す事を選んだ青年は語る。


「ヒーローってのは、ピンチの時に駆けつけてくれる奴じゃない。それは白馬の王子様で十分だ。ヒーローは、その行動が他人の心を打つような奴だ。敵を味方に、裏切りを信頼に、ってな。行動の善悪じゃない。そいつがやる事なら、間違いはないと思わせるような奴だ」


「……俺は仲間が居なけりゃ、何も出来ないぞ」


 緋色は、俯き呟いた。

 この事件、彼は病室で寝ていただけなのだから。

 だが、ムクロは笑った。


「だからこそ、お前は本当にヒーローだよ。ピンチの時なら誰だって協力させちまうんだから」


 ——この俺をもな、などとムクロは言った。




   ☆ ☆ ☆




「なんだよ、今回はお前に殴られるような事はしてないぜ?」


 ムクロは皮肉気に笑みを浮かべ、壁に寄り掛かる青年に語りかけた。


「元ナンバーズ、No.ツー、イーグル」


 イーグルと呼ばれたのは、白衣に身を包んだ二十歳前後の青年だ。カワセミのような緑色の髪をしているのが特徴的。つんつん髪で前髪が長いが、爽やかなイメージを与える人物だ。


「……今回の件については、僕からは特に言う事はない。ただ——」


 と、イーグルの言葉をムクロが遮った。

 うんざりだ、とでも言いたげに。


「そいつは聞き飽きてるな、イーグル。人を殺すなって言いたいんだろ? そうだよな、『死者をも生き返らせる医者』である、お前だもんな。《天と光の使い》さん」


「僕は死人を生き返させる事は出来ない。ただ、死んでいなければ助ける事が出来るだけだ。だから——殺すな」


 くくくっとムクロは笑い、大げさな身振り手振りを加えて語った。


「なあイーグル、人は自然と他の生物を殺す生き物だ。だからこそ、宗教はそこを戒律で縛る。そうしなかったら、人は人をも殺し、絶滅の一途をたどるからだ。だが、人って奴は元々、殺人衝動があるんだよ。だから、異教徒なら殺しても良い、戦争だから仕方なく殺し合えるんだ」


「……人は殺し合うべくして生まれた、とでも言いたいのか?」


「じゃねーとオカシイだろ、これほど平和を望む人がいて、どうして世界は平和にならない? そりゃ、潜在意識として殺害願望があるからじゃねーのか?」


「……理解出来ないな。やはり、僕たちは解り合えないようだ」


 笑みを浮かべ、ムクロは歩き出した。


「正義の敵が悪であれば、どれだけ良かったかな」


 無表情でイーグルはムクロと反対へと歩き出した。


「正義の敵はいつだって正義だ。それが自分にとっての正義であるか、大勢の正義であるかの違いしかない」


 窓から差し込む夕日によって二人の影が床に映っている。

 不意に人型であったムクロの影が歪み、奇怪な形へと変化して行った。


「中途半端な悪は、正義の敵にはなれはしない。正義が正し過ぎて、悪でいることが出来なくなるからだ」


 そう言ったムクロの影は、《鬼》の形をしていた。


「また、正義に対抗出来るような絶対悪は、揺るがない悪は、最早それも正義だ。正しいと思えなければ、それを貫き通す事など不可能なのだから」


 イーグルの影も形を変え、それは《天使》の形となっていた。


「イーグル、いや、『死者の冒涜』。俺はお前の敵だ。お前が生き返らせれないくらい、俺は人を殺すぜ」


「ムクロ、いや、『生者の蹂躙』。お前は僕の敵だ。お前が殺さない人間を僕は救い続けよう。——いや、お前が救った人間を、僕は助け続ける」




 二人の歪な関係は、歪な世界であったが故に存在出来た。




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