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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
番外編
31/33

第三間四章 例えば勝利の方程式.2

「よおワンオー。やっぱり、お前の言った通りの結末になっちまったぞ」


 ムクロはくくくっと笑いながら、どかりと執務室のソファーに座った。

 それはとあるビルのとある階にある一室。来客用の机とソファー、それに仕事用のデスクと椅子しか無い質素な部屋だ。大きな窓ガラスから階下を一望出来る事が魅力だろう。


「だろうな。そうであれば仕方ない。奴には自力でどうにかしてもらうだけだ。我々が事件に介入する必要は無い」


 ワンオーと呼ばれた男はペラペラと報告書を捲りながら呟く。

 茶髪にブラウンの瞳を持った二十代後半の男だ。白と黒の制服で身を包んでいる。


「つっても、今回の事件は絶対相性的にあいつ最悪だろ。不適材不適所の典型的な例だと思うけど?」

「知らん。奴が勝手にやってるだけだ。それでどのような結末を迎えようと、もはや我々には関わりない。……いや、イーグル達には関わるかもしれんがな」

「つっても、イーグル達はもうナンバーズを脱退した訳だし、事実上ナンバーズとは関わりがない訳だが。おいおいワンオー、お前はいつまでこんな写真を持ってんだよ」


 そう言ってムクロは、仕事用デスクの上にあった写真立てを取る。

 写真は記念撮影の物で、背景に大きな学校、『葉桜学園』と書かれたプレートが見える。

 どうやらその学校の前で写したようだ。写っている人物達は、統一性の無い表情をしていた。


 左端にはワンオーが写っている。秋田犬のような茶色の髪に、ブラウンの瞳。右手を顔に当て、呆れた表情を浮かべている。


 その隣にはカワセミのような緑色の髪をした二十歳前後の青年。つんつん髪で前髪が長いが、爽やかなイメージを与える人物だ。上の空、といったように空を見上げている。


 その隣には、三人の女性。一人は蒼色のショートヘアーに、静かで知的な印象を与える整った顔の少女だった。年齢は十七歳程。我関せず、と目を閉じ両手を前で揃えている。


 次の一人はバイオレットの髪、菫色の瞳の年齢は二十歳前半のくらいの女性。隣の少女とは打って変わって、騒がしそうである。実際、写真でも隣の少女の嫌そうな顔を無視して(気付いていないのか)、絡んでいる。


 もう一人は写真の中央におり、ヒマワリのような色の瞳に、黄色と思える程明るい金髪をリボンでまとめている、小学五年生程の少女。破顔一笑でカメラに向かっているが、その手は隣の女性をつねっている。


 その隣に、一匹のネズミがいた。銀色の毛に、黒の瞳。大人しく鎮座しているが、しかしネズミらしくない。


 その隣は、白い髪に白い肌、黄色みがかった茶色の瞳をした女性が写っている。年は二十代前後のようで、天真爛漫、一人だけカメラに向かってピースしている。


 その隣は、黒の髪に黒の瞳の、眼鏡を掛けた三十歳程の青年。なんだか裏の有りそうな笑みを浮かべ、眼鏡の位置を直している。


 そして右端に、ナインが写っている。長い黒髪になっていた。さらに、どういう訳なのか、格好が一人だけ可笑しい。他はナンバーズのコート姿だと言うのに、彼だけはセーラー服。この場合残念というのか、幸運というか、見事に様になっていた。普通に違和感が無い。羞恥心にやられたように、一人項垂れていた。


 ナンバーズ。その九人が全員写った、唯一の写真。

 この事件以後、三人が脱退し、今ではその所在も掴む気が無い状態だった。


「悪くはなかろう。あの頃が一番平和だったのだ」

「……平和、ねえ」


 少なくとも、葉桜学園の人間は皆殺しにしただろ? それで本当に平和か?

 ムクロはそれを声に出さずに、心に止めておいた。


「貴様には解らんよ。少なくとも、私に取ってはあの頃が一番だった」

「あっそ。閑話休題。で、『血塗られた英雄』はどうすんだ?」

「だから、奴には自力でどうにかしてもらおう。所詮突き詰めれば誘拐事件だ。簡単だろう、奴にとっては」


 黒い犬歯がその口から覗いていた。



   ☆ ☆ ☆



「ふざけるな!」


 男は呆れるしか無かった。

 場所はビルに挟まれた路地。そこはまるで異次元であるように、男と彼が対峙する者しかいない。二人の男の呼吸しか聞こえない空間となっていた。

 男の手には、オーバーヒートし煙を上げる機関銃。

 機関銃の弾丸は、全て当たっていたはずだ。そう、確かに当たったのだ。

 しかし、赤青の男は悠然たる態度で男と今も尚対峙している。

 警官の制服に、赤い髪。

 『血塗られた英雄』、緋色勝利。


「はい、銃刀法違反、公務執行妨害で現行犯逮捕」

「お疲れ様です、先輩」


 バリン、と何かが砕ける音がし、街の喧騒が二人の耳にも届くようになる。実は昼日中の戦いだったのだ。

 男に手錠をかける緋色に、同じく青い制服を着た如月理恵が、形だけの敬礼をしてみせた。

 と、ビュッ、と風が吹いた。

 たーん、と遠くから音が聞こえ、緋色の頭部付近からぽとりと塊が落ちる。


「そ、狙撃っ!」


 という理恵の声が、誰からの反応も返ってこず、虚しく裏路地に響いた。

 その路地には、手錠をかけられた男一人しかいなかった。

 しかしそれも一瞬。

 どさり、と叩き伏せられたような格好の男が現れ、


「同上の罪で、お前も逮捕だな」


 男の背に足を乗せた緋色が現れた。男の手にはライフル銃。

 炎のような髪をかき上げ、一仕事終わったと言う緋色。


「しゅ、瞬間移動!?」

「只の時空移動だ」


 驚いたような男の手からライフル銃を奪い緋色は、何かをした。

 瞬間、ライフル銃は粉々、塵になるレベルまで砕け散った。


「さて如月後輩、地球防衛軍に連絡だ」

「…………もう来てます」


 路地の入り口には、スーツ姿の男達が待機していた。

 


 二人の犯罪者を引き渡して、巡回を兼ねながらのんびりと派出所に戻る二人だった。


「それにしても先輩の能力……反則ですね。ライフルすらも無効化しますか」

「速度を用いた攻撃で俺を殺そうなんて、豆腐の角で頭をぶつけて死ぬより難易度高いぞ」


 呆れたような理恵の呟きを緋色は茶化す。

 むっ、と睨む理恵。


「誇張にしても言い過ぎじゃないですか?」

「いや、誇張でもなんでもないぞ。ある速度を超えた物質は、俺に触れれば速度0になるからな。銃器で俺を殺そうなんて、不可能なんだよ。まあ、その速度以下の攻撃は避けるしか無いんだがな」


 緋色の能力、『勝利の方程式』は速度を扱う。

 緋色は身の安全の確保のため、常にある速度を超えた物質の干渉を拒んでいる。お巡りさんと言う仕事である以上、地球防衛軍程ではないが危険と隣り合わせになるためだ。

 昨今の犯罪者の大半がスキルを用いるが、銃が犯罪に使われなくなったかと言えば、そういう訳ではないのだ。


「……しっかし、なんか最近多いんだよな。まるで俺を試すかのような、突っかかって来たような犯罪者が。裏ルートで賞金首にでもなってかな」

「驕りじゃないんですか?」

「……如月後輩、俺は一応有名人だ。裏組織の壊滅とか、結構頻繁にやってんだ。だから目をつけられやすいし、お巡りさんだから舐められてる」

「それでは、地球防衛軍に勤めれば良いのではないですか?」


 あのな〜、と緋色は頭をかく。


「俺は誰かを守るためにこの力を使いたいんだよ。皆を守る、身近なヒーローってのに憧れてんだ」


 ニッと緋色は笑みを浮かべてみせた。


「お前は知らないかもしれないが、俺はお前だって助けてんだぞ? それも、お巡りさんをやっていたからな。それは、地球防衛軍だったら無理だった事だ」

「………。おっしゃる意味がまるで分かりませんね」


 呆れたような、馬鹿にしたような、感心したような、哀愁の籠った、熱意の籠った、感謝の籠った視線を、如月は投げかけた。

 それは、見る者が見れば、酷く意地悪な表情だった。


「解らないなら解らないでいい。俺は感謝されたくて助けてる訳じゃないからな」


 わしゃわしゃと後輩の頭を撫で回す緋色。

 直後、脹ら脛に蹴りが入った。


「こほん。……事件と言えば、最近子供の誘拐事件が多発してますよね。先輩、何か知ってますか?」

「要求不明で突然返してくる誘拐事件か? 知らないな。目の前の事件しか解決しないのがお巡りさんだから」


 ふと、緋色は立ち止まり、横の路地に目を凝らした。理恵も一緒になって路地を覗く。

 薄暗い路地の奥で、引っ張られていくように一人の少年が消えた。


「っ!?」「……噂すればなんとやら。誘拐事件か」


 こっそりと路地を進み、少年が消えた角にさしあたる。理恵がいるか背後を確かめ、緋色は囁く。


「行くぞ、如月後輩。略取誘拐罪の現行犯だ」

「…………はい」


 理恵の小さな返事に、緋色は一度後輩を見て、気付いた。

 理恵の身体は震えていた。

 自分の対処がまずければ先ほどの少年は人質となり、最悪殺されてしまう……そんな責任感が彼女を押しつぶそうとしていた。


「怖いか、如月後輩。武器もないお前は、いつも通りに後ろで見ていてくれて結構だぞ」

「……はい」


 珍しく捻くれた事も無く素直な後輩に、不謹慎にも笑みが零れそうになり必死で抑える緋色。

 そして、その笑みを皮肉へと変える。


「如月後輩、安心しろ。お前は誰の後輩だ?」


 理恵はその馬鹿みたいな台詞に思わず吹き出してしまい、目に浮かんだ涙を拭って、答えた。


「甘い夢を見ているお馬鹿なお巡りさんの、です」

「よし、これが終わったら一杯奢ってもらう。貴様に上司への態度って奴を教え込んでやる」

「いいですよ。どんと来いです」

 

 気の迷いが晴れた、といった後輩を見て、緋色は正面を向く。

 そして、路地の角を曲がろうとして——。



「がはっ!?」



 血が口から溢れ出てきた。

 何かが、自分の身体から突き出ているのが、見えた。

 


 赤色に染まった銀の刀が、緋色の腹部から突き出ていた。



 『勝利の方程式』の例外。

 ある速度以下の攻撃。それは、刃物による斬り付けや突き刺し。

 それは本来自分で対処出来る部類の攻撃だ。そのため、自動で防御されない。見えていれば、避けられる。

 緋色は確かに背後を確かめていた。刃物を持った人間など、誰もいなかった。

 いたのは理恵だけで、武装はさせていなかった。

 何が起こったのか、緋色には解らない。

 ただ、背後の後輩を心配した。

 油断していた。武装させておくべきだった——と後悔し。


「ぐはっ」


 引き抜かれる刃に、吐血しふらふらと路地の壁を背に崩れ落ちる。その血の色も、歪み無い紅色。

 緋色は明滅し始めた視界を上げ、後輩の安否を確かめる。



「き、如月、無事——か」



 その声は、途中から落ちて行く。

 希望から、絶望へと。


 如月理恵が血振りをするのは、三十センチ程の短刀。


『通信途絶』

 無色透明の結界を生み出す能力。

 結界内の現象を全て認識させない完全遮断の能力。


 空間内にある物体は、視認する事は出来ない。

 刃物を結界内に入れて持ち歩けば、誰にも知覚出来はしない。

 武装はない、裏切りは無い、そう信頼しきった緋色の判断は、甘かった。



「……甘いんですよ、先輩」



 彼女は責任感で押しつぶされそうだった。


 緋色勝利を殺さねば、先ほど誘拐された少年が殺されると知っていたから。

 誘拐された少年、彼女の弟。


 それは、身代金、肉体目的の誘拐事件ではない。



 十分に力を持った一般人に、犯罪の協力を要求する誘拐事件だった。




久々のため、感覚が掴めません。おかしな部分が有るかも。


感想・指摘・意見お待ちしています。


あと一話で、一応番外編終了予定。

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