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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
番外編
30/33

第三間四章 例えば勝利の方程式.1

 魔力(魔法使いはマナと呼ぶ方)の証明に当たって、科学技術の産物達がそのエネルギー源を魔力に鞍替えしたかと言われると、実はそうではない。

 空気中に存在する魔力も使用すれば消滅する。そして、いつの間にか復活する。どこでも扱える便利なエネルギー源だが、だからといって使用し続けて常に存在する訳ではない。生活に関わる機器は安定して使える事が前提なので、私生活の面では未だに電気を使用した物が主流である。

 そのため、世界の文化レベルはあまり進歩しては居ない。移動手段はまだ、陸では自動車や列車、海では船、空では飛行機である(例外として、『瞬間移動』の魔法を行使出来る人間がいるが、スキルとしても魔法としても『瞬間移動』は実現されていない事になっている)。

 魔力の証明から四年、大きな変化はスキル、そして『地球防衛軍』ぐらいだろう。

 


   ☆ ☆ ☆



「先輩は悔しくないのですか? 地球防衛軍に仕事と威厳を取られて」


 如月理恵は腰に手を当てて、背もたれにだる〜く凭れ掛かった自分の先輩を怒鳴った。

 対して、怒鳴られた男の方は制帽をくるくると指で回し、やる気なさそうに天を仰いでいた。


「別にそれが欲しくて警官やってる訳じゃないんだから、いいぜそんな事。むしろ感謝したいくらいだぞ、如月後輩。おかげで俺達はこうしてまったり過ごせる訳だ」

「私を先輩と一緒にしないでください。職務怠慢だとは思わないのですか? これだから、我々警官が税金泥棒と呼ばれるのです」


 憤慨する後輩を視界の隅に捕えながら、彼女に先輩と呼ばれた男、緋色勝利は欠伸を噛み殺した。そして一応そのお怒りを気にしているのか、俯きながら頭を掻いていた。

 先輩のそんな仕草を見ながら、理恵は頭を捻った。

 一体何故、こんな怠惰な男が『血塗られた英雄(クリムゾン・ヒーロー)』などと呼ばれるのだろう、まさか髪の色だけではないはず、と。



 今現在、最も割りにあわない職業とは、お巡りさんである。

 地球防衛軍という新組織の設立に伴って、警察官の給料は削減された。というより、吸収された。

 一般人がスキルを得る事で生じた問題、それは犯罪の凶悪性が増した事だろう。

 自衛のために銃を持つ事が義務づけられている、それと同じような物だ。違いは、それが目に見えないと言う点。

 それに対応して出来たのが、『地球防衛軍』。

 文字通り、再び侵略戦争のような事件が起きた時に対処するスキル保持者で構成された軍である。しかし基本的な実務は、スキル保持者が起こした犯罪行為の対処である。

 警察が行なっていた犯罪の対処は、一般人がスキルを持つ事で危険度が跳ね上がった。犯罪行為を止めに行った警官が逆にやられる、という可能性が生まれた。

 そこで、犯罪対処に特化した組織として地球防衛軍が生まれ、警察は犯罪の捜査、自衛隊は災害の支援部隊となった。

 その裏には、侵略戦争の犠牲者の大半が軍や警察官などの治安維持に関わった人間で、人員が不足したからだと言う話も有る。

 そんな中お巡りさんが残ったのは、見回りと道案内、落とし物の管理などの地球防衛軍がやるには名が落ちるような雑務処理のためであった。楽な仕事に思えるが、実際はそうではなく、常に危険と隣り合わせの職業だ。

 見回り、それが理由だ。

 街を見回る事で犯罪を抑圧。また犯罪が起こった場合、いち早く駆けつけ地球防衛軍が出て来るまでの時間稼ぎ役、もしくは可能ならば取り押さえる役目にある。そのため、ある程度優秀な能力者であれば、年齢を考慮せずにお巡りさんになれるのである。ただし、安月給で危険なために志望者は絶望的、存続も危うかったが。

 お巡りさんと地球防衛軍、どちらが高待遇かを考えれば、一目瞭然だった。

 この後輩は何を思って警官になったのだろう、と緋色は内心思っていた。



「仕方ねえな、見回り行くぞ。仕事すれば良いんだろ」


 緋色は面倒そうに立ち上がり、血のように真っ赤な髪を振るって派出所を出た。

 この人は……、と呟きながら理恵も制帽を被る。理恵の艶の有る黒髪が制帽から少し溢れ、肩にかかる。

 文句を言う点を覗けばいい女なのにな、と緋色は制帽を被り直しながら思っていると、


「先輩、嫌らしい目つきで見ないでください。逮捕しますよ」


 理恵にギロリと睨みつけられるのだった。

 並べば緋色の方が理恵より少し背が高く、年齢も緋色の方が一つか二つ上なのだが、上辺だけの尊敬しか得られていない緋色だった。



   ☆ ☆ ☆



「いいか如月後輩。俺達の役目は失われた牙の代わりに、愛くるしい仕草で人々の犯罪意識を静める事だ」

「先輩、言ってる事の意味がまるで解りません。もっと具体的におっしゃってください」

「要するに、悪い事したらやられる! と思わせるのではなく、この人達に迷惑かけたくないから止めよう、と思わせるように振る舞うんだ」


 緋色はそう言って、目の前の少女の頭を撫で回していた。

 五歳くらいの少女で、脇にカラフルなボールを抱えている。拾った財布を届けてくれたのだった。場所が大通りに面した公園であるため、遊んでいる途中に見つけたのだ推測された。

 緋色は、頬が緩みきり今にも涎が垂れそうな表情を浮かべた変態……ではなく、面倒見の良い好青年、という印象を与えるものだった。少女もはにかんだ笑顔を浮かべている。


「財布を届けてくれるなんて偉いな〜。気をつけて帰るんだよ」

「うんっ!」


 とてとてとボールを持って走り去る少女に笑みを浮かべて手を振る緋色を見て、理恵は呟いた。


「……このロリコン」


 途端、緋色がギロリと理恵を睨みつけた。

 そして流れる動作でダンスでも踊る時のように理恵の片手を取り、ついっと理恵の顎を上げて自分の目と向かい合わせる。一瞬理恵の体が強張るが、どちらも頬の色を変えはしない。


「如月後輩、お前は何か一つ勘違いをしているみたいだな。残念なお知らせだが、俺はロリコンじゃない。その体に教え込ませてやってもいいんだぜ? 英雄色を好む、って言うだろ? まさか、俺が名ばかり英雄だと思ってたんじゃないだろうな」

「……………」


 しばしの沈黙の後、緋色は理恵の手を離した。理恵は緋色に背を向け、握られた手首を擦りながら小さく言った。


「……わかりました。先輩が英雄だと言うのを忘れていました。誰でもアリなんですね」

「…………。もう何でも良い」


 緋色は溜息を付いて項垂れ、ふと思い出したように言った。


「如月後輩、お前にお巡りさんの何たるかを教えてやろう」


 切り替えが早い人だ、と理恵は思ったが特に突っ込まず、勝手に喋らせる事にした。

 下手に文句を言っても、無駄に話が長引くだけである。


「お前が一体何を思ってお巡りさんになったか俺は知らないが、俺の下に付いた以上、俺のルールを貫いてもらう。いいか?」

「……今時上司の命令が絶対というのは納得いきませんが、聞くだけ聞きましょう」


 後輩の返事に渋い顔を見せる緋色だが、特に文句は言わず先を続ける。


「一つだけだ。それは——」


 プファアーーーーーン!!!


 甲高いクラクションが緋色の台詞を遮った。

 二人はその音がした方向を振り返り、驚いた。

 二人から百メートル程先で一人の女の子が、大通りの歩道を走っていた。

 五歳くらいの少女……先ほど財布を届けてくれた少女は、慌てたように歩道を駆けていく。歩道を駆けて、車道へと飛び出して行った。

 少女の視線の先には、お気に入りのボールしか映っていない。

 自分に迫る、トラックの姿は見えていない。

 トラックは何があったのか不明であるが、どう考えても大通りを走る速度ではなかった。

 大通りには二人の他にも目撃者がいるが、誰一人として少女を止める事が出来なかった。


「——っ!!」


 瞬間、理恵は自分のスキル『通信途絶』を発動。


『通信途絶』

 無色透明の結界を生み出す能力で、結界内の現象を全て認識させない完全遮断の能力でもある。結界は何重にも重ねる事が出来、それによって硬度を上げる事が可能。ただし、結界一つ一つはある程度の攻撃で壊れてしまう。


 スキルを最大発動、瞬間的にトラックの前に結界を三枚重ねて張る。

 だが、時速100キロオーバーのトラックが多少減速する程度で、完全に止める事は出来なかった。


(距離がありすぎる!!)


 スキルは脳から発生する電波で魔力を操作し、何らかの現象を起こす。スキルの範囲、電波の影響範囲は個人によって異なるが、現象を起こす位置は自分から近ければ近い程強くなる。

 理恵のスキル『通信途絶』も例に漏れず、本来なら二十メートルが範囲の限界だ。にも関わらず百メートル以上離れた位置に存在するトラックの前に結界を張れたのは、人体の神秘、脳が未だに解明されていないためとしか言えない。火事場の馬鹿力、だろう。

 理恵は最善を尽くした。

 それでも悔やまれた。目の前で、一人の少女が命を落とす。

 それをどうにも出来ない自分が、歯がゆかった。

 理恵は目の前に広がるだろう絶望に、自分の体を支えておく事が出来ず崩れ落ちた。

 そして。



 キイイイィィィィィィィイ!!


 

 トラックが少女の居た位置を大きく通り過ぎ、ブレーキ音を響かせながら理恵の位置まで来て、そして止まった。




「えっ…………」




 理恵は惚けた声が口から漏れた。

 音がしなかったのだ。

 少女が轢かれる、絶望のエチュードは奏でられなかったのだ。


 だが、理恵には確かに見えた。

 少女の居た位置に、赤い閃光が走るのを。



「良くやった、如月後輩。お前の覚悟は見せてもらった」



 そして、理恵は気付く。

 ふわりと、青い制帽が自分の膝へと落ちて来るのを。

 それは自分の物ではなく、隣に居た人物の物だと。

 そして、その人物が——。




「なに絶望しきった顔をしている、如月後輩。俺の能力は『勝利の方程式』。お前、自分の先輩が誰だと思っている?」




 紅蓮の赤髪、不敵な笑み。

 そして、小脇に抱えた少女とボール。

 そのスキル名は、『勝利の方程式』。


『勝利の方程式』

 それは、速さを操る能力。速度Vベクトルを用いた式で表される物理現象を操作する能力。

 Vは勝利のビクトリーでもあり、操るは速度Vを用いた方程式。


 そして、約束された勝利の力を持った彼は、こう呼ばれる。



「緋色勝利。『血塗られた英雄(クリムゾン・ヒーロー)』だぞ?」




久々に書いたので、可笑しな点があるかもしれません。

それも含めた感想・意見・指摘、お待ちしています。

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