第三間四章 例えば勝利の方程式
番外編のプロローグです
俺は誰も救わない。俺は誰も救えない。
勝手に救われるだけなのだ。
結局、自分を救う事が出来るのは自分自身。
地下鉄のホーム、俺の視界の隅には一人の女性。
名を知る事も、その目的を知る必要も無い。外見を注視する事すら必要無く、ただ俺はこの姉ちゃんを線路上に突き落とせば良いだけの話だ。
俺の周囲二メートルは、完全に俺の領域。
ベクトルを生み出す事や消す事、四則演算処理や方向の反転が自由な領域。
俺は只、あの姉ちゃんの背後に線路に向かった力を生み出せば良い。足下がふらついて落ちた、そう思われるだけだ。
ジャミングで魔力、スキルの使用不可能になっている公共機関において、それは当然だ。魔法使いが魔法で突き落とすこともない。詠唱や魔法陣が現れ、すぐに足取りが捕まれてしまうからだ。
だが、俺はそれを平然と行なおう。俺やイーグル、ミーナの力は決してスキルではなく、万が一捜査が俺に及んだとしても、国がそれを止めてくれる。
悪く思うなよ、姉ちゃん。これも、国のためだ。
近づく列車、ここで落とせば確実に死ぬ。
俺はポケットに手を入れたまま、一瞬だけ、力の有効範囲である二メートルにその姉ちゃんを入れる。
瞬間、まるで見えない手に押されたように、その姉ちゃんはふらつき、線路へと落ちた。
任務完了——と、俺はそこから立ち去ろうとし。
俺の視界に紅が混じり、列車は何事も無く通過した。
……何事も無く?
瞬間、俺の領域を超越した拳が飛来、左頬が殴られた。
久方ぶりに殴られた頬はひりひりと痛むが、理解した。
一定の大きさで俺に向かってくる力を無にする領域、それが効かなかった。
考えられるのは、二つ。
全てを無に帰す鎌か、あるいは、俺の力を超越した力。
そして、その鎌を操る『人喰いジョーズ』が死んだ以上、残されたのは後者の方。
紅——それは血の色ではなく、お前の髪の色か。
「……よお『血塗られた英雄』」
俺の声は奴には届かない。
俺を殴ったのは、その存在を知らせるためだけ。決して話し合う気など無い。
その力は『勝利の方程式』。
奴には何人たりとも敵わない。この世の物理法則を捩じ曲げて、奴と同じ舞台に立たない限り、奴と相対する事は出来ない。俺の能力であっても、それは変わらない。
圧倒的な強さ。
だが所詮、あいつの力は勝利をもたらすだけだ。
奴は救世主にはなれない。
けれど、あいつはまぎれも無くヒーローだ。
一人の命を奪い、百人の命を救うような正義ではなく、その一人も救ってみせるヒーローだ。
故に奴は、その甘さで血に染まる。
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