第零ト四章 過去と未来の交差
俺は誰も救えない。ただ、助けるだけだ。
自分を救う事が出来るのは、結局は自分だけ。
まだ、俺は俺自身を救えない。
☆ ☆ ☆
「ナイン!」
「……ん? ああ、優理か。どうした?」
もう二度と通る事は無いと思いながらナインが黒嶺学園の廊下を歩いていると、不意に呼び止められた。
赤い髪の少女、赤神優理が睨みつけるように立っていた。
肩までの赤い髪を揺らして、優理は怒鳴る。
「どうしたじゃないだろ! 何やってんだ!」
長身で絶妙なプロポーションとは裏腹に、男勝りの言葉遣いだ。
「不正行為だ。だから停学。意外と軽い処罰で驚いてるよ」
「アホ。約束しただろ……俺と一緒に天下を取るって!」
「ありもしない約束を勝手に作るな。だいたい、天下ってなんだ。お前一人で十分だろう? 『戦国夢想』のお前一人で」
「何言ってんだ! 俺一人じゃ無理に決まってる! 子孫を残さずに太平の世は作れない!」
ナインは優理の言っている意味が分からず、小さく首を傾げる。
「俺じゃなくても、『糸離滅裂』がいるだろ? 不正行為するような奴と一緒に居る所を見られたら、赤神家としても困ると思うが?」
「……うっ」
「それに、俺はこの結果に満足している。もしも心配してそんな事を言っているんだったら、俺には無用の長物だ」
「だけど、これからどうすんだよ! 学校停学になったって、お前戻って来る気ないだろ!」
「そうだ。俺は今の学校の方針が嫌いだからな」
ナインの言っている事は、とても勝手な事だ。気に喰わないから学校に来ないという、子供の我が儘だ。
優理の言っている事は、至極マトモだ。優秀な人材を手放す事は出来ないと、そう語っている。
「行かせない! お前をこんな所で失うわけにはいかない! 停学期間が終わるまで監禁してでも学校に来させる!」
「俺はお前の物じゃない。迷惑にならないよう、勝手に生きさせてもらうだけさ。邪魔するなよ。……というか監禁って本気か?」
「『戦国夢想』に不可能は無い! やってみせる!」
瞬間、廊下は赤色に包まれた。
『戦国夢想』
能力の効果範囲はおよそ二十メートル。その空間の魔力を自分専用にするスキル。
相手は魔力を使えないが、自分だけは使えるようになる無敵領域。
優理は空気中の魔力を圧縮し何十本もの刀を創り出し、自身の周りに浮かばせる。
彼女の干渉を受けた魔力は、赤色を帯び、それで作られた刀も同様に赤い。
この空間内において、魔力は彼女の思いのままに象られる。
この空間内の全ては自由自在と言っても過言ではない。まさしく、無双。
『戦国夢想』は伊達じゃない。
「ナイン! お前の手足を切断しても、止めてみせる!」
言ってる事は病んでいたが。
ナインは辛そうに優理を見て、聞こえないように呟いた。
「だから俺は、この学校が嫌いなんだ」
その言葉を合図に、何十本もの刃がナインに向けて放たれた。
「なっ……!?」
そして、刀は砕け散った。
ナインに触れた瞬間、その刃は砕け散っていた。
このとき二人は知らない事だが、HPは空気中の魔力で作られていなかった。
むしろ空気中の魔力が使われなかった分、HPがデフォルトで強力になっていたのだ。
本来ならば床に落ちたはずの刀が砕けたのはそのためだ。
圧縮された魔力で象られた刀は砕け散って尚、目に見える赤い結晶となっていた。
赤い結晶舞う中で、ナインは言う。
「だけどな、俺はお前の事は嫌いじゃないんだよ!」
だから、ナインは叫ぶ。
「だからこれ以上、俺を嫌いにさせるな! 赤神優理!」
本当に砕け散ったのは、どちらの何だったのだろう。
☆ ☆ ☆
「うっ……」
目の前に迫るのは、『曲線尾』。一定の距離を追尾するレーザーを生み出すスキル保持者。
『曲線尾』の目は血走り、仲間の復讐に燃えていた。
都筑遥は泣きたくなっていた。
遥は元々争い事が苦手だった。
痛いのが嫌いだし、傷つける事も怖かった。
けれど、魔力に関しては凄く興味があった。そして、遥は珍しいスキルの持ち主でもあった。
そのスキルから黒嶺学園にスカウトされ、名門と援助の言葉に釣られて入学したのだった。
結果、実力の伴わない珍しいだけのスキル保持者であった遥は孤立し、個人戦で追いつめられていた。運悪く、遥の入ったクラスは強者が多く、強者同士で徒党を組み弱者の遥は孤立したのだった。
そして試験、一人ぼっちの遥は個人戦で、その強者によって虐げられた他クラスの八つ当たりを受けているのだった。
目の前に迫る『曲線尾』がまさにそうだった。
彼のクラスはチーム戦でこっぴどくやられ、復讐心に燃え上がっていた。
クラスの団結力を高めるためのチーム戦、それが別の所での団結力も生んでいた。要らない思いやりというか、仲間がやられて只で引き下がれるかみたいな話だ。
「くっそ、雑魚の分際でちょろちょろと動き回って!」
黒嶺学園の試験では、グラウンドの四隅に柱を置いて結界を張り、その内部に魔力を用いて簡単な住宅街や森、草原、岩場などを作り、そこで戦う事になる。
個人戦ではそれだと広すぎるので、柱を増やして何試合も同時進行させている。
そして遥の試合は森のフィールドとなっていた。
変幻自在のレーザーを木に隠れながら必死になって避けていたのだが、体力の無い女子の遥は遂に追いつめられていた。
「せいぜいあの世でクラスメイトを恨むんだな!」
「ひっ……」
あの世って私、殺されるの? 試験でしょどうしてそんな——って凄く目が血走ってる!? 本気だ〜! 殺されるっ!! どうしてこんな目に……。
『曲線尾』の指に粒子が集まり、拳程の大きさになる。
結界の外では息を飲む生徒、彼と同じく目が血走った生徒の歓声が遥には聞こえた気がした。
「けはははははははっ!! ここじゃあ誰も手ぇ出せねえ! クラスの誰もが俺の勇姿に歓声を上げてやがる! けははははははっ!」
今の台詞で外のクラスメイトも正気に戻り、うわぁとか声を漏らしているが、『曲線尾』は気付かない。遥もどん引きして顔が引きつっているが、それも気付かない。
『曲線尾』は両手を掲げて粒子をさらに集め、直径一メートルもの高エネルギー体を創り出す。だがそれは、明らかに試験などの範疇を超えた殺傷能力を秘めていた。
あれに触れれば、間違いなくこんがり焼けてしまうだろう。
そして、
「燃えちまえ!」
燃やす気満々、試験と言う事を忘れて『曲線尾』はそれを放つ。
目を焼かんとばかりの光と肉を焦がさんとばかりの熱が、遥に襲いかかってきた。
「ひっ……」
遥は悲鳴を上げる事も出来ず、目をきつく閉じて全てが終わるのを待った。
「………………」
だが、いつまで経っても、遥の身を焦がすような熱線はやってこない。
遥が恐る恐る目を開けると、そこには……。
「大丈夫?」
一人の少年が、遥に手を差し伸べていた。
エネルギー体は地面を焦がしていたが、それは少年の目前で跡形も無く消え去っている。
「……………」
遥はあまりの出来事に何も言えず、おずおずとナインの手を取った。
試験のために張られた結界は、並のスキルでは破る事も出来ないのだ。そのため、誰かが助けに入って来る事などあり得ないと遥は思っていた。それに兵士を育成するこの学校において、規則を破る行為、試験の妨害は退学ものの禁止事項。
遥には信じられなかった。自分を助けてくれる人が居る事が。
それが、ナインと都築遥の出会い。
そして、それっきり、二人が学校で出会う事は無かった。
☆ ☆ ☆
「……ジョーズ。それは本当の話か?」
「それは勿論、確かな情報だ」
人喰いジョーズの亡霊は、相も変わらず奇天烈な格好をしている。
だが、その口から出た言葉は、真剣そのものだった。
「君がかつて助けた少女、都築遥は、この四魔戦で黒嶺学園に復讐しようとしている。他でも無い君のためにね。そして、君が現在進行形で護衛しているミラ・ルーナが、最悪の人物に狙われている」
ナインは顔をしかめ、溜息をついた。
「要するに、俺は四魔戦の開かれる九州に行かなきゃ駄目、って事か?」
「それは確定事項だな。生憎、俺と『血塗られた英雄』は今動けない。仕事が終わり次第行くが、九州ならば東堂と霧道がいる。お前は魔法使いの護衛とありがたくもない復讐を止めれば良い」
ナインは一際大きな溜息をついた。
「ジョーズは当てにしてなかったが、『血塗られた英雄』も駄目なのか?」
ナインは残念そうに呟き、ジョーズは苦笑を浮かべる。
「あいつは今、とある組織の壊滅とその事後処理に忙しい。何せ、英雄だからな」
「解っているさ。あいつはヒーローだからな」
ナインは今後の嫌な展開のため苦笑いを。
ジョーズはナインの言い回しに苦笑を浮かべた。
そして……。
「へっくし!」
『血塗られた英雄』、『勝利の方程式』……緋色勝利はくしゃみをした。
次回はスピンオフ的な番外編です。
主人公は……今回の流れ的に解ってしまうと思いますが。
感想・意見・指摘などお待ちしています。