第三間四章 例えば誰かと少女の関係
ヒロインは誰なんだろう。
「……ルーナ。なんか用?」
「別に……」
「じゃあなんで俺の背に寄り掛かって本を読むんだ?」
「……別に。ただそこに背中があったから」
「重くはないし、さして邪魔でもないけど、どけてくれませんか?」
「なして?」
「……いや、もういいよ」
図書室、二人は背中を合わせて本を読んでいた。
「ん、そうだ」
「何だ? また魔石探すとか言うなよな? もうこりごり」
と、ルーナは本から目をそらさずに言った。
「違う。……今日、休みでしょ?」
「ああ、日曜日だな。それで?」
「お休み、あげようと思って」
「休み?」
「護衛のお休み。今日は一日本読んでるから、好きな事してていいよ。ここならよほどの事じゃないと襲われないし、ラギとナギとも遊べるし。……天才魔法使いだし。自分の身は自分で守れる」
「……そっか。んじゃ、ちょっくら出かけてくるかな」
自分で天才とか言うのはどうかと思う、とナインは心の中で突っ込んでみた。
そういう自分も、勇者だのなんだの言っていたりするから声には出さない。
「お小遣いあげる」
「……あ、ありがとう」
そう言って一万円をポンと渡すルーナ。
何故だか泣きたくなるナイン。
「お土産よろしく」
「はいはい。何でも良いだろ?」
「あんたが選んでくれた物なら、何でも良い」
「……ん? じゃあ、行ってきます」
「…………。いってらっしゃい」
何かが気にかかったが、それが何なのか解らないナインだった。
☆ ☆ ☆
「付き合ってください!」
「…………は?」
ナインはいろんな意味で驚いていた。
いつも通り人気の無い場所へ『転移魔法』を使い、公園に向かう。そして行きがけの駄賃にコーヒーを買い、今日は空いていたブランコに腰掛けコーヒーを飲んでいた時だ。
不意にそう声を掛けられ、振り返ると同時に誰かが腕に抱きついて来た。
そう言って自分の腕に絡み付いて来たのは、リオだった。
そう言ったリオの格好は、いつもと違った。
いつもの学ランの格好ではない。スカート、つまり普通の女子用の制服姿。
一言で言えば、女の子だった。
「……あ〜、その髪どうしたんだ? なんか長くなってる」
「ウイッグです」
「なして?」
「似合いませんか?」
そう言って下からナインの目を覗き込むリオ。
じーっと、真っ直ぐ、大きな瞳で。
ちなみに、リオがナインの腕に絡み付いているので、二人は密着していた。
「いや、似合ってる。……うん、可愛い」
「それなら良いじゃないですか」
「……まあそれはいいけど。それより、付き合ってってどういう事?」
「……あ、そういう意味ではありませんよ。ただ、買い物に付き合ってほしいと言う意味です」
「買い物?」
「ええ、買い物です」
そういって含み笑いを浮かべるリオに、ただならぬ嫌な予感がするナイン。
だが、彼には断るだけの度胸が無かった。
ある意味抱きついている女性を突き放す事は、彼には出来なかった。
「じゃあ行きましょう!」
リオは苦笑いを浮かべるナインの手を取り歩き出す。
そして、ナインは気付かなかった。
「ちょ、ちょっと! な、な、ななな……何アレ!? 誰!?」
遠くから自分を見ていた愛葉に、ナインは気付かなかった。
余談だが、このとき街の気温が一気に上がっていた。
☆ ☆ ☆
「美味しいですね」
「うん、そうだね」
「あっ、アイスが付いてます。……えい」
リオはナインの頬に付いていたアイスを指で取り、それを舐める。
「…………」
ナインは苦笑いを浮かべるしかなかった。
買い物と言う事で、ショッピングモールへと来た二人。
しばらく買い物をし、荷物持ちのナインに気をつかったのか(といってもナインは疲れ知らずで、買い物の荷物持ちとしてはかなり優秀だ。ナインが今持っているのは服の入った紙袋のみだが)、二人はアイスを買い、近くのベンチで仲良く並んで食していた。
「……ただの買い物か?」
「いえ、違いますよ。……その、ルーナとはどうですか?」
「仲が悪い訳じゃないと思うけど、どうして?」
「いえ! それなら別にそれで良いんですが……」
何か思う所が有るのか、リオは顔を口元に手を当てて考え込む。
「……ちょっと昔話をしましょう。私の、昔話」
リオはナインをじっと見つめながら、話し始めた。
「私って女の子っぽく無いじゃないですか。髪型も口調も意識しないと女の子に見えないでしょう? 男の子っぽい格好をすれば、男の子にしか見えないでしょう?」
「……俺は一目で女の子だと解ったけど?」
「——話が先に進まないんで、そこは肯定してくれると助けるんですけど……」
「……ごめん」
「いえ…………嬉しいです」
「うん? なんか言ったか?」
何も、とリオは首を横に振り、話を続ける。
「私が入学した時は、ちゃんと女の子の格好していたんですよ。その時の制服がコレですね」
そう言ってベンチから立ち上がり、くるりと回ってみせるリオ。
スカートが波を打ち、長い黒髪がたなびく。
「でも、入学初日に喧嘩を売られたんですよ。男みたいな女だな、って。で、喧嘩を買ったのは良いんですが、その当時の私は、スキルを上手く使えなくて……」
リオは再びベンチに座り直した。
「そんな時でした。会長が、私を助けてくれたんです。会長のスキルの前では、誰もまともに動けません。それで、会長は『もう大丈夫よ』って優しく手を握ってくれました」
「…………」
「それから私は会長にスキルを認められて副会長になって、会長に変な虫が寄り付かないように男装したんです」
「なるほどね。それが、いつもの格好の訳?」
「そうですね。今は会長がいませんし、あなたは私が女の子だって知ってますから、この格好ですけどね」
「……なあ、その話からすると、もしかしてそのウイッグ付けてる理由って……」
ナインは若干引きつった笑みを浮かべ、リオは満面の笑みで答えた。
「勿論、あなたに変な虫が付かないようにですね」
はははは、とナインは笑い、不意に何かを思いついた。
「あっ、そう言えば……ルーナにも言ったから、言っても良いか。リオの過去も聞けたし、俺も俺の過去を話そう」
リオは首を傾げてナインを見て、ナインはどこ吹く風と言った感じで、遠くを見ながらこう言った。
「俺は四年前に記憶喪失になったんだ。んで、それ以前の記憶が無いんだよね。ナインだけに」
「……はい?」
何を突然言い出すんだ、とリオはナインを凝視したが、ナインは空を見ながら続ける。
「んで、どうにも俺はーーーーらしいんだ」
リオが硬直したのは、言うまでもない。
☆ ☆ ☆
「な、な、一体誰なのよ。あ、あんなにいちゃついて……私、一体何を言ってるの?」
どうしてかナインとリオ(愛葉は気付いていない)を尾行していた愛葉は、ぶつぶつとそんな事を呟いていた。
今二人はベンチでアイスを食べていて、愛葉はそれを遠くから誰かを待っているような態度で見ていた。
「だいたい、あんな奴どうでもいいし、あいつが誰と付き合っていても、関係ないし……。確かにカッコいい所も有るけど、基本的に駄目人間だし……」
もやもやとした何かが胸の辺りに溜まり、愛葉はムシャクシャしていた。
「ああ〜もう! なんでか気になる! よし、ちょっと話を聞いちゃおう!」
黒嶺学園の規則で外出も制服となっているため、二人に近づけばバレてしまう。
だが、『空全絶護』は伊達じゃない。
空気に干渉する全てを影響下に置くのが、『空全絶護』の能力。
声とて、例外ではない。
そして、愛葉は聞いた。
「俺は四年前に記憶喪失になったんだ。んで、それ以前の記憶が無いんだよね。ナインだけに」
「はい?」
思わず、声が漏れてしまった。それで周りから奇異の目を向けられ恥ずかしく思うが、それどころではなかった。
次に聞こえて来た内容が、そんな事を吹っ飛ばした。
「んで、どうにも俺は秋山雪日らしいんだ」
愛葉も硬直した。
☆ ☆ ☆
「ただいまー」
「「おかえり」」「おかえりなさい」
ルーナとルーナにじゃれていたラギとナギがナインを出迎えた。
「お土産、ケーキ買って来た」
「「やった!」」「……ごくり」
ナインの持っている袋を見て、ラギとナギがハイタッチをし、ルーナは涎を飲み込んだ。
「とりあえず店にあるの全部買って来たけど、喧嘩するなよ」
「……お小遣い、どうしたの?」
ナインの金の汚さを知るルーナは、聞かずにいられなかった。
「いやいや、俺だけのために使うわけにはいかなかったからさ。ケーキに費やした」
「……はあ〜」
呆れたとルーナは頭に手を添える。
「っと、忘れる所だった」
そんなルーナを見て、ナインは思い出したように懐に手を入れ、小さな紙袋を出した。
「これ、お土産な」
「へ?」
それをルーナの白い手の上に置き、ナインは着替えるために階段を登り始める。
登りながら、ルーナの顔を見ずにナインは言う。
「俺にはセンスが無いからリオに手伝ってもらったけど、俺が納得して買った物だから。まあ、気に入らなかったら捨ててくれて結構だ」
ナインが二階へ消えたのを見計らって、ルーナは紙袋を開けた。
中には、蛍火のような光を灯す宝石のペンダントが入っていた。
「……………」
ぎゅっとそれを握りしめ、ナインが消えた方を見るルーナが居た。
ヒロインが誰だか解らなくなった作者です。
目標だった十万語を達成出来ました。
とりあえず、週一更新したいです。
感想お待ちしております(特にヒロインに付いて)。