第三章 魔法使い.11
コンコン。
「ルーナ、起きてるか?」
「……………」
無言の返事に苦笑いを浮かべるナイン。
ルーナがこの洋館に来てから、一週間が経とうとしていた。
さすがにもう慣れたものである。
「んじゃ、先にご飯食べてるぞ」
「……………」
客のプライバシーを守るために防音設計になっている扉。そのため、起きているのかいないのか解らない。けれど起きているのだろうな、と経験則でナインは思っていた。
それは、当たっていた。
当たっていたけど、外れていた。
「え?」
「ん」
「いや、……え?」
目の前に差し出された料理。ぽかんと口を開けたナイン。無表情でじっと見つめながらそれを差し出すルーナ。
ちなみに彼女の格好は、裸にエプロン——ではなく、普通の格好にエプロンだった。
斜めに頭に乗っているコック帽が、なんとも可愛らしいものだった。
「……何? ルーナが作ったの」
「ん」
コクコクと頷くルーナ。どこか小動物のような仕草であった。
「……俺に食べろと?」
「ん」
朝は弱いルーナは、先ほどから『ん』としか言っていない。
それだけに、料理の味が心配された。
「………ゴクッ。い、いただきます」
「ん」
「いただきまーす」「いただきます」
普段はラギとナギが料理を作るのだが、今日はどうやらルーナが代わりにやると言ったらしく、二人はウキウキしてるように見えた。
ラギとナギに取って、ルーナは姉のような存在だ。
その姉が——味はともかく——料理を作ってくれるのだ。嬉しくないはずが無い。
味はともかく。
「「「——ッ!?」」」
ルーナの料理を口に入れた三人は、同じ反応をした。
結果から言えば、ナインが『浄化魔法』を使う事は無く、ちゃんと美味しい料理だった。その評価が理由で、しばらくの間同じ料理しか食卓に並ばなかったという余談もある。
どういった心境の変化か、ルーナが毎日料理を作るようになったことではあるが。
図書室で二人はそれぞれ本を読んでいた。
ルーナは魔導書で、ナインは文庫本だ。
魔石事件以来、二人は引きこもっていた。
「……あんたってさ、自分が誰だか知りたくないの?」
「別に。もう知ってる——というと語弊があるな。知っていると言うよりは、そう呼ばれていると言うか、そう言われている名ならあるんだ。確証はないし、俺には信じられないがな」
「へえ、良かったら教えてくれない?」
あくまで平静を装いながら、ルーナはそれを尋ねた。
「魔法使いなんてそんなに数は居ないし、今行方不明の魔法使いとなったらすぐ見つかるか」
本来、魔法使いは国によって厳しく管理されている。
当然と言えば当然、スキルで魔力を扱えると言った所で、魔法使いには及ばないのが普通だ。
魔法使いは一騎当千、と言っても過言ではないのだ。
ルーナが日本に入国出来たのも、『二重螺旋』の実験体になったのが理由である。
そうでなければ、只でさえ魔力に関する技術で一歩先を行く日本に、魔法使いなど送りはしない。敵に塩を送るような物である。
「先に言っておくと、国で管理されている魔法使いの誰も行方不明にはなっていない」
有名人ではない? とクエスチョンマークを浮かべるルーナ。
(『瞬間移動魔法』なんて規格外の魔法を使えて、有名じゃないってどういう事?)
それに答えるように、ナインは言った。
「俺は————だと言われている」
ナインのその台詞に、ルーナは固まった。
☆ ☆ ☆
「よお××。任務は遂行したぜ?」
ムクロは笑みを浮かべ、目の前の仮面の男に語りかける。
その白と黒によって構成された仮面は、輝く希望と染まらない正義を意味する。
「そうか、ご苦労。後の事はワンオーに一任しておこう」
「りょーかい。特別手当でも出してくんねーか?」
「……数日ほど休暇を与えよう。その間に、愛すべき人と会うが良い。これからしばらく、争いの時代を迎えるだろうからな」
至極真面目にそんな事を言う仮面の人物に、くくくっとムクロは忍び笑いを浮かべる。
仮面の人物はどこまでも真面目に、ムクロに問う。
「ムクロ……。名無しの——いや、《××の模造品》はどうしていた?」
「なんだ、気になってのか?」
「当たり前だろう? 奴は勇者。そして私は——××だ」
男が仮面の下で笑みを浮かべたような、そんな錯覚に捕われるムクロ。
「な〜に、いつも通りだ。相変わらず、犠牲も無しに誰もを救うなんて言ってたぜ?」
「……それでいい。奴がそれならば、問題ない」
「くくくっ。けれど、あいつはお前が思っているよりも、面白くなってるぞ?」
ムクロは笑みを浮かべ、その人物を見る。
「仮面の総理よ。秋山雪日はどうなると思う?」
仮面の人物、現日本総理、秋山雪日は言った。
「何も変わりはしない。政治家は犠牲だ。財産だろうとこの身だろうと、骨から血肉まで、それこそ涙であろうと朽ちるまで、この国のために使うだけだ」
秋山雪日。
侵略戦争で戦った、七人の魔法使いの一人。そして、現日本総理。
いや、それは総理ではないのかもしれない。
選挙で選ばれてこそ居るが、政治に関してはほぼ全て彼の独裁となっているのが現状だ。
だが、それでもこの国は回っている。
『国民に認められた、選ばれた。それだけが私の財産です。私と言う人間は、認められなくなったその時から、もう存在しないのです。だから私は、この身が朽ちるまでこの国を良くして行きたいと思っています』
彼には財産と呼べる資金的物品が何一つ無い。
彼が総理を辞めたとすれば、彼は早速ホームレス生活を始めるだろう。
自分と言う存在を全て犠牲にして、彼はこの国の頂点に立っている。
汚職、内輪揉め、小学生の学級会ばりの国会、私腹を肥やすために働く政治家。
家も無く、金も無く、国政を一人で切り盛りし、侵略戦争の英雄。
彼の支持が下がる事は無かった。
「私は無意味に仮面を被っている訳ではない。仮面は、象徴だ。『君たちが求めているのは、私の顔か? それとも、私の実力か?』 私はそう国民に問うた」
秋山雪日は、仮面の下で笑みを浮かべる。
「私の正体が何であれ、国民に支持されるのであれば問題は無い。そのための、仮面だ」
中身は、誰であろうと関係ない。
例え、『侵略戦争』で戦った秋山雪日で無くなっていたとしても。
秋山雪日は誰か解らない。仮面の下は解らない。
例え、中の人間が入れ替わっていたとしても、良い国を創り続けていれば、それは秋山雪日なのだ。
とりあえず、第三章は終わりです。
元々書きたかった事が少し、今後の伏線がかなり含まれています。
ちなみに、後半部分で『あれ? この小説ってこんな話だっけ?』
みたいな事を思った方、ごめんなさい、こういう話です。
そして追い打ちをかけるようですが、この物語は基本なんでもありデス。
今後の展開で『どうしてこうなった!?』とか思うと思います。
具体的には、次回の番外編で。
ちなみに、『こういう話が読みたい!』などの意見がある方は、番外編が終わる前にお願いします。……あるとは思えないけど。
感想・意見・指摘お待ちしております。




