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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第三章
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第三章 魔法使い.10

「ーーッ!?」


 ルーナの動きが止まったのは、『二重螺旋』の影響ではなく、ナインの『呪縛魔法』によるものだった。これから起こる戦闘に、ルーナを巻き込みたくなかったからだろう。

 不意に何かが自分を包み込む感触があり、それがナインの何らかの魔法だとルーナは気付いた。

 それが『模写魔法』の影響だと言う事を、ルーナは知らない。

 『模写魔法』もまた、『瞬間移動魔法』や『脱出魔法』と同様に存在自体が認められていない種類の魔法だった。

 一分程で呪縛は解け、ルーナは慎重にナインを探した。

 そして、ルーナは聞く事になる。




 洋館の正面で、ナインとムクロは対峙ーーいや、会話していた。


「……『二重螺旋』、どうやら解いたみたいだな。それならお前と争う理由はねーよ。ったく、そんならさっさと言ってくれれば良いのによ」

「ニジュウラセン?」

「あ、知らなかったのか。あの嬢ちゃんに呪いかかってたろ? お前の『算出眼』なら見えたはずだ。その呪いの名前。人格破壊の呪いだな」

「……なるほど。そんな大層な物なら、ナンバーズが出て来るのも納得出来る」


 だが、とナインは険しい顔をしてムクロを睨みつけた。


「何故殺す必要があった?」


 ナインに睨まれ、ムクロは肩を竦める。


「呪いは人格破壊。発病してからじゃ自我も無く、ただ狂った人形となるんだ。それなら、さっさと殺した方が良いだろ。生憎俺には、お前のように魔法は使えないんでな」

「……………」


 疑うように睨むナインに、戯けたようにムクロは答える。


「疑うなよ。『二重螺旋』は呪いの発病後、被験者の命よりも指定された行動を優先すんだ。生憎、今回の事件では水際での対処だった。嬢ちゃん以外の八人、それは某国から帰国・入国した人間だが、そいつらは全員既に発病後だった」

「……………」

「逆に考えろ。一人は救えたんだ。この非人道的な呪いからな」


 ムクロは笑い、ナインは黙った。


「それじゃ、ナイン。俺の疑問に答えてくれよ。」


 ムクロはナインを見据えて、それを問うた。



「お前は一体どうして護衛なんてやってんだ? 記憶喪失の、人間嫌いのお前が」



 ナイン、『自分を知らない少年』は答える。


「別に俺は人間嫌いじゃない。ただ……人間関係を築くのが苦手なだけだ」


 ナインは俯き、自分の手を見つめる。

 たった四年の記憶しか刻んでいない、その手を。


「……俺は自分がどこの誰で一体何者なのか、その記憶が無い。研究所にいた四年前からしか記憶が無いんだからな。人との付き合い方も覚えていない。嫌われる事が怖いから、なるべく人と付き合わなかった。自分を嫌うのが嫌だから、自分とも向き合わなかった」


 ナインはどこか遠くを見つめる。

 それは、思い出せない過去、これから歩むだろう未来を見据えているようだった。


「それでも、俺は誰かを守りたいと思った。それがきっと、俺と言う人間なんだ」


 ナインは拳を握る。何も解らずとも、ナインはこの手で何人も助けて来たのだ。

 何も考えず、何にも縛られず、ナインは行動する。


「俺はただ、この心のままに行動しているだけだ。確かに人付き合いは勝手が分からなくて苦手だが、俺は苦手だからと言って、自分の心を曲げる事はしないんだよ」

 

 ナインは自分の周りに居る人の事を考える。


「俺は確かに、リオの人を小馬鹿にした態度が苦手だ。愛葉のやたらと俺に絡んでくるのも苦手だ。ルーナの行動もよく分からなくて苦手だよ」


 だけど、とナインは付け足した。




「俺は苦手や嫌いのままで終わらせたくないんだよ。出来るなら、好きになりたいんだ。特に、こんな俺でも頼ってくれる、必要としてくれる人なんかだったらな」




 だから、とナインは自分を言葉で表す。




「たとえ全人類を敵に回しても、守りたいと思った人は守り通す。例え頼まれなかったとしても、俺は目の前で傷つく人を見て見ぬ振りは出来ない。苦手だ嫌いだなんて、その後の話だ」




 ナインの台詞に、ムクロはくくくっと笑った。


「全人類を敵に回しても、たった一人の人間を守る?」


 ムクロは、その考え方をこう形容した。



(それじゃまるで、××じゃねーかよ)



 ムクロは笑みを浮かべて、ナインに忠告する。


「ナイン。お前が思っている程、世界は優しくねーよ」

「…………」


「今回の事件、『二重螺旋』で解っただろ? この国の進みすぎた技術に、世界は懸念を抱いてんだ。侵略してくるんじゃねーか、ってな。バカみたいな話だ。侵略されないために生み出した魔力で、逆に侵略するって考えてんだぜ?」


「技術提供でもすれば良いだろ」


「そうだな。だが、考えても見ろよ。その技術で、逆にこの国が攻められたらどうする? この国が持っている分には侵略なんかにゃ使わねー技術だが、他の国はどうだ? 土地が痩せていて、国家の転覆が見えている国だったら? 異教徒殺害を承認している宗教国家はどうだ?」

「…………」


「別に俺は人を殺すのが好きじゃねーよ。悲しいくらいだ。だがな、平和を求めるには誰かが涙流さなきゃなんねーんだよ。それが俺達ナンバーズだ」

「それでも、俺は——」

「——ああ、いい。聞き飽きているよ、お前の言いたい事は」


 ムクロは面倒そうに手を振ってナインの言葉を遮る。

 そして、ふと思いついたように言った。


「……俺とお前は似ているようで、まるで似ていないよな。数字の6と9のように、逆さにすれば同じだが、その中身はまるで違う」

「当たり前だろ。お前の能力があれば、誰とでも同じになれる」


「そうじゃねえよ。俺が言ってるのは、中身、志の問題だ」


 ムクロは親指で胸を指し、言葉を続ける。


「国民を守るためには犠牲を出すが、その犠牲は無駄にしない。それが俺達ナンバーズのやり方だ。それに対してお前は、犠牲を出さずに国民も守る、なんて抜かしやがる。似てるようで、まるで似ていないだろ。俺はそういう事を言ってるんだ」


(たとえ全人類を敵に回しても、こいつは誰も犠牲になんてしない。いや、させないような野郎だ。まったく、だから俺は——)


「自分でも詭弁だって解ってるさ」


 そんなムクロの考えを遮るように、ナインは呟いた。

 その言い方に、ムクロは腹が立った。


「あーそうだ! 詭弁だな。戯れ言、絵空事だ。夢のまた夢、妄想でしかねー」


 ムクロは、胸に溜まっていた鬱憤を吐き出すように言葉を紡ぐ。


「誰もが笑いあえる世界? 今じゃ駄目なのかよ? この国の人間が笑えれば、それでいーじゃねーか。そうじゃない? その影で誰かが死んだりするのは間違ってる?」


 ナインの心中と、自身の思いをムクロはぶつけ合った。


「あーそうだな、だけどそれが世界の真理だろうが! 犠牲無くしては何も得る事はできねーよ! お前の言う事は夢でしかねー! だから!!」


 ムクロはそれを口にした。




「俺はそれを叶えてほしいんだよ。夢は叶えるためにあんだから」




「…………」

 あっけらかんとしたナインをバカにするように、ムクロは悪戯小僧のような笑みを浮かべ、夜の闇の中に消えて行った。


「……喰えない奴だ」


 ナインは呆れたように溜息をついた。



   ☆ ☆ ☆



「……はぁ。きぃもちぃ〜」


 暖かな湯気が満ちているお風呂。

 疲労回復・火傷・切り傷に効くという効能の温泉が溢れ出る、檜の湯船に浸かりながらルーナは伸びをする。


「……記憶喪失、か」


 ルーナは、ナインとムクロの会話から聞き取った言葉を呟いた。




「……聞いちゃったか」


 ムクロが消え去ってしばらくした後、ルーナは隠れる事無くナインの元へと駆け寄った。

 後ろめたさなど、微塵も無かった。


「記憶喪失……なの?」

「……んん、そうだな。って言っても、ルーナとは直接関係ないと思うけど。何? 実は知り合いでした、みたいな?」

「それは無い」

「だろうな」


 もの悲しげに、どこか自嘲気味にナインは笑みを浮かべた。


「先に言っておくと、俺の記憶は何をしても思い出せないんだ。再生魔法だろうがなんだろうがな。だから、気遣いはしなくて結構」

「……そう。辛くはないの?」


 ルーナはどうしてそんな言葉が口から出たのか解らなかった。ナインも少し驚いたようだった。


「もう慣れたさ。生まれ変わったと思えば良いだけの話だ。それに、俺は今の俺が嫌いじゃないし」

「そっ。あたしも、あんたのそういう所は嫌いじゃない」

「そういう所って、どういう所だよ」

「……………褒めてやってるんだから、素直に喜べ!」


 ビシッとナインの頭にチョップするルーナ。それは、明らかに照れ隠しだった。


「いてて。でも、ありがとうな。こんな俺でも頼ってくれて」

「バカ。あんたは自分を低く評価し過ぎ。あたしは——」

「ん?」


 不意にルーナは言葉を切った。何を言うべきなのか解らなくなったのだ。


「うううう! お風呂入る!」


 自分の言いたい事が解らなくなり、ルーナは洋館へと駆け出した。




「…………あたしは、なんて言いたかったんだろ」


 ルーナはぶくぶくと湯に沈みながら、小さく呟いた。


(あ〜もう! なんであたしがあいつの事心配しなくちゃいけないのよ! あたしはあいつの護衛じゃないっての)


 ばしゃばしゃと湯船に荒波を作りながら、ルーナは思った。



(これも全部、あいつが変な事言うからだ……)



『俺は苦手や嫌いのままで終わらせたくないんだよ。出来るなら、好きになりたいんだ。特に、こんな俺でも頼ってくれる、必要としてくれる人なんかだったらな』



 苦手だと言われた時に胸が痛んだ。でも、この台詞を聞いた時には胸が温かくなった。

 一体自分はどうしてしまったのだろう。

 ルーナは頬の火照りが、暖かな湯の影響なのか、それとも、別の何かの影響なのか、解らなかった。



次で第三章はおしまいです。


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