第三章 魔法使い.9
「嘘っ!?」
「……まあ、そうだよな」
夕食後。
ルーナは頭を抱え込み、ナインは苦笑いを浮かべた。
場所は洋館内の図書室。二人の前にあるのは、魔石。
正確には、魔石と呼ばれていたもの。それは過去のお話。
つまり……。
「なんでただの石ころになってるの!?」
「要するに、場所だった訳だな……」
どうやらあの洞窟だったから、魔石になっていたようである。
二人が洋館に持ち帰った石は、残念ながらただの石ころに変わってしまっていた。
「あ—もう! 無駄足だった!」
「だよな。まあ、世界に出回らない理由はこれだろ」
「うう……」
「よしよし」
脚を抱え込んで項垂れるルーナ、その頭を撫でてみたナイン。
「…………。がうっ!」
「痛っ!」
指を噛み付かれたナイン。自業自得である。
「何だよ! 慰めたつもりだったんだぞ!」
「………………、あたしは疲れた! 今日はさっさとお風呂入って寝る!」
「どうぞどうぞ。その方が俺も楽なんで」
ぷんぷんなんて擬音語が聞こえそうな足取りで、ルーナは図書室から出て行った。
ルーナの足音が一階へと向かうのを聞き、ナインは呟いた。
「……時間がないな。結局、こうなるのか」
☆ ☆ ☆
ルーナは洋館の池の周りを歩いていた。
お風呂に入ると言ったが、少し散歩がしたくなったのだ。
「……はあ」
ルーナは、洞窟の前の惨状を思い出し溜息をついた。
血生臭い空気に『浄化魔法』をかけ、粉々になった肉と骨を『落盤魔法』と『土砂魔法』で埋め、ついでにそこら辺に生えていた名も知らぬ花を適当に添えて来た。
自分の所為ではないと解ってはいたが、どこか心苦しい所があった。
『よしよし』
と、何故か先ほどナインに頭を撫でられた感触が甦って来た。
ルーナの所為ではない、そう言わんばかりだった。
「……ううう。何やってるんだろ、あたし」
なるべく顔に感情出さないようにしていたが、ほんのりと頬が熱くなっているのをルーナは感じていた。
「信用し過ぎ、なのかな。でも、護衛を信用しないのも変だし。あいつだって、別に悪い奴じゃないはずだし」
ナインも、ラギとナギも自分と何も隔てる事無く接してくれる。
魔法使いというだけで差別したり、どこか他人行儀な態度を取る事も無い。
愛葉やリオ達でも、留学生だからという事も有るだろうし、研究第一で付き合いが悪い事もあってここまで打ち解けてはいない。
(何も知らないのに、全てを受け止めてくれる。それが心地いい)
ここは温かい、そうルーナは思った。
ルーナは一人だった。
噴水の周りには、ルーナしか居ない。
今も一人な事には変わりないが、けれど昔の一人とは又違う。
同年代の子供達が外で遊ぶ中、独り家の中で魔法を覚えていたあの頃とは、違うのだと。
あの頃、心を占めていたのは冷たさ。自分と他の子を客観的に見つめた、冷めきった心。
今、心を占めているのは温かさ。弟妹みたいな二人に……よくわからないナインがいる。具体的な事は何も言えない、けれど伝わってくる温かさ。物理的には離れていても、独りじゃないと思える。
一人と独りは、まるで違う。
(あたしも受け止めるべきなんだ。知りたい訳じゃない、ただ、気になるだけ)
ラギとナギの過去。
そして、本当によく解らないナインの事。
ルーナは何かを確かめるように頷く。
と。
空が一瞬だけ歪んだ。
「……これは、結界を誰かが通った?」
ルーナではどうしようもない結界だが、ナインは『転移魔法』で、ラギとナギに至っては普通に突破出来る。
「……次は、あたしの番ってことか」
洞窟前の惨状が再び目の前を過ったが、ルーナは首を振ってそれを否定する。
「頼りになる護衛がいるから、……大丈夫」
ルーナは呟き、洋館の方へと駆け出した。
そして。
「——ッ!?」
不意にその動きをルーナは止めた。
それは、とても不自然な動作だった。
ルーナにも、それが何なのか解らない。
そして、何かがルーナを包み込んだ。
☆ ☆ ☆
「ルーナ!」
「…………」
ルーナが首だけ振り返えると、ナインが走り寄って来る所だった。
「ルーナ、まずい。たぶんムクロ……、あいつが来た」
「…………」
ルーナは無言でナインを見つめる。
「俺はあいつを止める。だからルーナは、屋敷に入って——!?」
ナインは言葉を切り、ルーナへと近づけていた脚を逆に遠ざけた。
振り返ったルーナの手には、一本のナイフ。
それは見る人が見れば、魔法の力で創られた物だと解る一品。ナイフの周囲を風が巡っていた。
切れ味は、愛葉の使う風の刃と同等だろう。
「……ルーナ?」
ナインはルーナと、その手に握られたナイフを見る。
そして、ハッとなる。
「まさか……『二重螺旋』!?」
ナインは憎々しげにその名を呟いた。
『二重螺旋』
それはスキルでも特性でもなく、一つの呪いである。この呪いにかかった者が、それに気付く事は無い。体調の異変など無く、軽い睡眠不足しか予兆は無いのだ。
そして、呪いは発病後、その者の人格を変える。
術者の指定した一つの行動を最優先事項とし、そのためになら自らの身を滅ぼしても動く人形と成り果てる呪い。
『二重螺旋』は、その非人道的な効果からナンバーズに狙われた。そして、ルーナも『二重螺旋』の被験者だった。
奇しくも、9番目の被験者だった。
「……結局、誰も救えなかったのか」
ナインは俯き、自重気味にそう呟いた。
「なら……最後は俺が辛くないよう、一撃でーー」
だが、ルーナの一言で、ナインはその考えを捨てさせられた。
「ナインじゃ……無いんでしょ?」
ルーナは、笑みを浮かべてそう言った。
ナインの言葉が、止まった。
「何を言ってるんだルーナ!」
ナインは、ルーナをじっと見つめる。その姿は、まぎれも無くナインのものだ。
『二重螺旋』の影響で頭がおかしくなったのでは、とナインは思った。
「ナインじゃないんでしょ?」
だがルーナの視線は、疑いと言うよりは確信に満ちたものだった。
ナインはルーナを見つめ、ルーナは笑みを浮かべてナインを見る。
そして。
「…………、へえ。まさか俺の能力を見破る奴がいるなんてな」
不意にナインの体が変化した。
一瞬、ナインの体が分解し、刹那、一人の男の体へと再構築される。
黒髪は銀髪へ、制服はコートへ。
数字は、9から6へ。
「俺の名はムクロ。政府特務機関、ナンバーズの六番目だ。んで、お前、何者? 俺の能力は『六変化』。声紋から指紋、微妙な仕草や癖、脳みそからつま先まで完全に変化しきる。勿論、スキルと特性もだ。さすがにDNAは無理だし、例外も有るがな。だが、よほど親しくない限り、俺の変化は見破れないんだが……な」
ムクロは惜しげも無く自分の能力を曝す。
ムクロにはもう一つ、近づくもの全ての力を操る能力『絶対力場』がある。
こと接近戦において、ムクロを倒す事は不可能に等しいのだ。
「……そう。その能力は完全になりきる。たった一週間の付き合いじゃ、絶対にバレない。第六感も働かないくらいに」
ルーナは淡々とムクロの『六変化』を賞賛する。
「そうだ。……って、もしかして」
ムクロは気付き、ルーナは笑みを浮かべた。
否。
「だがムクロ、例え完全になりきらずとも、お前だってルーナを知ってはいないだろ?」
『模写魔法』
対象の見た目及び一部ステータスを完全にコピーする魔法。声紋、指紋などは写す事が出来ない。親しくなくとも、対象と付き合いのある人間には簡単にバレてしまうような魔法。
だが、相手に付き合いなど無ければ、完全に騙せる魔法だ。
「ムクロ、悪いがここで諦めてもらうぞ」
ルーナを模写していたナインが、その魔法を解いた。
若干予定外に忙しくなってしまいました。
更新ペースが落ちるかもしれません。ごめんなさい。




