第三章 魔法使い.8
コンコン。
「お〜い、ルーナ? 起きてるか?」
「………………」
昨日と同様、なかなか起きてこないルーナを起こしに来たナイン。
昨日と同様、返事は返ってこなかった。
「…………。開けるぞ」
「…………………」
少し躊躇したがドアを少しだけ開け、ナインは中を覗き込んだ。
そして。
天蓋付きのベッドの上で、ふかふかの毛布に包まれて寝ているルーナを見つけた。
なんというか、リスみたいだった。
「……文句は言わないけど、不満はあったのか」
「すーすー」
可愛らしい寝顔のルーナを起こすのは、かなり気が引けるナインだった。
しかし、今日は魔石探しをする予定。
本当にあるのかどうかはさておき、とりあえず山登りの日なのだ。
起こせとは言われていないが、しかし起こさなければ怒られる気もするナインだった。
「……え〜と、起きろよルーナ」
ルーナを揺らすナインだが、ナインはその時気付かなかった。
「ん……」
目を擦りながら起きたルーナ。そしてナインは見てしまった。
毛布がずり落ち、やっぱり下着姿のルーナが眠そうに目を擦っていた。
ルーナの艶かしい白い肌が露になっている。恥じらいも無く隠す気も無く、少女の肢体がありのまま、そこにはあった。
ベッドに両膝をついて眠そうに目を擦っている、下着姿の少女。
ナインの何かがどうにかなってしまいそうな、扇情的な光景だった。
「……………」
そして寝ぼけたまま脱ぎだそうとするルーナ。
「っ!!」
ナインは逃げ出すように部屋を飛び出した。
ルーナに取って幸か不幸か、彼女は寝起きの記憶が無くなる程、寝起きに弱かった。
☆ ☆ ☆
「くっそ、だから言ったんだよ! 山なんて襲撃者に取っちゃ格好の場だろう!」
「しょうがないでしょ! なんであたしが襲撃者相手に遠慮しなきゃいけないのよ!」
二人は山の中を走っていた。
背後からは複数、それも何十人もの足音が聞こえていた。
時たま、雷撃が飛んで来ていた。
「あ〜、これって捕獲しに来ましたよ〜って感じだな。殺傷能力が無いし。これ、まるっきり別の組織に狙われてんじゃん。……ルーナ、お前何したよ?」
「知らないわよ。……でも、あれはこの国の能力者じゃないわね」
「ま、そうだろうな。単純な雷撃飛ばすなんて、この国じゃあり得ないな」
飛んでくる雷撃を『魔法反射壁』で返しながら、ナイン達は道なき道を駆け抜ける。
魔力を放った者から、自分の放った攻撃で脱落して行く。
だが、元々殺傷能力の無い攻撃のため、減ったと思えばまた戻って来るのだ。
「どうする? とりあえず、魔力放つ奴には制裁加えているけど」
「無視無視! さっさと洞窟入って立て籠る!」
ずんずんと進んで行くルーナを見て、本当にこいつは体力無いのか? とナインは思ってしまった。これも研究者魂のおかげなのだろうか?
「あった! 多分アレ!」
「……本当かよ」
不意に視界が開け、目の前に洞窟が見えた。どうにも人工的に造られた感じのする洞窟だった。
「んじゃ、襲撃者さんにはここで待っててもらいますか!」
洞窟に駆け込むルーナ。ナインもそれに続き、振り返り様に魔法を発動。
途端、洞窟の入り口を黄色の魔法陣が覆い尽くした。
『呪縛魔法』
その魔法陣内の物体は移動が出来なくなる魔法。ただし、魔法や攻撃(銃撃、投擲など)は出来る欠点あり。効果時間も短く、単なる足止め魔法だ。しかしナインは、それを何十も重ね、最低でも洞窟内に入るには三十分以上は有するようにしていたが。
勿論、それでMPは酷い事になっていたが。
魔法と攻撃が通らないように、さらにナインは『魔法反射壁』と『磁力魔法』を放ち、襲撃者の銃器の攻撃を引き寄せ無効化させた。
これにより、襲撃者達は最低でも三十分は何も出来なくなる。
代わりに、ナインのMPはゼロになったが。
「あ〜、名水名水っと」
ナインは一段落付いたとの事で、ミネラルウォーターを飲む。500mlの内200ml程飲む。
MPが100回復した。
名水さえあれば、MPも以外と簡単に回復する物だった。
「もらうわよ」
と、そこで水を奪われ、残りを全部飲み干すルーナ。
躊躇無く水を飲むルーナは、汗だくである。
ルーナの頬を雫が伝い、それをナインは拭ってやる。
少し照れくさそうに(それでも頬を染めたりはしない)、でも嫌がる素振りを見せないルーナ。
「つ、疲れた〜」
「お疲れさん」
「……なんであんたは涼しそうな顔してんの」
「生憎、俺は疲れ知らずなんでな」
ルーナの言った通り、ナインは汗一つかいていない。疲労も見られない。
これも『RPG』の補助効果の一つで、肉体的疲労を感じないという、これまた便利な機能である。
「さて、三十分は奴らは動けないからな、その間に魔石探しといきますか」
「……なんでそんなに元気なのよ」
『RPG』のスキルを知らないルーナには、ナインが恨めしく見えてならなかった。
☆ ☆ ☆
「『呪縛魔法』だと!? おまけに『魔法反射壁』……。やむを得ん、ここで待ち伏せするぞ」
主任と呼ばれた男はそう言い、部隊に休憩をするように呼びかけた。
主任は『二重螺旋』の残された実験体、ナンバー9の回収に部隊を引き連れて来ていた。
捕獲を取り扱うエキスパート集団だったのだが、まさかこんな事になるとは思っても見なかった。
脱落者こそ出していないが、それでも何名かが負傷していた。
三十分間は動けないが、逆に言えば三十分は休めるのだ。
「よ〜。随分と勝手にやってんな、『二重螺旋』の開発者さん」
「!?」
しかしそれは、一人の少年の声によって妨げられた。
少年は白と黒のコートに銀髪と言う姿で、気配を感じさせる事無く突然上空から現れた。
少年、ムクロはへらへらと笑みを浮かべ、主任に笑いかける。
「まさかこんなに簡単に誘き寄せられるとは思ってなかったぜ?」
「お前……何者だ?」
「ん? 知りたい? そうだな〜、今は、そうだな」
ムクロは少し考え、そうしている間に周りを主任達が取り囲み、銃器を構えた。
そして、ポンと手を打ち、ムクロは笑って答えた。
「お前達の死神、って所か?」
「——撃て!」
ムクロがそう言い終わるか終わらないか、主任は部隊に発砲許可を出した。
銃声が山に木霊した。
☆ ☆ ☆
「今、銃声がしなかったか?」
「へ? そんなのあいつらが無駄に発砲してるんじゃないの?」
「…………そうだな」
『照明魔法』で洞窟内を照らしながら、二人は進んでいた。
地図には洞窟の場所しか記されておらず、洞窟内部は手探りの状態だった。しかし、曲がり角こそあれど、分かれ道と言う物がほとんどない洞窟で、二人は特に迷う事無く前へ進んでいた。
滴り落ちてくる水滴が洞窟内に響き渡る。
「ルーナ、そう言えばなんで魔石なんて探してたんだ? お前は魔法使いだろ。いや、そもそも魔法使いとそれ以外、俺はスキル保持者って呼んでるけど、何が違うんだ?」
「そりゃ、魔力を生身で扱えるか扱えないかでしょ?」
「だけど、スキルは魔力を扱うだろ?」
「魔法使いは体内の魔力——魔法力と、空気中の魔力——マナを扱えて、スキル保持者はマナしか扱えないの」
体内の魔力と空気中の魔力。それを魔法使いの間では、魔法力とマナと呼ぶ。
スキルはマナだけを消費するため、どれだけ使おうと使えなくなる事は無い。そのかわり、魔力の質が魔法と比べて低く、魔法の炎とスキルの炎では、魔法の炎の方が強い。
逆に魔法は魔法力だけ、もしくは魔法力とマナの両方を消費し、魔法力が切れれば使えなくなってしまう。その分、体内で練成された魔力であるため、少ない量で大きな力を生み出す。
「……それなら、もしかして魔石って」
「本来なら魔法使いにしか扱えない魔法力を、誰でも扱えるようにしてくれる物ね。……あたしは、それで魔法使いとそれ以外、なんて境界線を取り払いたいの」
「……人類皆平等、ってか?」
「バカにしてない?」
ジト目で睨むルーナに、ナインは曖昧な笑みを浮かべる。
「いや、驚いてるんだ。お前は……優しいな」
「なになに? 惚れちゃったのかな?」
「そんなんじゃないさ。ただ、困った事が有れば言ってくれよ。俺で良ければ尽力しよう」
「…………………」
と、何故かルーナは黙ってまじまじとナインを見つめる。
「何だよ、珍獣を見るような目をして」
「………………やっぱり、あんたは面白い。あんた護衛に選んで正解だったかな」
「だろうな。そうじゃなきゃ、魔導書も読めず、魔石も見つけられなかっただろ?」
「そうだけど……それって、あんたの功績じゃないでしょ」
「…………………」
「…………………」
「そう言えばさ、お前ってやけに日本語うまくないか? 片言なんて全然喋らないし」
何となく思った、と言うよりも無言で歩くのが嫌なナインはルーナに尋ねる。
実際、その疑問はだいぶ前から思っていた物だった。
「日本人のハーフだからね」
「なるほど。どうりで日本語がうまく、日本人よりの顔立ちの訳か。スタイルの方は、まあ残念だったな」
「思った事が声に出てるわよ?」
ゲシっと蹴りを入れられ、ナインは痛そうにかがみ込んだ。
そして。
「ん? ルーナ、これってもしかして……」
「え?」
二人はそれを目にした。
☆ ☆ ☆
主任の視界は朱に染まっていた。
一瞬だった。
発砲して、発砲した部下は、それで全員事切れた。
発砲、爆ぜる頭、倒れる体。
発砲しなかった部下も、ムクロに切り掛かり、そして——爆ぜた。
何が起こったのか、主任には説明が出来なかった。
ただ、圧倒的な暴力で叩きのめされた事しか理解出来なかった。
主任は、立っている事も出来ず崩れ落ちた。
「何だよ、もう終わりか? おいおい、『二重螺旋』なんて大層な物発明しといてこの程度かよ?」
「……お前、なぜそれを」
「ああそっか、知らないと思ってたのか?」
ムクロはニヤニヤと笑みを浮かべ、主任の顔を持ち上げる。
憎々しげに睨んでくる主任を、嘲笑うムクロ。
「スキルではなく、特性でもない。そして、実験体は気付かない。『二重螺旋』はそういう物だろ? 実に巧妙だ。多分、実験にこの国を選ばなければ成功しただろうな」
「……何?」
「相手が悪かったな。せいぜいあの世で後悔しな」
ムクロの能力が、主任を爆発させた。
辺りは血溜まり。骨肉が入り交じった、不快な光景が広がっている。
そこには、人と呼べる物は何一つ無い。
No.6、ムクロ。
その能力は、二メートル以内の物体の力を自在に操る事。
銃弾は、その力の向きを変えられ、撃った者の頭を撃ち抜く。彼の能力範囲内に入った人間は、圧力、大気圧をゼロにされ爆ぜてしまう。
そうして生まれる惨状が、彼を『生者の蹂躙』と呼ぶ原因となっている。
ぺろりと舌なめずりをし、ムクロは笑う。
「さて、No.ナイン。あとはお前だけだ」
☆ ☆ ☆
「魔石……こんなに採れて良いの?」
「良いんじゃね? 別に無くなるような物でもなかったし」
魔石は、洞窟そのものだった。
二人は落ちていた小石を拾い集め、呪縛魔法の切れる三十分になろうとしていたので、とりあえず帰る事にした。
一度来たのだから、『瞬間移動魔法』を使えばいつでも来れるのだ。
「でも、なんか……拍子抜け」
「何言ってんだ? 洞窟から出たら、また襲われ——」
ナインは口を噤み、ルーナの前に立った。
それにルーナは首を傾げるが、前に立つナインがいつもと違うように見え、異常事態だと判断した。
「……ルーナ。目、閉じててくれないか?」
「襲わないのなら、別に良いけど」
「襲わないから」
「あっそう」
言葉だけの約束で簡単に目を閉じてしまうルーナに、一体俺はいつこんなに信頼されたのだろう、とナインは思った。
悪戯したくなったが、しかし今はそんな状況ではない。
洞窟から、それは見えた。
《次はお前だ、No.ナイン!!》
それは、人の血肉で描かれた文字。
人の命を弄んだような、一つの作品。
『生者の蹂躙』とは言えず、『死者の冒涜』とも言えず、それはさながら。
ただの忠告としか言えなかった。
やっぱりスランプ気味。
なんとなく、設定とか気にせずに書ける作品をもう一作書きたくなってくる。
これ以上増やしてどうすんだか……。
感想お待ちしております。