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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第一章
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第一章 RPG.1

4/19、入れ替えました。

 そこでは、引きつった笑みの少年と、不敵な笑みを浮かべた少女が対峙していた。

 二人が対峙しているのは、街の中心部にある広場。広場の目的が目的であるため、周囲は樹木で囲まれ、広く大地が剥き出しとなっている。


 少年の方は黒髪で平凡なルックス、それにこれまた普通……というか着古しの服。

 少女の方は月夜でも輝く金髪に、思わず息を飲んでしまいそうな程の美しい顔立ち。黒を基調とした制服姿。

 少年、ナインは、夜の帳が降りた空で、儚くも輝く星に疑問を投げかける。




 なぜ俺は女子高生に殺されなければならないのだろう……と。




「逃がさないわ。そして、勝たせてもらうわよ」


「いや、だからさ、俺は別にお前に勝ってないし、勝とうとも思わない。俺にはお前と戦う理由も無い。大人しく帰らせてくれません?」


「何度言ったら解る訳? 私には生徒会長としての意地があるの。小さな噂でも、アンタみたいな得体の知れない奴に負けたと知られれば、学校全体の評価に響くのよ! だから、大人しく死ねっ!」


 死ねって酷いな。でもまあ、その噂が生まれたのは俺の所為かもしれないし……。

 ナインは面倒そうに頭を掻き、それでも仕方の無い結末だと内心思った。


 ナインと少女が出会ったのは二日前。

 ナインは少女に馬鹿にされ、売られた喧嘩を買った所、たった一撃で敗北……しなかった。だが、数秒対峙しただけで戦闘を放棄、全力で逃げ出したのだった。それは、少女のスキルが異常であったが故である。戦えば命が危ういと判断し、生存本能に従ったまでであった。

 だがそれは、『空全絶護(くうぜんぜつご)』と呼ばれる少女、名門黒嶺学園生徒会長様にとっては驚愕の展開。ナインはナインで眼に涙を浮かべて逃走、しかし少女に取って倒せなかったという結果は、その役職に汚点を残す事。少女はナインを追いかけた。

 第三者目線から見ても、『もう、待ってよ〜』『はははは、捕まえてご覧♪』といった桃色の追いかけっこではないのが解る、片方が血眼、片方が涙目と言う嫌な鬼ごっこが数日に渡って繰り広げられた。

 そして日時は変わり、現在に至った訳である。勿論、ずっとその追走劇が続いていた訳ではない。


「……解った解った。相手をすれば良いんだろ? そんで俺が負ければ良いんだな?」


 諦めたようにナインは少女の瞳を見据え、近くに落ちていた木の棒を拾い上げる。おおよそどこの店に出しても売り物にはなりそうもない、本当になんの変哲も無い木の棒だった。ひのき(・・・)ではない。もしかすると、どこかの世界では買い取ってくれたかもしれなかったが、この世界では無理な話である。


「それじゃ駄目。やらせじゃ意味無いの。むしろ、そんなやらせをした事で咎められるわよ。アンタは本気で私に掛かって来なさい。それを私が叩きのめすから」


「……本気、ね」


 本気出しても、俺じゃ勝てないだろうな。てか、なんで俺がこんなことに関わらなきゃ何ねーんだ? 何が悲しくて負けるための戦いに身を投じなきゃならないんだよ。オカシイな、目から涙が出ないよ。そっか、もう使い切ったんだ。

 ナインは涙の流れない目を擦る。


「で、アンタはその木の棒だけでいいの?」


「あ? どういう意味だよ、そりゃ」


 少女は舐めきった視線でナインを見る。余裕が見え隠れどころの話ではない、だだ漏れだ。

 笑みを浮かべ、ナインの手に握られた棒を指差す。


「そんなショボイ武器で本当に私に勝てるとか思ってるの? ま、どんな武器でも私に傷一つ付ける事なんて出来ないだろうけど」


「おおっと、そんな事言ってると足下掬ってやるぞ」


 武器は木の棒、防具は布の服。なんて最強装備だ。負ける気はしない。魔王だって倒せそうだ。

 というナインの装備の貧相さは、確かに最強レベルであった。

 ナインの着ている服は、どこでも売っていそうな普通の布の服……ではない。

 その服は……古着屋でも買ってくれないだろうボロボロの物であった。特殊な効果もない普通の使い古した服、値打ちは付けられない。恐らく、売ろうとしても手数料を取られる一品だ。

 対する少女の服装は、明らかにオーダーメイドの荘厳な制服。金の刺繍が見られ、恐らく特殊効果を持った一品。売れば高値で売れるだろう。どこかの世界では、買値の半額もしくは十分の一でしか売れないが、この世界では中古の品が高く売れる場合が多々ある。

 美少女の着ていた服とか、オークションでは値段がうなぎ上りになるだろう。


「どんなスキルか知らないけど、逃げ出すようじゃ勝ち目が無いの解ってるんじゃない?」


 ナインは苦笑いをし、少女は不敵な笑みを浮かべ、そして戦いの火蓋は落とされた。




 少女は右手を前に突き出し、何も無い空間を刀でも掴むように握る。

 瞬間、右手に目視が可能な程明白に渦巻く風の刀が握られていた。少女がそれを地面に向けて軽く振ると、風の刀はいとも簡単に地面を深く削った。

 少女は見せつけるような笑みを浮かべると、ナインの間合いに入り、切り込む!


「それって生身の人間が喰らっていい物じゃねえだろ!」


 ナインは握った木の棒でそれを受け止めようと、木の棒を風の刀の軌道に合わせて振る。


「解ってて木の棒で受け止めようとするアンタは、やっぱり馬鹿ね!」


 風の刀が木の棒とぶつかり合い、木の棒はあっさりと、ナインの体はざっくりと切断され——なかった。



 木の棒は、しっかりその攻撃を受け止めていた。



「なっ!?」


 見る者が見れば、ナインの持っている木の棒に大量の魔力が絡み付き、その強度を上げている事が解っただろうが、そのスキルの無い少女は驚きを隠せなかった。


「甘いんだよ! 木の棒だろうと、使い手が強けりゃ最終兵器にもなんだよ!」


 木の棒で風の刀を押し返し少女との距離を取るナインは、ひくついた笑みを浮かべていた。内心冷や汗ダラダラだろう。

 少女の手にある風の刀は、先ほどの攻撃で巻き上げた木の葉に触れた瞬間、細切れにしていた。

 人の体だろうと、きっとその結果は同じだろう。


「調子に乗るな!」


 ナインの軽口に少女は怒号を上げた。それと共に、風の刀は四方に弾け飛ぶ真空刃となり、ナインを切り刻もうとする。

 ナインに迫る真空刃はその過程で、地面に厚さ十センチ程の溝をつける。殺傷能力は高い。

 それをナインは避ける事も出来ず、それをモロに腕で受けた。



 だが、風の刃はナインに傷一つ付けることも、ナインのボロボロの服を裂く事さえも出来なかった。



(……な、なによこいつ! あの攻撃を受けて何ともないのっ!? どんなスキルよっ!?)

 心中でかなり混乱している少女。はっきり言って、結構本気で焦っていた。

 初めて、負けを意識したかもしれない。



 しかし、ナインも焦ったように言葉を吐き出した。



「おいおい。『守備力強化魔法』から『吐息系軽減魔法』、『魔力吸収』に『防御』を重ねて358ダメージかよっ! 特殊防御高めなはずなのに……何なんだよお前っ!」


 意味の分からない台詞を並べられ、攻撃を受けても無傷でいるナインに少女はキレた。


「それはこっちの台詞よ! そんなボロ布一枚で、なんでアンタは無事なのよ?」


「無事? めっちゃダメージ受けたよ!? 死ぬかと思った!」


「……私は殺すつもりだったんだけどね」


 怖っ、と小さく呟くナインの心の中では、逃走という選択肢に再び票が集まり始める。

 男に二言は無い、そんな時代は俺にはありませんでした……、と後に彼は語る。命より大切なプライドは持ち合わせていないらしい。

 ナインは少女をじっと見つめた。少女は何よと睨み返す。

 そして、



「ネーム『朝井愛葉(あさいあいは)』……ね」



 少女の名前をよんだ。それは、呼んだ(・・・)、というよりも、読んだ(・・・)と言った方が適切な雰囲気だった。


「ちょっ!? なんで私の名前知ってるのよ!?」


 ナインは面倒臭そうに少女、愛葉を見つめる。

 見つめられた愛葉は、名前を言い当てられた事の当惑とナインの観察するような視線に困惑の表情を見せた。

 愛葉は自分の格好を見直して台詞を思い出せば、もう少し冷静でいられただろう。

 ナインは見つめて……、愛葉の質問は無視した。


「気絶させるのが簡単だと思ったんだけなぁ。俺は攻撃魔法あまり得意じゃないし、傷つけたくないし、何より死にたくない。……逃げるか」


「ちょっ! 逃がさないって言ってるでしょ!」


 にやりとナインは笑った。その笑みは、ここ数十分で見せたどんな笑みより自信に満ちていた。

 いや、結局引きつっていたが。


「生憎、この世界ではイベントバトルでも逃げ出せるんだ。俺は無駄な争いは好まない質だし」


 ナインの意味不明な言動に内心顔をしかめつつ、しかし愛葉は微笑を浮かべる。

 逃走宣言が、愛葉の闘志に火をつけた。


「へえ、この『空全絶護』から逃げ切る自信があるんだ。さっきは諦めたみたいだけど」


 自信に満ち溢れた顔で、愛葉は少年を睨む。けれど少年はそれを嘲笑うような笑みを浮かべ続けて言った。


「まあな。それじゃあな、『騒然節子』さんっ!」


「誰が節子だ!」


 瞬間、轟! と暴風が吹いた。


 見れば、軽自動車をも巻き込まんばかりの竜巻が少女の周りに出来上がっていた。一トンもの重量を持つ物体を軽く渦巻かせる風力に、当然人間は地に脚をつけている事は出来ない。


 ナインは消えてしまった。



  ☆ ☆ ☆



「嘘……ほんとに逃げられた」


 愛葉は笑えなかった。

 先ほど作り出した渦は捕獲用の物で、ナインを捕えた感触は確かに合った。けれど、渦に捕えたはずのナインはどこにも見当たらない。それどころか、無理矢理渦を突破された感触さえ合った。

 愛葉は体が震えるのを感じていた。

 夜の闇が深まり、肌寒く感じる気温となっているのでそれは当然とも思えるが、『空全絶護』にそれは無い。

 空気に干渉する現象全てを操るスキル保持者、『空全絶護』は気温を常に自分にちょうど良いように合わせているのだ。

 だから、その体の震えは、戦慄だったのかもしれない。



  ☆ ☆ ☆



「危なかった。まさかあの竜巻、真空刃やら石片を含んでいるとは思わなかった。しかも若干捕われたし。生身だったらピンチでミンチだな。今度会ったら注意しとくか? いやいや、会いたくないな。あの手のタイプは負けず嫌いだからな。どうなるかは目に見えてる」


 ナインは心の底から溜息を吐き、床に座り込む。非常に虚しい独り言を呟いて。

 そこは都心から少し離れた住宅街の一角にある、付近を林に囲まれた洋館だった。

 池がある広い敷地内に、三階建ての古めかしい洋館。それを守るような立派な門と周囲を囲む柵が特徴だ。

 少年は『RPG』を解き、『算出眼(ステータスアイ)』で自分の状態を視る。


「あ〜、HPが残り312、MPに至っては7かよ。冗談じゃねえな。俺の特殊防御は687あるけど、比較対称が無いから解らない。だが、きっと高い方だ。と言う事は、あの女の攻撃が強すぎるってことか。今度参考にステータス見せてもらうか……って、出会った瞬間バトルになっちまえば意味が無いか」



 世知辛い世の中だな……、とナインは呟いた。


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