第三章 魔法使い.6
コンコン。
「おーい、ルーナ。起きてるか?」
朝は七時、ナインはルーナのいる客室のドアをノックした。
一階ではラギとナギが朝食を作っており、そろそろ出来そうな頃合いだった。
「ルーナ?」
「……………………」
もう一度ノックしてみるが、返事は無い。
一瞬、最悪の展開が脳裏を過り、ナインはドアを開けた。
「ルーナ!? 大丈——」
「………………」
ナインの目に、ちょうど着替えているルーナの姿がばっちり映った。
ちょうど下着に手をかけた所で、ルーナの白い肌と下着のコントラストが艶かしい雰囲気を出していた。
「………………」
「………………」
二人の間に気まずい空気が流れ、嫌な沈黙が漂っていた。
そして、
ルーナは下着を下ろそうとした。
「いるなら返事くらいしろ!」
そう言ってナインはドアを叩き付けるように閉めた。
意外と純情な少年だった。
「………………」
対して、ルーナは無表情で着替えを続けるのだった。
どうやら、寝起きは非常に弱いらしい。
☆ ☆ ☆
「説明すると、ここは曰く付きの本——魔導書だな、それを集めた場所だ」
「きゃはっ」
「……で、魔法がまだ認められてない、というか、魔法と呼ばれる力を使えるのがまだ魔法使いだけの現在、悪い魔法使いに力を与えないために、こうやって隠してる訳だ」
「すっごい! 『異次元魔法』はこうするのか。んん、これならあたしにも出来るかも」
「…………ああ〜、もしもしルーナさん。俺の話聞いてます?」
「うん、聞いてる聞いてる」
もう説明止めようかなと思うナインの前に、齧り付くように魔導書を読んでいるルーナがいた。
場所は、三階にある図書室。辺りは何百冊の魔導書で埋められており、そのほとんどが世に出回っていない物ばかりだった。
研究者魂が燃え上がるシチュエーションだった。
「……というのは俺の推測であって、真実は知らないんだけどな。借り物だから」
「そこはちゃんと知っておくべきでしょ!」
どうでもいい事にだけ相槌を打つルーナだった。ついでのようにナインの頭を叩いている。
叩かれた頭を擦りながらナインは話を続ける。
「それと、お前が狙われる理由は解らないけど、ここなら多分安全だと言っておこう。その間に、その理由とかを調べなきゃ駄目だな」
「そうね〜、うわっ! 意外と簡単に出来た! きゃっほー」
そんな会話の最中に、さっそく『異次元魔法』を習得しているルーナ。
さすがは天才魔法使いだろう。
しかしどこか、自分の身の安全は放っておいているように見えた。
安心している、もしくは信頼していると言えるのかもしれないが。
「なんか今のお前見てると、この一ヶ月ずっとここにいそうだな……」
「居ても良いの!?」
「居たいのかよ……。探し物はどうした、探し物」
「あっ、そっか」
「……忘れてたのかよ。自分の事だろ」
思い出したと言わんばかりに手を打つルーナに、ナインは呆れて溜息を吐いた。
「とりあえず、一度愛葉達に連絡取らないと駄目だから学校行って、そのついでに買い物に行こう」
「……買い物? 探し物って、買い物なのか?」
ナインが首を傾げ、ルーナは首を振った。
「違う違う。探し物はちょっと旅行しなきゃ駄目だから、買い出し」
どうやら、家に引きこもっているだけでは駄目らしかった。
ナインは、若干嫌な予感がした。
☆ ☆ ☆
研究所内部は慌ただしくしていた。
「どうした」
白衣を着た恰幅のいい男が、プリントを読んでいる白衣の女性に尋ねた。
女性は俯き、重い口を開いた。
「……ナンバー3、5、8の死亡報告書が届きました」
男は拳を叩き付け、苦虫を噛み締めたように言った。
「くそっ! これで全滅か。どうなっている、我々の計画は完全だったはずだ!」
「主任、落ち着いてください。まだナンバー9が残っています」
主任と呼ばれた男は、静まるように言った女性に怒鳴った。
「だが、奴の信号も昨日消えただろう!」
「ですから、落ち着いてください。ナンバー9だけは、死亡報告書が届いていません。恐らく、まだ生きているんでしょう」
途端、男は落ち着きを取り戻し、静かな口調で言った。
「……そうか。ならば、我々が直々に出向き、ナンバー9だけはなんとしても回収する」
「はい。すぐに部下に準備するように言っておきます」
成果があがらなかった研究は取りつぶされてしまう。
九人の実験体の内、現在生き残っているのはたったの一人。それも信号が途絶している。
男が荒れるのも頷ける、と女性は思った。
「……いや、君は残れ」
「主任?」
不意に、主任はそんな事を言った。
「どうにも嫌な予感がする。まるで誘われているような、誘き寄せられているような、そんな気がする」
フラグだった。
「気のせいでしょう。我々の生み出した『二重螺旋』はスキルでないので、バレる事はありません。たまたまでしょう」
「……そうだと良いのだが、あまりにも 出来過ぎではないか?」
「それならば、腹をくくるだけでしょう。どちらに進んでも同じでしょう」
「そうだな」
「お気をつけて、主任」
主任は気付かない。
女性が、自らが生み出した『二重螺旋』に絶対の自信を持っている事に。
そして、『二重螺旋』の存在が絶対にバレる事は無いと確信していた事に。
理論だけは完璧な根拠に、何の疑いも抱かず。
現実の結果は失敗だらけだというのに。
このとき、もしも主任がその事に気がつけば。
あるいは、この実験場所にそこを選ばなければ。
物語の結末は、大きく変わっただろう。
☆ ☆ ☆
「んで、あんたのその格好は何?」
「だから、変装。今日は黒嶺学園で試合あるだろ? そこで会長の朝井に会うってことは、もしかすると、もしかするかもしれないからな」
「?」
怪訝そうに顔を傾げるルーナは、黒嶺学園の制服にポーチといった装い。対してナインは、同じく黒嶺学園の学ランにサングラス。
「買い物って、俺は従者じゃないんだから当てにするなよ?」
「大丈夫。試してみたい事があるから」
何やら意味ありげな笑みを浮かべるルーナに、何とも言えない曖昧な顔をするナイン。
ラギとナギは今日もお留守番。
無駄に恭しくルーナの手を取り、ナインは『転移魔法』を使った。
「そう言えば、ラギとナギはどうやって外に出るの?」
『転移魔法』で黒嶺学園から五百メートル程の所にある公園の木陰に移動した後、ルーナは疑問に思った。
「ん? ああ、あいつらなら『転移魔法』を使わなくても自由に出入り出来るから問題ない」
「いや、そっちの方が問題あるって。あの結界、少なくともあたしには手が出せないわ」
相変わらずナインはとんでもない事をさらっと言っていた。
聞き手としては驚くべき部分なのだろうが、この二日で慣れてしまっているルーナは、呆れたように言うだけだった。
「そうだろうな。俺も『転移魔法』以外では出入り出来ないし。だからこそ、ああ言った仮説が立てられる訳だ」
魔導書を厳重に秘匿し、悪い魔法使いに力を与えない。
大統領官邸や国会など比でもない、もしかすると地球上で最も堅牢な建物かもしれない洋館なのだから、そのような仮説が立てられても不思議ではなかった。
「……その仮説についてなんだけど、あたしに魔導書読ませちゃっていいの?」
「問題ないな。もし悪事に使うなら、その時は俺がケジメをつけるだけだから」
本当になんの躊躇も無く、こういう事をいう男だった。
当然、それが気に障るのも頷ける事で。
「……ふ〜ん。あんた、この天才魔法少女ルーナ様に勝てると思ってるの?」
自分で天才魔法少女などと言うルーナ。高いプライドをお持ちのようだ。
しかし。
「勝てるな。少なくとも、あそこにある魔導書を全部読んだ程度では、俺に勝てないな。だから読んでも文句は言わない。ただし持ち出しは禁止するが」
それを一刀両断するナインも、結構プライドがあるのかもしれなかった。
いや、生きるためには土下座をしかねない男に、そんな事は無いだろう。
だとすれば、それはただの現実なのだろうか。
「……へえ。そうやって言われるとちょっとショックかな」
「安心しろよ。見栄張っただけだからな」
項垂れたルーナに、ナインはニッと笑みを浮かべて付け足した。
「護衛の俺がお前より弱いと、俺の立場がないんでな」
ストーリーが進むのは少し遅いかもしれません。
理由は、この章はやろうと思えば、一話で終わってしま……げふんげふん。
はい、ストーリー展開の遅い章です。
感想・指摘お待ちしています。