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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第三章
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第三章 魔法使い.5

「とりあえず、あいつはしばらく襲ってこないと思う。これは、あいつの面倒くさがりの性格から言ってる事だから、あまりあてにならない情報だけどな。それと、あいつの能力は無差別極まり無い。だから、なるべく人のいない所にいたいんだが……」


「わかった。とりあえず、明日は黒嶺学園で試合があるみたいだから、調べ物は今度にして、探し物の方に行こうかな。……で、どこに連れ込もうって言うの? ご・え・い・さ・ん?」


「……俺はお前を襲ったりしないぞ?」

「…………あっそ。(それはあたしに魅力が無いって言ってんの?)」


「なんか言ったか?」

「何も」



 放課後。

 という会話から解るように、本格的に護衛を任されたナインは、最低でも寝ている時の絶対の安全を求め、とある場所にルーナを連れて行こうとしていた。

 元々寮生活でなくマンションに一人暮らしのルーナは、実に手早くそこを引き払った。その手際は手慣れているとしか言いようの無い物だったのが、彼女のこれまでの暮らしを表していた。

 夕暮れ時の街を歩くナインとルーナ。ルーナの服や私物などが入ったボストンバックはナインが持っており、ルーナは小さなポーチだけを持っていた。

 従者とお嬢様の関係に見えるが、本当は護衛と依頼人の関係の二人。

 ナインはビルの間の暗い路地へと脚を進める。何も解らない異国の地であるため、ルーナはそれにすんなりと付いて行き、路地の奥へと二人は進んで行く。

 と。


「ここらでいいか」

「ん?」


 不意にナインが立ち止まり、そしてルーナの手を握った。


「ちょっ、な、な、何?」


 突然ナインに手を取られ狼狽するルーナ。

 場所は路地の奥。人気は無い。

 奇しくも、先ほど冗談で言った事が脳裏で再生されるルーナ。


「あんまり暴れるなよ。失敗したらどうするつもりなんだ」


 微かに頬を染め、ばたばた暴れだすルーナを押さえつけ、顔を近づけるナイン。

 遠くから見れば、恋人同士の馴れ合いに見えなくもない状況、目が回っているルーナ。

 ナインは、その耳元で囁いた。


「(誰かにつけられているぞ)」

「っ!?」


 ピクッとルーナの動きが止まり、先ほどまでのどこか抜けた表情が一瞬で緊張したそれに変わる。体が硬くなり、自然とナインの手を強く握った。

 それを見計らっていたナインは、人差し指を空へと向けた。



 刹那、『転移魔法』により、二人の姿は消えた。



「なっ!」

 路地の角から二人を尾行していた二人の人物が飛び出した。

 二人をこっそりと付けていた二人、愛葉とリオは、目の前で消えた二人に驚き呆然と立ち尽くしていたりするのは、また別の話。



   ☆ ☆ ☆



「なっ、何? ……ここ」


 ルーナの呟きは、常人のものだった。

 最も、魔法使いのルーナがそんな事を呟くのだから、普通の人なら驚きで何も言えなかったかもしれない。いや、逆に魔法使いだったからここまで驚いたのかもしれないが。

 ルーナの驚きは、『転移魔法』に対してだけ向けられた物ではない。

 しかし、それに対して過剰に反応していた。


「て、『転移魔法』!? あの、一度行った事がある場所なら一瞬で移動出来るって魔法!? これさえあれば大抵の移動手段は根絶するわよ!?」

「魔法なんてそんな物だろ? 魔法は使い方を間違えれば、それこそ世界を狂わせるからな」

「お、教えて!」


 未だに握られていた手をブンブンと振り、目を輝かせてナインにせがむルーナ。

 子供っぽく、可愛らしい仕草だった。一部の人間ならどこかによろめいてしまいそうだったが、


「断る」


 手を振り払ってナインはそれを一刀両断した。実に可愛気の無い動作だった。


「うう、何でもするから〜」

「おいおい、何言ってんだ。教えられるわけないだろ? お前に教えたら、不法入国し放題になるだろ」

「じゃあっ! 日本に永住するなら良い?」


 なおも譲らないルーナ。新しい魔法を覚えたがるのは、天才魔法使いとしての性なのだろうか。


「却下。だいたい、これ、かなりリスク高いんだぞ?」

「……え?」


 そんな話は聞いた事が無いルーナだったが、そもそもこの『転移魔法』自体、ただでさえ認められていない魔法の中でも、存在すらも否定されている部類の魔法なのだ。

 そんな話の一つや二つ、あっても不自然ではない。

 そして、ナインは神妙にそれを語った。



「建物の中で使えば、三途の川まで飛んでくぞ」



 天井に頭をぶつけたナインの痛々しい体験談だった。

 その後、しばし論戦が続いたが、その度にナインの痛い話が聞けるだけで、どうしても教えてくれないとルーナは諦めた。

 ナインが頑なに教えるのを拒んだのは、只単純に教えられないからだったりするのだが。


「……ここ、どこ?」


 ルーナは改めて周囲を見渡した。

 壁で囲まれた広大な敷地に、夕焼けを映す決して小さくはない池、周囲を囲むように生い茂った樹木。そして、それらの中央にそびえ立つ古めかしい三階建ての洋館。

 ルーナ達が立っているのは、門からその洋館の玄関へと向かう道の上。

 様々な形の大理石が敷き詰められて形成された道である。


「……どこって、俺の今の家……かな?」

「………………」


 呆れてルーナは物が言えなかった。


「言っておくが、この洋館はかなり強力な結界内にある。さっきの『転移魔法』でしか出入り出来ないから、外に用があるなら俺に言わないと出れないぞ」

「……確かに、解読不能なくらい魔法が掛けられてるわね」


 ルーナはポーチから取り出した片眼鏡(モノクル)で周囲を見回す。

 ルーナの魔力に反応し、片眼鏡の前に魔法陣が構築されていた。


「ここの敷地をドームみたいに覆うように、何重にも魔法が掛けられてる……。国会でも大統領官邸でもこんなに厳重な魔法かけられて無いわよ」

「そりゃ、そんな所より大事なもんが隠されてるからな」


 とんでもない事を言うナインに、ルーナはもう溜息もつけなかった。

 片眼鏡をしまい、項垂れるルーナ。


「……わかった。もうあんたがすごい奴だって色々わかった」

「いやいや、これは俺自身の所有物じゃないんだ。借りてるというか、いらないからやると言われたと言うか」

「誰よ、こんな核シェルター並の洋館を軽々しく扱う奴は」


 人喰いジョーズの亡霊さ、と心の中で答えて、声には出さないナイン。


「ん〜、出入りが『転移魔法』オンリーだから使い勝手悪いだろ?」


 それはその通りかも、とルーナは納得する。


「おかげで中身はあんまり良くないんだが、安全性なら世界一かもしれないがな」


 ナインは立ち話をしている間に置いたボストンバックを持ち上げ、玄関へと向かう。

 洋館の玄関は、両開きのドア。呼び鈴の代わりにノッカーが二つついている。


「おっと、ちょっと止まって」


 ナインは玄関の前に立ち止まり、ルーナを足止めした。


「ん、何? これだけ安全性を見せられたら質は求めないけど。元々研究所とかに引きこもる人間だし」

「それは多いに助かるんだが、そうじゃない」


 ナインはドアを開け、ドアの向こうにボストンバックを置く。ルーナには偶々内部が見えなかったが、それは呼び止めた事と関係なかった。


「とりあえず、見せてもらうかな」


 ナインの目つきが、まるで観察するようなものに代わり、ルーナをまじまじとみつめた。


「…………何?」


 ナインの観察するような目に、全く恥じらいを見せないルーナ。

 こういった視線には慣れている、と言わんばかりだった。


「あ〜、気にしないでくれ」


 と言うが、観察するような目を止めないナイン。

 『算出眼(ステータスアイ)』で見ているのである。


(ネーム、ミラ・ルーナ。クラス・黒嶺学園の生徒、魔法使い。特性、魔法感覚? 魔法に対して敏感とか、魔法を覚えやすいとか、そんな感じか? スキルは、無いのか。まあ、魔法使いだし。……ん?)


 不意に、ナインの目の動きが止まった。

 それがたまたまルーナの胸の位置だったのは、なんというか、両者に取って不幸な話である。


「……な、何よ」

「………………」


 若干視線を泳がせるルーナ。凝視するナイン。

 そして。


 唐突にナインは手を伸ばした。



「……………………」

「ぎゃん!」


 ルーナが無言で思い切りナインをビンタし、ナインはそれをモロに顔面で受け止めた。


「痛って……」

「変態。何しようとしてんのよ、殺すわよ」


 そういう割に、ルーナはキッと睨むだけで、あまり敏感に反応していないと言えた。

 どこか、乙女の恥じらいを欠如しているような態度である。


「誤解だ! 俺は決して如何わしい感情を抱いてない!」

「じゃあ何だって言うのよ」


 そう言われたナインは、学習しなかったのか、再びルーナの胸元へと手を伸ばす。


「……………」


 と、しばしナインを見つめて、今度は何故か微かに頬を染め、そっぽを向くルーナ。

 ルーナがもじもじとしているのに、クエスチョンマークが湧いて出るナイン。


「とりあえず、じっとしててくれ」


 ナインはルーナの胸の前で手を止め、そして。



 ナインの手から白い光が溢れ出し、ルーナの体を包み込んだ。



「……これは?」


 その白い光はすぐに消え去り、ナインは手を下ろした。


「ん。これでいいや。悪かったな、不快な思いさせちまったか?」

「別にもう気にしてないわよ。……ただ、さっきのは?」

「……まあなんと言うか、立ち話も何んだから入ろう」


 はぐらかすように言ったナインに促され、ルーナはその洋館に脚を踏み入れた。



    ☆ ☆ ☆



「おかえり、ナイン兄さん」「おかえりなさい、ナインさん」

「ただいま。二人とも、留守番ありがとな」


 ナインはそう言って、自分を出迎えてくれた少女と少年の頭を撫でた。二人はえへへと顔を見合わせて笑い、洋館の奥へと走っていた。


「家族?」


 ナインの後ろから二人を見ていたルーナがそう尋ねた。


「いやいや、違う。居候というか、知り合いというか、友達というか……、仲間かな?」

「?」


 よく分からないといったルーナにスリッパを用意するナイン。


「俺の知り合いが助けた子供、というのが一番的確だな。んで、お前の依頼を受けてから、念のために来てもらったんだ」

「?」


 複雑な顔をするルーナだが、元々あまり興味が無いのか、深く追求する事も無くスリッパに履き替えた。


「とりあえず、部屋に案内するか。無駄に広いから」


 そう言ってナインは、目新しい物ばかりで色々と目移りしているルーナを客室へと案内した。



「掃除は二人に頼んでおいたから多分大丈夫だと思うけど、過度な期待はしないように」

「よほど酷くない限り文句は言わないわよ。研究熱心な魔法使いにはそれで十分」


 生存フラグを立ててから部屋のドアを開けるナイン。

 部屋は八畳一間で、絨毯が敷かれている。普通のベッドとタンスしかないものだが、ある意味建物の外見と一致していると言えた。二人もちゃんと掃除したのだろう。


「ふ〜ん、まあ良いじゃない」

「そりゃ良かった。じゃ、他も案内しよう」


 荷物を部屋に置き、ナインは洋館内を適度に案内する。

 洋館の床はタイルで、その上にカーペットが敷かれている。一階には客間、食堂と風呂(何故か温泉が出る)。二階は十部屋もの部屋があり、そのほとんどが寝室、そしてリビングだった。ナインの個室は、十二畳の広い部屋だったが、内装はルーナの部屋と変わらなかった。リビングはテレビやらソファーなどがあり、ジュース類などが入った冷蔵庫などもあった。

 そして、三階には——。


「すっごい」


 目を輝かせるルーナがいた。

 そこは、黒嶺学園の図書館と比べれば狭いが、所狭しと本棚がある部屋、図書室だった。


「あ〜、とりあえずここは明日にでも見てくれ。多分、色々と聞きたい事があるだろうし」


 なんとか誤摩化そうとするナインだが、それは少し遅い忠告だった。


「嘘!? これって……魔導書!」


 部屋のドアを開けてすぐ、手近な所にあった本を手に取り、驚くルーナ。

 せめて、部屋に何があるのか説明するだけにして開けなければ良かったと、ナインは後悔した。


「何これ! どうなってんの!?」

「あ〜、だから明日にしような。説明も明日」


 ナインは目を輝かせているルーナの襟首を掴み、引きずるように図書室から連れ出した。


「ナイン兄さんー! ご飯—!」

「ああ、今行く!」


 タイミングよく少年の声がかかり、ナインは不貞腐れるルーナを引きずって食堂へと向かった。



   ☆ ☆ ☆



「こら、ラギ、ナギ! それは大事な物なの!」

「ここまでおいで」「きゃははははは」


 食事時にルーナと二人、ラギとナギは打ち解けていた。

 十五歳のルーナに、十二歳のラギとナギ。はたから見れば姉と弟と妹、といったように見える微笑ましい光景だった。


「つ、疲れた。魔法使いに体力は無いのに……」

「その割に随分と楽しそうに見えたけど?」


 風呂上がりにリビングに来たルーナに、冷蔵庫からジュースを取り出して渡すナイン。ちなみに、そのジュースや夕食の食材は全てラギとナギが今日買って来たもので、ナインだけがいる時は、当然のように空っぽになっている。

 ナインと違い、ラギとナギの方がお金持ちだったりする。


「…………まあ、ね」


 少しだけ恥ずかしそうにルーナは頷いた。

 湯上がりのためなのか、その頬も上気している。

 ルーナの格好は淡い桃色のパジャマ。濡れた短めの髪をタオルでごしごし擦っていた。

 この洋館にドライヤーなんてものはあるはずも無いのだった。

 そもそも、あまり身だしなみに気をつけていないルーナには無用の長物かもしれなかった。


「あたしは一人っ子で、魔法使いだったから。……あんまり人と付き合う事なんてなかった。だから、こういうのは新鮮で、……楽しい」

「そりゃ良かった。あいつ等も友達とかいないから、仲良くしてやってくれると助かる」

「………まあ、研究の邪魔にならない程度には、ね」

「ん。ありがとな」


 大きな欠伸をして、目を擦りルーナは立ち上がった。


「じゃ、あたし寝る」

「おやすみ」


 そしルーナは部屋に戻り、ベッドに入った。



「………………あれ? なんか色々忘れてる気が……」



 しかし、睡魔に耐えきれずルーナはすぐに眠りに落ちてしまった。

 不思議な事に、ここ最近寝苦しかった彼女にしてはあっさりと眠る事が出来たとか。



   ☆ ☆ ☆



「……全く、これは厄介な事件だな。ナンバーズが動く理由が解らない。一度あいつとやり合わなきゃ駄目か。そうなると、二人にはルーナの護衛を頼みたいんだが、いいか?」

「任せてよ、ナイン兄さん。ナギと一緒なら、僕らに敵う奴らはいないから」

「ラギ、油断大敵。ルーナお姉ちゃんを守るんだから」


 ナインは目を擦りながらも、しっかりと護衛を引き受けてくれた二人の頭を撫で、もう遅いから寝るように告げる。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」「おやすみなさい」


 そう言って二人がリビングから出て行くのを見届けてから、ナインは呟いた。




「国に仇成す者を殲滅する、国のための犠牲者——それがナンバーズの存在。……ならば俺は、誰も犠牲にならないように戦うだけだ」



この物語の核となる言葉が出ている章だったりします。


アドバイス・感想お待ちしております。

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