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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第三章
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第三章 魔法使い.2

 ナインはチャラチャラと音が鳴る財布を持ち、自動販売機の前に立っていた。


「さ〜て、今日も一杯飲み——」


 ナインは何故か苦手なコーヒーを飲む習慣がある。

 毎日飲めば慣れるだろう、という発想が生んだ習慣だが、しかし謎である。

 何故いちいち割高な自動販売機で購入するのか、それは謎である。毎日飲むのであれば、箱入りで買溜めしておけば安上がりになるだろう。恐らく気付いていないだけだろうが。

 そして、その些細な節約が出来ないから。



 彼の財布にはリングプルしか入っていないのだ。



「……あれ?」


 ナインは財布をあさる。

 札は無い。小銭も無い。あるのはクーポン券とお得意様カード、それと大量のリングプルだけ。

 現金は持ち歩いていないんだ! え? カード払い? 違うよ、貧乏なだけさ!

 

 NEET、それ故に金がない。

 働かざるもの喰うべからず。

 ここ最近、バイトも無かったナインは、ついに金欠になった。



    ☆ ☆ ☆



「これから一緒に食事なんてどう?」

「行く!」

「その代わりと言っては何だが、頼みたい事があるんだが、いいか?」

「……食事は?」

「高級レストラン、ちなみにもし引き受けてくれるなら、お金も出す」

「乗った!」


 ここ最近のナインの食事事情は、残念な事になっていた。

 朝食はパンの耳、昼食は試食品、晩ご飯はコンビニで捨てられる賞味期限切れ弁当。

 経済大国日本、プライドさえ捨ててしまえば飢え死になどしないのだ。

 愛葉達を見かければ物欲しそうに眺めるナインに、プライドなどあるはずも無かった。

 生きるためには手段を選ばない、残念な男だった。

 だから、食事に釣られてほいほい付いて行ってしまうのだった。


 とりあえず洗濯にだけは気をつけているナインは、おかげで着古された服装で、明らかに場違いなレストランにいた。

 そこは、以前リオと一緒に食事をしたレストランの個室である。

 けれど、今回は二人きりという訳ではなかった。


「紹介するわね。こちら、留学生のミラ・ルーナさん。で、こっちが……」

「ナインだ。よろしく」

「………………」


 ナインは会釈し、ルーナと呼ばれた少女はジト目でナインを凝視していた。

 ルーナは、その個室に入った時には既にいて、黒嶺学園の制服を着ていた。肩までの茶髪、緑色の瞳である。

 一食で2000kcalはあるだろう豪華絢爛の食事を終え、愛葉、リオ、ナイン、ルーナの四人は本題へと入っていた。


「先に言っておいたと思うけど、念のためにもう一度言うぞ?」


 ルーナがいるためか、キャラ作り中のリオが説明を始める。


「知ってると思うが、五月は四魔戦に出場する学校を決めるため、学校対抗で試合を行なっている。で、ルーナはそれに参加しない事になっているのは良いな?」


 四魔戦とは、全国にある魔兵専門学校の頂点を決める武闘大会、のようなもの。

 それの結果によって、設備やら教員やら生徒のスカウト優先権などが決まるものだ。

 勿論、大会で好成績をあげた生徒にも、良い就職口やランクの昇格などの利益がある。

 が、武闘大会もどきなので、戦闘向けのスキルでない生徒は参加しなくても良い事になっている。

 チーム戦もあり、偵察スキル保持者などはそちらに参加する事もあるが、基本的に参加は生徒の自由である。

 件のルーナは、というと。


「そりゃ聞いてたさ。研究目的の留学だから、戦闘には極力参加したくないんだったか?」

「そう。それで、五月はその準備とか試合とかで私達はちょっと忙しいの。そして、ちょっと問題があって……ね?」


 愛葉チラリとルーナを見て、ルーナにこの先を促す。これから先の話はナインは聞いていない。

 だが、なんとなく、嫌な予感はしていた。

 そして。


「……こいつ、ほんとに役に立つの?」


 ルーナは面倒臭そうに、というか露骨に訝しむ顔をして、刺々しい言葉を放った。

 さらに。


「それもそうよね」「それはそうだった」

「えっ、そこ頷いちゃうの?」


 思わぬ裏切りに遭い、狼狽するナイン。逆に言ったルーナが二人の態度に唖然としていた。


「えっ、いや、ほんとなの?」

「冗談。見た目は微妙だけど、腕は確かだから」

「そうだな。碌でもない奴だけど、責任感はあると思う」


 愛葉が腕を、リオが信頼性を保証したが、当のナインは微妙な顔をしていた。


「……褒められた気がしない。軽く馬鹿にされている気がする。帰って良いですか?」

「食い逃げするつもりか? ここの料理は、心折価格だぞ」

「心が折れるってどんな価格だよ!」


 少なくとも、皿洗い程度の仕事で食費を返せはしない事は明白だった。

 正直に言えば、『脱出魔法』と『瞬間移動魔法』を使えばいかなる犯罪行為も可能だったりして、更に言うなら十分なカロリーを摂取したナインなら、どれほどの相手でもゴリ押しで逃げ切れるのだった。

 そういう魔法の使い方はしない、それがナインだが。


「……で、結局こいつは役に立つの?」


 再度ルーナが愛葉とリオに尋ね、二人は答えた。


「大丈夫。なんだかんだ言っても、腕は黒嶺学園の実技試験で満点レベル、まあ、試験中に助けに入って停学中だけど。その点、丁度いいでしょ?」

「……………面白い奴ね」


 試験の不正行為が丁度良いとはどういう事なのか解らないナインは、目の前で微笑を浮かべる三人を見て体を震えさせていた。

 特にルーナ。

 心底面白そう、どこか天然記念物を見るような目だった。


「解った。二人がそこまで言うんなら、そうなんでしょ」


 ルーナは立ち上がり、右手を差し出し握手を求める。


「あたしの名前はミラ・ルーナ。魔法使いよ」


 ナインも見習いその手を取り、答えた。


「俺の名前はナイン。仕事も収入も無いんだ」


 にっこりと微笑み合う二人。



 だが、ナインの右手が悲鳴を上げた。



「痛っ!!」


 『RPG』を発動する間もなく、ナインの右手の骨がゴリボキと痛々しい音を奏でた。

 ルーナは手を離さず、愛葉達に尋ねた。


「……こいつ大丈夫? くだらないシャレとか、ものすごく駄目人間な匂いがする」

「………………」


 さすがに、二人も答える事はできなかった。

 ナインは思った。


(俺……黒嶺学園の生徒は——苦手だぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!)


 出会い頭に常に攻撃されれば、苦手になってもしかたないだろう。


少々忙しいのと、もう一作も書きたくなっている私がいます。

次回更新は、火曜日以後。


感想、指摘などお待ちしています。

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