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例えば勇者の模造品  作者: 零月零日
第二章
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第二章 失敗作品.8

 にっこりと笑みを浮かべた人間が目の前にいると、どうしてだろう、怖い。

 それがナインの、リオの微笑に対する感想だった。


 場所は高級レストランの個室。そこには二人しかいない。

「ここは私の親戚が経営しているレストランなので、どうぞ遠慮せず」

 目の前には豪勢な皿に乗せられた料理がたくさん並んでいる。恐らく、値段に換算すれば万の桁は軽く超えるだろうフルコースだった。

「……倉崎リオさん? なんか悪い物食べたの? 何なの? 俺に一体何を求めているの?」

「別にそんな事はないですよ?」

 リオは小首を傾げ、真っ直ぐな瞳でナインを見つめた。

 その仕草が妖艶で、ぐっとナインは息を飲んだ。

「いやいや、明らかに態度がオカシイ! 何この待遇! 一人称が僕から私に変わってるし!」

 事件翌日、五月の朝の日差しで微睡みながら公園のベンチで空を見ていたナインは、リオに食事を誘われ、現在に至っている。時刻はちょうど昼となっていた。

「もうバレているのなら演技をする必要は無いと思いまして。……似合ってませんか?」

「いや、そんな事は無いんだけど……」

「それとも、罵倒されるのが好きですか?」

「それは無い!」

 くすくす笑うリオ。苦笑いを浮かべるナイン。

(やっぱり俺は——)

「わかった。それじゃあ遠慮なく頂きます」

「どうぞ召し上がれ」

 何度だって繰り返したその台詞を、ナインは声に出さなかった。


 デザートまで食べ終え、食器は片付けられた。

「……で、一体何のようだ?」

「勿論、昨日のお礼だけです。他意は無いですよ?」

「あれ? 俺の昔話とか聞かなくていいのか? 知りたかったんじゃなかったっけ」

 リオは首を振り、それを否定する。

「そうでしたけど、やっぱり止めておきます。あっ、ある程度は勝手に調べちゃってますが、良いですか?」

「ん。別に気にしないよ。俺は過去よりも未来に生きる男だからな」

「頼もしいですね。では、今回みたいな事件の時はお願いしますよ?」

「……最終的にそうなるのかよ」

「冗談です——って、そんな複雑そうな顔をしないでくださいよ。反応に困ります」

 微妙に顔をしかめるナインに、リオも表情を強張らせた。

「えっと、正直に言うとさ、頼ってもらう事に悪い気はしないんだよ」

「それなら——」

 と、リオは本題に踏み込んだ。


「もう一度学校に、黒嶺学園に戻ってはどうなんですか?」


 リオの真摯な態度に、しばらく迷って、ナインは曖昧な笑みを浮かべた。

「……そりゃ無理だな」

「どうしてですか? 今も学校にあなたのIDは残っていますし、資格を取れば卒業、年齢なんて関係ないですよ?」

 黒嶺学園は入学式こそあれど、卒業式と言う物は存在しない。資格を取得、もしくは戦闘技術が認められた時点で卒業となるのだ。最も、戦闘技術を認められるには最低でも三年と、長期に渡ってその実力を判定されなければならないのだが。

「そうじゃないんだ」

「では、なんでですか?」

 ナインはリオの目を見た。リオもナインを見つめた。

 二人の視線は、決して逸れる事無く真っ直ぐに絡み合い——そして。

「……駄目だな。俺には視線で納得させるのは無理か」

 気恥ずかしそうにナインは目をそらした。

 そのため、リオが微かに頬を赤く染めているのにナインは気付かなかった。

「俺が試験で不正行為をしたのを知ってるだろ?」

「はい」

 リオは自分が調べたナインの情報を思い出す。

(実技試験で満点という破格の結果を叩き出し推薦入学。しかし直後の試験で不正行為を働き停学処分。その成績故に退学ではなく停学処分……。実技試験で問われていたのは、スキルを用いた模擬軍事任務。怪我一つ負わず、最短時間でクリア。試験での不正行為なんて関係なく、学校が捨てきれなかった逸材)

 スキルこそ非公開だが、彼の能力は一時期学園に轟いた事もあるのだ。

 最も、それもすぐに消え去ったが。

「俺がいた当時の黒嶺学園の試験はクラス同士の対戦だったんだが、今はどうなってる?」

「今もそのままです。個人戦とチーム戦の二つがありますね。クラスの競争心と団結力を高めるためですが」

「そうだな。俺もそれには反対していない。で、俺のやった不正行為ってのは」

 ナインは嫌な事を思い出す、というよりは遠い過去を懐かしむように言った。


「助けに入った事だ」


「えっ?」

 リオは驚きを隠そうとはせず、ナインは構わず話を続けた。

「当時の俺のクラスには、『戦国夢想(ヴァルキュリア)』とか『糸離滅裂(オーバーキル)』って呼ばれる凄腕の奴がいて、チーム戦で他のクラスに圧勝していた。んで、その仕返しにと言わんばかりに、個人戦ではウチのクラスの奴らは過剰な攻撃を受けた訳だ。んで、あまりにも酷かったから俺が割り込んで助けた。結果は停学」

「酷いじゃないですか! どうして張り合わなかったんですか?」

 まるで自分の事のように顔を真っ赤にして起こるリオ。

「ん〜、それで知ったからかな。俺以外に割り込む奴がいなくて、負ける方が悪いって雰囲気だったから。そういうモンなんだな、と思って。お前もそう思うだろ?」

「……それは」

 黒嶺学園は魔兵を育成する学校だ。

 ナインの行いは、使えない兵を助けるために作戦を無視するような行為だ。

 戦場でそんな事をすれば、大勢の命が失われる事は確実だ。

「だから、俺は戻れないんだ」

 非道さに目を瞑り、ルールを重んじる教育方針が気に喰わなかった。

 だからナインはルールを破り、学校を後にした。

「……そうですか。まあ、最初から諦めていた事なんで、良いですけどね」

 リオは仕方がなさそうに肩を竦める。

「悪いな」

「謝らないでください。きっとこれからもしつこく誘うんで」

「おいおい、また冗談か?」

「冗談——ではありませんよ? 私は、あなたと一緒に学校に通ってみたいと思うんで」

 プロポーズに思えなくもない台詞を真顔で言うリオに、ナインは焦りを感じていた。

「……なんて言うかさ、俺の事買いかぶり過ぎだろ。ほんの気まぐれで助けただけなんだぞ?」

「だからですよ。意識しなくても他人を助けられる、それがあなたの本質なんじゃ無いんですか?」

 なんか恥ずかしい。

 このままでは胸を焦がさんとする何かに焼かれてしまう、そう思ったナインは話を変えてみる。

「……お前は変わったな。いや、俺は語れる程お前の事を知ってはいないんだけどさ。何となく、そんな気がするんだよ」

「いえ、私は変わりましたよ」

「へ?」

 驚く程簡単にリオはそれを認め、素直にナインは驚いた。

「私は変わりました。勿論、一人称が僕から私に変わっただけではないですよ?」

「そりゃそうだろうけど」

「忘れていた心を取り戻せた、とでも言うんでしょうか。私も、このままでは駄目だと思うんです。このままだったら、遅かれ早かれまた今回みたいな事件が起こると思います。だから、変わらないといけないと思ったんです。自分が上に登るのに、下を見ないのは間違っていると、そう思ったんです」

 ナインは一人、安堵の溜息をついた。

(俺は変わってない。世界も変わってない。……けど、これから変えれば良いだけの話か)

 ナインはリオに微笑む。

「頑張ってくれ。もし困った事があったら、いつでも呼んでくれよ。多分助けに行けるから」

「多分って何ですか! ちゃんと助けに来てくださいよ!」

「いや、だってお前十分強いだろ?」

 リオはむっと顔をしかめているが、ほのかに頬が赤みを帯びていた。

 それを誤摩化すように、リオは言った。

「……それなら、私より強いあなたは、一体何者なんですか?」

 ナインはその質問にさらっと答えた。



   ☆ ☆ ☆



「歴史に真実を求めるのは間違っている。歴史の真実なんて、当事者しか知りはしないんだ」

 人喰いジョーズの亡霊は椅子に腰掛け、ナインに言い聞かせた。

「歴史に意味なんて無い。過去は過去。参考程度にしかならない。過去の過ちを繰り返さない、それだけさ」

「……歴史の改竄者、もしくは歴史の真実を知る者の言う事は違うな」

 ナインの言葉に、ジョーズは静かに首を振った。

「俺はそんな大層な奴ではない。ただ、当事者だっただけだ。……まあ、真実の詐称はよくするがな」

「要するに嘘つきだろ?」

 ナインは揶揄し、ジョーズは笑みを零した。

「まあ、そのおかげで助けられたから感謝はするけどさ。お前の力には敵わないよ」

「好きで手に入れた力じゃないんだがな。それに、本来なら……」

 ジョーズはそこで言葉を切った。

「『人喰い』、それはお前の役目じゃないんだろ?」

 ナインがそれを引き継ぎ、何度と無く経験した、あの不可思議な現象を思い出す。


『人喰い』

 それは、人を喰らう力ではない。勿論、人を喰らう事も可能だが、その本質は別の所にある。

 人が自分を自分だと認識するための何か、それを喰らう事が出来る力。

 それを有しているから彼は『人喰いジョーズ』、その亡霊なのだ。

 喰われた者は、喰われる以前の自分と認識される事は無い。喰われれば、もう二度と過去の自分には戻れない。

 『人喰い』の力は人の過去と現象、記憶と記録——存在という概念を喰らう事が出来る力。

 その力を形に表せば、それは鎌。

 歴史の改竄、真実の詐称を行なえる力。

 神ならざる者にして神と形容される存在。

 それが、『人喰いジョーズ』の正体。


 気を失っていたのはほんの数秒だろう。

 ナインはすぐに残ったMPをフルに使い、『治癒魔法』で傷を治した。

 ナインが切り裂いた愛葉の体には、傷一つない。

 あの鎌が喰らったのは、愛葉とこの事件の関係。

 鎌は、これより以前の記録を食らいつくし、砕け散った。

 愛葉本人と、この事件の当事者達しか真実には辿り着く事は出来ない。

 例え愛葉が暴走している映像が撮られていたとしても、それは今では何か別の存在に置き換えられているだろう。

 それは決して解明、理解の出来るような類いの力ではない。

 まるで魔法のような。

 奇跡とは形容出来ない力。

 

「才能を否定された彼らが求めたのは、認めてくれる未来だ。その手段の一つとして、本当に脳みそを喰らうつもりだったようだが、おぞましい話だな。しばらくここには置いておけないと思って知り合いに任せたが、きっと反省しているだろう」

 九州までの道は長い、とジョーズは付け足した。

「……自分たちの求めた未来は、人を捨ててまで手に入れたい物だったのかどうか」

「彼らには自分を見つめ直す期間が無かっただけだ。一度落ち着いて考えれば、答えは変わるだろう」

 そうだといいな、とナインは呟いた。

 直接の面識こそ無いが、彼らの気持ちをナインは理解しているつもりだった。

「しかし、『不可視力』は失敗作品だが、『幻想卸し』は真の意味での失敗作品だったな」

「『不可視力』は確か……、呼吸を止めている間しか透明になれないんだったか?」

 独特の喋り方は、その欠点を隠すための物。

「そうだ。失敗作品というのは、能力を発動するのに活動を阻害される欠点のあるスキル保持者、それを指す言葉だ。呼吸を止める、それは大きなリスクだな」

「で、『幻想卸し』は?」

「奴は元々幻術を使えた。それとは別に『幻想卸し』を手に入れたが、それは使い物にならなかった。そういう話だ」

「なるほどね」

「『写撮許可(プロジェクター)』は、自分のスキルに不満を持っていた。というのも、黒嶺学園の生徒の中で彼女のスキルは最も低い『D』ランクだった」

「で、憂さ晴らしと自分のスキルを上げる、もしくは別のスキルを手に入れるために事件に加担したのか」

「そういう事だ」

 

 誰かに認められたくて。

 でも誰にも認められなくて。

 認められるには力が必要で、その力が自分たちには無くて。

 才能と言う一言で終わらされる人生に嫌気がさしていて、それに抗ってみて。


 そして、人の脳みそを喰らうような人間に成り果てる。


 けれど、人間を捨ててまで手に入れるほど、他人の評価に価値はあるのだろうか?

 本当に、才能は無かったのだろうか? それしか道はなかったのだろうか?


 彼らを送り出す前に、ジョーズは言った。

「誰かに認められる前に、自分を認められる自分になれ。自分を認められずに、他人から認められると思うな」


 彼らが変わるのは、もう少し先の話。

 


   ☆ ☆ ☆



「ぎゃん!」「きゃっ」


 ナインは押し潰されていた。愛葉がナインを押し潰していた。

 場所はいつもの公園、いつもの時刻。

 リオとの食事を終え、食後にコーヒーでも飲もうと思っていた矢先の出来事だった。

「痛って——って、朝井かよ! お前は墜落癖のある魔法少女かよ! さっさと降りろ!」

 魔法少女という表現では不適切だな、と思っているナインだったが、そこは無視せざるを得なかった。

 愛葉が、上から降りてくれなかった。

「……朝井愛葉さん? 何? 怒ってるの? どうして? 怒りたいのは俺なんだけど」

「………んで」

 はい? とナインはそれを聞き返した。

 愛葉の声はとても小さく、聞き取れるような物ではなかった。

 すると愛葉は、ナインの襟首を掴んで問いただした。

「なんで? なんでアンタは、助けてくれたの?」

「は? なんの事だ?」

「とぼけないでよ。アンタなんでしょ? 私の能力の暴走を止めたのも、リオを助け出したのも」

 キッと睨みつけられ、ナインは思わず口から出そうになった軽口を叩けなくなった。

「……こだわるな、そこん所。俺としては、お礼とか理由とかどうでもいいから、さっさと降りてほしいんだけど」

 誰かに見られたらどうすんだよ、とナインは思った。

 自分に馬乗りなっている少女。下にいる人間としては、まあ、別に気分としては悪くはなかったりするけど、やっぱり恥ずかしいと言うか、情けないと言うか。

「先に答えて。そしたら降りるから。……どうして、助けたの?」

 どうやら降りたら逃げると思われているようで、愛葉はナインに乗ったままだった。

 もしかするとこの娘、羞恥心とか欠けちゃってる? とナインは疑わずにはいられなかった。

「……ただの気まぐれだよ。それ以外の何でも無い」

「…………」

 しばらくナインを見つめていた愛葉だったが、諦めたように溜息をつきナインから降りた。そして手を差し出す。

「……何?」

「立つの手伝ってあげようか、と思っただけ」

「なんで?」

「…………ただの気まぐれ」

「…………あっそ」

 気まぐれなら仕方ない。

 ナインは素直に愛葉の手を借り、立ち上がった。

「えっと、ありがとう。アンタのおかげで色々と助かったわ。幸い、行方不明だった子は皆見つかったし」

 一人、春日だけは見つからなかったが、転校したと愛葉は聞いている。

 彼女の事は解ってやれなかった自分の責任だと思い、特に恨んではいなかった。

「そりゃ良かったな。まあ、連中の目的が優秀な脳みそ集めで、その最たるがお前だったんだから、もしかすると人質か誘き寄せるためでしかなかったのかもしれないな。まあ、馬鹿にされていた憂さ晴らしも混ざってはいたが」

「…………そうね」

 リオに事件の真相を聞いているのか、気まずい顔をする愛葉。

「しかし、なんで暴走なんかしたんだ? 俺にはさっぱり解らなかったんだけどさ」

 ナインの質問にしばし沈黙し、何故か顔を赤らめる愛葉。

「…………何でも良いじゃない。もう二度とあんな事にはならないから」

「それなら別に良いけど」

 と言ったナインだったが、不意に何かを思い出したように付け足した。

「お前さ、一人で悩むなよ。お前には頼れる仲間がたくさんいるんじゃないのか? 会長って仕事は何も背負うだけじゃない。信頼って支えがあるから、会長は存在出来るもんだろ」

「……い、言われなくても解ってるわよ、この馬鹿」

 周囲に陽炎が見え始めているが、二人は気付かない。

 ついでに、じっと自分を見つめる視線があるのにもナインは気付いていない。

 愛葉は自分の顔が赤くなっているのに気付き、慌てて顔を下に向けた。

「ん? まだなんか言いたい事あるのか?」

 焦った愛葉は、ポンと頭に浮かんだ質問を口にした。

「ア、アンタはさ、結局何者なの?」

 ナインは本日二度目のその質問にさらっと答えた。



「NEETだよ。誰かに必要とされたい、NEEDとも言おうかな」



第二章終わりです

次回更新は未定ですが、

大体の流れはありますので、一週間以内には更新したいです。

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