プロローグ
4/19、思う所があり、入れ替えました。
少年は落日を見ながら公園のブランコに腰掛け、缶コーヒーを飲んでいた。学校帰りの解放感、残業開けの達成感とは違った感情を抱いて。
「仕事、か……」
項垂れるナイン(十八歳)は、今日を持ってNEET二周年記念である。
真っ赤な夕日を見ながら、何とも言えない敗北感と一緒にコーヒーを飲み込み、寂寥感を溜息と共に吐き出す。リストラされたお父さん、そう表現するのが相応しい雰囲気だった。
何が悪かったんだろう。
今日までに一体何度繰り返したであろう問答を、ナインはこのNEET二周年記念日にもしてみた。
「やっぱ、学校を停学になった事かな……。それっきり一度も行ってない事もあるだろうし、意外とその状態で生きられた事が一番かも」
ナインは自分の財布を見る。
クシャクシャに丸められた一万円札が二枚程、五百円玉と百円玉、それに十円玉だけで構成された小銭の集合。小銭がお札を入れる方に、お札が小銭を入れる方に分けている。それはただ単に小銭を探すのが大変だから広い方に入れようと思っただけのことなのだが、おかげで紙幣は常にヨレヨレである。
NEETのくせに金持ちだ、と言われた事が数回あるが、しかしこれが彼の全財産だという事を考慮すると、多いのか少ないのかよく分からない。へそくりなど持ち合わせていないのだ。
収入はバイトのみで、それも不定期かつ危険極まり無いものだった。しかしその反面、誰もやりたがらないという理由で高収入。彼の自堕落な生活を成り立たせる金額で、それが彼のNEET生活を長引かせていた。
「……結局悪いのは俺で、自業自得かよ」
最終的に行き着くところはいつもこれだった。
他の皆がちゃんと社会に適応して行く中、自分だけが仕事も学校も無いのは、自分が何か悪い事をしたからだろう、と。
はあぁ、と大きな溜息を吐き、彼は何となくこんな事を言ってみた。
「俺って、これでも勇者なんだよな」
そう言ってみた。言ってみただけで、その真偽はかなり怪しいが。最近巷で売られている『寿命が延びる浄水器』とか、『天才の脳みそを食べると天才になれる』という噂並みに怪しい。
信じる者は救われる、と言うが、この場合信じてみても救われる者はいないだろう話だ。
誰にも信じられはしないし俺自身信じてない、とナインは思っていた。
ただ、こうは思っていた。
「仮にもし本当に俺が勇者なら、家宅に侵入して壷やら樽をぶち壊し、壁の小物袋やタンスの中身を漁り、上は金銀財宝、中は薬や武器、下は下着やペットのお召し物までをありがたく頂くんだけどなぁ。勇者は治外法権アリですかって話だな」
最低の野郎だった。
だが、彼はちゃんと解っていた。
「しっかし、この世界に魔王なんていないじゃん。魔王がいなければ勇者の需要も無い。当然『家宅侵入罪』や『窃盗罪』が適応され、俺は見事に檻の中ってか?」
俺は囚われの姫様を助け出す人間だろうそれじゃ逆だろ、などと呟いていた。
危ない人間だった。
NEET二周年のため若干ハイテンションなのかもしれない。本人も、そろそろ何かしないとヤバいんじゃない? と思っている。思っているだけで、行動は特にしていない。一応、バイトはしているので。
「よし、決めた! 明日から頑張ろう!」
それは……結局しないフラグじゃないのか? ナインは心の中で自分に問うてみたが、その答えは二文字で、肯定の意味の言葉だった。ちなみに、一年前と同じ答えだったとか。
コーヒーを飲みきり、律儀にリングプルを取り外し財布の中に入れる。そして空き缶は、自動販売機横のゴミ箱に入れた。ついでにそこらに散らばっていたゴミを拾い、きちんと分別し公園内のゴミ箱に入れる。
エコに協力する俺に、神様なんらかのお礼を下さい。現金で一万円、空から降らせてくれると嬉しいな。出来れば仕事も一緒に欲しいな、そうナインは思った。
現金な野郎だが、彼は彼で一日を生きるのにかなり厳しい生活を送っているので、そこを察してもらえると彼は救われるだろう。因果応報、という言葉で何かを察してほしい。
そして願い叶わず、彼の一日は終わる——はずだった。
本当に現金でも降ってこないかと上を向いて歩いていたナインは、それをしっかりとその目に焼き付けた。
このタイミングで、それは起こった。
だから、それはもしかすると、神様が彼にくれたエコ活動のお礼だったのかもしれない。
それはーー。
空から少女が降って来た。
まあ、だからと言って驚く事は無いのだが。
今の時代、空からUFOが落ちて来ても可笑しくないのだ。実際、数年前には侵略者が宇宙船で襲来したのだから。
その際、侵略者を撃退するのに『魔法』が用いられ、現在では魔力を使うことが当たり前となりつつある。第二次世界大戦時に日本で敵の兵士を倒すため竹槍の訓練をしたような、そんな意味合いで魔力を使うようになっているのが、今現在のこの世界の現状だ。最も、竹槍と魔力では、その訓練の結果は大きく変わるだろうが。
魔法と言えば、空を飛ぶ。
だから、少女が空から降って来ても、何も可笑しくないのだ。
「ぎゃん!」「きゃっ」
だからと言って、降って来た少女を受け止めるくらいしないと、押しつぶされるのは目に見えているが。
それがナインと少女、朝井愛葉との出会いだった。
☆ ☆ ☆
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「……いいから、さっさと降りてくれ」
押しつぶしたまま問いかける少女に、呆れながらナインは答えた。
あ、すみません、と少女は謝りながら少年から離れた。
と。
「ハッ! なんだよ、逃げる事は無いんじゃねえか? 生徒会長さんよぉー?」
妙に変な口調の青年が、そこにはいた。突然現れたというように。
……いや、男の背後には十人以上の男がいる。どうやら、少女を追っていたらしい。
(あんまり穏やかな雰囲気じゃないな……)
立ち上がったナインは服に付いた埃を落としながら、男達を観察する。
だいたい自分と同じくらいの年の男達は、柄の悪い人相を醜く歪め、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
その中でも、先頭の妙な口調の青年だけは、他と違い明らかな憎悪を溢れさせていた。
「ん? なんだよ、その男。ハッ! まさか生徒会長さんよぉー、そこらの一般人に助け求めんの? ふん! さすがは人間兵器だな!」
「失敗作品が調子にのるな!」
と、隣にいた少女が怒声を上げた。
先ほどの落ち着いた感じの、丁寧な言葉遣いは一変していた。どうやらコチラが素のようだった。
ナインは目まぐるしく変化する現状に混乱して来た。ナインは訳も解らず自分を攻撃した。
痛い! どうやら現実のようだ。
「失敗作品だぁ? 誰が好きでそんなモンやってるかよ!」
「アンタ達の行動は、不良行為よ! 評価されたいなら、それなりの行動をしなさい!」
一触即発の雰囲気に、巻き込まれそうなナインは面倒になった。
ナインの悪い癖が出てしまった。
「ちょっといいか?」
ナインは隣の少女の肩に手を置く。セクシャルハラスメントは性的嫌がらせ。もしも彼女がセクハラで訴えを起こした場合、少女は肩が性感帯でなければおかしな気がする。
「何? さっきのは謝るから、あなたはさっさと逃げなさい」
こちらを見ようともせず、臨戦態勢な少女。血の気が多い事である。
ナインは溜息をついて、言った。
「いや、見て見ぬ振りは出来ないから。ごめん」
「は?」
ナインは少女の怪訝そうに振り返る顔が見えた。
ナインは人差し指を小さく動かした。
その瞬間、ナインと少女は青年達の前から消え去った。
文字通り、跡形も無く消え去ったのだ。
「……はん?」
男達は呆然と立ち尽くした。ぽつんと取り残された彼らは、酷く虚しい気分になっていた。
☆ ☆ ☆
「ああいう奴らとはあんまり関わらない方が良いと思うぞ。じゃあな」
先ほどの公園から一キロ程離れた広場で、ナインは目を瞬く少女を置いて踵を返した。
若干、俺って優しいなぁ、なんて思いながら。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ナインは立ち去ろうとした……、しかし手を捕まれてしまった!
少女の柔らかで温もりのある手が触れ、ナインは精神的ダメージ5を受けた!
ナインはどぎまぎしている!
「な、何? お礼は要らないけど」
とは言いつつも、チラリと視線を向けるナイン。若干期待に胸が弾んでいる。
勿論、脳内であらぬ妄想を抱いて、だ。
(一体いくらくれるかな、お嬢様っぽいし……)
現金な野郎である。
「あっ、と、とりあえずありがとう——じゃなくて! 今の何?」
少女の反応を見て、ああ、まずったかな、とナインは顔をしかめた。それから、少女の不思議そうに自分を見つめる視線から逃れるように、明後日の方角を見る。
「……なんだ、えっと……瞬間移動?」
「……………あなたのランクと学校、教えてくれない?」
ああ、嫌な予感がする。明らかに見せてはいけないレベルの魔法を見せてしまったな……。
ナインの後悔は遅く、少女はしっかりとナインの服を掴んでいた。どうやら見す見す離してはくれなさそうだった。
魔力が使われるようなっても、瞬間移動は珍しい力である。
「えっと、ランクは『9』。学校は通ってない」
「通ってないって、もしかして社会人? 何歳?」
その質問の仕方だと、大人に対する聞き方としてはなっていない。明らかに自分と対して年が変わらないと意識している聞き方だ。事実ナインはそうだったが。
「十八。………………………………………………………………………ちなみに、NEETだ」
答えるのにかなりの沈黙を要した辺り、最後の台詞は言うかどうか悩んだようだった。
その割には、凄く爽やかな笑顔で言ったが。
まるで、その事を自慢しているような、そんな錯覚を覚えさせる程の笑顔だ。
「NEET!? 瞬間移動なんてハイスペックなスキルを持ってるのに!? 働けっ!!」
瞬間、怒鳴られた。罵倒された。全然ご褒美とかではなかった。
(だから言いたくなかったんだよな……。言うからには自信を持って言うけど)
初対面の少女に責められる自分を情けなく思いながら、しかしそれは自分の勝手だろうとナインは思った。
「お前には関係ないだろ? 俺が働いていようといまいと。それと、学校は停学中なだけだ!」
「関係ある! 有能な人間がNEETなんて、見過ごせないわよ! そして、学校は停学中だなんて自慢げに言うな!」
理不尽だな、とナインは思ったが、それ以上に理不尽なのはこの後だった。
「私が勝ったら、アンタをNEETから脱却させる!」
「どうしてそうなった!?」
思わず本音が口から出てしまったナインだが、本当にその通りだった。
勝ったらって何? 勝負するの? なんだって初対面の女と? 俺は女の子が苦手なんだけど?
クエスチョンマークのオンパレードだった。
「アンタの所為で、私が逃げたなんて噂が立ったら、どうしてくれるのかしら? アンタを連中の前に引き出して、こいつが勝手にしたことですって説明するにも、それなりの立場がいるのよ。NEETに連れていかれたなんて、説明できないでしょ?」
どうやら八つ当たりしたかったらしい。
先ほどの奴らから無理矢理逃がしたのがまずかったようである。本当に、先ほどのお礼はとりあえずの感謝だったようだ。
幸運か不幸か、空から降って来たのは、仕事をくれる少女だったのだが、仕事を手に入れるには、ボコボコにされなければならないらしい。
勝負ではなく、「ウチの学校に入らない?」とか、「仕事紹介しようか?」などと言った優しい誘いがなかったのは、憂さ晴らしのためだろう。
それと、ナインのちゃらんぽらんな態度が原因と思われる。
(こんな奴の世話になって仕事に就いたら、一生こき使われるっ!)
危険信号を受信したナインは、目の前にある脱NEETを蹴り飛ばした。
元々、結構今の生活が気に入っているようでもあった。
「……わかったよ、勝ったら俺の好きにしていいんだろ?」
勝つ気は無いが、負ける気もないナインは、かなり真面目に戦いに臨んでいた。
自分の自由のために。
そして、結果は彼の逃亡だった。
十万語目指して頑張ります