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眠るたびに帰る街

作者: Rパカ
掲載日:2026/05/31


 最初にその世界へ行った夜のことを、私は今でもはっきり覚えている。


 仕事で疲れ果て、ベッドに倒れ込むように眠ったはずだった。


 目を開けると、そこは見知らぬ石畳の広場だった。


 空には二つの月。風に揺れる街灯は青白く光り、まるで夢の中の景色のようだった。


「ようこそ」


 不意に声が聞こえた。


 辺りを見回しても誰もいない。


「ここです。あなたのすぐ隣ですよ」


 やはり姿は見えない。


「私は案内人。この街を案内する役目です」


 少し怖かったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


 私は案内人に連れられて街を歩いた。


 通りには長い耳を持つエルフたちが果物を売り、狼の耳を持つ獣人たちが屋台で肉を焼いている。


 角の生えた魔人は鍛冶屋で剣を打ち、人間の子供たちは噴水の周りを走り回っていた。


 種族は違っても、みな当たり前のように暮らしている。


「ここはどこなんですか?」


「あなた方の世界では異世界と呼ぶのでしょうね」


 案内人は楽しそうに答えた。


 私は夢だと思った。


 だから遠慮なく歩き回った。


 その時だった。


 ふと手を前に出すと、青い光が指先からこぼれた。


 驚いていると案内人が言った。


「この世界では眠る者に魔法が宿ります」


 試しに念じると、小さな光の鳥が生まれた。


 鳥は空を一周して消えていく。


 胸が高鳴った。


 子供の頃に夢見た魔法が、本当に使えたのだ。


 その夜は街を見て回るだけで終わった。


 そして宿で眠った。


 次に目を開けると、自分の部屋だった。


 朝日が差し込み、スマートフォンのアラームが鳴っている。


 夢だったのかと思った。


 だが翌晩、眠ると再びあの街に立っていた。


 案内人の声が聞こえる。


「お帰りなさい」


 それから私の生活は二つになった。


 昼は現実世界。


 仕事をして、買い物をして、テレビを見て過ごす。


 夜に眠ると異世界へ行く。


 そこで魔法を学び、人々と交流した。


 エルフの薬師から薬草を教わった。


 獣人のパン屋では焼き立てのパンをご馳走になった。


 無口な魔人の鍛冶師とは、何度も将棋のような遊びをした。


 最初は夢だと思っていたが、彼らには昨日の記憶がある。


 私が来ない夜を心配されることもあった。


 まるで本当に生きている人々だった。


 魔法も少しずつ上達した。


 火を灯し、水を生み、風に乗って短い距離を飛べるようになった。


 だが不思議なことに、異世界で眠ると必ず現実世界で目覚める。


 そして現実で眠ると異世界へ戻る。


 二つの世界は眠りによって繋がっていた。


 そんな生活が一ヶ月続いた。


 私は昼間の仕事中でさえ、異世界のことを考えるようになっていた。


 現実の生活が嫌だったわけではない。


 だが異世界には、自分が必要とされている感覚があった。


 魔法を使える喜びもあった。


 そして何より、友人がいた。


 一ヶ月目の夜。


 案内人が私を街外れの丘へ連れて行った。


 二つの月が並んで浮かんでいる。


 静かな夜だった。


「約束の日です」


 案内人が言った。


「約束?」


「あなたは一ヶ月、この街で過ごしました。選択の資格を得たのです」


 私は黙って続きを待った。


「あなたはどちらの世界で生きますか?」


 風が吹いた。


 草原が波のように揺れる。


「現実の世界に残るなら、今夜が最後です。明日からはこの街へ来られません」


 胸が締め付けられた。


「逆にこちらを選べば、現実世界では二度と目覚めません」


 私は空を見上げた。


 二つの月。


 その下には、出会った人々の暮らす街。


 一方で、現実世界には家族がいて、積み重ねてきた人生がある。


 どちらも本物だった。


「案内人は、どちらを選んだ方がいいと思いますか?」


 そう尋ねると、初めて案内人は少し困ったように笑った気配を見せた。


「私は案内人です。道は示せますが、選ぶことはできません」


 遠くで街の鐘が鳴る。


 静かな夜だった。


「時間です」


 案内人が言う。


 私は目を閉じた。


 二つの世界。


 二つの人生。


 どちらも失いたくないと願いながら。


 そして最後に聞こえたのは、姿の見えない案内人の優しい声だった。


「さあ、あなたはどちらへ帰りますか?」


 その問いに答える前に、私の意識はゆっくりと闇の中へ沈んでいった。

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