ヒロインと双子なんて、聞いてない!
「…今日から、乙女ゲームが始まる。なんとか生き延びなきゃ」
親から名前も与えられなかった私は、1人生きていく道を見つけるためにそう決意していた。
ここが乙女ゲームの世界だと気づいたのは、12歳の時だった。
自分なのに自分じゃないような、うまく人生を生きられている気がしていなかった謎が解けた瞬間だった。
その日は第一王子の誕生日パーティーで、年の近い子息令嬢は全員参加必須だった。
双子の姉のミリセントが熱を出したため、公の場ではじめて影武者をした日だった。
この国では、双子は禁忌だった。
災いを呼ぶとかなんとか、とにかく咎められる存在だった。
そのため出生届を出されたのは姉だけで、私は戸籍もなければ名前も与えられなかった。
ミリセントに何かあった時のためのスペアとして飼い馴らされていたが、姉と同じような扱いを受けたことは一度もなかった。
伯爵家の影部隊の一員として育てられて、ミリセントの成り代わりができるほどの淑女教育も施されたけど、大事にされたことはない。
両親にはいつも煙たがられ、視界に入ってくるなと怒鳴られるばかり。
家の中で唯一私に優しかったのは、姉のミリセントだけだった。
顔はそっくりだったけど、中身は似ていなかった。
この世界には魔法があって、ミリセントは光属性だったけど、私は闇属性でますます影が向いていた。
私には名前がないからと、「じゃあ、アーヤって呼ぶわ!」呼び名をつけてくれたのも、ミリセントだった。
姉の顔をどこかで見たことある気がしていたんだけど、思い出せてはいなかった。
それが、第一王子の顔を見た途端、考えるより先に口から零れていた。
「…うわ、攻略対象者だ」
今、攻略対象者って言ったな!?と混乱したものの、情報が繋がっていく感覚は確かにあった。
このゲームのヒロインは、ミリセントだったんだと気がついたのだ。
デフォルトネームがなかったから、結びつかなかった。
何より、ゲームのミリセントに双子の妹なんていなかった。
だけど、ゲームのヒロインは光属性と闇属性、両方を持ち合わせる特殊な人間だった。
そして、学園卒業と同時に魔法操作がうまくなり、闇属性を消すことができるという設定だった。
それがミリセント1人ではなく、2人だったとしたら、闇属性はもう片方の私のことだ。
ヒロインにそんな裏設定があったなんてと思いながら、王子に挨拶をしてそそくさと影に徹した。
影と同化して、姿を悟られないのが、一番得意な魔法だった。
そして、この第一王子の誕生日パーティーも決め手だった。
王子はこのパーティーでヒロインに一目惚れするのだけれど、学園で再会した時にミリセントに忘れられていたことにショックを受けて、素直にアプローチできなくなるというエピソードがあるのだ。
その一目惚れ相手が、影武者の私だったんだとしたら、辻褄も合ってくる。
つまり、ゲームのヒロインも影武者の『私』を使っていたことになる。
私ってゲームに出てきてないけど、きっと存在したんだろうなぁ…、と妙に納得したのを今でも覚えている。
しかも、元々持っていないはずの闇属性がヒロインから消えるということは、影武者ごといなくなるってことかもしれない。
ミリセントが卒業すると同時に、私の人生終了のお知らせかもしれない。
この世界に未練もなければ、ミリセントがいないと楽しくもないけれど、みすみす死にたいわけでもない。
はてさて、どうしたものか。
「アーヤ、アーヤいないの?」
「…お呼びでしょうか、お嬢様」
天井裏で影部隊の訓練をしている最中にミリセントに呼ばれて、部屋まで降りた。
「もうっ、2人の時はその呼び方やめてって言っているでしょう?」
「…わかった」
「お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「…それで、ミリセントは何か用でもあったの?」
私が名前で呼ぶと、ミリセントは頬を膨らませて、むうっとした。
さすがヒロイン…、かわいい。
「この前の誕生日パーティー、私の代わりに行ってくれたと聞いたの。大丈夫だった?」
「…たぶん、ミリセントになりきれたと思うけど」
「そこじゃない!アーヤは酷い目に遭わなかったのかと聞いているの!」
私の両手を握って、今度こそ怒った顔をした。
…私が存在していること自体、両親はよく思っていない。
使用人以下の扱いを受けることにこれまでは傷ついてきたけれど、ここがゲームだとわかったら、これも仕様かとすんなり飲み込めてしまって、今はそこまでなんとも思っていなかった。
「…会場のご飯、たらふく食べられて満足だった」
「それなら、いいんだけどぉ」
「ミリセントにも見せたかった。城の装飾が豪華で、薔薇だらけだった」
「私も見たかったよ、アーヤのドレス姿」
「あと、第一王子に挨拶したから、次会った時にはじめましてなんて言わないようにしてね」
「…納得いかないけど、わかった」
ミリセントは本当に不服そうな顔で頷いた。
第一王子のことを伝えたから、何かゲームのシナリオに一石を投じられたらいいな。
私たちの関係は歪だ。
ミリセントがいるから、私は生かされている。
ミリセントは私だけ不遇な扱いをされていることに不満があるが、私を庇うと今よりも酷い扱いになるのがわかっているから、余計なことをしたりしない。
『きっと、わかってもらえるよ!』といったヒロインパワーで引っ掻き回したりしない。
私としては、思慮深い姉を持ってよかったなと思っている。
私たちはまだ12歳だ、この現実を打破できるほどの力は持ち得ていない。
「学園に入学したら、王子殿下にお会いするかもね」
ミリセントの何気ない言葉に、乙女ゲームの舞台は学園だったと思い出した。
ミリセントが光と闇、両方の属性持ちだと勘違いされるのならば、私も学園に行く機会がありそうだな。
「…ミリセントに何かあったら、また代わるから任せて」
「それ全然よくないんだけどぉ…」
口を尖らすミリセントに手を握られたままだったから、その手を握り返しておいた。
どのみち、私が表舞台に立つことはない。
戸籍も名前もない人間が生きていく術は、そんなに多くない。
このまま影部隊でもいいけど、それもミリセントがどこかに嫁ぐまでだろう。
嫁ぎ先までついていくのは、現実的に厳しい。
相手に説明できないし、勝手に屋敷に潜むわけにもいかないし、夫の相手を代わってもバレそうだし。
そもそも双子がバレたら、ミリセントだって危ない。
追い出されるだけならまだしも、殺されてもおかしくない。
それは、私だって同じだ。
貴族の子女たちは学園卒業までには、大抵は結婚相手が決まる。
乙女ゲーム的にも、貴族制度的にも、やはり私の退場があるなら卒業のタイミングだろう。
…王家の影になれたりしないかな、いや厳しいか。
命の保証を考えると、他国亡命かな。
だとしたら、この家にいても出来ることが少ない。
学園に通うようになったら、少なくとも家以外で行動できるようになる。
人脈といかずとも、逃げ道くらいは探せるかも。
ミリセントが学園卒業する時、私は他国へ逃げる。
それが無難だろうと、その時の私が決めた未来はそれだった。
無事にミリセントが学園に入学したのを見守り、第一王子には「誕生日パーティーで挨拶させていただきましたと言ったわよ」と教えられて、安堵していたのも束の間──。
「──僕の誕生日パーティーに来たのは、君だね?」
ひとけのない庭で声をかけられたと思ったら、第一王子にそう言われて、思考が停止した。
その日は、両親にドレスを作るから家にいなさいと無理を言われたミリセントの代わりに学園に来ている日だった。
…どうして、わかったの!?
「殿下の仰っている意味が、わかりかねるのですが」
「それは王族を欺いたとして裁かれたいってことかな?それとも、間者なのかな?君ら、2人でこの僕を謀っているのかな?」
「ミ、ミリセントは関係ありませんっ…!」
『2人』と言われた瞬間、ミリセントが危ないと思って、馬鹿正直に答えてしまっていた。
あっ…、と思った頃にはもう遅かった。
冷や汗がさっきから止まらない。
「ほう?向こうの方を庇うのか、面白いね」
「…罰は、私が受けますので、どうかご容赦を」
「では、君の名前はなんと言うんだい?」
「へ…」
「名前だよ、名前。君らは2人で1人を演じているようだが、あちらが本物のミリセント嬢なら君は違うんだろう?」
王子殿下は、なんでもないようにそう訊いてきた。
もっと聞くべきことがありそうなのに、変だなと思いながらも、ここで嘘をつくのは得策じゃないと思って正直に答えた。
「…名前は持っておりません」
「は?」
あからさまに怪訝な顔をされたけど、私が黙っていると苦虫を潰した顔に変わった。
「…双子か」
その低い声は、断罪されているような気分だった。
どうしよう、ミリセントに何かあったら…!
こんなことなら、もっと早く家を出ていればよかった!
「…なるほどな、なんとなく事情は察したよ。1つ確認だが、2人で1人を演じているのは、君たちの意思かな?」
王子殿下は全てを見透かしたように私を見ていた。
私は、静かに首を振った。
私が影武者をやっているのは両親の命令だし、ミリセントが影武者を許しているのは私を庇うためだ。
お互いに、本意ではない。
「そうか、それなら仕方ないな」
「…え」
「貴族が貴族という立場から逃れられないように、双子も双子という立場から逃れられない。それだけだろう?」
王子殿下はそう言うと、なぜか私にハンカチを差し出した。
「…?」
「自分が泣いていることにも気づいていないのか?」
殿下はそのまま私の頬をハンカチで拭った。
それがあまりに自然で、まるでゲームのスチルみたいだった。
…攻略対象者なだけある。
そんなことしか思わなかったけど、ほんの少しだけ肩の荷が下りたような気もした。
「では、僕が昔会ったのは君で間違いないね?」
「…はい」
「そうか、ならいいんだ」
何がいいと言うのだ、こっちは生きた心地がしてないぞ。
「ミリセント嬢に再会した時、彼女じゃないと思ったんだ。でも、あの時はありがとうございましたと言ってくるもんだから、僕は自分がおかしくなったのかと思ったよ」
「…それは、すみませんでした」
「第一、あの日の彼女は、あんなに愛想がよくなかった」
「…それは」
「もっと僕に興味なさそうだったしな」
「………」
「それに、ミリセント嬢の方が、上位貴族の嫁になってやるぞという気概があるぞ」
「…そうですか」
「まあ、それも君のためのようだがな」
「…?」
「では、君に1つ命令しよう」
王子殿下はニヤリと笑うと、私の髪をつまんだ。
「僕の前で、ミリセント嬢として振る舞うのを禁ずる。その代わり、僕は他言しないことを約束しよう」
なんだか乙女ゲームみたいなことが起こっている、と思いながら、新たな歪な関係に戸惑ったのだった。
私がミリセントと入れ替わることはそんなに多くなかったけれど、ミリセントの護衛と偽って家を出る機会は増えた。
そのおかげで、ミリセントが授業を受けている間にバイトして、少しでも蓄えを増やしていた。
一番いいのは、船で出国することだったので、ルートもいくつか目星をつけた。
…あとは、王子殿下に見つからなければなんとかなりそう。
「ミリセント嬢、あなたに似合うと思ったんだ。よかったら、貰ってくれないか?」
久しぶりに代わりをしに行った日、大商会の息子であり、攻略対象者でもある男の子に、溢れんばかりの大粒の宝石を差し出された。
「…っ?」
「その、君が欲しがっていたものとは違うんだけど」
照れたように笑うその人を見て、ミリセントの顔が浮かんでくる。
ミリセントが宝石を欲しがったの…?
お母様が散財しているのを嘆いていたのに?
どういうこと…?
私の知っているミリセントでもないし、ヒロインでもない言動に違和感を覚える。
この乙女ゲームって、悪役令嬢はいなかったよね?
ただ、ヒロインとの恋を育むだけのほのぼの恋愛ものだ。
それなのに、その行動って。
「いいじゃないか、君に似合いそうで。貰っておいたら?」
「で、殿下…!」
「オーラ商会も羽振りがいいようだね」
「おかげさまで、順調にございます」
「ほら、ミリセント嬢の胸に飾ってあげたらいいよ」
「やはり、殿下もそう思われますか!?」
「……………」
私が何も言えないでいるうちに話が進んで、私の手に宝石が収まった。
「…殿下は何かご存じなのですか?」
「なんのことだい?」
「この宝石っ、私に勧めてくるなんて…!」
誰もいないあの庭まで来て、私は殿下に詰め寄った。
こんなこと許されないだろう。
それでも、止まらなかった。
ミリセントが、私に知っているミリセントじゃなくなっていることに動揺して、それどころじゃなかった。
どうせこの国では、双子という存在自体許されていない。
今更だという気持ちが勝ってしまった。
「ミリセント嬢は、何人かの男によく貢がれているというだけだよ」
「は…」
「あそこで断ったら変に思われただろうから、サポートしたまでだよ」
「なんで、ミリセントが、そんなこと…」
いや、ヒロインだから勝手に貢がれているだけ…?
それとも、私の知らないミリセントがいつの間にか大きくなってしまった?
最近だって、別に変わったところはなかったのに。
「まあ、君が他の男から物を貰うのは、面白くないけどね」
もう、よくわからなかった。
これ以上考えたら、嫌な方向に考えてしまいそうで、私は静かに首を振った。
今日はもう帰ろう…。
ミリセントには悪いけど、授業をサボらせてもらおう。
両親に怒られるけど、もういいや。
そう思って、殿下に礼をして校門へと歩いて行った。
「どこへ行くんだい?」
「…帰ります」
「まだ授業があるよ」
そう言って、殿下はあとをついてきたけど、気にする余裕もなかった。
…私がシナリオを変えたのなら、ミリセントだって変わる可能性があったと、なんで気づかなかったんだろう。
こんな時間に他に人もいなく、1人で校門を出ようとした時、手を振ってこちらに向かってくる人が見えた。
「アーヤ〜〜〜!!!」
「…ミリセント!?」
「アーヤ、よかった!すれ違わなくて!」
ミリセントは走ってくるなり、私に抱きついた。
「ミリセント、なんで…。今日はお母様の用事って」
「ああ、用意ができたから抜け出してきたの!」
「なんの、用意…?」
「ああっ!その宝石!商会の子から貰ったの!?」
「え、うん、…そう、さっき」
「よかった〜!受け取っておいてくれたんだね!これで足しになるよ〜!」
ミリセントは嬉しそうに笑うと、また私を抱き締めた。
「じゃあ、アーヤ、行こう!」
「行こうってどこに…」
「他国行きの船がもうすぐ出ちゃうよ!今日はお父様たち出掛けているからチャンスだよ!」
「えっ…?」
ミリセントが何を言っているかわからなくて、ポカンとしてしまう。
「アーヤが国を出ようとしているのは気づいていたよ。そのためにお金を貯めていることも」
ミリセントにも伝えたことなかったのに、どうして…。
「ふふふっ、わかるよ!だってアーヤのお姉さんだもん!」
その笑顔は私の知っている笑顔で、安堵で腰が抜けそうだった。
「でも1人で行こうとしてるんだもん!そんなのなしだからね、私も一緒に行くから!」
「えっっ、ダメだよ!」
「ダメじゃないもーん!ほら、ちゃんとお金もあるしっ」
ミリセントはそう言って、私がさっき貰った宝石を指差した。
「なんかやたらと男の子たちが物をくれるんだよね。だから、お金に換金しやすいものを貰ってきたから、お金もそこそこあるよ?」
ヒロインの力をそこで発揮していたのか…。
いや、そこじゃなくてっ!
「私はどこでも生きていけるけど、ミリセントは貴族の令嬢なんだよ?」
「いやよ、アーヤがいないなんて楽しくないじゃないっ!」
「そ、そんな理由で」
「大事な理由よ。…アーヤならわかってくれるでしょ?だって私たち双子だもの」
そう言われてしまうと、言い返す言葉がなかった。
私だって、ミリセントがいないのはつまらない。
けれど、そんなことのために連れ回していいものなのか…。
「この国ではダメだったけど、双子が許される国があるかもしれないじゃない!そんな世界で、アーヤと一緒に生きていきたいな、私!」
…ああ、こういうところはヒロインなんだ。
そして、やっぱり私の知っているミリセントだった。
「…守りきれなかったら、ごめんね」
「まだ始まってもないから!」
「そうだね」
「君たち、王族を無視して楽しそうだね」
王子殿下の声に、ハッとして振り返った。
「君の名前は、アーヤだったんだね」
「…いいえ、この呼び名は姉がつけてくれたものですので」
「あっ、殿下申し訳ありませんが、かわいい妹は殿下にあげられませんので、諦めてください!」
「…他国に逃げるというのなら、捕まえに行くだけさ」
「うっわ、アーヤに嫌がられますよそれ」
「はははっ、嫌がられるのもまた一興さ」
「…気持ち悪い」
「2人、仲良かったんだね?」
「「仲良くない」」
ハモった声で返ってきて、仲がいいのでは?と思ったけど、ミリセントに手を引かれて走り始めていた。
「さあ!行こう、アーヤ!」
「道中、気をつけるんだぞ!そこの姉妹!」
なんだか悩んでいたのが嘘みたいに、気持ちが軽かった。
どうなるかわからないけど、行こう!
この道しかないし、この道がいい!
「うん、ミリセント!ありがとう!」
了
お読みくださりありがとうございます! 毎日投稿99日目。




