八枚目 正月サウナ事件
お正月、昼のサウナ。
今日は誰もいなかった。
テレビと扇風機の音だけが鳴る。
紅がストーブを見ながら言う。
「葵」
「はい」
「今日は客がいないな」
葵は受付で雑誌をめくりながら答える。
「365日営業してるサウナなんてうちくらいですよ」
「週刊文秋の方は賑わってますけど」
「何かあったのか」
葵は雑誌を指さす。
「人気俳優、中田圭と女優の永野芽芽の不倫疑惑ですよ」
画面には有名な男性俳優の写真と女優の写真が写っていた。
「へぇ」
紅はあまり興味なさそうだった。
そのとき。
カラン。
入口のベルが鳴る。
葵が顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは、帽子とマスクをした男だった。
そしてその後ろから、サングラスの女性。
二人とも周囲を気にしている。
葵は一瞬だけ目を細めた。
「……二名様、ですね」
男は小声で言う。
「個室とかあります?」
葵は首を横に振る。
「うちは普通のサウナです」
男は少し困った顔をした。
だが女性が言う。
「大丈夫よ」
「今日はお正月だし、他に人もいないわよ」
葵はロッカーキーを渡す。
「ごゆっくりどうぞ」
二人が奥へ消える。
葵は少し考えてから、小さくつぶやいた。
「……」
「あの二人、確定ですよね」
紅が言う。
「だがお客様だ、整ってもらう」
サウナ室。
蒸気が静かに広がっている。
紅がロウリュをする。
ジュワァァァァ……
男が大きく息を吐いた。
「……気持ちいい」
女性も目を閉じる。
「最近ずっと疲れてたものね」
男は言う。
「正直、怖いんだ」
「週刊誌とか、世間とか」
女性は少し笑う。
「私もよ」
しばらく沈黙。
蒸気だけが流れる。
紅が熱波を送る。
バサァッ!!
熱が二人を包む。
男が言った。
「……こんな関係」
「もうやめよう」
女性が驚く。
「え?」
男は真剣な顔で続けた。
「こそこそ会うのはやめたい」
「ちゃんとする」
「離婚して」
「正式に結婚しよう」
女性の目が大きくなる。
「本当に?」
男はうなずいた。
「整ったら」
「全部片付ける」
紅は何も言わず、静かに熱波を送った。
バサァッ!!
蒸気が広がる。
二人は目を閉じる。
完全に整っていた。
数時間後。
二人はサウナを出ていった。
葵が見送る。
「ありがとうございました」
扉が閉まる。
カラン。
次の日。
今日も客はほぼおらず、葵は受付の椅子に座っていた。
何気なくテレビを見る。
その瞬間。
「あ」
画面に見覚えのある顔が映っていた。
さっきの男だった。
テロップが流れる。
【人気俳優 正月サウナ不倫】
写真。
サウナの入口。
さっきの二人が並んで歩く姿。
葵は目を丸くした。
「うわ」
「これうちだ」
紅が振り向く。
「何だ」
葵がテレビを指さす。
「昨日のお客さん」
「週刊文秋に撮られてます」
画面には記事。
【正月サウナで密会】
【不倫決定的】
葵は少し黙った。
そして言う。
「せっかく整ってたのに」
紅はストーブに水をかける。
ジュワァァ……
葵が続ける。
「これは世間は許してくれませんね」
テレビでは数日に渡り続報が流れていた。
【正月サウナ不倫 W芸能活動休止】
それから。
その俳優と女優がテレビに出てくることはなかった。
葵はテレビを消す。
そして小さく言った。
「……サウナは」
葵は真顔で言った。
「整っても、週刊誌まではどうにもならないですね」
紅は少しだけ笑った。
そして誰もいないサウナの中に消えていった。
ご意見、感想全て励みになります!




