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七枚目 白蝶

昼下がりのサウナ。

ジュワァァ……とロウリュの音が響き、蒸気がゆっくりと広がっていく。

紅はストーブの温度を確認しながら、静かにタオルを肩にかけた。

その後ろで、受付に立つ葵が言う。

 

「紅さん」

 

「ん」

 

「あの真っ白なご老人さっきから入り口前を往復してます」

 

紅は振り向きもせず答える。

 

「初めてで緊張してるんだろ」

 

葵が少し考えているとその老人は立ち止まった。

 

「あっ」

 

そのとき、その老人がようやく扉に向かってきた。

 

カラン。

 

入口のベルが鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

葵が挨拶をする。

 

その老人を見て、少しだけ目を丸くした。

 

白いサウナハット。

白いタオル。

白い館内着。

白くなった髪の毛。

 

そして、まるで最初からこのサウナに馴染んでいるかのような、静かな佇まい。

 

「ご利用ですか?」

 

「一人」

 

意外にも落ち着いた声だった。

 

「お名前を」

 

「白蝶」

 

葵は一瞬だけ止まった。

なぜなら白蝶というのはBUTTERFLY専属のカリスマ熱波師だったからだ。 


BUTTERFLY会員の中でもVIP中のVIPしかその熱波を味わえなかったという。


20年ほど前までは大会に顔を出しては無敗だった。


今は伝説となり10年も前にはBUTTERFLYも辞めたと聞いている。


「……熱波師、好きなんですね」

 

思わず出た言葉だった。

 

男――老人の白蝶は、わずかに笑った。

 

「よく言われるよ」

 

葵は受付を済ませ、ロッカーキーを渡す。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

老人は軽くうなずき、そのままサウナ室へ向かった。

 

ガチャ。

 

扉が閉まる。

 

紅はその背中を、静かに見ていた。

 

サウナ室。

 

常連客が数人、静かに蒸されている。

 

老人は上段のベンチに腰を下ろした。

 

老人にしては姿勢が整いすぎている。

 

ただ座っているだけなのに、空気が引き締まる。

 

紅が柄杓を持つ。

 

「ロウリュします」

 

水をストーブにかける。

 

ジュワァァァァ……

 

蒸気が立ち上る。

 

紅はタオルを広げる。

 

バサァッ!!

 

熱波がサウナ室を走った。

 

客たちが息を吐く。

 

「くぅ……!」

 

「いい熱だ……」

 

だが。

 

老人だけは動かなかった。

 

もう一度。

 

紅がタオルを振る。

 

バサァッ!!

 

さらに強い熱。

 

その蒸気の中で、老人がゆっくり目を開く。

 

「……いい腕だ」

 

短い一言。

 

紅は静かに言った。

 

「お久しぶりです」

 

白蝶は少しだけ口元を緩めた。

 

「分かるか」

 

「熱の受け方が違う」

 

白蝶は立ち上がる。

 

「ただの客だよ」

 

そのときだった。

 

サウナ室の奥。

 

太った男が落ち着かない様子で座っている。

 

高級時計。

金のネックレス。

サウナハットには「S」の文字。

 

葵が受付からちらっと見て、小さくつぶやいた。

 

「……あの人、たぶんすごくお金持ち」

 

 

その瞬間。

 

ドン!!

 

サウナ室の扉が乱暴に開いた。

 

黒服の男たちが入ってくる。

 

五人。

 

鋭い目。

 

一人が言った。

 

「いたぞ」

 

「ストーン・マスク」

 

金持ちの男が震える。

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

空気が変わった。

 

紅がゆっくり立ち上がる。

 

白蝶も同時に立つ。

 

暗殺者が言う。

 

「関係ない奴はどけ」

 

紅はタオルを肩にかけた。

 

「ここはサウナだ」

 

「客に刃物を向ける場所じゃない」

 

白蝶が静かに続ける。

 

「同意見だ」

 

暗殺者がナイフを構える。

 

「なら一緒に消えてもらう」

 

次の瞬間。

 

男たちが飛び込んできた。

 

紅が踏み込む。

 

ドン!!

 

一撃。

 

最初の男が床に倒れる。

 

同時に。

 

白蝶が回し蹴りを放つ。

 

ドゴッ!!

 

二人目が壁に叩きつけられる。

 

蒸気の中で、二人の動きだけが鋭く走る。

 

三人目がナイフを振るう。

 

白蝶がタオルを払う。

 

視界が一瞬遮られる。

 

その隙に。

 

紅の拳が男の腹に突き刺さる。

 

男が崩れ落ちる。

 

残り二人。

 

紅と白蝶が同時に踏み込んだ。

 

一瞬。

 

それだけで終わった。

 

数秒後。

 

暗殺者たちは全員、床に転がっていた。

 

サウナ室が静かになる。

 

白蝶はタオルを整えた。

 

「悪くない」

 

紅が言う。

 

「あなたの方も相変わらず」

 

奥で震えていたストーン・マスクが言う。

 

「た、助かった……!」

 

そのとき。

 

入口から葵が顔を出した。

 

状況を見て、一言だけ言う。

 

「……」

 

「あの人本物だ…!」

 

紅はロウリュの水をストーブにかける。

 

ジュワァァ……

 

白蝶は扉へ向かう。


葵にはその背中が老人のものとは思えなかった。


去り際、振り向かずに言った。


「また来る」


扉が閉まる。

 

カラン。

 

ベルの音が静かに響いた。

 

紅がその後ろ姿を見送る。

 

「紅さん」

 

「あの老人が本物の…」

 

紅は蒸気を見ながら言った。

 

「白蝶」

 

サウナの熱が、ゆっくりと広がっていった。

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