五枚目 サウナ道
昼のサウナ「赫炎」。
店内はいつも通り静かだった。
受付に立つ葵が、タオルを畳んでいる。
その時。
入口のドアが開いた。
スーツ姿の男が三人。
葵は顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
男は名刺を差し出した。
そこに書かれていた名前。
BUTTERFLY•スパリゾート株式会社
葵の目が少しだけ細くなる。
男は笑った。
「我々は世界最大のサウナ企業です」
「サウナ、温泉、スパ施設」
「現在、世界三百店舗」
男は店内を見回す。
「狭い、備品も古いものばかり」
「でもここ、アメリカ大統領もこの前極秘で来たとか」
葵が少し表情を変えた。
「我々がサウナで知らないことはありません」
「我々の傘下に入れば店舗拡張、設備も最新式、広大なネットワークもできる」
葵は黙る。
「このサウナを買収したい」
「金額は言い値でいい」
葵は即答した。
「お断りします」
男が少し眉を動かす。
「店主に相談する必要もないと」
葵は首を振る。
「必要ありません」
はっきりとした声。
「ここは売りません」
沈黙。
男は小さく笑った。
「……そうですか」
そして言った。
「では」
「別の方法で出直します」
男たちは店を出ていった。
数時間後。
再び入口が開く。
今度は
タオルを肩にかけた男たち。
筋肉質。
鋭い目。
全部で四人。
葵が言う。
「お客さん、ではないようですね」
男の一人が言う。
「俺たちは」
「BUTTERFLY専属熱波師だ」
店内がざわつく。
常連客の一人が呟く。
「プロ熱波師か……」
男が言う。
「店主の紅ってやつを呼べ」
サウナ室のドアが開いた。
蒸気の中から
タオル一枚の男が出てくる。
紅
男たちが笑う。
「お前か」
「面白い噂聞いてるぜ」
紅は短く言う。
「何しに来た」
男は答える。
「サ道」
客たちがざわめく。
サウナ道。
熱波師同士が
客の評価で勝負する
サウナ界の決闘だ。
男が言う。
「俺たちが勝ったら」
「この店はBUTTERFLYが買収する」
葵が言う。
「お断りします」
男が笑う。
「負けると思ってるのか?」
紅が言った。
「問題ない、受けてやる」
葵が紅を見る。
紅は続ける。
「お前らが負けたら」
「ここのサウナ通達が黙ってない」
常連たちが笑いながら言う。
「この噂、他業界にも広めてやるよ」
「俺、良い記者知ってるぜぇ」
勝負が始まった。
まずBUTTERFLYの熱波師。
ジュワァァァァッ!!
派手なロウリュ。
タオルを高速で振る。
客が頷く。
「悪くない、連携も取れてる」
「だが」
次。
紅。
柄杓で水を落とす。
ジュワァァァァッ!!
蒸気が膨れ上がる。
紅がタオルを構える。
静寂。
そして——
バシィィィィッ!!
空気が爆発した。
客たちが声を上げる。
「うおっ!!」
もう一度。
バシィィッ!!
熱波が体を貫く。
常連客が笑う。
「これだよ」
「日本一の熱波だ」
結果。
満場一致。
紅の勝ち。
BUTTERFLYの熱波師たちが顔を歪める。
その中の一人が叫んだ。
「ふざけるな!!」
「こんなの客が贔屓してるに決まってる!」
男が拳を握る。
「もう一回だ!」
紅は首を振る。
「お前も感じただろ、終わりだ」
男がタオルを掴もうとする。
その瞬間。
バシィッ!!
紅のタオルが腕に絡む。
グイッ。
男の体が回転する。
ドン!!
床に叩きつけられた。
男が立ち上がる。
もう一度突っ込む。
ドン!!
腹に膝。
男が崩れる。
紅は冷静だった。
数秒後。
BUTTERFLYの熱波師は
床に転がっていた。
サウナから出てきた熱波師達に葵が静かに言う。
「どうぞお引き取りください」
他の熱波師たちは黙る。
倒れた男を抱え
店を出ていった。
去り際に言う。
「覚えてろ」
「BUTTERFLYは」
「諦めない」
静寂。
扇風機の風を浴びながら常連客が笑う。
「また厄介なのに目つけられたな」
紅はタオルを肩にかけ、灼熱の中に戻っていった。
「ロウリュ、いきます」
ジュワァァァァッ!!
蒸気が広がる。
葵が小さく呟いた。
「……また、来るだろうな」
葵が外を見る。
黒い車が遠ざかっていく。
その車の中。
スーツの男がスマホを耳に当てていた。
「報告します」
「赫炎の熱波師は——」
一瞬、言葉を止める。
「噂以上です」
電話の向こうから声が返る。
低い声。
「そうか」
「なら——」
「奴を送ろう」
車の窓に映る男の目は
静かに笑っていた。
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