ハイプ・チョコレート
「レキくんお願い! チョコレート・マーケットに行ってきて!」
みるからに豪華なお屋敷で、みるからに良い生地使ってそうなフリルブラウスを来た少女が頭を下げる。己の身長の倍近くある男性を呼び止めて。
「いいですけど……何が欲しいんですか、フィノリカお嬢様」
レキと呼ばれた男性は、ポケットの中の車のキーを手探りで確かめながら言った。
印字されたナンバーはC0141。彼がアメリーシュ家から貸与され、自由に運転することを許可されている車だ。
フィノリカ・アメリーシュは丸い端末の画面をレキの眼前に掲げて言った。
「これ! これを手に入れて欲しいの。仲良くしたい人と一緒に食べるといいっていわれてて……」
画面の中には確かにそんなような謳い文句と、カラフルな6個入りのチョコレートの画像が映し出されている。
「フィノ、最近知り合って、すっごく仲良くなりたい子がいるんだ」
「なるほど、いいですねえ」
レキは雇い主の娘に無難に返事をした。レキ個人の意見としては、口実として一緒に食べるのなら別にこのチョコじゃなくても何でも良くね? というものであったが、それを幼い少女にそのままぶつけるのは流石に憚られた。
そして快く頷く。今日はわりと暇だし、外出は好きだ。マーケットまでお使いに行って賃金が貰えるのなら気楽だ。
「わかりました。このチョコを一緒に食べたい相手がいるんですね」
「赤い癖毛がかわいくて、きれいな青い瞳で、すごく元気な女の子なんだよ」
フィノリカが楽しそうに笑う。レキは車のキーを取り出して、手の中で弄びながら告げる。
「俺はお嬢様に協力しますよ。欲しいもの、買ってくるんでお利口にお留守番しててください」
「ありがとうレキくん! レキくんがフィノのえすぴーでよかった!」
SPなんて大層なモンじゃなく、ただのチンピラ上がりの便利屋ですけどね、と心の中だけで呟く。
一応、仕事中はこの箱入りお嬢様の可愛らしい夢を壊さないように、いい感じの仕事人でいたいと思っている。
「レキくんも、フィノからのチョコが欲しかったら好きなの買ってきていいよ」
「フィノリカ様はノブレスオブリージュの精神に溢れてますね」
「それっていいこと?」
「優しいねって意味です」
「やったあ!」
大きく手を振って見送ってくれるお嬢様に軽く手を振り返し、レキは車を発進させた。
車内で流れる音楽は、お屋敷のミュージックルームから借りたレトロなコレクション。
鼻歌を歌いながらだだっ広い道路を走っていれば、あっという間にショッピングエリアに辿り着く。
「思ったより人多いな。だる」
人混みの中、素の呟きが漏れる。目的のマーケットはエリア内の巨大な公園を取り囲む形で露店を展開していた。
有名ショコラティエの店、最近バズったキャラクターとコラボした店、他にも店、店、店。
順番に眺めながら、お嬢様のお目当てを探す。
あった、とレキは一台のキッチンカーの前で足を止める。
先客がいる。一人の男性が小銭を出して、チョコレートを受け取っていた。
画面で見たのと同じチョコレートのパッケージで間違いない。
男の後ろに並ぼうとすると、店員と目が合ってすまなそうに声をかけられた。
「申し訳ありません。たったいま完売しまして」
「完売? 一つも残ってないんですか」
「恐れ入りますが……」
レキは店員と、お釣りを待っている男を交互に見た。
「なら、この人に売ったものを売ってください。俺は倍の金額を出すので」
「え、そ、それは」
「十倍だっていいですけど」
「十倍!?」
このくらいの金額なら十倍になっても、あの家にとっては誤差の範囲だ。
お嬢様が欲しいと俺に頭まで下げて頼んだものだ。無いなら仕方ないですねと諦める気にはなれなかった。
「それなら、こちらのお客様にお譲りを……」
「ハァ!? ふざけてんのか!?」
コロリと態度を変えた店員に対し、チョコレートを手にした男が怒鳴り散らす。
ヒイと情けない声を上げる店員。さらに男はレキの肩に掴みかかり、無理やり視線を合わせて睨みを利かせた。
「テメエもだよ、金を出すのがそんなに偉いのか舐めてんじゃねーぞ」
「偉いとかじゃなく必要だからやってんですけど」
「俺だって必要だから買ってんだし、先に買ったんだから俺のモンだろ」
「ああ、なら、あなたに払ったらいいですか」
そう言った瞬間、強い力で両肩を掴まれる。目の前に火花が走ってふらつく。
頭突きをされた、と理解した瞬間一気に頭に血が昇る。
「痛っってえ! いきなり何すんだ言葉って知らねーのか?」
「その言葉が通じなさそうだったから仕方ねえだろうが? 俺が必要で買ったって言ってんだよ! それをテメエが手にして当然みたいな態度が気に食わねんだわ!」
「こっちが金出すことの何がそんな気に食わねーんだよ!」
「はー!? ガチで言ってんなら救えねえわ」
レキは驚いていた。まさか金を得られる機会を断る人間がいるとは思いもしなかった。
ここは金で何でも解決出来る街。
今までそんなこと、言われたことなんてなかった。
「そんなに欲しかったら奪い取ってみろよ、それなら対等に乗ってやる」
男が言う。こうなれば後は意地だった。
チョコレートは俺のものだという意思表示で、店員へと、提示した金額以上の紙幣を叩き付ける。
店員は歓声を上げて紙幣を拾い集めると、あっという間にキッチンカーで走り去ってしまった。ほら、金が手に入ればフツーはこうだ。
「え、なにケンカ?」
「迫力えぐ!」
「店員さーん! 酒に合うチョコくれ!」
二人が騒いでいたためか、周りに人が野次馬の距離を保ちつつ集まってくる。
「観衆が多いとテンション上がるわあ」
「あーわかる。見てる人がいると、負けた方がより情けなくなっていいよな」
「情けない姿晒すの好き? ドマゾじゃん」
「は? 俺が負ける前提で話してねーんだわ」
バチバチに睨み合いながら、レキは荷物の中のスタンガンを手元に手繰り寄せる。
「何をゴソゴソやってんだよ!」
男が一気に間合いを詰め、レキに掴みかかろうとする。また頭突きの一撃を喰らうのはごめんだ。
スタンガンを引きずり出し、安全スイッチを解除し作動させる。バチバチ、と放電の音と光が轟いた。
「くだらねえオモチャ使ってんじゃねえ!」
一発、放電で威嚇してやれば怯む……といった相手ではなかった。男はスタンガンの存在を意に介さず、レキの腕を捻り上げる。
雷撃が届く前に、スタンガンは手を離れて地面を転がる、しかし同時にレキは片足を高く蹴り上げていた。
レキの踵が男の顎にクリーンヒットする。
スタンガンは極力傷つけない配慮だばーか。そんな煽りが口から零れる。
「ねーこっちのエリアきて! ドカメロ男が戦ってる!」
「片方、爆環連合のイオリじゃね?」
周囲の野次馬は買い物そっちのけで、二人の戦いを娯楽として消費している。
レキの追撃の拳は男によって止められた。そのまま勢いを受け流されて、公園の土の上に投げ飛ばされる。
咄嗟に受け身を取って体勢を立て直す間に、男の反撃が迫る。振り上げられた拳をどういなそうか、脳がフル回転し――、
「イオリ兄ぃ!? なにやってんの!?」
闖入してきた少女の呆れ声で中断となった。
「たしかにあたしチョコ欲しいとは言ったけど! 喧嘩してまで欲しいなんて頼んでないし!」
「す、すまんヤコウ……その通りだな……」
「兄ぃがそうやってすぐ暴れるから、妹のあたしまで変な目で見られんじゃん!」
どうやら男は家族のご機嫌を損ねてしまったらしく、言われるがまま謝っていた。
それを見てレキの剣呑な気持ちもどこか霧散していく。
「もー最悪なんだけど。これ広まってあの子にも知られたら」
「あの子……ヤコウがチョコレートを一緒に食べたい子か!」
「デカい声で言うな! そーだよ! フィノちゃんには嫌われたくないの!」
フィノ……?
レキの頭の中でひとつの可能性が繋がる。
『赤い癖毛がかわいくて、きれいな青い瞳で、すごく元気な女の子』
あー……この子か……。
「あの……」
「ああ!? まだ何か用か!?」
「な、何ですか?」
レキが声をかけると、イオリとヤコウの兄妹はそれぞれ警戒の目で彼を見る。
「俺にチョコを買ってきてほしいって言った依頼主。フィノリカっていうんですけど」
「え……え?」
その名を聞いた瞬間、ヤコウの瞳が困惑と高揚に泳ぐ。
「あなたとチョコレートを食べたがっていました」
ボッと音が出るような勢いで、ヤコウの顔が真っ赤に染まる。それを見てイオリは状況を把握出来ていないのか、「どういうことだ?」とレキとヤコウを交互に見ている。
レキは説明が面倒になって、ついてくればわかると車のキーを取り出した。
それから数日後。
「レキくん、ありがとう! おかげでヤコちゃんともーっと仲良くなれちゃった!」
「よかったです、お嬢様」
フィノリカは上機嫌だった。みるからに高そうなワンピースにあしらわれたビジューがキラキラと輝く。
「それでね、レキくん。フィノいいこと思いついたの」
「なんですか?」
レキは少しだけ身構える。フィノリカは純粋な少女で、大事な依頼主の娘だが、純粋という未知からは時に何が飛び出して来るかわからないからだ。
「ヤコちゃん、お兄さんの喧嘩に困ってたみたいだから、フィノも力になりたくて」
「はい」
「お兄さんがやってる暴走族、壊滅させちゃった」
「お嬢様?」
「それでね、お兄さんのことはここで雇おうと思って」
「お嬢様」
「パパとママもOKだって」
「お嬢様!!」
言いたいことはたくさんあるがどれも依頼主の娘に掛けていい言葉ではなくて、一生懸命に理性で抑えつけた結果、そんな反応しか出来なくなる。
「ここで働くんですか? この家で?」
「うん。新しいえすぴーだよ」
え? いや、あいつの喧嘩を無くしたいんでしょ? じゃあそれ無理だよ。
結局、勝負は有耶無耶になってるし。
俺が喧嘩売らない自信ないもん、とレキは心の内だけで呟いた。
「レキくん、同僚が出来るね。これからもっと楽しくなるよ」
無邪気に笑うフィノリカに、レキも愛想よく笑顔を作った。




