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わたしのはなし③
私は変わった。
あの人に出会ってから。
周囲から見れば、相変わらず暗かっただろう。
口数も少ないし、表情も乏しい。急に笑い出すこともない。
でも、それは外側の話だ。
私の世界は、確実に色づいていた。
呼吸のたびに意味が生まれて、明日を想像できるようになった。
恋だった。
疑いようもない。
ただ、どうすればいいのかがわからなかった。
近づき方も、触れ方も、好意の示し方も。
教えてくれる人はいなかった。
参考書も、正解例もない。
あるのは、噂と、願望と、根拠のない体験談だけ。
だから私は、呪文にすがった。
理屈じゃない。信じるしかないものに。
バレンタインが近づいたある日、
私はそのおまじないを実行した。
髪でも、爪でも、涙でもない。
そんな生ぬるいものじゃ足りなかった。
もっと“効きそうなもの”。
もっと、私そのものに近いもの。
剃刀が左手首を走る。
慣れた痛み。ためらいはない。
滴る赤を、ほんの少し。
ほんの少しでいい。意味があれば。
「あなたが、私を好きになりますように」
声に出して、確かめるように言った。
それから、チョコレートに、それを混ぜた。
罪悪感はなかった。
これは傷つける行為じゃない。
私は、ただ、
欲しいものを取りに行っただけだ。




