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ゴミ袋に詰めた恋  作者: 田中
第四章 転落と愛憎
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第一九話 真実の告白

「はー、良かった。びっくりさせないでよ、口に合わないのかと思って不安だったでしょ」


「そんなわけねぇだろ。今までこんな美味いモン食ってたノアが憎くなるくらい、美味い」


 話している最中も手を止めること無く食べ進めている、見た目と違いよく食べているイニャーツィオの姿に、クリスティンは笑みを零す。

 そして、彼の口から出た“ノア”の名前に、クリスティンはイニャーツィオへ自分の犯行の総てを話し始めた。


「イニャーツィオ、君に、聞いてほしいことがあるんだ」


 ロメインレタスをフォークで纏めながら、クリスティンはイニャーツィオの方へ視線を向ける。

 イニャーツィオは口の中のものを片付けるように、ミネラルウォーターの入ったグラスを呷って嚥下した。


「どうした?」


「これは、イニャーツィオ・カザマにしか話さないつもりだから、よく聞いてほしい」


 話しながらイニャーツィオの手が止まってしまわないように、クリスティン自ら食事を続ける。

 言葉の合間に一度食事を挟むそのリズムが、話の深刻な雰囲気を緩和しているようだった。


「ジェラルド、フラッシング地区の四件のカップル銃殺事件とトラッシュバッグキラーの四件のバラバラ殺人……これは全部、私の犯行だよ」


「……! トラッシュバッグキラーは知ってたけど銃殺事件もやっぱお前が……」


 頷きながらも、構わず食べる手を止めないクリスティンに合わせてイニャーツィオもフォークを口に運ぶ。

 イニャーツィオの推理考察は間違っていなかった。

 あれほどノアにより別件扱いをされていた二つの連続事件は、やはりイニャーツィオの読み通り、クリスティンという一人の人間がサイコパスとして産声を上げたものだったのだ。

 クリスティンは、更に続ける。


「ノアがカミラ……今のノアのパートナーの名前なんだけど。その子とクイーンズのパーティーで仲良さそうにキスとかハグをしてたのを見て、私はノアに詰め寄ったんだよ。どうしてか分からなかったから。でも、ちゃんとした答えはもらえなかった。そのままノアはカミラと一緒に行っちゃったんだ。

 そこで、私は捨てられたんだって気付けば良かったのにね。……でも、その時の私は、気付けなかった」


 相槌や言葉を挟まない代わりに、イニャーツィオはクリスティンの持つグラスへミネラルウォーターを注いで、話の続きを待つ。

 あと数枚のグリーンリーフとプチトマトが残る皿の上で、野菜を纏めてフォークで突き刺し、クリスティンはそれを口の中へと運ぶ。

 視線はイニャーツィオに向いたまま、彼女は今までに類を見ないほどに穏やかな表情を浮かべている。


「二度と戻って来ないって分かってるノアを馬鹿みたいに信じて、ノアをカミラに会わせたくないために、私は事件を起こしたの。

 それが、ジェラルドの二件の銃殺事件。三件目、四件目のフラッシング地区での銃殺事件も、同じノアの銃を使った。ノアが、私のために置いて行ってくれた四四口径の銃で」


 自分にしか話さないつもりだと言うクリスティンの話の内容が、最初こそクリスティン自身の心情や動機だったものから、ここへ来てクリスティン自身の犯行動機の自供へと変化していた。

 イニャーツィオは、自分といるときにはなるべく事件のことを話題にするつもりは無かったし、しないように努めているつもりだった。


 しかしクリスティンから自供を始められればイニャーツィオも努めようが無い。

 一瞬、クリスティンの自供を止めようとも思ったがクリスティンがイニャーツィオに前置きをした「イニャーツィオ・カザマにしか話さない」という言葉と、迫りくるノアの捜査の手への懸念や不安が、イニャーツィオの煩悶を呼び起こし、そのまま聞き続けることを選択させた。


 もう、クリスティンもイニャーツィオも、食事をする気にはなれなかった。

 ほとんど食べ終えた状態のイニャーツィオは、テーブルの上へ置かれたクリスティンの手に触れ、その指先を力強く握り締める。

 それに反応したクリスティンも、彼の指をしっかりと握り返す。

 緊張をしているのだろう、白く変色した指先は血が通っていないかのように冷たかった。

 二人の間に僅かな笑みが生まれる。


「銃殺事件を起こして暫くした後、ノアとカミラが夜のレストランで食事をしてるところに出くわしたんだ。

 銃殺事件程度じゃ、ノアのことを仕事に縛り付けられないって気付いた私は、もっと手の込んだ事件を起こしてやろうと思って、今度はあのトラッシュバッグキラーの……バラバラ殺人事件を起こした。……マチューテでターゲットを殴った後、自宅にあった水圧カッターでバラバラにしたんだ。

 一件目のバラバラ殺人の工程の後に、あの四四口径の銃も水圧カッターで壊してゴミに出しちゃったから、多分証拠品は見つからないと思う。

 ……マチューテも水圧カッターも、全部自宅に残されてたノアのものだった。

 あの時の私は、ほとんど狂ってたと思うんだ。そんな中で、ノアにも私の苦しみを背負わせようとしてたんだと思う。……ノアの持ち物で人を殺した動機は、それしか思い浮かばないよ」


「ああ、分かった。もう十分だ。……話してくれてサンキュ」


 犯行の自供は、等しくクリスティンの胸に負った傷を掘り起こすことになる。

 圭介はきりの良い、丁度いま、この時分でクリスティンの話を止めてやりたかった。


 食べ終えた夕食の皿をキッチンへ運ぼうと立ち上がったイニャーツィオの手を、クリスティンが取り首を横に振って止める。

 まだ終わっていない。そういうことだろう。

 宥めようとイニャーツィオが口を開くより先に、クリスティンが口を開く。


「一番大事なとこが終わってないよ」


「……?」


「そうやって、同じように四件のバラバラ殺人を犯した私は、ナッツォに捕まって、やっと目を覚ますことができたんだ。私を殺人に駆り立ててたもの全部、君が断ち切ってくれた。

 絶望を安心に、ナッツォが変えてくれたんだ」


 話しながらクリスティンは席を立ち、イニャーツィオの前へ歩み寄る。

 イニャーツィオもクリスティンを見つめたまま少しずつ身を寄せ、その形の良い輪郭へ手を添えた。


「ナッツォは、抜け殻だった私に愛を与えてくれた。愛されるってことがこんなに幸せなんだって思い出させてくれた。だから、私はいま、世界で一番幸せなんだよ」


 幸せだという一言で末尾を締めたクリスティンに、イニャーツィオは彼女の体を強く、強く抱き締めた。


 こんなにも愛しい。

 愛さなくても良い。


 確かにイニャーツィオはそう言った。

 ただ自分がクリスティンを一方的に愛しているだけで構わなかった。

 確かに、そう思っていた。


 想いを伝え、彼女が自分の想いを知っているだけで十分だった。

 十分だと、思っていた。

 それがどうだろう。

 クリスティンはイニャーツィオのストイックなまでの心情を、ものの二、三言で崩壊させてしまった。


 クリスティンもまた、イニャーツィオへ惹かれ、そして彼を愛した証拠であった。

 イニャーツィオの背中へ腕を回し、しっかりとそのしっかりとした体躯を抱き締め彼を受け入れたクリスティンは、一度軽く体を離した後、先ほどはいなされてしまった口づけを再度送る。

 イニャーツィオはクリスティンの顎を掬い、そのまま熱烈なキスの応酬を行った。


 “明日”すら共に過ごすことができるかも分からない危うい二人にとって、唇を重ねることは特別であり、何よりも神聖なもののようにも思えたのだ。

 その晩、何度も軽く深く、唇からぬくもりを分け合った二人は、それ以上を望むことなく手を繋ぎ、ゆっくりと眠った。


 何にも邪魔をされること無く。

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