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ゴミ袋に詰めた恋  作者: 田中
第四章 転落と愛憎
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第一四話 スーの誇り、エドワードの激怒

 スーは体調を崩していた。

 それというのも、全てはあのゴミ袋に詰められたバラバラ死体のせいだった。


 クリスティンが作り出した一体目のバラバラ死体を検死していた際、そのあまりの損壊具合に堪らず嘔吐したのだ。

 それでやめておけば良いものを、スーは死体と向き合う責任感から、気分を悪くし真っ青な顔色のまま検死をやり遂げたのだ。


 スーは免許を持っているとは言え、専属のADDでは無い。

 そのため、今まで特殊損壊の遺体を相手にしたことが無かった。それがいきなりのバラバラ死体である。

 人間を人間とも思っていないまでの損壊具合に体調を崩してしまうのも、無理の無いことだった。


「スー、いるか? 話してぇことがあるんだけど」


 イニャーツィオがフィッツジェラルドに着いた頃、スーは丁度休憩を取っているところだったため、オフィスには代わりにエドワードが座っていた。

 スーへの謁見を、既視感のあるゴミ袋を台車に乗せて引きずりながら頼むイニャーツィオを、エドワードは見るからに怒りの表情を含んで見返す。


「スーならまだ寝てる。……そのゴミ袋、また例のバラバラ死体か?」


 エドワードの刺々しい様子に違和感を抱きつつも、イニャーツィオは首肯する。

 それと同時に、エドワードが座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、その細く目尻の上がったアジアン系の目を更に吊り上げてイニャーツィオを睨み付ける。

 中国系アメリカ人のエドワードの怒髪天を突くほどの怒りは、イニャーツィオから見ても凄まじいものだった。


「いい加減にしろよ、スーは専属ADDじゃねぇなんてこと知ってんだろ!? こないだのバラバラ死体のせいで、スーは体調崩してんだよ。それでも検死してんだ。どこの科学捜査班が吐いてまで解剖やるんだよ!? カザマには悪ぃけど、オレはこれ以上スーにあんなモン見せたくねぇ。アイツの弟だって、同じ気持ちだ」


 エドワードの口から聞かされたスーの懊悩に、圭介は驚愕する。

 迅速かつ的確、その上新たな捜査の切り口を見出すスーの検死結果はいつも素晴らしいもので、それ故にADDのライセンスを持つスーに甘えてしまっていた自分を恥じる。


 彼女はあくまでもAMSDであり、本来は精神科医だったのだ。

 慣れず、疎ましささえ感じる解剖を無理矢理に頼んでいながらバラバラ殺人という極めて稀な検体を、何の配慮もせず彼女一人に負担させてしまっていたのだ。

 イニャーツィオは自身の配慮の無さを自身で叱咤する。


 しかし、今回運び込んだ死体は本部には上がっていないものである。

 前回の死体と照らし合わせて、手口やどのような手法でこの死体を作り上げたのかをイニャーツィオは知る必要があった。

 懸想する相手が、いままでの連続殺人犯と同一なのか、それとも違うのか。

 今回が初犯なのか、そうではないのか。

 恋心を抱いた相手だからという理由だけで無く、刑事としてそれを知らなければならなかった。


 クリスティンを逮捕する前に、彼女の踏んだ犯罪の悪路をきちんと把握し、そのうえでクリスティン本人と照合し、彼女の同意のもとで罪を償わせてやりたい。

 惚れた弱みにしてはずいぶんと譲歩しすぎており、いくつか法を踏み倒しかねないやり方ではあるものの、イニャーツィオはそれらを段階しなければ、あれほどに痛々しく傷ついたクリスティンを牢屋へとぶち込むことなどできなかった。


 昔よりは犯罪者に対しての人権もマシにはなったとは言え、未だに犯罪者には人権など存在しないといった過激派もいるのだ。

 せめて何か、彼の心を守るための言い訳を自分が知っておきたかった。

 スーと彼女を思いやるエドワードに頭を下げても足りないほどの苦労を強いることに胸中締め付けられる痛みを覚えながらもイニャーツィオは食い下がった。


「スーに負担掛けてんのは、オレの配慮ミスだ。すまない。でも、スーじゃねぇと絶対に見つけられねぇ手がかりがあるんだ。憎まれても仕方ねぇけど、それでもスーに検死を頼みたい」


「はぁ? オマエ、話聞いてんのか? 英語通じねぇなら日本語で話してやろうか? それとも殺人課の人間は全員言葉が通じねぇゴリラにでもなったかよ。

 スーに、そのゴミの検死させてぇんだろうからオレから断っとくが、あの人は、刑事課の都合良い道具じゃねぇぞ!」


 とにかく無理だとエドワードから断られ、イニャーツィオはオフィスの外へとたたき出される。

 ゴミ袋と共に廊下へ立ち尽くす自身の姿を客観的に見たイニャーツィオは、どうにも滑稽に思えて仕方なかった。

 イニャーツィオは自嘲にも似た笑みを浮かべながら「困った」と呟いた。


 ゴミ袋を乗せた台車へ手をかけ、そのまま一度廊下から去ろうと歩き出した時、スーのオフィスとは反対側にある仮眠室のドアが開いた。

 中から人影が覗いたため、イニャーツィオは台車を押す手を止める。

 そこにいたのは、スーだった。


「ナッツォ君、前回の検死解剖結果を渡しとくね。それから……その台車の上のご遺体も預かるよ」


「……聞いてたのかよ」


「ふふ、聞いてたも何も……エディ、声おっきいから起きちゃった。ADDは確かに専属じゃないけど、それでも私はライセンスを持ってるから。ライセンスがある限り無念のご遺体が目の前にあるのに職務放棄はできないでしょ?」


 そこで一度言葉を切って、イニャーツィオへ検死結果を入れたクリアファイルを渡し、それと交換に台車を受け取る。

 スーの白衣には皴一つ無い。

 しかし、彼女の白衣に取り付けられたフルネームが書かれた金属製のネームプレートが僅かに曲がっていることに、彼女の愛嬌が感じられた。


「……エディはね、悪い子じゃないの。さっきのことも、私を過剰に思いやってくれた結果のことだから。……難しいかもしれないけど、悪く思わないであげてくれると嬉しいな」


 少し遠慮がちに、こちらもエドワードのことを思いやり気に掛けるスーに、イニャーツィオはしっかりと首肯する。


「いい部下を持ったな、お前。むしろ安心した」


 イニャーツィオは、スーがすぐに始めてくれた今回分のバラバラ死体の検死にそのまま立ち合いながら前回の報告書へも目を通す。


 スーの根性には負けたとお手上げ状態のエドワードも、今回はスーとイニャーツィオ双方の権限で特別に検死を手伝っている。

 前回、前々回の報告書には、遺体の血液量が極めて少量であること、切断面があまりにも整いすぎていること、ミックス状に攪拌された内臓類に血液と混じって多量の水が検出されていることの三点が大きく取り上げられていた。

 ちょうどイニャーツィオがその部分に目を通していたところに、スーの声が掛かる。


「ナッツォ君、今回のご遺体も前回と同様に切断面が綺麗に整ってるみたい。見たところ、人間の力で切断したのじゃないみたい」


「チェーンソウか?」


「ううん。チェーンソウだったら切断した時、肌に独特の裂傷痕が付くから……こんなに肌も骨もまっすぐ切断するのは不可能だよ」


 解剖を進める二人の元へ報告書の確認を終えたイニャーツィオも近づく。

 見ればなるほど、確かに切断面はどの部位も整っている。摩擦の痕跡は見受けられなかった。


「ご遺体の水分量はともかく、血液量も前回とほとんど同じだね。……いくら切断遺体だって言ってもこの量は少なすぎる。まるで血抜きでもしたか、……流し出されでもしたみたい」


 マスクを押さえ懸命に吐き気を堪えながら分析しているスーへ、レバー状と化した内臓類の機械分析をかけていたエドワードが声を掛ける。


「こっちも前回と同じく。不純物が混じってるな……水道水か何かだと思う。とにかく人体が保有してる物質じゃない」


 スーとエドワードの口から何とは無しに出たキーワードである、“流し出されたような”、“血液量”そして“水道水のような不純物”、更に“整った切断面”それらにパズルのピースが嵌まっていく。


 圭介はエドワードの肩を掴む。


「それだ! 水圧カッターだ!」


 二件分の検死解剖報告書を手にフィッツジェラルドを出たのが午後四時丁度。

 気付けば、かなり長い時間、スーとエドワードの両者と共に手がかりを集めていたらしい。

 デトロイト分署へ向かう道中、イニャーツィオはスーが遺体の出所やいつ事件が起こったのかという詳細についてを一切聞いてこなかったことに対して感謝していた。


 通常ADDへ解剖依頼をする際には担当部署による然るべき書類が必要となる。

 何も手続きを踏まず、ほぼ飛び込みで持ち込んだ遺体を詮索なしで引き受けてくれる者などスー以外に存在しない。


 そして、スーも信頼しているイニャーツィオだからこそ引き受けた物であり、他の者からの依頼であればまず検死依頼自体受け付けないだろうことは想像に難くない。


 デトロイト分署関係者用パーキングへ車を停め、ノアの言っていた四件目を除く三件目までの検死解剖報告書のみを持ってロックを掛けると、そのまま署内オフィスへと向かう。

 殺人課のオフィスへ入ってすぐにノアと目が合う。今朝の電話が効いているらしく苦々しい表情で「よお」と声を掛けられた。

 イニャーツィオは自分のデスクへ座ると、隣席で四四口径の銃の照合をひたすらパソコンで行っていたノアへ先ほどの報告書を手渡す。


「トラッシュバッグキラー事件の凶器が分かった、水圧カッターだ」


「水圧カッター? ……ああ、なるほどな。確かにアレなら簡単に切断できるか。……それより、首のとこどうしたんだ」


 ノアに指摘され、イニャーツィオはすっかり忘れていたバンドエイドの存在を思い出した。

 昨夜クリスティンにカッターで切り付けられた際にできた軽い切り傷だ。首筋という場所柄目立ってしまったらしい。

 先ほど寄ってきたフィッツジェラルドのスーは気にしていなかったものの、エドワードからは「それってどっちの意味だよ、色男は大変だな」等と揶揄されてしまっていた。


 そして、ノアが指摘したことでもう一人間違った方向で解釈をする者が現れる。


「えっ!? ナッツォ君に恋人がいたんですか?」


 アンディは、イニャーツィオの私生活の中で女性の存在を確認できなかったからだろう、イニャーツィオの私生活を知る手立てだと詰め寄りまくしたてる。


「恋人じゃねぇよ、ただケガしただけだっつの」


「本当ですか? わざわざ目の付くところに絆創膏を貼るなんて隠す必要のあるものにしか思えないんですけど」


「傷口は普通隠すモンだろうが」


 平行線を辿る無意味なやり取りにイニャーツィオが辟易としていると、珍しくもノアがアンディを宥めにかかる。


「そんな疑ってかからなくても良いだろうが。ナッツォに性欲があるように見えんのか? もうほとんど仕事が恋人だろ」


 その言葉に納得したのか、興味津々にイニャーツィオへ詰め寄っていたアンディの表情から、それらの興味が失われ常通りの表情に戻っていく。


「そうですね、確かに……ノア君は完全に恋人がいる行動パターンですがナッツォ君は一夜の相手すらいないとしか思えない行動パターンですし。心配をする必要はありませんでしたね」


 過去に殺人課の刑事が一夜の相手へ連続殺人事件の捜査状況を吐露してしまい、そこから犯人へ伝わるという不祥事を出したことから、アンディは捜査関係者の恋人関係に対して酷く敏感になっていた。

 アンディの興味が逸れたところで、イニャーツィオはノアに軽く腕を引かれる。

 ついてこいという意味だろう。


「ナッツォ、晩飯買いに行くから付き合えよ。オマエもまだだろ」


 軽い口調とは裏腹に、ノアの目は真剣そのものだった。

 それを見てイニャーツィオは、今朝の賭けの結果を知るためにも黙って首肯を返す。

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