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ゴミ袋に詰めた恋  作者: 田中
第三章 トラッシュバッグキラー
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第一一話 転機

 昨日に引き続きクリスティンは、”トラッシュバッグキラー”としての名を確固たるものとするため、四度目のバラバラ死体を作ってゴミ袋へ詰めていた。


 今回も遊び相手を探している女を、「スワッピングして遊ばないか」と誘ったのだ。

 そして、水圧カッターの餌食にしたのだった。

 女は男よりも筋組織が柔らかいため、マチューテで殴り殺すことも容易だった。

 そのため、普段よりも簡単に終わらせることができたが、筋組織が少ない分脂肪が男よりも多く、前三件よりも流れ出す組織は多量に感じられた。


 クリスティンはゴミ袋へ女だった物を詰めると、おざなりにバスルームを流し、掃除は帰ってからにしようと自宅を出た。


 上下隣の地区と隣の地区へは既に死体を投棄したため、次の投棄場所を橋の向こう、ブルックリンに定め、ゴミ袋のバラバラ死体を積んではるばる運んで来たまでは良かった。

 肝心の投棄場所として目を付けていた家のトラッシュボックスへ近づいた瞬間、今まで遭遇しなかった目撃者に捕まったのだ。

 むしろ今まで見られなかったことが奇跡なのだが、最初からずっと目撃される経験の無かったクリスティンにとって、それはとても稀有なことに思われた。

 そして更に、クリスティンを最悪な事態へと陥れることに、目撃者はイニャーツィオであった。


「……クリス……?」


 完全に顔も姿も認識されてしまっている。

 驚愕し、パニックに陥るクリスティンに対し、イニャーツィオもまた、同様に当惑を隠せない様子が見受けられる。

 クリスティンにとっては、ノアの次にこの姿を見られたくない相手だったため、声すら出せず動けないまま、ただ黙ってイニャーツィオの顔を見返すことしかできないでいた。


「クリス、何でお前、こんなとこにいんの……? そのゴミ袋、何だよ」


「……!」


 クリスティンの足元に転がっていたゴミ袋に気が付き、イニャーツィオがそれに手を伸ばす。


 だめだ、開けさせちゃいけない、バレてしまう、誰に……? ノアに……? ノアにバレる……?


──まだ捕まるわけにはいかない。


 そう思った瞬間、クリスティンはバックポケットに念の為入れておいた、小さな金槌でイニャーツィオに渾身の力で殴りかかった。

 ゴミ袋へ手を伸ばしていたところを横から殴りかかられたイニャーツィオは、側頭部に直撃する寸でのところで躱し、クリスティンの腕を掴んだ。


「クリス!? どうしたんだよ、何でオマエがこんなことしてんだ!」


「……にはいかない……捕まるわけにはいかない……ナッツォを消さないと……まだ捕まるわけには……」


 口端に泡を噛んでイニャーツィオを睨むクリスティンに喉を鳴らして唾液を嚥下する。

 完全に人が変わってしまっている。

 イニャーツィオは、クリスティンの中に確かな狂気を見た。


 クリスティンは本気で自分を消しにかかってきている、取り憑かれたように瞳を見開いて自分を射抜く。

 その瞳に、イニャーツィオが愛するクリスティンらしい瞳の輝きは無かった。

 そのくるくると変わるアイスブルーの瞳は、漆黒の闇を移したかのように昏く淀んでしまっている。


 なおも空いたほうの手でイニャーツィオの首を絞めようと力いっぱいに腕を伸ばすクリスティンへ、イニャーツィオは非常に苦い表情を浮かべた後、空いている方の手ですかさず銃を掴み、その銃身を逆さに向けた後、クリスティンに向かって振り上げた。


「……悪い、クリス」


 鈍い音とともに、クリスティンの後ろ首を殴りつけた銃が軽い音を立ててアスファルトの上へと落ちる。

 急所の一つを強かに打ち付けられ、気絶まではいかないにしても完全に力を奪われたクリスティンは、イニャーツィオの腕の中に倒れた。


「……な、つぉ……?」


「オレの部屋に入ろうぜ。大人しくしとけよ、これ以上オマエのこと殴りたくねぇから」


 すかさず銃を拾った後、クリスティンを抱え、その上でごみ袋を携えて、すぐ近くにある自宅まで戻る。

 予想以上にごみ袋が重かったため、玄関まで運ぶだけで精一杯だった。


 そのため、リビングまではクリスティンのみを抱えて運んだ。

 クリスティンを抱えている間、暴れないよう彼の腰辺りに銃口を突きつけて。

 それ以外に方法が無かったとは言え、好意を寄せている相手に銃口を突きつけるという行為に対して、イニャーツィオは心中で自身を酷く罵倒し、膺懲の念に駆られた。


 一方、イニャーツィオの煩悶など知る由もないクリスティンは、放心状態で諦念してしまっている。

 動けないクリスティンを、優しくソファへ寝かせ、念の為にその両手を柔らかなタオルで拘束してから玄関に置いていたゴミ袋をリビングまで運び込む。

 天井を一点に見つめたまま唇の上で何かを呟くクリスティンの様子に、イニャーツィオは訳がわからないながらも心配を惜しまない。


「クリス、一体何があった? なんでオマエがゴミ袋を持ってここにいた? なんで、オレを殺そうとした?」


 声が届いているのか疑うほどに、クリスティンの反応は無い。先程と変わらず天井を見つめているのみだった。

 豹変してしまったクリスティンの様子に、イニャーツィオはただただ当惑した。

 そして、懸念の原因でもある傍らにあってなお存在を主張するゴミ袋へと意識を移す。


 まさか、そんなはずはない。たまたまだろう。もしかすると家で出た粗大ごみを捨てに来ただけかもしれない。

 ……クリスティン・アップルヤードという女が、殺人犯なはずがない。

 何度も自分にそう言い聞かせながら、イニャーツィオはゴミ袋を開けた。


「……!」


 期待と希望は、ものの見事に裏切られた。

 中にはバラバラに切断された人間が過去形にされたものが袋の用途の通り、さながらゴミのように詰められていた。

 イニャーツィオは一度袋を閉じて一度、苦々しい表情で瞼を閉じる。


 どうして、クリスがトラッシュバッグキラーだったなんて。信じたくない、信じられない。


 イニャーツィオは辛苦をなめた表情のままに、セルフォンへ手を伸ばした。

 署へ連絡するべきだと思ったのだろう。

 それを視界に捉えたクリスティンは、まだ満足に動けないにも関わらず、イニャーツィオへと襲いかかる。

 テーブルの上へ置きっぱなしにしていたカッターナイフを逃さず掴むと刃を最大まで押し出し、イニャーツィオの首を切りつけにかかる。


「消さないと……捕まるわけにはいかない……! ナッツォを、消さないと……!」


「オイ、クリス!?」


 両手をタオルで拘束されていたため、幸い狙いは外れ、イニャーツィオの首筋を軽く掠った程度で躱すことはできた。

 イニャーツィオは膝でクリスティンの手首を軽く蹴ってカッターを叩き落とし、暴れる体を床へと突き倒して首根っこを掴むと、手錠を片手に彼を床へ引きずりベッドルームにまで連れ込もうとする。


「離して……離してよ……!」


 床へ引きずられている間も脚を暴れさせ悲鳴に近い声を上げ狂乱するクリスティンに、イニャーツィオは心を鬼にして、彼女をベッドルームへと引きずり込んだ。


 ベッドルームへ着くと、そのままクリスティンを窓際まで更に引きずり、壁へ背中を預けさせる体勢で座らせた後、両手を頭上へ挙げさせ、窓の自動ブラインドの枠へと手錠を通し、そのままクリスティンの両手を拘束した。


 これで、クリスティンはこの窓際から一歩も動けなくなった。

 暫く耳障りな音を立てながら手錠から抜けようと腕を動かしていたクリスティンだったが、どうしようもない状況へ追い込まれたことを悟るとそのまま項垂れて動かなくなった。


「クリス、お前がトラッシュバッグキラーだったとは思わなかった。……まだ信じられねぇよ。今日も人を殺したのか? あのゴミ袋の中身は何だ?」


 クリスティンに切られた首筋を押さえながら尋ねるも、やはりクリスティンは言葉を返さない。

 再び諦念したのと同時に今度は泣き出してしまった。


「いや、……ノアには知られたくない、いや、いやだよ……ノアにだけは……」


 体を震わせて泣くクリスティンに、イニャーツィオはもう何が何だか分からなくなってしまった。

 分かったのは、既に彼女が以前のクリスティンではなくなってしまったこと。

 そしてクリスティンが、自身が追っていた殺人犯であることだけだった。


 しきりに見えない何かに慄然し怯え号泣するクリスティンの姿に、甘やかしてしまいそうになる自身を律してイニャーツィオはただ、愕然としたまま現状の整理に努める。

 無理だった。何一つ考えが纏まらない。


「なあ、クリス。何があったんだよ。何が、お前をそんな風に変えちまったんだ?」



 クリスティンとイニャーツィオが惨憺な絶望に陥り蹲っていたのとほぼ同時刻。

 ノアは署で仮眠を取ることもなく、カミラの家……もとい現在の同棲先へ一時帰宅していた。

 ベッドルームで一頻り愛し合った後らしく、二人共裸のまま、ベッドの上で安寧な時間を過ごしていた。


「ノアぁ、良いの? こんなことしてて。まだ仕事中でしょ?」


「良いだろ。ナッツォも家で休むっつってたし、それに出来る時にヤっとかないと休みになったと同時にオマエが泣くことになるけど?」


 ノアはそう軽口を言うと、再びカミラの上へとのしかかり軽いキスを仕掛ける。

 カミラは嬉しそうに口内の蹂躙を受けた。


「……っん、ふは、ねえノア。私、ノアに泣きついて良かった」


「何だよ、突然」


「ううん、突然じゃないよ。……仕事でボロボロになって、こっち戻ってきて、あの夜たまたまノアに再会できたでしょ。辛いって泣いたのは恥ずかしかったけど、今はこうやってノアが傍にいてくれて、……すごく幸せだなぁって」


 猫のように目を細めて擦り寄ってくるカミラに、ノアは堪らず愛しさをぶつけるように二つの影は日が昇る直前まで絡み合い、文字通り情熱的な愛欲を互いにぶつけあっていた。

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