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ゴミ袋に詰めた恋  作者: 田中
第三章 トラッシュバッグキラー
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第一〇話 『トラッシュバッグキラー』

「トラッシュバッグキラーだそうですよ。まるでダークヒーローかのような扱いですね、これじゃあ。これだから僕はメディアってものが嫌いなんだ」


 デトロイト市の地域新聞を乱雑に畳みゴミ箱へと投げ捨てながらアンディは不機嫌そうにそう呟く。

 夜勤明けのため、額には彼が贔屓にしているアジアン雑貨店で購入した冷却ジェルシートが貼り付いたままになっている。

 内外勤のそれぞれの部下は多かれ少なかれ彼と同じような姿をしているため、アンディのその様子を見て見ぬふりをしている。


 ふと、先程のゴミ箱から新聞を拾い上げる白い手が見えて直人はそちらへ視線をやった。

 黒いタイトスーツに緩くパーマのかかった黒い髪、特徴的な八重歯、榛色をしたアーモンド型の瞳。


「嫌いなマスメディアでも、オレ等より深い情報持ってることもあんだろ。利用しないと損だぜ」


 今しがた現場から署へと戻って来たらしい。アンディへひとつウインクをしてからその長い脚で歩を進める。

 拾い上げた新聞を、デスクに座って手を伸ばしているノアへ渡してやった。


「おかえりなさい。昨日は休めましたか? 現場の報告を聞きたいんですが、僕はこれから仮眠を取るので仮眠室でお願いしても……?」


「ちょっと気になることがあるんだよな。だから考察と検証をしてから報告する。良いか?」


 イニャーツィオの言葉に、アンディは「分かりました」とだけ返し、仮眠室へ向かうため廊下へと出ていく。


「ノア、今回のトラッシュバッグキラーと前回の銃殺事件、共通するモンを感じねぇか?」


 既に状況報告と検死依頼をフィッツジェラルド宛に作成し始めていたノアは、イニャーツィオのその意見に眉を顰める。


「共通点も何も、殺し方の概念っつう根本からして違うだろうが。二つは別モンだ。ただ単純に、デトロイト分署の管轄で変わった事件を起こす狂ったヤツが増えただけだろ。それより、ナッツォが事件の判断で迷うなんて珍しいじゃねぇか」


 やはりノアは二つの事件の犯人は別であると考えていた。

 しかし、いくら相棒や世間が「犯人達」だと騒いでもイニャーツィオには、この二つの事件は一人の犯人によるシリアルキラーへの変貌を物語っているようにしか見えなかった。

 かたや銃殺、かたや死体損壊。


 しかし、双方どちらも非常に人目につきやすい場所に投棄されている。死体発見時刻が僅差であること、これに今回のバラバラ殺人事件の死亡推定時刻が出て、それが朝ではなく夜間のものであった場合銃殺事件の前四件と犯行時刻が被ってくることになる。

 これだけで犯人が同一人物だと訴えられるレベルではとてもではないが、無い。


 しかし、ごく近日で、それも単調な銃殺事件をあのようなセンセーショナルな方法で模倣する犯人はまず出てこないと考えて良い。

 何故ならあれほどのプライマリを発揮できる犯人であれば、まず模倣の必要を感じない。最初から自己主体的に、自分の表現として殺人を行うだろう。

 だが、今回の事件もあくまでは根本が銃殺事件と同様に、ただ世間への見せ方のみに重点を置き、ひたすら死体が見つかることを第一としている。


「オレはどうしても別件としては扱えねぇ」


 前述ままに、それがイニャーツィオの考え方であり、そしてそれらは彼の”二つの事件は、一人の犯人のシリアルキラーへの変貌だ”という意見を徐々に確固たる物へと昇華させていく。


 さして治安の悪くなかったデトロイト市において、こうまでして連続的に事件が起きるということは相当にセンセーショナルな事態だった。

 親は今まで以上に子供の送迎に気を使うようになり、決して外へ遊びに行かせず、大人ですら不用意な独り歩きをしなくなった。


 それでもバラバラ殺人は終わらない。

 それはまるで、無能な警察組織を嘲笑うかのように、死体は発見されていく。


 三度目のバラバラ殺人は、フィッツジェラルドの繁華街にある飲み屋のゴミ箱から見つかった。

 ゴミ収集車がごみ袋を持ち上げると妙に重く水っぽい音がする。

 その外観から恐怖を感じ警察へ通報したところ、それが発覚した。


 昼も夜も人通りの多い繁華街であったことが災いし、SNSにごみ袋の中身が拡散されてしまう。

 目隠しのシートなんてあって無いような物だった。


 中にはシートを捲りあげて動画を撮影する者までいた。

 細かく刻まれた肉片に、レバー状になった内臓。

 誰も彼もがマスメディアにでもなったかのように、この新鮮な事件をアップロードしていく。

 アップロードから数時間で、動画の再生数は数万を超えていた。


 語気を荒げて撮影者を遠ざける警察官の姿すら、モザイクも無しにネット上へアップロードされていた。


 彼らには責任感が無い。

 好きに生活をして、好きに発信をしているだけだ。


 この酷い悪臭を撒き散らす物体が、人間の過去形だということを理解している人間はそういないだろう。

 ふと、イニャーツィオは自身のセルフォンに通信が入ったことに気がついた。共に現場へ赴いていたノアに断りを入れて通話を開始する。


『カザマ刑事、デトロイト市ブルックリンのアベニューへ応援願います。先程下水道の詰まりで業者が開けてたんですが、下水道に人間の物らしき組織が詰まっていまして……』


 巡査からの通信に二言三言を返し、イニャーツィオは白バイへ跨り、現場のことをノアへ任せて提示された住所へと向かった。


 到着したのはノアの住んでいる住所の近くだった。

 これならノアを連れてきたほうが良かったかもしれない等と思いながらも、跨っていた白バイから降りる。

 下水道付近にはキープテープが張られ、保存されている。そのテープをくぐり、イニャーツィオはその場にいた巡査へと近付く。


「現場の状況は?」


「はい! 髪の毛や内臓の塊のような物、他には眼球らしき物も確認されています。引き上げている物はそちらに。まだ鑑識は済んでいません」


 警察学校時代後輩だったランス・エリスの案内で、イニャーツィオは発見現場へと急ぐ。

 そこでは数人の巡査と鑑識が作業を行っており、既に血の抜けて薄白くなった体組織がブルーシートの上に並べられている。

 下水のニオイと腐敗臭が入り混じり、相当な悪臭が鼻を突く。

 体組織は既に腐敗の始まり溶けかけているものと、まだ形を保っているものとが混じっており、その大きさもまちまちだ。中には骨が混じっているものまである。


「うげぇ……あー、もしかするとこれもトラッシュバッグキラーに関係するモンかもしれねぇな。一応スー医師のとこに運ぶか」


「では袋に詰めてきます!」


 イニャーツィオの言葉に反応したランスへよろしくと一言を返し、スーへメールを打つ。

 既に現場の撮影や鑑識は終わっていたらしい。

 巡査も数人が戻り、現在残っているのはイニャーツィオとランスだけだった。


「オレはこれから、トラッシュバッグキラーの目撃情報の聞き込みと付近のカメラの確認に戻るから、ランスはそれ持ってスーのとこに行って来てくれ」


「……っス、わかりました」


 数瞬を置き、嫌そうな声音を漏らしたランスへ苦笑を返し、イニャーツィオは再び白バイへ跨り来た道を戻る。

 すでに時刻は一九時を回っていた。

 ノアからの連絡が入り、二度目のトラッシュバッグキラーによる遺体の検死結果が上がったということで、ノアはそちらへ向かったという報告を受ける。


 イニャーツィオは、リッジウッドからブルックリンへかかる大きな橋の監視カメラの映像をリッジウッド内にある警備会社の職員と共に確認したものの、それと思しき怪しい車も通行人も見当たらない。


 念の為、セキュリティ会社に、昨夜から未明にかけての映像を焼いてもらい、ビルを後にする。


 時刻は二〇時四五分。


 暫く署に戻れないだろうと考えたイニャーツィオは、ノアへとコールを入れる。

 七コール目でようやく出たノアに、イニャーツィオは短く、自宅へ戻ってから署へ向かう旨を伝えた。


「悪い、久しぶりにゆっくり風呂に浸かりてぇから家帰るわ。朝までに仮眠とってから署に戻る予定だけど大丈夫か?」


『オマエが休まねぇとオレも休めないんだからむしろちゃんと休めよ』


「ありがとな。それじゃ、後よろしく」


 ノアとの電話を終えて橋を渡り切ると、約三日ぶりにブルックリンのライトアップされた中心街がイニャーツィオの目を焼いた。


 昨夜はアンディにアフターフリーを貰ったものの、フィッツジェラルドのスー、エドワードと共に遺体の部位と、銃殺事件で使用された型の銃口を照らし合わせていたため、ほとんど休みなしで働き詰めていた。


 中心街へ抜けてすぐ傍のアベニューへ曲がると新興住宅地のアパルトメント郡が海沿いに美しく並んである。

 リッジウッドからその先のクイーンズまで続く橋もよく見えて、非常に美しい景観の臨める場所である。

 そのため、家賃もかなりのものであり、ここら一帯は完全に富裕層の住む治安の良い地域となっていた。


 ガレージへバイクを停め、ネクタイを緩めながら家までの歩道を歩いていた矢先、隣家のトラッシュボックスを勝手に開けている人影が見えた。

 影と背格好から見て、細身で若い身なりをしているように見える。


 ホームレスか泥棒か。

 隣にはセレブリティであることを隠しもしない老夫婦が住んでおり、若い人間は同居していない。

 子供も孫もいるが、彼等はデトロイト市内どころかアメリカにもおらず、今はイギリスで暮らしていたはずだった。

 イニャーツィオは腰ベルトに銃があることを確かめた後、その人影へと近づき、声を掛けた。


「なにしてんだ? ここはテメェの家じゃねぇだろ」


 威嚇するようなイニャーツィオの言葉に、人影の動きが止まる。

 近づいたことにより、街灯が人影の姿をイニャーツィオの前へと晒し出した。

 そこに立っていたのは、紛れもなくイニャーツィオが恋慕を抱く相手、クリスティンだった。


「クリス……?」


 驚愕して目を見開くクリスティンの足元には、大きな黒いゴミ袋が転がっている。

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