第99話「根源の破壊」
第30章「力なき憎き滑稽マン」
「ここは……どこ……? カルロスたちは……もう帰ったの……?」
ニーナは暗闇の中にいた。
すると奥から人がやってくる。
「時の流れに取り残されてしまったのですね、ニーナ」
「あなたは?」
「私はアルメリア、いえ、メリー。あなたは私の末裔。同じ血を持つ者が時空を渡り続けるうちに、ニーナはここにとどまってしまった」
「とどまった? というと?」
「私の魂は、かつてカルゴスを倒しましたが、死を見届けていなかった。その後、なんとか生きていたカルゴスにより私は殺されました。そして私は現実の世界では天使の姿となり、見守っていました」
「あなた、あの天使なの?」
「はい。私は天使として、末裔であるあなたを護る役目を背負っていました」
「じゃあ、どうして私はここに……」
「現実の世界で私の魂は完全に消滅しました。力を失った今、同じ血筋を引くあなたを導く光はもう存在しない。だから時空の渦は、あなたをこの狭間に取り残したのです。今まであなたが何度も過去と未来を渡れたのは、私の力が陰で支えていたからです。けれど、この出会いは無駄ではありません。私の最後の力で、あなたに託すべきものがある……」
「……託すべきもの?」
「私が果たせなかった最後の戦い、カルゴスの影を超える力です。怨念はまだこの狭間に残っている。それを断ち切れるのは、私と同じ血を持つあなたしかいないのです」
「……それができれば、私は……みんなのところに戻れるのね」
「ええ。未来へ進む道は、あなた自身の手で切り拓かなくてはならない」
メリーはニーナに鏡を差し出した。
「唯一渡せる武器……とは言えないけど、私の所持品、よかったら使ってみて」
「……オカイモキ……」
ニーナはハッとした。
「前にカルロスがよくふざけて使ってた魔法! きっとあれだわ。鏡に人の顔を映してブサイクにして、皆を笑わせてた……あのとき、私はくだらないって思ってたけど……」
ニーナの脳裏に、カルロスの豪快な笑い声が蘇る。
♢♦︎♢
「ぎゃははっ! オカイモキ! ほら見ろ、鼻が曲がったぞ! あー、耳もでけぇ!」
「もうっ! くだらないことばっかりして……!」
♢♦︎♢
「アンタ、唯一まともに使える魔法のこと忘れてない?」
「ん? あ! 修復魔法か!」
「それよ」
「唯一まともって……いちいちバカにしてくるんだよな……オカイモキ魔法とか使えるわい」
「そんなふざけた魔法、役に立つ時が来るのかしら……」
♢♦︎♢
しかし、目の前の影のカルゴスを見た瞬間、ニーナは直感した。
「(この影は……本物じゃない。私の中の恐怖や弱さが形になってる……だったらあのふざけた魔法で、吹き飛ばせる!)」
ニーナは鏡を掲げる。
「……カルロス、あなたのおバカな魔法、借りるわ! たしかこうやってこう……オカイモキ、オカイモキ、オカナイケビ、ていっ!」
鏡が光を放ち、影のカルゴスの顔を照らす。
その瞬間、影の顔がぐにゃりと歪み、目は小さく、鼻は長く、口はよだれを垂らすブサイクな姿へと変わった。
「ぐっ……やめろ……! バカにするなぁぁぁ!」
「そうよ……バカにしてるの。笑い飛ばして、乗り越える!!」
再び鏡を突き出す。
「オカイモキ・リフレクト!」
強烈な光が反射し、影のカルゴスの姿はさらに醜く歪み、やがて粉々に砕け散った。
静寂が訪れ、メリーが満足げに微笑む。
「……あなたがそれを思い出したのは、偶然ではありません。くだらないと笑ったものが、いまや最大の武器となった」
「……ありがとう、カルロス。あの時バカにするようなことをしてたから今こうして戦えたんだ。そしてメリー……ありがとう」
「さあ、お行きなさい。あなたの仲間が待つ世界へ。私はもうここで消えますが……あなたの光が続く限り、血筋は決して途絶えません」
光に包まれ、ニーナは現実の世界へ帰還していった。
♢♦︎♢
「二、ニーナがいない!!」
すると、水晶からニーナが現れた。
「二、ニーナ!?」
「カルロス!」
「そうか、時空の関係でちょっとズレるんだっけか? 心配したぞ」
「……(まあ、そういうことにしておこう)うん。にしてもカルロス、ありがとう」
「は? なに寝ぼけてんだ?」
「ううん、気にしないで」
カルロスは水晶を睨みつける。
「ったく、なんでこんな水晶がここにあるんだよ。こいつのせいで散々だ」
「アンタが持ってきたって言ってたじゃないの!」
「あれぇ? そうだっけ?」
「バカルロス! やっぱさっきの撤回!!!」
「なんなんだ、わけわからんぞ。ま、まぁいいじゃないか、こうして帰って来れて、この世界のありがたみを知ったろ?」
「それっぽいこと言うな!」
「まぁ、今回の騒動の根源はこいつだ。とっとと破壊しよう」
「そうですね、カルゴスももう宿っていない。砕きましょう」
青年は水晶を手に取り、周囲を見渡す。
「(人生とは本当になにが起こるか分からないものだ。たった一つの水晶が、まさかあんな悲劇を招くとはあの時の私は、想像すらしていなかった)」
仲間たちは少し緊張した表情を浮かべつつ、力強く頷く。
「これで本当に、すべて終わり……なのかな」
ニーナはまだ少し不安そうに呟く。
「終わらせるんです。私たちの手で」
青年が水晶を高く掲げる。
その瞬間、光が反射して部屋中に淡い光の筋が走る。
「……いきます!」
青年は水晶を床に叩きつけた。
水晶は鈍い音を立てて砕け散る。
「……終わった」
ニーナは小さく息をつく。
目に涙を浮かべながらも、顔には安堵の笑みが広がっていた。
「でも……いいの? カルロスたち。カルネスさんや息子さんと、もう会えないのよね」
カルロスは優しく微笑む。
「いいんだよ……この世界のカルネスが、これから成長して行く姿を見守るんだ。それだけで、僕ちゃんたちは十分なんだ」
「……そうね」
ニーナは深く息を吸い込み、笑顔を取り戻す。
青年も頷く。
「さあ、今日は帰ろう。皆が待っている」
皆は在るべき場所へ帰る。
青年は無事に息子と再会できた。
小さい頃の息子を見るのはいつぶりだろうか。
♢♦︎♢
未来の世界では──
「行ってしまったか」
「ああ……カルネス、久しぶりにこんな長い時間一緒にいたな」
チェロスの声はいつもの無口さを保ちながらも、どこか柔らかさが混じっていた。カルネスは少し照れくさそうに頭をかく。
「……俺たち、以前はよくぶつかってたな」
カルネスは軽く息を吐き、過去の出来事を思い返す。
「お前がこうして生きていてよかったよ」
ミオがその光景を遠くから見て、くすりと笑う。
「……二人とも、そんな顔するなんて珍しいね」
チェロスは一瞬だけ微笑んだ。
無言のままだが、笑みはたしかにそこにあった。
♢♦︎♢
朝の光が柔らかく差し込む──
扉を押し開けると、ハーブの香りがふんわり漂う。
「さて……今日も一日、頑張るか」
メグは小さく呟きながら、カウンターの掃除を始める。
ほこりを払い、瓶を丁寧に並べ直す手つきには無駄がなく、自然と落ち着いたリズムがある。
この薬屋はかつて先生であったクラーラが営んでいた場所。
棚には乾燥ハーブや薬草、さまざまな小瓶がずらりと並ぶ。
ラベルを指でなぞりながら、今日の調合や注文の段取りを頭の中で整理する。
「このローズマリーは午後に使う薬に……カモミールは夜用……」
店内に差し込む光がほこりを照らし、キラキラと舞う。
メグはふっと微笑む。
戦いの終わった世界で、こうして静かな時間を持てることがどんなに嬉しいことか。
「……よし、今日も無事に終わった」
夕方になると、店の明かりを灯し、今日一日の作業を振り返る。
外の空はオレンジ色に染まり、静かな町にほのかな温もりを照らす。
ここでの日常こそが、戦いの終わった世界における、彼女の新しい戦場だった。
「おはよう、フラム」
メグはいつもの明るい声で出迎えた。
胸元にはいつもの緑のエプロン、腕には薬草の匂いが残っている。
フラムは少し緊張した面持ちで、店の奥に入った。
「……おはようございます。今日から、こちらでお世話になります」
「うん、よろしくね。薬の扱いはちょっと難しいけど、慣れれば大丈夫」
フラムは、メグの元で働くことになっていた。




