第96話「バカでよかった」
未来には仲間が次々と集まり、パオンタウンは黒煙に包まれる。
臆病だったカルネスもジェイムズに説得され、カルロスら遅れていた面々も合流し、全員が戦場へ集結する。
ミクロンがラヴォスの前で命を落とす。
その死が仲間の怒りと士気を高め、連携攻撃が成功する。
最後は父の仇を胸に戦った息子がとどめを刺す。
蘇ろうとした肉片もラヴォスが踏み潰し、戦いは完全な勝利で幕を閉じた。
♢♦︎♢
「ちくしょう!!!!!!!!!」
見守る仲間たち。
カルロスは戦場の隅で膝を抱え、滑稽ともいえる格好でうずくまっていた。
しかしその胸の奥では、青年が配達人として駆け回っていた頃の記憶が浮かんでいた。
「……最後まで、僕ちゃんも届けられたんだな。お前の想いを」
ニーナは震える手で胸を押さえていた。
戦いの最中、自ら創った実が仲間を繋いだことを思い出す。
「……無駄じゃなかった。少しでも、支えになれたなら……」
その瞳から零れた涙は、安堵と哀しみが混じったものだった。
チェロスは折れた矢を握り締め、しばらく動けなかった。
その矢が辿った軌跡、ミクロンが命を賭して刻んだ想い。
すべてが一つの点に集まり、勝利へと繋がったことを実感していた。
「この矢も、ミクロンも……全部がここに繋がったんだな」
やがてラヴォスが歩み寄る。
その姿は、闇を切り裂いて進んできた戦士のものというより、仲間を案じる一人の男のそれだった。
「……チェロス」
低く呼びかける声に、皆の視線が集まった。
ラヴォスはゆっくりと歩を進め、戦場に散らばる仲間たちを見渡す。
「そして皆、無事か?」
その一言に、あちこちからかすれた声や小さな頷きが返ってくる。
チェロスも折れた矢を握りしめたまま、静かに応えた。
「……ああ、俺は大丈夫だ」
ラヴォスの呼びかけに、各々が疲れた足取りで近づく。
傷だらけの身体、焦げ跡の残る鎧、黒い血の跡。
しかし皆の瞳には確かな生還の輝きが宿っていた。
「……全員、無事とは言えないが、これで終わった」
カルロスが小さく肩を揺らし、戦場の焦げた匂いを深く吸い込む。
「……もう、届ける物も、守るべき物も、何も残っていないのか?」
「……残されたのは、私たちの想いだけね」
「にしてもラヴォス、随分丸くなったな」
「フン、その言い方癪だな。言っただろう。生かされた命は無駄にしないと」
ラヴォスは肩の力を少し抜き、仲間たちを順に見渡す。
「お前たちが無事で何よりだ」
ニーナは、肩を落としたままも仲間たちに視線を送る。
「……みんな、本当に……無事でよかった」
カルロスは膝をついたまま、少し前かがみで息を整える。
「……配達も、戦いも、最後は届けられたんだな」
「ったく、配達とか届けるとか例えるの好きね。まともに仕事やってこなかったくせに」
皮肉は皮肉として突き刺さるが、戦いを生き抜いた今となっては、こうして掛けられる軽口が戻ってきたことが、どこか日常の一部を取り戻したようで、カルロスたちは安堵した。
傷ついた身体を支え合いながら、ラヴォスが声を上げる。
「……負傷者はいるか?」
チェロスは傷だらけの仲間たちを指差す。
「……何人か、動けそうにない者がいる。急いで手当てが必要だ」
ニーナは素早く周囲を見渡し、冷静に判断する。
「……メグの薬屋が近いわ。ここから運べば、応急処置は間に合うはず」
「あそこはベットが埋まっていたはずだ。だが、そろそろ回復しても良い頃だろう」
「そしたら俺の城にも何人か寝かせられる場所がありやすぜ。ただ、あまり医療道具などは整っていない。そこまで負傷していないものに限るな」
「あとはテイクタウン城に連れて行くがいい。俺がいない以上、もうあそこは無人なはずだ。傷薬とかも揃っている」
「じゃあ僕ちゃんはメグのところへ運んでくれ。骨も折れていてかなり重症だ」
ニーナはカルネスナビを使い、メグと連絡を取る。
『そっか、ついに倒したのね! こちらは一床ベットが空いたよ! 負傷者を連れてきて!』
「じゃあ、ハックはメグの薬屋へ! 派手に吹き飛ばされてたしね!」
「いやそこは僕ちゃんだろ!」
笑い声と安堵の空気が交錯する中、仲間たちは負傷者を抱え、それぞれの行き先へと歩き出した。
♢♦︎♢
ニーナが負傷者をベッドに運び入れると笑顔を向ける。
「……これで少しは、日常に近づけるかな」
窓の外、戦いの傷跡は残っているものの、町に差す陽の光が温かく、仲間たちの心にも少しずつ平穏が戻り始めていた。
戦場の痕跡は残るものの、町の空気は確実に日常だった。
痛ましい傷跡と、変わらず続く日常──そのふたつが混ざり合う不思議な時間が、町全体を包み込んでいた。
カルロスは腰にぶら下げた袋から、パオンタウンの商人からお礼として貰ったパンを取り出す。
「ふぅ……こうして座ってパンかじれるだけでも、悪くないな」
ニーナは背中に手を当てながら、笑みを浮かべる。
「……アンタ、食べすぎ。皆の分も残しといてよね。戦いでお腹空いてるんだから」
普段は無表情に近いその顔が、わずかに柔らかくなった。
「バカルロス、意外と面白いね。でもずっといるニーナ疲れそう」
「フラムの素の笑顔、初めて見たかも」
ラヴォスは手を組んで立ちながら、街を歩く人々をぼんやり眺めていた。
「……こういう時間を、もっと大事にしないとな」
チェロスは壁際に寄りかかり、折れた弓を手入れしつつ、軽くため息をつく。
「戦いが終わった後の、この何気ない時間……案外、心が落ち着くもんだな」
メグは薬屋の前で、鉢植えの花に水をやりながら小さく笑う。
「ふふ、皆が戻ってきてくれてよかったわ。本当に」
カルロスはパンを頬張りながら、ふと思い出す。
「……そういえば、戦いの最中は、こんな普通の日常が一番の贅沢だって気付かなかったな」
「まぁ、これまでもいろいろあったけどね。そもそもここは未来の世界ってこと覚えてる!?」
仲間たちはそれぞれ、ありふれた日常のひとときに小さな安堵を見出していた。
ラヴォスは窓辺から離れ、チェロスの前に歩み寄った。
「……チェロス」
その低い声に、皆の空気が変わった。
ラヴォスはしばし言葉を探すように目を閉じ、それから口を開いた。
「お前に……謝らねばならない」
チェロスは驚き、手を止めて顔を上げる。
「俺は昔お前を追い詰めた……俺の勝手で荒れ果てた戦場を作り……やっていることはあの怪物と同じだった」
チェロスはしばらく黙っていたが、やがて苦笑を浮かべた。
「……お前からそんな言葉が出るとはな。まぁ、簡単に許すとは言えねぇが」
ラヴォスは次に息子に向き直った。
「……そしてお前にも謝らねばならん」
息子は手に持ったパンをもぐもぐ噛み続けながら、気怠そうに言い返した。
「金くれるなら許してやるよ」
「そして、カルネスといったか。あの時はすまなかったな」
場が一瞬、凍ったようになったが、次の瞬間カルロスが吹き出した。
「ガハハ! あん時のことか! 死の世界で見とったぞ!」
ラヴォスも、かすかに唇の端を緩めた。
「……そうか。やはりお前はその時死んでいたか。お前のことを憎んでいた一心で……俺はこんなことをしてしまった。だが、そのカルロスのバカらしさを見て俺もバカバカしくなった」
カルロスは頭を掻きながら、どこか気恥ずかしそうに言った。
「ま、バカで済むなら安いもんだろ。僕ちゃんはそれしか取り柄がねぇんだからよ」
「そこはスーパーエリートじゃなないのね」
ニーナは微笑みながらため息をつき、メグは言った。
「ほんと男って不器用ね」
平和だった……
瓦礫の向こうで、風がひゅうと鳴った。
先ほどまで命のやり取りがあったとは思えないほど、空は澄んでいる。
ついには子供たちの笑い声、通りを行き交う商人の呼び声もしだした。
「……で? これからどうするのよ」
「どうするもこうするも……まずは腹が減ったな」
「アンタが一番食べてるじゃない!」
「……だってお腹すいたんだもん! ねぇ、誰かパン余ってない?」
息子がずっと食べていたパンをちらっと見せびらかすように持ち上げた。
その厚かましさに、メグが苦笑する。
「人のを当てにしないの……向こうにお菓子があるわ」
「やったぜ! じゃあ急げ急げ! 僕ちゃん死にかけてんだからな!」
「死にかけてる人がそのテンションで言う?」
「いってぇぇぇ!」
カルロスは骨折していることを完全に忘れ、勢いよく走り出そうとして激痛に悶えた。
「ほら見なさいよ……」
ニーナがため息をつきながらも、手を伸ばして支える。
「いや、違うんだよニーナ……! 僕ちゃんの身体が勝手に……食い物の方向へ……!」
「言い訳が情けなさすぎるわよ」
「……元気があるのは良いことだけどね。ほんと、男って学ばないわ」
チェロスは折れた弓を背中に背負い直し、呟いた。
「……男を一括りにしないでくれ。けれどあいつらが騒いでくれる方が、静かな戦場よりよっぽどマシだ」
「……平和ってのは、こうやって少しずつ取り戻すもんなのよね」
その言葉に、誰も返事はしなかった。
けれど、それぞれの背中がどこか誇らしげだった。
今日この瞬間だけは、胸を張って言えた。
平和だった、と……




