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第91話「堕天使の影」

「……アーサー……」


ニーナが震える声で名を呼ぶ。

誰も、返事を期待できなかった。

コアが砕け、オリジンカルゴスが絶叫と共に崩れ落ちる。

世界を覆っていた暗闇が消え、空が元に戻っていった。

だが、その場には重い沈黙が残った。

瓦礫の上に、天使が降り立つ。

その姿は、以前よりも透明がかっていた。

天使はそっと手をかざすと光が集まり、人の形を描く。

それはアーサーだった。

目を開けたアーサーが、ぼんやりと周囲を見回した。


「おっぱい」


「おぉ、生き返った!」


その瞬間、息子がブチ切れた。


「はぁぁぁぁ!? そんな簡単に生き返らせるなら俺が今まで必死こいて集めた天使の翼、なんだったんだよ!!! 無駄じゃねぇか!!!」


「いやいや、お前の頑張りがあったから天使がやる気出したんだろ」


「そんな理由かよ!!!」


仲間たちは呆れながらも、笑っていた。

だが、天使は口を開くとこう言った。


「……私が誰かを生き返らせるたび、少しずつこの身は薄れていきます」


「そんな……なんでそこまで……」


「私はかつて……カルゴスに殺されました。今の私はその檻から解き放たれた残留思念のようなものです。私も本当は、あの存在に抗いたかった。でも私は負けた。だからこそ、あなたに託します。最後の敵を倒し、この世界を守って」


息子はうなずいた。


「それじゃあ天使の翼もアンタの身を削ってまで作り出したのか?」


「はい、天使の翼を集めた勇敢な者にならと思いまして。そして、あなたにはもう一つ伝えなければならないことがあります……あなたの父親も、カルゴスに殺されました」


息子の目が大きく見開かれる。


「……なんだと?」


「アナタの父親はカルゴスに取り込まれ、融合させられたのです。あなたの前に立ちはだかったあれの中には、父の断片が、ずっと囚われ続けていました」


「……じゃあ……今まで俺が戦ってたあの化け物の中に……親父が!?」


「はい……」


「……クソッ……アイツだけは……アイツだけは絶対に許さねぇ!!!」


遠くの空に、奇妙な影が立ち上っていた。

天使が告げる。


「これは根が繋がっていた別の世界。最後の敵は、あの世界から来ます」


「来るなら迎え撃つだけよ!」


ニーナは杖を構える。


その瞬間、街の片隅で小さな亀裂が開き、黒い粒子が舞い上がった。

その粒子の中にかつてのオリジンカルゴスの微かな意志が潜んでいた。

粒子は風に乗ってゆらめき、やがてパオンタウンへ吸い込まれていった。

そこに、不自然な影が浮かび上がる。形を定めぬまま、まるで誰かを探すように揺らめく。


「……おっぱいのために戦う……か」


チェロスがぼそりと呟いた。


「聞きようによっちゃ、くだらないが……守りたいものがあるって意味では、間違ってないな」


「フン……」


ラヴォスは鼻で笑う。


「……アーサー」


ニーナは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


「アンタのバカさ加減、今だけは少し救われるわ」


その時、粒子からから声のような音が響いた。


『……見つけた』


「……来る」


そんな予感がした。

シーサーが剣を抜き、地面に構える。

メルが魔法陣を準備しながら、震える声を押し殺す。

息子がジェットシューズを噴かして空へ舞い上がった。


「次の獲物はデカそうだ! 今度こそ、報酬に見合う仕事になるってもんだ!」


「でも、なんでこんな小さい粒子が大きいと思うんだろう? 一体、最後の戦いって!?」


粒子は舞いながら、互いに引き寄せ合い、一つの形を作り出していく。

粒子はやがて、人の姿に似た輪郭を帯び始めた。


「ちっぽけな粒が集まれば、ここまで大きくなるのか」


チェロスが剣を構え直す。


「いや、違う」


ラヴォスが言った。


「これは……残穢だ。戦いで散った意志や怒りが、粒子に宿り、形を与えている」


その存在はゆっくりと顔を上げた。

無数の粒子で構成された目が、まるで全員を同時に見ているかのように光る。


『見つけた……見つけた……』


声は複数の音が重なったように響き渡り、町の子供たちが思わず耳を塞いだ。


「残穢が集まって、新たな意思を持った……」


「ところで天使は?」


ニーナがきょろきょろと辺りを見回す。

たしかにその姿はなかった。

ほんの少し前まで、背中を押すように見守っていたはずなのに。


「……消えた?」


メルが震える声で呟く。


「いや……違う」


チェロスが目を細めた。


「力を使い果たしたんだろうな。あの時、アーサーさんを生き返らせたろ。あれが最期だったんだ。あれで、自分の存在を削り切ったんだ」


「じゃあ……天使は……」


ニーナが言葉を失う。


ラヴォスが冷たく言い放った。


「自我はもう無い。残ったのは力と感情だけ……それが粒子に宿り、化け物を生み出したのだ」


「ちょっと! 身を削ってまでアンタを生き返らせんだから責任持って奴を倒しなさいよ!」


「フン……奴が勝手にしたことだ」


その瞬間、粒子でできた巨大な影が、ゆっくりと顔を上げた。

無数の光の欠片で構成された目が、まるで仲間たち全員を同時に見ているかのように輝く。


『……見つけた……見つけた……』


その声はたしかに天使の声色に似ていた。

だが響きには温もりがなく、複数の音が重なり、異形の存在の姿へと変わっていく。

揺らめく粒子は黒く濁り、怪物のような輪郭になる。


「……あれはもう、天使じゃない」


チェロスが吐き捨てる。


「じゃあアンタの命を繋いだ力が……今は敵ってわけ?」


「皮肉だな」


「救うために使った力が、滅ぼすために形を得た。だが、それこそ最後の試練だろう」


巨大な影、残穢カルゴスが声を重ねる。


『見つけた……奪う……壊す……』


耳をつんざくその声に、パオンタウンにある家の窓ガラスが次々と砕けた。

子供たちが泣き叫び、大人たちが逃げ惑う。


「クソッ……今度は町全体が狙われてる!」


アーサーが剣を持ち直し、ぐっと胸を張った。


「おっぱいを守るためなら、何度でも立ち上がる!」


「またそれかい!!!」


ニーナが杖で後頭部を叩いた。

カルロスがいなくてもツッコミは健在だ。

仲間たちの表情にわずかな笑みが戻る。

だが、そんな余裕はない。

戦う理由があることはたしかだった。

残穢カルゴスの目がぎらりと輝いた。

天使の残された力と、カルゴスの怨念、そして戦場に散った無数の意志が合わさり、姿を変えていく。


「……来るぞ」


チェロスが剣を地面に突き、構えを低くする。

瓦礫に覆われたパオンタウンの広場で、最後の戦いが始まろうとしていた。

その時、耳を澄ませばたしかに聞こえた。

天使のかすかな囁き。


『……どうか……この世界を……』


仲間たちはそれぞれの武器を構え、残穢カルゴスを睨みつける。

残穢カルゴスは、瓦礫の広場を踏み砕きながらその全貌を現していった。

天使の輝きを思わせる純白の羽が黒くなり、形を保てぬままうねっている。

その羽根はかつて人を癒した光を放つのではなく、町を裂く刃のように広がった。


「……デカすぎる……」


メルが魔法陣を必死に維持しながら呻く。


「むしろ倒し甲斐があるってもんだ!」


息子が挑発するように叫ぶ。


「おい、てめぇら、死ぬなよ。報酬がパーになっちまう! あと父さんの仇もとりたいしな!」


「仇がついでみたいに言うな」


チェロスが冷たく釘を刺す。


「フン、アンタらが足手まといにならなきゃいいがな」


そのやりとりの最中、アーサーが剣を肩に担ぎ直した。


「……結局、守る理由なんざ一つでいい」


「まさかまた……」


ニーナが言いかけた瞬間、アーサーは真剣な表情で空を見上げた。


「おっぱい! そして仲間と、この世界を守る!」


「仲間と世界はオマケみたいに言うんじゃないわよ!!!」


杖でアーサーの背を叩くニーナ。

その一撃に空気がほんの少しだけ和らいだ。

だが残穢カルゴスは吠えた。


「奪ウ……壊ス……喰ラウ……」


声が重なり合い、地面そのものを震わせる。

周囲の建物が粉々に砕け、街の人々の悲鳴が広場に響く。


「来るぞッ!!」


チェロスの叫びが合図となった。

巨大な腕が振り下ろされる。

仲間たちは一斉に散り、それぞれの武器を構えた。

そして、最後の戦いが始まった。

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