第90話「涙のおっぱいフィナーレ」
「私のコアは、属性変換と質量再構成を司る。攻撃はすべて私の力となる」
「じゃあ……何を撃っても……」
「違う! 奴が吸収できないものがあるはずだ!」
「……! 心だ……! 感情の力だけは、まだ……!」
「そうだ!」
「我々が守ろうとしているのは、文明でも物質でもない。生きようとする意志そのもの!」
「皆の想いを力に変えて!」
「カルネスリンク、解放!!」
『了解〜! リンクモード・オープン☆ これが、カルネスの全力ナビ~!』
「これが……!」
「皆の想いが、力に……!」
「いける!!」
「シーサー! 突撃!!」
「おう!」
「いけええええっ!!」
「感情の波長……共鳴している!」
ニーナの叫びとともに、リンクされた魔力が結晶化し始める──
形なき思念が、現実の武器へと昇華していく奇跡のような現象だった。
「今だ、チェロス!!」
「うおおおおおおおおっ!!!」
カルゴスの胸部が穿たれ、黒い霧が溢れ出す。
だが、崩れることはなかった。
むしろその内側から新たな形態が生まれ始める。
「まだ……不十分か……!?」
チェロスの声が震える。
その瞬間、天が裂けた。
眩い光の中から、天使が現れる。
「あなたたちの心は、たしかに届きました。ですが……それでもなお、届かない声がある」
「え……?」
天使は微笑む。
「では、あなたたちにもう一つ、力を貸しましょう。時は巡り、過ちも再び機会を得る。今こそ、その者を返還しましょう」
白く輝く羽が降り注ぎ、時間そのものが巻き戻るかのような音が響く。
そして現れたのは、白銀の髪、無慈悲な瞳を宿したかつて処刑された男、ラヴォスだった。
「ラ、ラヴォス様!?」
クルーが遠くから見ている。
「……貴様、なぜここに……処刑されたはずでは……」
「天使が俺を選んだ。くだらん正義にすがった貴様らとは違う。俺の眼は、かつて全てを絶望で捉えていた。だが、今は違う。お前を壊すのは、俺自身の意味だ。二度目の人生、無駄にはしない」
「ラヴォス!」
「加勢する。文句は後にしろ」
その時、背後で爆発音がする。
「わーったわーった、やれやれ、また面倒な奴らに巻き込まれたな……」
そして、どこからか息子の声が響いた。
「うるせえ! 俺は、何度も何度もてめぇらみたいな、面倒な奴らの手助けをしてきてんだよ! これ以上相手してられん! こっちに対して報酬も礼も寄越さないような奴らにいちいち心良く手助けなんてしてられっか!」
彼はオースティンと共に背中に新型のジェットシューズを装着してこちらへやってきた。
途中オースティンと再会し、そして報酬目当てで渋々加勢したのである。
「覚悟しとけよ、クソ野郎……!!」
「……口だけは達者な奴だな」
「うっせえ、おっさん。アンタこそ生き返ったんならさっさと働け」
「……フン」
息子はジェットシューズを使い、空を切り裂き、攻撃をした。
「奴を砕け!!!!」
仲間たちが〈オリジンカルゴス〉へと総攻撃を仕掛ける。
そして閃光が世界を飲み込んだ。
白……全てが、ただの白に包まれていた。
音もなく、重力もない。
感覚すら薄れていく中、ニーナはうっすらと目を開けた。
「……ここは……? ま、まさか死の世界?」
空でも地でもない空間に、彼女は浮かんでいた。
遠くにいくつもの光が浮かんでいる。
誰かの記憶の残像のような、それは見知らぬ景色でもあり、懐かしさを含んでいた。
やがて一筋の光が彼女に近づく。
それは天使だった。
「あなたの願いは届きました」
「じゃあ……勝ったの……?」
天使は静かに首を振った。
「オリジンカルゴスは消滅しました。しかし……根はまだ残っています」
「根……?」
「はい。根とは、この世界に深く入り込んだ、絶望と忘却の因子。カルゴスは、その因子の形に過ぎませんでした」
「じゃあ……また現れるの?」
「……可能性は、あります。しかし、あなたたちにはその芽を断ち切る力がある。まだ戦える」
天使は指を鳴らすとまばゆい光の中から次々に仲間たちが目を覚ましていく。
彼らはゆっくりと立ち上がり、己の両手を見つめた。
「選んだのは俺自身だ。力ではなく……意思を」
息子も目を覚ます。
「……チッ、派手にぶっ壊れたな……おい、そこの天使」
「はい?」
「報酬、倍じゃ足りねえぞ。アンタが言ってた根とやら、もしそれをブチ抜くなら……もっととんでもないギアが要る。今のジェットシューズじゃあ、足りねぇ」
「用意しましょう。あなたが必要なら」
「フン……まぁ、ギリギリ満足した」
ニーナは思わず笑みをこぼす。
「なんだかんだで、来てくれるのね」
「……うるせえ!お前らの感謝とか、もう何回目かわかんねえんだよ! 金だけを寄越せばいいんだよ!」
その瞬間、空間が再構成され、白い世界が崩れ始める。
そしてゆっくりと現実へと戻っていく。
「よ、よかった。死の世界と似てたから死んだと思ったわ……」
パオンタウンの広場には、まだ焦げ跡と破壊の爪痕が残っていたが、そこに立っているのはたしかに生きている人々だった。
瓦礫の中から顔を出す子どもたち。
安堵と涙が交差する中、仲間たちはそれぞれに動き始める。
「負傷者の確認を!」
「もう大丈夫……敵は、いないから」
スコットたちは負傷した子供たちに手当てをする。
「……これで、終わったの?」
ラヴォスは首を横に振った。
「いや……始まったんだろうな。真にこの世界を再生させる戦いがな」
「また面倒なことが始まんのかよ……勘弁してくれ。ま、でも……まだ潰したい奴がいるなら、俺も少しは楽しめるってもんだがな」
その時、上空にひび割れが走った。
空そのものがガラスのように砕け、そこから何かがこちらを覗いているような……異様な気配が漂う。
「……あれは……」
天使が表情を険しくする。
「次の試練が、扉を開けたようです。あなたたちの力が試されるのは、まだこれから」
「わかってるわ。次も、絶対に守り抜く。もう、誰にもこの世界を壊させたりしない!」
そして、仲間たちもまた、武器を構えて前を見据える。
パオンタウンの広場は、焦げ跡と崩れた石畳が残されていたものの、人々の手で少しずつ片付けが進んでいた。
「こっちはもう大丈夫です!」
「水! 水をもっと持ってきて!」
大人たちが互いに声を掛け合っていた。
戦いの痕は深かった。だが、人々は立ち上がっていた。
「……ふぅ。ようやく落ち着いたか」
エドワードがたちが剣を鞘に納める。
「オリジンカルゴスの気配はもう完全に消えた。今は、ほんの微かな根だけが地中に残ってる」
メルは手帳を広げながら、魔力濃度の残留を確認していた。
「それって……また出てくるの?」
「かもね。油断はできないわ」
ニーナは静かに頷いた。
「おっぱい」
「……アーサー」
アーサーは地面に仰向けに寝転がって、亀裂とは別の場所の空を指差していた。
「あの雲、おっぱいに見える」
「こんな時に何を言っているんだ……」
「……」
ニーナはそっと立ち去った。
パオンタウンの空に亀裂が走ったのはその時だった。
『ビシ……』
空が、音もなく割れ、向こう側に何かがいるような気配がした。
「……また来るのか」
ニーナが剣に手を添える。
「まったく、休ませてくれないな……」
チェロス、フラム、メル、そして息子、皆が構えた。
そのとき、後ろからアーサーの声が響いた。
珍しく声を張っていた。
「おっぱい!!」
「今それどころじゃ……」
「おっぱいって、ただ柔らかいからいいんじゃない……!」
「?」
「守りたいって気持ちが乗ってると、何倍も尊いんだ!」
「……」
「今日も明日も、未来のおっぱいのために戦うんだ!!」
「……」
誰も何も言えなかった。
「み、皆さん、準備は……」
「天使! おっぱいについてはどう思う!?」
「私も……嫌いではありません」
「ありがとう……やっと、報われた……」
アーサーは静かに涙をこぼした。
全員が息を荒げる中、アーサーが一歩前に出る。
「ちょっと行ってくる」
「は? 何言って……」
「これ以上、おっぱいのある世界を失わせるわけにはいかないんだ!」
「はぁ!? ふざけ……」
アーサーは虚空に飲み込まれる。
そして全身にリンクの力を集中させ、単身でオリジンカルゴスのコアへ突撃した。
障壁がきしみ、光が火花のように散る。
『ドゴン!』
仲間たちの視界が真白に染まる。
光が収まった時、そこにアーサーの姿はなかった。
オリジンカルゴスのコアには、彼の剣が突き刺さっていた。
「……アーサー……」
ニーナが震える声で名を呼ぶ。
誰も、返事を期待できなかった。




