第8話「理不尽な男」
テイクタウンにそびえ立つ城、テイクタウン城。
その長はラヴォスという名の銀髪の大男で、見るからに貫禄があった。
威圧的な佇まいと、鋭い瞳は城の中のみならず、遠く離れた町にまで存在感を示していた。
ラヴォスは部下に冷酷な命令を下す。
関係のない町や無辜の民をなんの躊躇もなく破壊し続ける。
襲われた町々には数えきれないほどの犠牲者が出た。
焦土と化した町は、ただ静かに灰色の煙を上げていた。
その結果、ラヴォス軍はみるみる強化していく。
戦略や装備も日に日に洗練され、城下の兵舎には厳格な練習の音が響いていた。
ラヴォスの最終目標はカルロスを討つこと。
そのためには手段は厭わなかった。
俺がカルロスを憎む理由は明白だ。
アイツは、俺の父親を死に追いやった。
その事実だけで胸が焼けるように痛む。
父親は生前、誰もが認める秀才で、正義感と責任感を兼ね備えていた。
しかし性格や能力の完璧さに反して顔立ちは冴えなかった。
それに自信がないのが少々気弱だった。
数十年前、ラヴォスが子供で、カルロスが所有する城での出来事だ。
顔立ちのせいもあって職に就けず、失業中だったラヴォスの父親は、生活の糧を探して城の周囲を歩き回っていた。
ある時、城の近くに着くと上から男の声がした。
「おい貴様! なにをウロチョロしている! ここは僕ちゃんの所有地だ! 城が汚れるだろうが! 分かったら立ち去れ汚物野郎!」
声は鋭く、命令的だった。
ラヴォスの父親は思わず立ち止まり、声の方向を見上げる。
「大変申し訳ございません。すぐに帰ります」
「ん? 貴様なかなかブサイクなツラしてるな。おい、上がってこい!」
ラヴォスの父親は城の最上階の城外に着く。
「おい貴様! 僕ちゃんの城の敷地内に無許可で足を踏み入れ、汚した罰だ! 僕ちゃんの言う事を聞け!」
この強気……いや私利私欲に満ちた男がカルロスである。
彼はブサイクな人間を好むという奇妙な嗜好を持っていた。
理由は横にブサイクを置くと自分がイケメンに見えるという錯覚に陥るのである。
カルロスはその日も、溜まった仕事をどう片付けるか悩んでいた。
サボリ癖があるカルロスは、考えるよりも先に誰かに押し付けることを考える。
悪知恵だけは働くカルロスは咄嗟に気弱そうなラヴォスの父親に仕事を押し付けようと企む。
それも仕事をこなせばこなすほど、金はもちろん、魔法で顔を少しずつイケメンに変えていくという顔の悪いラヴォスの父親には飛びつくような提案をした。
「だから罰だと言ってんだよ! 俺の下で働け! 本当は奴隷にしたいところだが、僕ちゃんは優しいから働いたら金をやろう。どうせ仕事も見つからず徘徊してたんだろ?」
「……」
「図星だな。それよりもお前……イケメンになりたいか?」
「……はい」
カルロスはにやりと笑う。
こうしてラヴォスの父親は魔法で顔を少しずつイケメンに変えてもらえるという契約を結び、カルロスの下で働くことになった。
だが、父の心の中にはささやかな抵抗もあった。
顔が整ったら転職しようという魂胆だ。
しかしこの男に捕まってしまった以上、その計画がうまくいくことは、そう簡単ではなかった。
「よぉし、ならば働いて僕ちゃんのお仕事のお片付けができたら、僕ちゃんの魔法でお前の顔をイケメンにしてやろう」
その口元にはいやらしい笑みが浮かんでいる。
ラヴォスの父親は心の中でため息をつき、覚悟を決めた。
「お願いします! 実は息子がいるんです。それで今の顔のままじゃろくに……」
「お前の身内の情報なんで聞きたくねぇよ。みじんも興味ねぇわ」
「で、働くのか? 働かないのか? これは限定質問だ。それだけ答えればいい。ま、僕ちゃんはスーパーエリートだから逆らうことは決して許されないがな」
「働かせてください」
その日からラヴォス父親の生活は一変した。
カルロスは雑務から大役まで容赦なく押し付け、ラヴォスの父親は休む暇もなく働かされることになった。
城の中を走り回り、書類を整理し、カルロスの突飛な要求に応じる。
どれほど完璧に仕事をこなしても、カルロスは些細なことで難癖をつけ、さらに罪を重ねるような指示を出した。
その間、カルロスはビールを飲んだりして怠けていた。
その一方で、カルロス自身は怠けてビールを飲み、のんびりと過ごしている。
父親は元々忍耐力があったが、生まれたばかりの息子のために必死だった。
金を稼ぐこと、それがなにより優先事項だった。
なぜなら前職のように他で働いてすぐ辞めさせられるより、ひどい仕事内容でも大金が手に入る場所で働きたかったのである。
体を酷使する仕事内容に嫌気は差したが、心の中では、得た給料を息子の生活と将来に回す計画を描いていた。
転職のために顔をイケメンにするという希望も、彼を支える大きな動機となった。
だから耐えて耐えて耐えまくった。
♢♦︎♢
それから数日後、カルロスがしかめっ面をしながら口を開く。
「お前は期日というものを知ってるか? 困るんだよ。お前の仕事だってなにかしら僕ちゃんの仕事や、城全体の業務に繋がっているから、期日に間に合わないと僕ちゃんの仕事にも響くのだ。計画性を持って仕事に打ち込め。なにか失敗したら尻拭いするのは僕ちゃんなんだからよ」
「申し訳ございません。もう二度とこのような過ちはないようにいたします」
「誰が金を振り込んでいるのか考えたことはあるか? その人物の機嫌を損ねたら……どうなるか分かってるな? 次同じこと言わせたらお前の給料はねぇからな」
カルロスは父親を蹴り、去ってしまう。
「そんな……厳しすぎる……私が悪かったかもしれない……けれども……」
しかしそれは始まりにすぎなかった。
♢♦︎♢
それから数日後の出来事である。
カルロスはいつも通り、顔にいやらしい笑みを浮かべて父親を睨みつけていた。
「僕ちゃんの手を煩わせるようなことをしたら鉄槌を下すと言ったよな?」
「そんなことおっしゃっていなかったような……」
「いや言った。言ってなかったとしたら今言う。僕ちゃんの手を煩わせるようなことをしたら……そうだな、今日からてめぇは過酷な出先で配達業務をこなしてもらう」
「過酷な出先?」
「なーに、心配無用。僕ちゃんも行ったことあるが、無傷で帰還できた」
「ただ、もしてめぇが死んだら?」
「私の幼い息子が一人きりになってしまう……」
その言葉にラヴォスの父親の胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
息子を守りたいという思いが強くなる。
「それは知ったこっちゃないが、僕ちゃんとしては給料を払わなくて済むから嬉しい。が、商品を注文して待っている人に永遠と商品が届かないからな。そうだ! お前がもし死んだ時のために所持金を全て僕ちゃんに預けろ。もし帰還できたら返金はするが、お前が死んだら代替品購入の費用とさせてもらう。分かったらさっさと金を寄越して行ってこい!」
ラヴォスの父親は仕方なく財布を差し出した。
「は、はい……で、ですが……失礼ですが、やはりカルロスさんの手を煩わせるようなことをしてないような……」
「ネチネチ鬱陶しい奴だな。給料やるからまだマシだろ! それに、てめぇのことは興味ねぇが、なんかの事情があって働きたかったんだろ? 好都合だろ? だったらつべこべ言うな!」
「申し訳ございません……あの……それで私はこれからどうすれば?」
「同じ事を言わせるな! 言っただろ? 配達業務をしてもらうと」
「でも……」
「でも? 口答えするつもりか?」
「いえ、配達の品を預かっていなければ、どこに配達に行けばいいかも分かりません。教えていただけますか?」
「チッ……ほらよ、こいつを渡してこい。場所はスモルタウンでアブリルって奴に渡してこい! 分かったららとっとと行ってこい!」
カルロスはラヴォスの父親を蹴り飛ばす。
「いてて……乱暴だなぁ……まったく……」
「なにか言ったか?」
「いえ! 言ってません(地獄耳かよ……)」
♢♦︎♢
外に出ると久しぶりの空気が心地よく、父親は少しほっとした。
カルロスの視線や暴力から解放され、まるでシャバの空気を吸っているようだった。
しかしこれから向かう仕事の厳しさがすぐに心を重くする。
「でも久しぶりに外に出たな。カルロスから解放されるなんて……過酷だとか言っていたけど、そんなに鬼畜なのかな。だけど長丁場の仕事になりそうってことは分かる」
父親は程なくして配達先へ荷物を届けた。
「おせぇよ! いつまで待たせるんだ! もはや忘れてたわ! 二年半だぞ二年半! 二度とお宅の宅配は利用しねぇわ!」
「二年半!? この商品そんなに遅れてたんですか?」
「なんでアンタが把握してねぇんだよ!」
「いえ、私は……いえなんでもないです。申し訳ございませんでした」
三時間くらいアブリルのクレームを聞かされた。
無理はない、発注してから届くまで、二年半も納期が遅れたからだ。
クレームの電話もしようとしたようだが、公開している電話番号は架空の番号だったらしい。
♢♦︎♢
ラヴォスの父親はカルロスの言葉を思い出す。
「計画性を持って仕事に打ち込め。なにか失敗したら尻拭いするのは僕ちゃんなんだからよ」
「カルロスめ……そっくりそのままあいつに言いたい。私もカルロスの尻拭いをしてると。しかし面と向かって言えない。言ってもまともに受け入れてくれないどころか暴言暴力をくらうだけ……この仕事……いや理不尽な上司を持つと辛いな……」
体も心もボロボロになりながら、ラヴォスの父親は城に戻った。




