第69話「血の果てに」
マヤたちが廊下を駆け戻ってくる。
「「カルロスはいなかったよ」」
「すまん、今カルネスさんにカルロスは過去に戻ったと聞いた」
話題は水晶の封印金庫のことへと移る。
暗証番号を忘れたという衝撃の事実を知った瞬間、場の空気が一気に冷えた。
「えー! 水晶が保管してある金庫の暗証番号が分からない!? じゃああたしたちは帰れないってこと!?」
「最悪ー!!」
「カルネスはやっぱバカの遺伝子を引き継いでいたのね」
「父さん、よっぽど信頼されてなかったんだな……」
「だからメスども! アンタら静かにして!」
「「……」」
「とにかくアーサーさんとか、この世界に来てしまった人を探しましょうか。早く連れ戻さないと。それも視野を広げましょう。ギブタウンを離れて、捜索しましょうか。単独行動は危険です。かといって、全員で動いたら効率が悪いです。ここはペアで別れましょうか。メルさんの案の、カルネスナビで通信を取りながら、なにかあったら連絡するという形にしましょう。カルネスさんは金庫を開けてほしいです。またアーサーさんとかの情報がもしあれば調べておいてほしいです」
「わ、分かりやした(ったく、なんで今来たわけわからん奴に指図されないといけないのだ)」
カルネスは金庫開けに着手する。
彼らはアーサーを探しに、ギブタウンから出る。
シーサーとフラム、そしてマヤとリリアとメルの班で捜索をする。
お互いのチームにカルネスナビが貸与され、なにかあれば連絡をする。
♢♦︎♢
黒い影が迫っていた。
その影は水晶を赤色に光らせ、手を差し伸べた。
「ねぇ、食材を切らしちゃって。買ってきてくれない?」
「うん、いいよ!」
「助かるわ。パオンタウンの市場が一番早いと思うの」
「分かった、すぐ行ってくるね!」
いつも通りの会話、いつも通りの笑顔。
少女はかごを抱え、軽やかに家を飛び出した。
だがそれが最期だった。
その頃からパオンタウン周辺でまるで神隠しにあったように何人か人がいなくなる事件があった。
捜索願が出るも、依然として解決することはなく、事件は迷宮入りとなった。
♢♦︎♢
カルゴスは本格的に動き始めていた。
封印された身でありながら、彼の魔力は外界へと滲み出していた。
水晶の奥で蠢くその影は、血を求める。
命を、魂を、若さを。
それは獲物の姿は選ばないが、若い女の血であることだけが条件だった。
試行の果てに、カルゴスは知っていた。
若い女の血こそが、水晶を最も激しく脈打たせる。
老いた血では濁る……男の血では鈍る……だが若い女の血は燃えるように熱く、魔力を呼び覚ます。
だからこそ、彼はその血だけを欲した。
水晶の中で、何かが悲鳴を上げる。
彼はその音を心地よく聞きながら、外界から次を引きずり込む。
細い手首……震える唇……消えゆく声。
すべては紅く染まり、そして音もなく消えていった。
不要となった身体は、異界の隙間へと送り込まれる。
「そうだ、水晶の欠片のスペアをまた作らねばならぬのか。そうしなければもしものとき、水晶が壊れれば、私は消滅してしまう。ここまで順調に進んでいるのだから、万が一のためにまたスペアを作るか」
時の水晶は一度壊れれば修復は不可能。
しかしもし五つの欠片を繋ぎ合わせることができれば、同等の力を持つ代替の水晶を作り出すことができる。
ギブタウン周辺に散らばっていた欠片は偶然ではなく、カルゴスが意図してばら撒いたものだった。
彼と時の水晶は一心同体であり、水晶が破壊されれば、その身体も消滅するため、水晶が目の届かない所にあることは、なにが起こるか分からない、死と隣り合わせのようなものだ。
なお、青年に助けられた際は割られたかった。
水晶が砕けるその瞬間、時間と空間の境界がわずかに歪む。
その時はその歪みを利用して、己の意識を別の器へと転移させるつもりだった。
計画的に割らせるならば復活が可能だが、そうではなく粉砕されれば魂の連続性は絶たれ、完全消滅する。
カルゴスはその違いを理解していた。
また、カルロスたちが過去から未来に到着した際、カルネスが時の水晶を破壊したことがある。
だが、彼が生き延びていたのは、スペアとして水晶の欠片が分散されていたからだ。
カルゴスはカルネスが時の水晶を割った時、実はかなりダメージを負っていたが、スペアに宿る生命エネルギーにより、生き延びることができた。
万が一に備えて予備の欠片を作り、人々が近寄りがたい宇宙などに隠していた。
それを暗号化して書き記したものをうっかり落として、その情報が不鮮明ながら出回り、出版されてしまった。
それでも冒険者によっても過酷な場所に隠したため、欠片の目撃例などはほぼなく、情報は信憑性の薄いものとなり、いつしか風化していた。
しばらくして、金目当てだけで集めてしまう人物が来て、集めてしまったというわけだ。
現在、水晶の欠片を繋ぎ合わせてギブタウンに金庫保管してあるスペアを息子が集めてしまったため、万が一破壊されたら、彼は滅びてしまう。
それを恐れ、再度欠片を作る。
水晶の欠片を作るには、彼の体の一部を犠牲にするため、膨大なエネルギーが必要となる。
作れたとしても水晶一つ分だ。
スペアが壊れたため、再度スペアを作り直すことにした。
生き血を吸収して時の水晶を活発化させた理由の一つは自分自身の血気を高めるため。
水晶の欠片を作るには体を犠牲にするとのことだが、その痛みに耐えられるように一時的にでも膨大なエネルギーを高める必要がある。
血というエネルギーを水晶に蔓延させるためだ。
さすがのカルゴスでも血を飲んでエネルギーを高められない。
こうして若い女を殺し、欠片を生み出したのであった。
♢♦︎♢
その頃、息子は家で寝そべっていた。
息子はというと、莫大な報酬金でまず家を買っていた。
「ようやく自由な身だ。思う存分、好きなことができる。報酬は期待してなかったが……ふふ、合計してみれば、思ったよりもあるじゃないか。ま、危険を冒したんだ。当然の見返りだな」
息子は満面の笑みで金貨を数えていた。
指先からこぼれる金属音が、やけに心地よさそうに響く。
気味が悪いほどねっとりとした笑顔。
まるで悪党が世界征服を果たしたかのように。
金貨を握りしめたまま、彼はふっと真顔に戻った。
何かを思い出したように、笑い声が止む。
「だが、結局のところ、この世界の父さんはどこにいるのだろうか。俺が子供の頃、父さんが買い物に出かけてから消えたのはカルロスに掴まっていたからなのは分かる。だけどその父さんがこちらへ来て、死んだりいろいろしたのはともかく、結局のところ過去の世界に送り届けたもんな。その後、父さんと会わずにここまで来たのははなぜだ? なぜ俺のところに帰らなかった?」
カルロスやニーナは青年は無事に帰ったと思っていた。
だが、息子である彼だけは、長年父親の帰宅がないことから、疑問を抱いた。
「ま、細かいことはいっか! ストレスでおかしくなりそうなんだ。今はこの金で好きなだけ遊んで発散しよう!」
金に目が眩んでそこまで疑問には思わなかったようではあるが……
するとカルネスナビが鳴る。
「うわ……この腐るほど聴いた着信音はまさか……」
息子は固まっている体をほぐし、着信音のする方へ向かう。
「はい? なんすか?」
「すみません。カルネスナビを返してもらうのを忘れていました。お手数ですが、当城に足を運んでもらうことは可能でしょうか?」
「(うわー、最悪だ。てめぇが取りに来いよ。だが改心するとか言っちゃったし、もう会うこともないから最後だと思えば……)はぁ、分かりました……」
「大変申し訳ございません。お手隙の時で構わないので、お待ちしておりますね」
息子は渋々支度してギブタウン城へ向かう。
♢♦︎♢
カルネスはカルネスコンピュータや資料室の本を片っ端から漁っていた。
情報を探しているうちに、カルネスナビの在庫数が合わないことに気づく。
帳簿を確認すると、息子に貸したままだったことを思い出し、慌てて電話をかけた。
城では、カルネス不在時の受付をミオが担当し、門番はいつも通りチェロス。
シーサーとフラムは別々のルートでアーサーを捜索中。
マヤとリリア、そしてメルはサハラタウンの調査へと向かっていた。
そしてその頃、城に残されたカルネスは一人。
「なんだったんだ、あいつらは……そういや、新作のエ◯チな動画でも見るか……いやいや、今は調査を……うん、ちょっとだけなら」
その後、タイミング悪く扉がノックされた。
そこへカルネスナビ返却のため青年が現れた。
「カルネスさん、カルネスナビの返却で伺いました」
「ゲッ! 息子さん! なぜ来たんですか!? (大丈夫か? 息子さんに息子を見られてないよな?)」
「いや、あなたから呼び出されてきたんですけど……」
「あ! そうだった!」
「お取り込み中失礼しました。それでは(ったく、きったねぇ短剣を見ちまったじゃねえか)」
俺はどうすることもできなかった。
新作と聞いて、我慢できなかった。
俺から呼びつけておいて、それを忘れるくらい脳内にドーパミンで満たされていた。
そんな身勝手な奴に城主は務まるのだろうか…
平和だった……




