第61話「悪魔な天使1」
カルロスは、息子に殴られただけで簡単に死んでしまった。
「と、父さんっ!」
「うわああああああ!!!! 俺が……俺がなにしたって言うんだ!!!!」
すると、息子の視界が突如として真っ白に染まると、彼は異空間に投げ出されたような感覚に包まれた。
♢♦︎♢
「あなたは、反省という言葉を知らないのですか?」
どこからか、凛とした声が響く。
「反省だ? 俺は悪くない。むしろ、頑張ったのに報われなかっただけだ」
「……はぁ、しょうがないですね」
その声に続いて、光の中から一人の女性が現れる。
「お、お前は……天使か?」
彼女の頭上には淡く光る輪が浮かび、背には白い翼が広がっていたため、天使だと判断する。
「そうです。私は天使です」
「用件があるなら早く言え。お前の光、眩しすぎて角膜がやられる」
「……そういうところですよ」
天使は少し呆れたようにため息をつく。
「あなたの冒涜的な言葉で多くの人が傷つきました。その中には命を絶った者もいます。そして彼らは悪霊となり、あなたに取り憑いたのです」
「そいつらに魅入られてたのは認めるが……俺は改心した。最近は変な夢も見なくなった」
「それは、あなたの危機を察した私が天使の力で悪霊を鎮めたからです。分かりやすく言えば除霊ですかね」
「な、なんだと!?」
「スカイギャラクシーの村長の過失で、あなたは宇宙から落ちたように思っていましたね? あれも実は悪霊の仕業です。あなたが落下する最中、私は除霊を済ませました。だからこそ、あなたは命を落とさずに済んだんですよ」
「だから、あの時……」
♢♦︎♢
「すまんな、スプレーの残量はたくさんあった気がしたが……いずれにしても適宜スプレーをかけてやるつもりだったが、すっかり忘れてたわい」
♢♦︎♢
「あれはあのう○こがボケてて残量を把握できてなかったわけではなく、悪霊の仕業だったのか」
「私は天使の翼に宿る天使です。あなたの行いを見てきましたが、本当に酷たらしいことをしますね」
「なにが言いたいんだ!?」
「あなたは悪霊に魅入られ、死ぬところだったのです。忠告しておきます。これ以上、人を苦しめるなら、死後、地獄へ落ちます。ですが今ここで改心するなら、まだ間に合うでしょう」
「……」
「先ほど、天使の翼で蘇生の儀式をしていましたね。でも残念ながら、失敗に終わっていました。そしてカルロスを殺した」
「うるせぇ! あいつが貧弱なだけだ!」
「それとラヴォスの天使の翼を奪い返したのは、この私です。あなたの手に渡ったら、どうせロクでもない使い方をすると思いましたから……売り飛ばすとか言ってましたよね?」
「アンタの仕業だったのかよ! 天使のくせに悪魔みたいな真似しやがって!」
「天使の翼は、私の体の一部のようなものです。変な使い方をされると、私自身にも負担がかかる。ですから、もう一枚もあなたに拾われる前に私が回収しました」
「チッ……俺の邪魔ばかりしやがって、この悪魔な天使が! 俺は早く終わらせたいんだよ!」
「ではあなたにチャンスを与えましょう」
天使の瞳が淡く光る。
「私の呪文で、時を戻します。もう一度やり直すチャンスを差し上げます」
「な、なんだと……?」
「ちゃんと、改心するなら……ですよ」
「……ああ、分かってる。分かってますとも」
天使は小さくため息をつき、静かに呪文を唱えた。
光が広がり、世界が逆再生するように時が巻き戻っていく。
「はぁ、やれやれ……悪人の中でもかなり凶悪な人だった。こういう人にはチャンスを与えた方が改心に繋がると思ったけど……どうなることやら……にしても時を戻すと消耗が激しい……」
そこには現実の光も影もなく、ただ冷たい空間が広がっていた。
「この世界もいずれ奴の手が及ぶのでしょうか。私はまだ、抗えているのかな……」
そう呟きながら、天使は白い羽をたたんだ。
指先が淡く光り、やがてその光はひび割れた空に吸い込まれていく。
天使の輪郭は、まるで霧が溶けるように薄れていった。
♢♦︎♢
気がつくと、息子は墓石の前に立っていた。
「では、早速蘇生の儀式を始めましょう。それでは息子さん、あなたのお父さん、僕のお父さん、ニーナさんのどなたを生き返らせますか?」
「(お、さっきのところだ)」
「天使の翼は消えてしまうし、手元には天使の翼の羽が三つしかないということは、翼一つ分しかないのか……生き返らせるのは、もちろん俺の父さんだ。他の選択肢など眼中にないからな。だってカルロスやニーナとかいう見ず知らずの奴を生き返らせる価値などないだろ? それに父さんを生き返らせてやれば、きっとお礼としてお金が貰えるだろうしな。では早速、父さんを生き返らせ!」
「……非常に申し上げにくいのだが」
棺桶を持ってきた兵士はなんだか焦っているようだ。
「父親の骨を施錠していた金庫の鍵をどっかに落っことしてしまったかも……」
「だったらすぐに鍵を見つけろオイゴラ! (違う! さっきと同じだ!)」
♢♦︎♢
しばらくして──
「ギブタウンを隈なく探したのだが、どこにも見つからん……」
「てめぇらの誰かがめてるんじゃねぇのか?」
「念のため身体検査をした。だが見つからなかった……鍵穴は特殊だから合鍵もないし、同じ形の鍵を作るのも試みたが無理だった。申し訳ないがアンタの父さんを生き返らせることは不可能だ」
「だったら棺ごとぶっ壊せよ!」
「それであなたのお父さんの骨が、砕けでもしたら、蘇生できなくなるかも」
「じゃあ俺の苦労は一体なんだったんだ? なんのために体を酷使してまで鬼畜ミッションに行った? なにと引き換えに数々の災難に遭った?」
「まぁ、そう言わず、些細ながら、報酬は差し上げますから」
「うるさい!!!! こんなはずじゃ! 俺が……俺がなにをしたっていうんだ!!」
「たしかにあなたのお父さんは生き返らせることができないかもしれない。だが、僕の父さん、すなわちカルロス、もしくはニーナさんを生き返らせてみてはどうだ?」
「フン、誰がそんな見ず知らずの奴を生き返らせるか。そんなんだったら翼を売り飛ばした方がマシだっつーの! いちいち余計なこと言ってくんな」
「アンタは見返りが欲しいからアンタの父さんを生き返らせたかったんだよな?」
「そうだが?」
「ならニーナさんを生き返らせればいい。あの人は魔法使いと聞いている。ニーナさんを生き返らせた暁には、魔法でお礼をしてくれるに違いない」
「父さんことカルロスは少々意地っ張りな性格をしていることは否めないのだが、お礼をする時とことんしてくれる……はずですよ」
「(だから違う! 俺の言動はなにも変わっていねえ! ……そうだ、そしたらここでニーナを生き返らせてみるか)……不本意であるがニーナとかいうを生き返らせてみるか。ま、礼としてなんかしてくれることが目当てなんだが。そうと決まれば父さんとニーナの遺体が入った棺桶を持ってこい! ……と思ったけどニーナはミッション先で死にやがったんじゃないのか? 棺桶に死体を入れないといけないんじゃなかったっけ?」
「蘇生にまつわる本を読んでいたら、前述したように、蘇生には遺体が必要と判明したから、万が一アンタが翼を集めてニーナさんを蘇生させることになった場合、それから探するのも悪いと思い、事前に兵士を手配しミッション先を探索させ、なんとかニーナさんの亡骸を収集した」
「おう、普段から足手まといなアンタにしては有能じゃねぇか」
「もちろん亡くなってから一か月以上が経過してたから、亡骸は腐敗していたが、儀式には影響しないだろう」
「じゃあ早速……いや、ようやく生き返らせる時が来た。どれだけこの時を待ちわびたことか。もちろん、生き返らせて報酬をもらうことが、一番の目的だがな」
「俺らからも金は出してやるから」
「おう、分かってるな」
「ミッションを達成したこと、町や村の人からお礼の電話があったこと、ラヴォスを撃破したこと。それらを加味した金額を用意してあります。ですから後ほど、僕やミオから支給するので楽しみにしておいてください。よし、そうと決まればもう一度墓石に戻りましょう」
「おうよ」
そして墓石に到着した。
「そしたらニーナって奴……そして仕方ない、カルロスを生き返らせてみるか。そうと決まれば二人の遺体が入った棺桶を持ってこい!」
♢♦︎♢
「よかったですね。これであなた方が生き返ることができますね。戻ったら息子にお礼を言ってあげてください。そして水晶で元の世界に帰ってくださいね」
「ああ、言われるまでもねぇよ」
時をリセットされたカルロスたちは未来の世界のカルロスが生き返ることは思ってもいなかった。
♢♦︎♢
その後、儀式は無事終え、過去から来たカルロスとニーナは生き返った。
今回は元の世界のカルロスが生き返ったようだ。
「ふぅ、ようやく解放された。暑苦しいし退屈だったぜ。ヴォォォォ、空気がうまい」
その瞬間、天空から誰にも届かぬ声が微かに響いた。
「……また一つ、光が失われた。けれどそれでいいの……」
どこからともなく淡い羽がひとひら舞い落ち、墓の上でゆっくりと溶けていく。
それを見た者はいなかった。
♢♦︎♢
残された息子は──
「これでよかったのだろうか……」
風が彼の頬をなでて通り過ぎる。
その風の中に、微かに温もりがあった。
まるで誰かが『それでいいのよ』と囁いているかのように……




